お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン   作:今井綾菜

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第十七奏 『女王陛下のお悩み』

このブリテンにお兄様を連れ戻して……もとい、お兄様が戻ってきてからしっかりと2人きりの時間というのは夜の睡眠の時間しかない。

私がお兄様に別の部屋を与えていないというのもあるができるだけ2人の時間を増やしたいからこそ行ったのだが……

 

同じベッドで一緒に寝てくれることは今のところ一度もない。

女王たる私の寝室、もとい私室にあるベッドはキングサイズのベッドに天蓋付き、寝心地は最高級のものを用意しているのですが……お兄様は断固として共に寝ることを拒否、挙げ句の果てには来客用の椅子に腰掛けて腕と脚を組んで眠る始末だった。

 

しかも、私が目を覚ますころには必ず目を覚ましているし本当に眠っているのかすら怪しい。

 

せっかくまた再会できたというのに、お兄様はアルトリアに付きっきり。

私も女王としての政務のために朝から夜まではお兄様と共にはいられない。

 

正直に言いましょう。

私はとてもストレスが溜まっている。

6000年も離れ離れになったというのに1日すら一緒にいられないことにも、何より……お兄様を相手にしてほんの少し距離をとってしまっている自分自身にも苛立ちがつのる。

 

「……陛下、少しお休みになられては」

 

「いや、まだ夜までの政務が残っている」

 

「しかし、疲労にストレス……思考能力の低下が見られます。午後からの政務は私が担当しますので陛下はお休みに……いいえ、午後からとは言わずに今すぐおやすみください」

 

ちょうど午前の政務の中で謁見の途切れた合間。

アーデルハイトは半分呆れ声、そしてもう半分は心配のこもった声で告げた。

 

「そうですね、どうせなら殿下と共に2〜3日キャメロットから離れるのがよろしいでしょう。3日くらいならば私でもこの国の運営はできます」

 

「そうは言っても3日この玉座から離れるなど……」

 

「問題ない、と申し上げました。このあと殿下はアルトリア様とブリテン視察の旅に出るのでしょう?なれば、この先共に過ごせる時間はまた少なくなってしまいます。陛下は女王である前に殿下の妹君、未だお互いに距離感を測りかねているようですが……陛下が共に過ごしたい、と口にしてそれを拒む殿下ではありませんよ」

 

「…………お前、私の悩みがわかっていたな?」

 

「はて……?何のことかは分かりかねますが」

 

とぼけた顔でアーデルハイトが首を傾げる。

とぼけるにしてももう少し上手い誤魔化し方があるでしょう。

まったく、気を遣ってくれるのはありがたいが……

 

「いいや、それには及ばない。お兄様がいるからこそ気張らねば」

 

「……そういうと思っていざとなれば実力行使に出るということにしていまして、あと15分以内に玉座の間から退かなければ割と全力のランスロットが奇襲を仕掛けてきます」

 

「…………お前はバカなのか。あの霊基に収まっているから迎撃こそできるがキャメロットの統治史上トップに入るような危機をサラッと口にするな」

 

思わず特大のため息が出た。

眉間を押さえるほど頭痛がしそうな事案だが、2〜3日程度の休みと玉座の間の半壊のどちらがいいかと言われれば大人しく休息を取ったほうがマシだろう。

 

「それに、本日で連続2497日目の勤務です。たった3日程度の休息をとったくらいで文句など出ませんよ」

 

あっけらかんとするアーデルハイトに思わず苦笑する。

しかし、2497日目ともなればどうせなら2500日までやってやりたいというのが本音だったりするわけだが……

 

「あと3日後、などとは言いませんよね?」

 

「……わかっている。では、今日の午後から私は休息に入る。ここにくるのは……」

 

「明日から三日間ですので次にここにくるのは4日後です。アルトリア様とトリスタンのことも私にお任せください」

 

「……わかりました。私の不在の間キャメロットを任せましたよ」

 

「お任せください」

 

玉座から立ち上がり、私室へと歩いて向かう。

何はともあれ、休みは休みだ。

しかも、お兄様と共に過ごせる休暇は6000年ぶり。

心なしか気分はほんの少し上がっていた。

足取りがいつもの数倍は軽い、誰も見ていないのならば鼻歌だって出てしまいそうだが…………

 

「よぉ、モルガン」

 

曲がり角を曲がった先に、キャメロットには相応しくないように思えるギャングのような服装、リーゼントヘアに薄い顎髭が特徴的な男がモルガンの前にいた。

 

「ベリル・ガット……」

 

「そんな嫌そうな顔するなよ。仮にも夫だぜ?あの銀髪の騎士からトリスタンとの接触は控えるようにって言われたから何かしらないか聞きにきたんだよ」

 

「……あの子の教育に関してはアーデルハイトに一任している。意図を問いたいのならば私ではなくアーデルハイトに聞くようにと言ったはずですが?」

 

「まあそういうなって、最近はランスロットがしょっちゅうキャメロットに通ってるって噂もある。オレだってこの異聞帯を任された責任ってモンもある上に“例の計画”も結局失敗に終わっちまったから修正の必要もあるわけだろ?」

 

「オリュンポス、だったか。そこの空想樹を焼き払い聖槍を一基使った攻撃も私は完遂した、同類の暗殺に失敗したのは貴様の落ち度だろう」

 

お兄様を迎える前に行った他の異聞世界への攻撃。

このブリテンに存在するセイファートを介したギリシャ異聞帯の空想樹への攻撃とロンゴミニアドを使用しての他異聞帯への侵略攻撃。

攻撃そのものは成功したが、目の前にいる男の目論見自体は失敗したというのが数ヶ月前に行ったギリシャ異聞帯への攻撃の結果だった。

 

「だから、それのリカバリーのための作戦をお前と練りたいってワケ。次にカルデアが目をつけるのはこの異聞帯だ。空想樹が枯れているとはいえ奴らはお前の“ロンゴミニアド”を見た。奴らはどうしたって神造兵器級の魔術を欲しがってここにくる。お前だって自分の国を滅ぼされるのはゴメンだろ?だから、腹を割って話し合おうぜってことなんだが」

 

「星見台、カルデアと言ったか。それがどのような組織であれ、私のブリテンを害するのならば排斥するまでだ。しかし、外の世界からの客人であれば一度は迎え入れよう。私と謁見し、それでこの世界を害するというのなら全力で潰しにかかる。それだけです」

 

「随分な自信だ。しかし、妙なことがひとつあるんだよなぁ。最後に定例会をした時、カドックから興味深い報告があったんだよ」

 

「……なんだ」

 

「レインフォートの野郎がカルデアにいなかったらしくてな。モルガン、お前が何か知らないかって話」

 

思わず、喉まで出かけた言葉をかろうじて飲み込む。

危うくお兄様のことについて言及にしてしまいそうになった自分を何とか律してベリルへと言葉を返す。

 

「知らないな、汎人類史の魔術師などカケラの興味もない。魔術師である以上、お前たちの時代に生きる生命など私の敵ではありません」

 

「まあ、そうだろうな。お前に勝てる魔術師はカルデアにはいない、“あの”レインフォートがいないならどうやっても魔術戦でお前に太刀打ちはできない」

 

「わかっているのならいいでしょう。あと、夫というのはあくまで立場上仕方なくそうしているだけなので、あまり馴れ馴れしくしないように」

 

「はいはい、女王陛下のお言葉の通りにってな」

 

手を振って下階層へ降りていくベリルを見送り、私自身も私室のある上層へと上がっていく。

上がっていた気分はほんの少し、いやかなり下がったが……問題はやつが今キャメロットにいるということだ。

ニュー・ダーリントンからここまで来るためには大穴の外周を大きく回って北部平原経由で来るしかない、例外としてバーヴァン・シーに持たせている合わせ鏡の魔術ならばこの距離を一瞬で跳躍することはできるが、バーヴァン・シーとの接触を控えるように言われているのなら歩いてきたという認識でいいだろう。

 

ならば、再び戻るためには数日ここに滞在すると見るのが早い。

 

……休暇中はお兄様と部屋で過ごそうと思っていたが、予定は変更にしましょう。

 

気がつけば自室の前に辿り着いていた。

扉にかけた生体認証の魔術が反応して鍵が開く。

扉を開ければそこには書物に視線を落としているお兄様の姿があった。

 

「おかえり、トネリコ」

 

「ただいま戻りました、お兄様」

 

ヒールの音を鳴らしながら自室へと入っていく。

お兄様の座っている椅子の対面の椅子に腰掛けて一息つく。

 

「今日は早いね」

 

「アーデルハイト……レイレナードに疲労が蓄積しているから3日程休めと言われました。2497日も働き詰めなのだから休め、と」

 

「それは正しい判断だね。流石はレイレナード……いや、約82ヶ月?寧ろどうしてそこまで休まなかったんだ」

 

「妖精は信用できませんから、常に目を向けていなければ何をされるかわかったものではありません」

 

言われてみれば確かにこうしてこの時間から自室の椅子に腰掛けているのは6年以上ぶりだった、疲労が蓄積している、思考能力の低下が見られると言われても仕方ないとは流石の私でも思う。

 

「アルトリアとお兄様の出発は私の休暇が終わってからにします。今日の午後から4日後の朝までは休暇になるので……」

 

「そうか、それなら2人で出かけよう」

 

「……いいのですか?」

 

「もちろん、キミだってそれを口にしたかったんだろう?それに、アルトリアとは出かけたのにキミと出かけないのはフェアじゃないとも思っていると思っていたけれど」

 

「…………そ、そんなことは」

 

思いっきり目を逸らしてしまった。

くすくす、とお兄様から小さな笑い声が聞こえる。

アルトリアとは10ヶ月も一緒に暮らしていて、キャメロットに来てからも一緒に出かけたこともあった。

ならば私とだって一緒にいてくれても誰にも文句は言われないのではないか、とはここ数日ずっと思っていたことなのは間違いないのだが。

 

「……いま、ベリル・ガットがキャメロットにいます。先ほどここに来る前にあったので間違いはありません。ニュー・ダーリントンに戻る準備をするにも数日は滞在することもあるでしょうから、お兄様がここにいることで二人が会ってしまうことは出来るだけ避けたいのです」

 

「なるほど、それならアルトリアもそうだろう。色々複雑な今のあの子にあいつは会わせたくない。せめて僕とキミがいない間だけでもあの林の家に帰らせてあげてはくれないかい?」

 

「そう、ですね。そちらの方が面倒ごとにはなりませんか……」

 

「なら、決まりだ。アルトリアには僕から説明して3日間家に帰れることを伝えてくるから少しだけ待っていてくれ。なにぶん、何も準備しないで家から来たんだ。彼女だって家から欲しいものくらい選ぶ時間は欲しいだろう」

 

「わかりました、では私は外出の準備をしておきます。向かう先は、もう決めていますので」

 

そうして、お兄様はアルトリアのいる部屋へと向かっていく。

私と出かけるのにアルトリアのことを口にしていたのは少し面白くなかったですが、あのようなメンタルの彼女を放っておくことができないという気持ちは理解できるつもりだった。

 

外出用の荷物など持つ必要はない。

向かう先には必要なものは全部揃っているのだから。

だから、必要なのは女王としての私ではなくお兄様の妹としての私。

女王の衣は一旦ここに置いて、数千年ぶりの一人の女としての姿をとる。

 

私にとっては久方ぶりの帰宅になるだろうか。

なにせ旅をしている時でもなかなかあの家に帰ることはなかった。

お兄様と共にあの家に行くのは少し複雑な気持ちだけれど、気を休める場所なんて今のブリテンではあの家かオークニーの図書館だけだった。

 

アルトリアのことはレイレナードに置き手紙でもしておけばいい。

 

ひとまず、お兄様と同じ家に帰るためにふさわしい服を選ばなければ。

 

「…………女王としての礼装しかないとは」

 

まず最初にそこから躓くとは流石の私も予想できなかった。




はい、というわけでアルトリアとお兄様のブリテン視察旅。
その前にやる最後のイベントはお兄様とモルガンの三日間の休暇です!

いやぁ、アヴァロン・ル・フェ編も始まってもう17話。
だというのにもかかわらずモルガンとお兄様2人きりの話はまさかの1話しかやっていないという罪。
ここから三日間分を3話でやりますのでここがアヴァロン・ル・フェ編の最後の兄妹ほのぼの編だと思って見ていってください(無慈悲)

それでは次回、また会いましょう!

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