お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン   作:今井綾菜

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第二十一奏『モルガン(トネリコ)レインフォート(お兄様)の休暇 Ⅳ』

お兄様と2人で過ごせる1日の、最後の朝が来た。

隣を見れば相変わらず私よりも早く起床したようでベッドはもぬけの殻。

鼻腔をくすぐる甘い香りと何かを焼く音が聞こえる。

この二日間で思考が以前の私のものに回帰しかけていたこともあって寝起きの思考がうまく回らない。

 

「ん……おにいさま……」

 

口から出たのは普段からは考えられないようなゆるい声。

昨日はずっとお兄様のそばから離れなかったこともあり、彼がそばにいない事実を脳が拒否しているようだった。

 

ベッドから抜け出して、鏡の前へ。

軽く髪をまとめて昔と同じように右肩から下ろすような形に整えて寝室を出る。

 

「おはよう、トネリコ」

 

「おはようございます、お兄様」

 

引かれた椅子にそのまま座り、お兄様が用意してくれた朝食を前にする。

朝食に用意されていたのは甘い香りがするフレンチトースト。

付け合わせにイチゴにブルーベリー、キウイにバナナ。

それにハチミツまである用意周到ぶりだ。

 

「ふふっ、朝からこんなに豪勢なフレンチトーストなんて……贅沢ですね」

 

「こういうの好きだろう?足りなければすぐに焼くから遠慮しないで言って欲しい。なんなら、アイスクリームも載せてしまってもいいね」

 

「むむ……それは魅力的な提案ですが」

 

目の前にある一枚のフレンチトーストとあまりあるトッピングの数々を一瞥する。

 

「ひとまずアイスクリームは後にします」

 

「そっか、それじゃあ……いただこうか」

 

手を合わせてナイフとフォークを手にする。

まずはそのまま一口サイズに切り分けてそのまま。

砂糖とミルクの甘い味わいの中にふんわりとバニラの香りが抜ける。

丁寧に仕込まれたのは当然とことながら焼き加減も絶妙とくればその味は言わずともわかるだろう。

 

小皿に載せられたイチゴとブルーベリーと共に、さらにバナナやキウイも次々と載せて行って絶え間なく口の中へ消えていく。

 

そうだ、お兄様といえばこういう甘味を作るのがとても上手なのだ。

忘れもしないあのアップルパイの味、昔の私はアレが何よりも好物だったのだから。

 

気がつけばフォークとナイフはその行き場をなくして空の皿の上に置かれていた。

 

「…………美味でした」

 

「……おかわり、いるかい?」

 

正直物足りないと思っていたところに、優しい笑みのお兄様。

朝食からあまり食べすぎても、とは思っていたものの正直なところ自分の好きな食べ物の前で我慢できるほど私も人格は成っていないらしい。

 

「お願いします」

 

「ふふっ、了解だ」

 

私と自分の分の皿を手にしてお兄様はもう一度キッチンへと向かう。

マグカップの中に注がれていたコーヒーを口にして一度口内の甘さを吹き飛ばす。

 

……一応言っておきますが、普段から好物を目の前にしたら我慢のできない女王ではありませんよ。

お兄様の作るものだから、自制ができないというだけで。

 

 

 

 

 

 

しかし、追加であと2枚焼いてもらったのは流石に言い逃れできませんね。

だって仕方ないじゃないですか、メープルシロップとアイスクリームなんて美味しいに決まっているのですから。

 

 

 

****

 

朝食を終えて特別何かするということはなかった。

昨日までと同じように、お兄様と雑談を交わしながらティータイムをとったり、穏やかな時間を過ごそうという私のスタンスは変わらない。

しかし、そんな穏やかな時間の中でも確かに焦りというものは存在する。

もしアルトリアがこれから行う旅の果てに、私と決別する道を選んだとして、楽園の妖精の旅に……巡礼の旅に出ると決意したアルトリアの隣にはお兄様がいるのだろうか。

 

私の隣にいてくれなかった最愛のお兄様が……アルトリアの旅に同行してしまうのだろうか。

 

そう考えるだけで、胸が痛くなる。

そして、その旅路を妨害するための手を緩めてしまいそうになる。

“今のアルトリア”は私の国の臣民だ。

そこはどれだけ議論を繰り返そうとも覆ることはない。

巡礼の旅に出ないのなら、私はあの楽園の妖精の保護を続けるでしょう。

その才覚を振るい、キャメロットで名の馳せる彫金師になることだって夢ではない。

奴にその気があるのならキャメロットにおける魔術師として地位を与えてやってもいいと私は思っている。

見ただけでわかる、アルトリアが持っている魔術の適性は聖剣に特化したものだ。

 

聖剣になることだけを、使命として与えられた私の後継だ。

 

そんな彼女が敵になることは出来るならば避けたい。

巡礼の旅を終える頃にもなればこのブリテンで相手できる相手など私かランスロットくらいのものだろう。

油断はするつもりはない、しかし……あの嘆きを聞いてしまっては殺してしまうことも、今の私には憚られる。

 

チラリ、と書物に落としていた視線をお兄様へ向ける。

楽園の妖精に境界の竜。

聖剣使いとしての素質なのかそれともお兄様自体の人格がそうさせるのか。

少なくともこのブリテンにおいて“上位者”と呼ばれる存在に好かれている彼が手を差し伸べた少女だ。

 

「どうかしたかい?」

 

「いいえ、なんでもありません」

 

じっと見つめていたことがバレてしまったようで、お兄様の視線が私へと向かう。

休暇も終わりが近づいてきてしまったことでこの後についてのことについても考えるようになってきてしまっていた。

 

「なんでもない、ことはないだろう。僕に嘘は通じないって知らなかったかい?」

 

「相も変わらず透き通った瞳ですもの、もちろん“わかっています”よ」

 

「その上で……話してくれることはなさそうだね」

 

「悩みとはいえ、お兄様に迫るには残酷な問いかけにもなります」

 

「僕に対しての事なら、気にする必要は……」

 

「あるのです、少なくとも今の私には」

 

悩みを口にしなかった、あの時に私がもっと早く決断をしなかったからオークニーは滅びた。

私がもっと早く、お兄様と共にブリテンを治めようとしなかったからこんな6000年の歴史を紡いでしまった。

 

───けれど。

 

たとえこの選択がまた間違いだとしても。

私とアルトリア、どちらを選ぶのか……なんて。

聞けるはずが、ないでしょう?

 

「…………そうか、じゃあ話せる時になったら迷わず話して欲しい。女王モルガンとしての治世、そこに協力できるかはさておき……僕は君の味方であり続けたいと思っているからね」

 

「ありがとうございます。いずれ時がくればお話しします」

 

その時が来るかどうかなんて……わからない。

だって今抱いているこの感情が汚いものという自覚は、あるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

時は少し経ち日が暮れた頃。

 

とはいえ、この感情が汚いものだとしても……私の元にお兄様がいてくれるのならばそれに越したことはない。

昨日の朝の発言のこともあり、お兄様が私を異性として認識していることも確かだった。

 

もはや使い古した戦法かと思われた薄着の寝巻きは思いの外効果があったことは多少の羞恥心とともに発覚したのだ。

 

なので……その……

 

わ、私も汎人類史では淫蕩の魔女とまで呼ばれたらしいですし。

 

多少の色仕掛けくらい……

 

もう少しだけ攻めたスキンシップを……

 

お兄様相手にできるでしょうか……?

 

『僕と君は兄妹だろう?その先は絶対にナシだ』

 

とでも言われれば私の女としてのプライドも何もかも粉々だ。

とはいえ、元から人間のように血縁というわけでもなく……なんなら一度お兄様は転生してここにいるのだから概念的な兄妹という点を除けばもはやその辺りの倫理観は無いも同然。

 

夜の食事も終え、互いに湯浴みも済ませ、あとは休暇最後の夜をゆっくりと楽しむ……ばかりと言った頃合い。

 

正直に言いましょう、私の頭は沸騰しているのかというほど普段ではありえない思考をしていた。

 

ログハウスのバルコニーでほんの少し肌寒い風を浴びながら風呂上がりの熱った身体を冷やす。

月を眺めながらお兄様が作った料理を肴にワインを飲んで雑談に華を咲かせる。

 

そしてそれと同時に私の頭の中はとんでも無いことをしでかしていた。

 

私がお兄様に抱いている感情は、間違いなく依存に近い恋心。

それが良く無い感情というのは言われるまでもなく自覚している。

女王ですもの、自分のことくらい冷静に分析できます。

 

しかし、6000年前に失った家族の愛。

何の代価も必要とせずに愛をくれる存在。

誰よりも私を愛してくれたお兄様が……ずっと離れないように引き留めたいと思うのは……仕方のないことでしょう?

 

所謂、既成事実。

それさえ作ってしまえば……お兄様は私のそばから離れない。

私をおいてどこかへ行ってしまうことはない。

もう2度と、私を1人にしない。

その確信があるからこそ……そんな考えに至っていた。

 

この晩酌を終えてベッドに行ったその時こそ、勝負の時。

 

そう、思っていたのだけれど。

 

(…………なぜ私はお兄様の腕の中に?)

 

ベッドに入った私は絶賛お兄様の腕の中にいた。

事後……というわけではもちろんない。

あれだけ頑なに同じベッドで寝てくれなかったお兄様が何食わぬ顔で私と同じベッドに入り、そして優しく抱きしめてくれたのだ。

 

思考が停止したのはほんの一瞬。

このまま押せばいけると確信して行動に移そうとしたのですが……

 

「最終日くらいは、許されるだろう」

 

「今日は、すごく悩んでいたようだったから」

 

「頑張り屋の君には何もしない時間も少し辛かったかな」

 

少しズレている、とはあえて口にしなかった。

でも、今日一日中悩んでいることはやはり見抜かれていた。

 

あまりにも優しいその抱擁に、邪な考えが全て吹き飛んでしまった。

 

「今のキミには僕は少し頼りないかな」

 

「そんなことは、ありません。今も昔も……ずっと……」

 

「僕はキミの悩みを苦しみを、どれだけ和らげられただろう」

 

「お兄様がいてくれるだけで、私はこの先も頑張れます」

 

優しい抱擁に、私もぎゅっと抱きしめる。

温かな体温だった、キャメロットに連れ帰ったあの日に触れた時のような緊張も何もない、心の底から安心できる自然なお兄様の体温だった。

 

「愛しています、お兄様」

 

だからこそ、その言葉はすんなりと口から出た。

 

「兄妹としても……1人の女としても……心の底から愛しているのです」

 

「…………」

 

ぎゅっ、と私を抱きしめる力がほんの少しだけ強くなった。

 

「いまでも、あの日のことを夢に見ます。もう……何千、何万と夢に見たあの滅びの夢……あの日のことを思えば……私は愛するお兄様を失いたくは……ないのです」

 

心の奥底に残ったあのトラウマ。

私にとって最古の絶望であり、今再び目の前にあるかもしれない恐怖。

お兄様、レイレナード、バーヴァン・シーにメリュジーヌ、バーゲスト。

大切な者たちを失ってしまうかもしれない恐怖。

冷徹な女王として振る舞うにはこの200年余りで大切な者が増えすぎた。

お兄様が遺したレイレナードが……私の心を完全に凍らせることなく、冷徹で無慈悲な女王として完成するのを妨げたのだ。

だからこそ……私は信じることをやめられなかった。

手を差し伸べることを、差し出された手を取ることを諦められなかった。

 

「だから、私からお兄様が離れてしまうなら……離れないようにすれば良いと、肉体関係を築けば私の隣から居なくならないとそう考えてしまったのです」

 

「トネリコ……」

 

お兄様の顔は抱きしめられているため見えない。

私も、決して顔を見られないように俯いたまま話していた。

 

「お兄様と共にいたアルトリアが憎い、とは思っていません。あの子の背負う使命を思えば同情すらします。聖剣になるためだけに生み出されたアルトリアが望むのならその使命から守ることだってしましょう」

 

「でも、それはこのブリテンの歴史が間違ったまま進むのと同義。お兄様の使命と昔から感じていた罪悪感を加速させるものになる。私と共にいるよりも、アルトリアと同じ道に進んだ方がお兄様は正しい道に進める」

 

「でも、それでも……私はお兄様に隣にいて欲しいと、願ってしまうのです。今の私は、あの頃にお兄様が嫌悪していた自己を優先する使命を放棄した妖精たちと、なにも……変わらないのですから」

 

懺悔するように、私の口から発した言葉は震えていた。

拒絶されること、その罪をお兄様に告白することが怖かった。

聖剣を鍛造する使命を放棄した、ブリテンを支配することでこの世界を存続させることを選んだ。

 

「僕たちはあの時、確かにキミへ言ったはずだよ。“巡礼の旅なんてしなくてもいい”と。僕たちも、あの時すでにキミへ与えられた使命を果たさなくても良いとこの世界に対して……間違った人類史への加担をしたんだ」

 

「だから、キミ1人が苦しむ必要はない。聖剣を作るために与えられた使命、君たちという人格を与えた上でその身を犠牲にして作り出す聖剣にどれだけの価値がある……?確かに聖剣は星を救うだろう、この先の人類史を保障するための明確な最強の武器になる。だが……だがその作り方は……あまりにも酷いだろう」

 

吐き捨てるように、明確な敵意を帯びた言葉が返ってくる。

楽園の妖精、お兄様にとっては私とアルトリアとどちらにも深い縁がある。

情の深いお兄様にとって、その鍛造方法は……納得できないものだったのだ。

 

「だから、僕はトネリコにもアルトリアにも聖剣を作ることを強制しない。君たちのどちらかが……納得して、その道を選ぶのなら……」

 

ギリッ……と歯を食いしばる音が聞こえた。

 

「僕は世界と聖剣よりも君たちを選んでしまうかもしれない」

 

誰よりも優しく、正しかったお兄様が……道を踏み外す音が聞こえた。

 

「アルトリアの巡礼の旅を邪魔するのですか?」

 

「旅の邪魔はしないよ……ただ、最後に立ち塞がってしまうかもしれない」

 

巡礼を終えた楽園の妖精はもはや通常の妖精では太刀打ちできないほどに強力な存在になる。

それほどまでに巡礼の鐘を鳴らす旅というのは私たち楽園の妖精にとっては大きなものだ。

 

おそらく、聖剣を持たないお兄様では旅を終えたアルトリアには勝てない。

そういうふうに世界が出来上がっているのだから。

 

このブリテンで唯一の聖剣の騎士。

お兄様は聖剣エクスカリバーを手にした時にその身に宿る強力な力の枷が外れる。

だからこそ、アルトリアが本気で決意をして巡礼の旅を終えたその時は……

 

「躊躇なくボコボコにされたら……少し泣いてしまうかもしれないけれどね」

 

「その時は、私の胸をお貸しします」

 

「みっともなく妹に慰められる日が来ないことを祈るしかないかな」

 

くすくす、と2人笑い合ってより一層強く抱き合った。

暖かく優しい体温が心地良い。

 

「ああ、そうだ」

 

「……?」

 

「僕も、心の底から愛している。兄としても、異性としてもね。だから……無理に僕を引き止めようとしなくて良い。僕は確かにトネリコ個人の味方であり続けるよ」

 

「…………ありがとうございます」

 

嬉しい、という気持ちとそんな言葉を不意に返されたことへの羞恥が込み上げてくる。

顔が見える体勢ではなくてよかったと心の底から思った。

 

最果てのログハウス。

私たちにとって最後の夜が、静かに過ぎていった。

 

 




お久しぶりでございます。
これでお兄様とモルガン陛下の休暇は最終日となりました。
ほのぼのと言っておきながらやっていることは結構シリアス気味。
どうしてこうなった……?

とはいえ次回からはキャメロットへの期間かアルキャス視点でのお話になります。
その後からはアルトリアとお兄様のブリテンの旅(1周目)になりそうですね。
ルフェ本編開始まではもうしばらくかかりそうでございます。

では、ここで皆さんもたくさん周回したであろう冠位戴冠戦についてのお話を少し。
作者がグランドに選出したのはLv120完凸済みアルトリアだったわけですが。
うん、強いですよね、ハイ。
周回していたのは100☆☆だったんですが、カード2枚来れば確定で1T周回できるのがあまりにも強くて終始ニヤニヤしながら「うっわ、アルトリアつっよ……」ってなっていました。
もしよければ作品の感想と一緒に皆さんのグランドセイバー教えてくださいな。
注意喚起としてはグランドセイバーだけ教えてくれるのはダメですよ?
前にガチャ報告だけいただいた感想みんな見れなくなってしまったので……

それでは次回またお会いしましょう!

皆様の感想と高評価、お待ちしてます。
お気に入り登録とここすきもお待ちしてます。
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