お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
朝、目が覚めて最初に確認したのは昨日の出来事が夢ではなかったかどうか。
お兄様と共に最果てのログハウスのある小島へとやってきて、他愛のない話となんでもない夕食をともにした。
寝室に用意したもう一つのベッドに、そこにあるべき人がいないことを認識して、それと同時に隣の部屋から規則正しい包丁の音が聞こえてくることに思わず笑みをこぼす。
昨日の夜は良い時間だった。
二つのベッド、その間にランタン一つだけの灯りを灯して私たちは眠るまで語り合った。
なんでもない、あの頃のような政治も世界の危機も何も関係のない穏やかで幸せな時間だった。
半分寝ぼけたような纏まらない思考のまま、身体を起こす。
柔らかな掛け布団から身体を出してほんの少し冷たい空気に触れる。
「……流石はオークニーよりも北にある島、キャメロットのある地域に比べるとほんの少し肌寒いですね」
寒いのはそれもそのはず、キャメロットで着ていたのと同じネグリジェを着ているのだ、少しでもお兄様が意識してくれればと思って意を決してこの近距離で着てみたものの、反応はそこまでなかった。
流石に自信を損ないますよお兄様。
というか、キャメロットに来てから毎晩同じ部屋で寝食を共にしていてこんな透け透けのネグリジェをつけているのに手を出されないのは流石に女王以前に女として自信を無くしますよお兄様。
「まあ、いいでしょう。昔から難攻不落と呼ばれたオークニーの王子であるお兄様です、今更下着程度で堕ちるはずもありませんでしたね」
ため息一つ、少しだけ傷ついた尊厳を見ぬふりをして部屋着に着替える。
ドレッサーに置いておいた青いリボンを手に取り、いつものように髪を纏める。
寝ぼけたような顔をしていないか鏡で確認して、普段のような無表情を一度作る。
今日も女王としての顔は完璧だ。
なにせ2000年以上続けてきた感情を殺したこの表情。
今更寝起きだから出来ないというわけもない。
問題はこの表情ではなく……
「せっかくお兄様と共に居れるのです。昔のように、とは行かなくとも笑顔でいられればよいのですが」
今の私と共にいて、お兄様は喜んでくれているでしょうか。
あの頃のような無垢な私ではなく、このような冷たい女になってしまった私と共にいて……
「おや、僕のお姫様は何かお悩みのご様子かな?」
背後からかけられた懐かしいその言葉に思わず肩が跳ねる。
そのような言葉を聞いたのは数千年ぶりだった。
女王ではなくお姫様と私を呼んだのは後にも先にもただ1人。
「……お姫様だなんて、と昔の私なら返したでしょうね」
「顔を真っ赤にさせて、それでいて頬が緩んでいたのもポイントだ」
「よく覚えていますね」
「僕にとっては昨日のことのように思い出せるさ。なんせ、あの時から1000年くらいしか僕は生きていないからね」
「では、私の方が年上……ということでしょうか」
「ふふっ、姉上……と呼んだ方がいいかな?」
「ご冗談を、お兄様は私にとってはどれほど時が経ってもお兄様です」
「そっか、それなら僕はまだ君の兄でいられそうだ」
私の暗い感情を察してなのか、戯けるようにお兄様は肩を竦めながらそう口にした。
「ああ、それと僕も意識していないわけではないとだけ言っておくよ。さあ、朝食の準備ができたから落ち着いたら出ておいで」
「…………え?」
それだけを言い残してお兄様は寝室から出ていく。
急に顔に熱を帯びたような感覚を得て鏡を見ればそこに映るのは数千年ぶりに羞恥と照れ臭さからくる赤く染まった自分の顔だった。
…………そういうところですよ、お兄様。
それだけが、いま私が反応できる最大限の言葉だった。
お兄様の作る朝食はあの頃と比べてだいぶ変わっていた。
それもそうだろう、お兄様は1000年近くを汎人類史にて過ごしていてそれに適応した食生活になっていたのは間違いなかった。
妖精國で食べる食事自体はお兄様が残したあの頃のオークニーのものを軸にレイレナードが数百年かけてこの国に定着させた。
それまではどんなものを食べていたか、とは敢えていうまい……いうまいが。
───とても、雑でした。
食事というのは人間の行うもの。
つまり妖精である私たちには必要のないものであったからというのもあり、食に対しての文化はもはやいつの時代の物か分からないレベルのものだった。
旅をしていた頃は私が調理をしてキャンプをしていたから気がつくことはなかったけれど、女王として妖精國をまとめあげた時に気がついた。
そう、私にとって食文化はオークニーが基準。
お兄様が十数年かけてオークニーに定着させた美味な食事の数々が基準となっていた私にとって、潰しただけのイモや焼いただけの肉、あまつさえ調味料などという概念がなかったことは許せなかった。
『料理、舐めてます?』
キャメロットに雇った料理人に女王である私自ら教えるという異例の事態にまで発展した『第一次妖精國料理革命』はレイレナードが必死になって当時のオークニーの料理たちを再現、普及させることで一旦の解決をみた。
とはいえ、今日の朝食はキャメロットで出るような豪勢なものではなく。
ハムエッグにカリカリに焼かれたトースト、やさしい味のオニオンスープに付け合わせのサラダというゆっくりとした休日には最高の朝食だった。
朝からステーキだのなんだのと手の込んだ重たい料理ではないことに一抹の感謝すら覚えながら美味しくいただいた。
そうして温かくやさしい朝食を終えて、すこしゆっくりと語り合ったあと。
「伸び切ってしまった樹々を剪定しようか」
「そうですね、そのための魔術を少し考えたのですが……」
そう、やることは決まっていた。
もはや首を上に向けて見ると空が見えなくなるほど高く成長してしまった木々たち、その姿は林を通り越してもはや森。
数千年帰還していなくてこれならばまだマシかもしれないが陰鬱とした暗い森の中で休暇を過ごす必要もない。
この程度の量ならば2時間もあれば剪定と片付けまで終わるだろうと、私は見ていた。
「お兄様の水鏡であれば私が木々を剪定していくスピードと同等のスピードと精度で一箇所に集められますよね?」
「まあ、出来ないことはないかな。ふふっ、ものの転移ならおそらく誰よりも得意だと言えるかもしれないね」
「おや、それは重畳。では速度を少し早めることにしましょう」
「悪かった、急ぐものでもないからゆっくりやろう」
そんなやりとりに思わず笑みを浮かべる。
あまりにも優しく、愛おしい時間だ。
いまこの瞬間が夢であるかもしれないと思うほどに。
もし、今までの地獄のような時間の報酬がこの三日間だと言われても納得してしまいそうなほど……いまの私はとても穏やかな気持ちでいた。
しかし、私の思惑というか想定というか。
そういうものを2歩も3歩もすっ飛んでいくのはどうかと思いますよお兄様。
剪定用に組み上げたカマイタチの魔術。
風の刃を利用した斬撃の魔術で木々を剪定してそれをお兄様が一ヶ所に集めていると開始30分くらいは思っていたのだ。
「こうした方が効率いいだろう?」
「ゆっくりやろう、と言っていたのはお兄様ではないですか!」
ハッハッハ!と隣で笑い声を上げる張本人。
なにしろカマイタチの魔術を私が連発している横で高密度の水の斬撃で木を切り落として自分で水鏡を展開して移動させているのだ。
しかも何食わぬ顔、これくらい当然ですよとでも言いたげないつもの曖昧な笑みを浮かべながら指先で魔術の精密な操作をしていたのだ。
こんなことをされたら私だって負けられない。
自身で切り落とした木をお兄様の水鏡が回収する前に自分で水鏡を展開して移動させる。
「おや……?」
「おや……?ではありません。そのようなことをされては私だって意地というかプライドというものがあります」
目の前で意地の悪い笑みを浮かべるお兄様。
その表情が私の中に眠る負けず嫌いの性格に火をつけた。
「どちらが多く木を剪定できるか勝負です」
「なるほど、これは兄としては負けられないな」
「私は妖精國の女王ですよ、お兄様こそ魔術の腕が鈍っていないことを願っていますが……?」
あの頃から考えられなかったお兄様への反抗心。
オークニーで暮らしていた頃よりも旅をしていた頃の私が顔を見せているような感覚があったが、それでも今はそれでよかった。
「じゃあ始めようか。僕はここから右側を攻めていく。トネリコは左側で先に終わった方の勝ちということで」
「いいでしょう、絶対に負けません」
お兄様がポケットから出した2モルポンドコイン。
それが指で弾かれて宙に舞う。
ゆっくりと地面に落ちたその瞬間──
「風よ───!」
「装填、28門並列展開───ティア・フェイルノート」
暴風と先ほどの十数倍の数の水の刃がこの孤島を覆い尽くした。
結局のところ、勝負に勝ったのは私だったが腑に落ちない結果だった。
お兄様がスタート地点に戻ってきたのが私が帰還したほんの5秒後。
遠くの方で水の刃が止まっていたのもわかっていたことから手加減されていた、又は私が先に帰るのを待っていたというところだろう。
手加減していましたね、と問いかければ何のことかな?と返された。
千里眼を持っているお兄様ならば私の進捗具合を見ながら如何様にも加減できるだろうと若干の悔しさを滲ませながら終える結果となった。
魔術で伐採……もとい、剪定を行なったのもあって交代でシャワーを浴びた私とお兄様はそれぞれ本に視線を落としながら他愛のない話をした。
ああ、本当に穏やかで幸せな時間だ。
「ときにお兄様、先ほどの魔術ですが」
「ああ、フェイルノートのことかい?」
「ええ、円卓の騎士の宝具の名ですが……その魔術はどのようにして?」
シンプルな疑問だった、基本的になんでもこなしてしまう天才のお兄様ではあるものの円卓の騎士の宝具を模した魔術を作るなどよっぽどのことがなければ作らないだろうと思っていたのだ。
「ああ、それは第六特異点の作戦中に円卓の騎士に追い回されてね。迎撃するための手段として彼らの宝具を真似たわけだ」
「……はい?」
返ってきた返答はなんでもないように聞こえたが、やっていることは大概を通り越して頭痛がするようなものだった。
「トリスタン卿のフェイルノート、ガウェイン卿のガラティーン、ランスロット卿のアロンダイト、モードレッド卿のクラレント、あの時は即席で作ったものだから後から調整こそしたけどね」
「……な、なるほど。お兄様も謙遜してばかりではありますがやっていることは大概ですよ?」
「あはは、あの時は必死だったからね」
数百年かけてロンゴミニアドを研究、再現したからこそわかるがそもそも宝具の再現魔術とは生半可なことでは出来ない。
私の“ソレ”は最果ての槍のものだったとしても、先ほど並んだ宝具の中でもアロンダイトやガラティーンは神造兵器であるエクスカリバーの兄弟剣や姉妹剣だ。
先程のフェイルノートを見た限りその宝具の効果を顕著に再現しているとしても即席で四つも作れていいものではない。
しかし、流石はお兄様というべきか。
空想樹に接続した時にお兄様がこの世界における聖剣使いという情報こそ知ってはいたものの、まさかここまでその才があるとは思わなかった。
魔術においてはあの頃から天才だった、剣においても恐らくは相当の腕の持ち主でしょう、そうなれば戦闘スタイルは自ずと見えてくる。
近接戦をしながら多彩な魔術を駆使したいわゆる魔法剣士と呼ばれるスタイル。
まあ正確には魔法ではなく魔術なのですが。
おそらく昔の私と同じような戦い方でしょう。
剣と槍という違いこそあれど兄妹揃って行き着く戦闘方法が同じということにほんの少しの嬉しさが込み上げる。
「ふむ、どうでしょう。明日あたりに魔術での模擬戦など」
「あ、あはは……できればやめておきたいかな」
「そうですか……」
やんわりと断られてほんの少し気落ちしたものの今日の勝負で今のお兄様の力量がどれほどかはある程度理解した。
魔術戦においてはほぼ私と同格、近接戦においてはもしかしたら2000年のブランクがある私が一歩不利、こちらには思念体があるが時間をかければおそらくそれすらも使ってくると見ていい。
「ふふっ、一筋縄ではいきませんね」
「それはどういう意味での言葉なのかな……?」
「それは秘密です」
穏やかな午後の昼下がり、暖かなログハウスの中で私たちはその日はゆっくりと兄妹としての時間を堪能した。
お待たせしました皆様!
奏章Ⅳへの準備やネタバレ防止(自分用)のための最速攻略などのために勝手にお休みをいただいておりました作者です。
いやぁ、ネタバレの為あまり言えませんが……
やべぇよトリニティ・メタトロニウス
後半本当に怒涛の展開とあまりのエモさに涙腺ガバガバになってました。
皆様もここの感想欄におきましてはネタバレ発言等はお控えいただきますようお願いします。
まだ1週間だからネ!僕との約束だぞぅ!
それはそれとして拙作はブリテン異聞帯以降の攻略は(基本)しないと決めていて正解でした。
やべぇよあの裁判、この小説であそこ行ったらカルデア勝てないかもしれない(真顔)
それでは次回のお話でまた会いましょう。
皆様の感想と高評価、お待ちしてます。
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