お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
「では、お兄様。私は先にキャメロットへ帰還していますので」
「ああ、僕もアルトリアを迎えにいっていつもの部屋に戻るよ」
4日目の早朝。
いつものように朝食まで済ませて僕とトネリコはそれぞれ向かうべき場所へと向かう。
レイレナードには今日の昼からと言われていたみたいだけど、真面目な彼女のことだ、早朝から執務に励まなければ気が済まないのだろう。
お互いに跳ぶべき場所へ繋がる水鏡を展開する。
片方はキャメロットへ、片方はあの林の家へと。
トネリコが軽く手を振り水鏡の先に消えていったのを確認して、僕も自分の開いた水鏡の中へと進んでいった。
「あ、おかえり」
家の中に戻るなり、聞こえてきたのはアルトリアの声。
ちょうど朝食をとっていたのか、目の前には大きなサンドイッチを頬張る直前のアルトリアの姿。
「タイミング、悪かったかな」
「いいか悪いかで言えば最悪だね。デリカシーのカケラもないと思う」
それはそうだろう。
なにせ年頃の乙女が大きく口を開けて食べ物を頬張る直前の姿を見てしまったのだから。
「す、すまない……これに関しては僕が全面的に悪かった」
「…………まぁ、いいけど。陛下とのお休みはもう終わり?」
「ああ……彼女はもうキャメロットへ帰還して執務を再開すると言っていたよ。だから僕はアルトリアを迎えにきた……んだけれど」
両手で持っている巨大サンドイッチ。
概ね作った後に切るのがめんどくさくてそのまま食べようとしたのだろうけれど…………
「……なんだよぅ」
「いいや、僕の育て方が間違えたのかと不安になっていたところだ」
「それはどういう意味?もしかして“コレ”のこと言ってる?」
アルトリアがぐいっ、と差し出してきたのはいつも出しているような食べやすい大きさにカットしたサンドイッチではなく……ただ具材をパンに挟んだものだった。
一瞬、それを見て思考が止まった。
そして、次の瞬間……様々な憶測が頭の中を駆け巡り……
「もしかしていつも出していたサイズに満足できていなかった……?確かに食べ盛りの子には少し少ない量だったかもしれないけれど、間違ってもそのまま出したことなんてなかったはず。いいや、付け合わせのスープも具沢山のものを作っていたし、決して飽きないように毎回中身だって変えていた。そもそも、僕の出していたものがアルトリアの需要を満たせていなかったということか……」
「あ、あのぉ……レイン……?」
「しかし、
ショックのあまりぶつぶつと独り言を繰り返すだけの虚しい一般妖精になりかけていたが、アルトリアが食べたいのならそういうジャンルも開拓するべきだという決意を胸になんとか再起動を果たす。
「……とりあえず、そっち方面のジャンルも作れるように努力はしてみるよ」
「その生暖かい目をやめろぉ!!!」
いつの間にか手元にあったナイフを使ってまさについさっきかぶりつこうとしていたサンドイッチを皿の上で綺麗に切り分けて、真っ赤な顔のまま食べ始めた。
「なんだよもぅ……急に帰ってきて……そんな目で見るなよぉ……」
モキュモキュ……どこか既視感を覚える効果音と共にぶつぶつと文句を口にしながら朝食を食べ進めるアルトリアを見て……元気そうでよかったとひとまずの安心を得たのだった。
***
「それで、お迎えに来たってことだよね」
「まあ、そうなるかな」
「ふぅん……楽しかった?」
「楽しかったよ」
「そっか、とりあえずそれは安心しました」
朝食を終えて片付けまで済ませ、アルトリアは僕の座る椅子の対面に座る。
家の中には魔力の残滓がたくさん残っていたし、魔術の練習をしていたのか、それとも別の何かをしてきたのかはあえて聞かないことにした。
「とりあえず、旅に必要そうなものは用意しておいたよ。魔力込めた宝石とか、使えそうなナイフとか……そういうの」
「あの時は急に向こうへ行ったからそういうものの準備はできなかったからね」
「そうそう、せめて家に取りに戻れればなあとは思ってたからちょうど良かったかも。わたしもやりたいことも出来たしね」
いつの間に用意したのか、アルトリアは大きめなトランクバッグの中に魔力装填済みの宝石を含めた道具を詰めていく。
「モルガン陛下から言われた旅もすぐに出るのかな」
「早ければ明日には出発になるだろうね。一応歩いての旅にはなるけどキャメロットへの帰還と物資の補給は水鏡を使ってズルしてしまおう。週に一度戻っていたら何年経っても終わらないよ」
「そうだね、キャメロットからエディンバラなんてすっごく遠いし」
「できるだけ必要そうなものはもっていくんだよ?」
「もちろん、日課用の宝石も持ったし充填済みの宝石もたくさん詰めたよ」
荷造りしているところを見つめて僕も何か持っていくものがないかと家の中にあるものを探す。
「……最悪水鏡で近くの村に跳べば問題ないかな」
こう見えて僕は育ちはいいというか。
昔はトネリコの旅装束を用意したことはあったけれど役に立ちそうなものを用意することは一切できなかった。
野宿の経験なんてもちろんないし、イノシシ相手など狩りは経験はあってもしっかりとした戦闘の経験なんてエルサレムとソロモンでの戦いくらいだ。
ランスロットやガウェイン達、円卓の騎士達に稽古こそつけてもらっていたもののそれ以来戦いの経験はない。
「僕の場合は小道具を持ち運ぶことこそ無駄になりそうだな。大抵のことは魔術でどうにかなってしまうし、野宿になっても空間を切り離して魔獣と人払いの結界を張って安全を確保すればなんとかなるだろう」
うん、と頷いてアルトリアの元へと戻る。
手に持ったものは特にない、資金的な問題が起きたら適当に仕事をこなせばなんとかなるだろう。
「レインも準備終わった……って、何も持ってないじゃん!」
「まあ、なんとかなるかなって」
「楽観的だなぁ……まあ、レインがそういうならなんとかなるんだろうけどー?」
そんな軽口を叩きながらアルトリアはゴトッとたくさん収納したであろうトランクバッグを手に持った。
「ここにはしばらく帰ってこれないけれど、大丈夫かい?」
「うん、大丈夫。忘れ物はないかな」
それじゃあ、キャメロットへ向かおうと水鏡を開く。
転移する先はアルトリアが使ってきたキャメロットの一室。
荷物はアルトリアの持つ鞄一つで、あとは必要なものがあったときに戻るくらいになるのだろう。
「あっ、そうだレイン」
「ん?忘れ物かい?」
「ううん、そうじゃなくてね。ちょっと待ってて!」
慌てて家の中へ戻っていくアルトリア。
やっぱり忘れ物があったのでは?と首を傾げていると手に持ってきたのは小さな木箱だった。
「これ、あげる」
「開けても……?」
問いかけに小さな頷きで返答するアルトリアを待って、受け取った木箱を開ける。
中に入っていたのは星の形をした水色のネックレス。
星の中心には見覚えのある形の剣の意匠が刻まれていて思わず笑みが溢れる。
見たところアルトリアなりに魔術的な加護を重ねたようにも見える。
「3日間、特にやることもなかったし……その、レインにたくさん教えてもらったことのお礼……みたいな?」
「そっか……うん、嬉しいよ」
箱から取り出して、決して壊れないように保護の魔術を重ねがけして首から掛ける。
ベースにした宝石がアクアマリンであるからか、水と縁の深い僕には魔術師的にもアルトリアのかけた加護の効果が受けやすい。
「これから旅をする中でその……モースとかに遭遇したら困るでしょ?レインなら問題ないかもだけど対呪防御とか一回だけだけどわたしの対粛清防御が使えるからいざとなったら使ってね」
「……現代魔術師が見たら卒倒ものの魔術礼装だな」
「わたしもレインにたくさん教えてもらったから、ちょっとくらい価値のありそうなもの渡せたらって思って」
「魔術礼装としては特級品、アクセサリーとしても超一流品だ。ありがとう、アルトリア。大切にするよ」
「うん、そうしてくれるとわたしも嬉しい」
ほんの少しだけはにかんで、アルトリアは自分の鞄を持ち上げる。
「よーし!渡すものも渡せたし!いこっ!」
そう口にするなりアルトリアは水鏡の先へと消えていく。
そんな彼女を見送って、彼女から渡されたネックレスに触れた。
「対呪防御に一度だけの対粛清防御、それだけじゃなくて僕が教えた聖剣魔術を最適化するための術式に……」
まだいくつか魔術が仕込まれているが、それはおいおい調べるとしよう。
「いや、アルトリアがプレゼントしてくれたものだ。その最奥まで調べ尽くすのは無礼というものかな」
僕にとって、アルトリアは……その、もう1人の妹というか、姪っ子というか、娘というか……とにかくそのような立ち位置だ。
そんな子から貰ったプレゼントが嬉しくないわけがなかった。
頬が少し緩んでいるかもしれない。
キャメロットに向かう前にいつもの顔に戻さねばと何度か頬を叩く。
「よし、もう大丈夫」
受け取ったネックレスをもう1度だけ触れて、僕は水鏡の中へと足を進める。
妖精國の中心、上級妖精が集う罪都キャメロット。
僕は3日ぶりにその城へと足を踏み入れたのだった。
もう少しでアルトリアとお兄様の旅(第一回)が始まります。
これは巡礼の旅とは少し違って、この度はモルガンからアルトリアへ与えられた王命です。
この世界をどう思い、この治世をどう思い、ブリテンの民を見て使命を全うすることを選ぶのか、それともブリテンを存続させる道を選ぶのか、というお話です。
メタ的なお話をするならどちらを選ぶかは決まっていますがアルトリアがどう思ってモルガンと対面するかは大事ですからね。
本編では楽園の妖精同士の相互理解が足りなすぎたんです。
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本当にありがとうございます!!!
皆様に見捨てられないように更新も頑張っていきたいですね。
それでは次回、またお会いいたしましょう。
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