お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン   作:今井綾菜

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第二周遊 『マンチェスターにて Ⅰ』

 

 

「なるほど、そういった方法でレインフォート殿はブリテンへ帰還なされたのですね」

 

「“帰還した”というよりは“連れ去られた”の方が正しいんだけどね」

 

「モノはいいようですわ。この場合は私は殿下、とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 

「いいや、元のままで構わないとも。今の僕はブリテンにとって“いないはず”の妖精だ。モルガンの兄であろうと、6000年前のオークニーで雨の国の王子は死んだんだ。今更、当時の身分を求めたりはしないさ」

 

「…………謙虚ですのね」

 

時間は流れ、滞在2日目の夜。

アルトリアはフカフカのベッドで爆睡……もとい、熟睡している時間。

僕は妖精騎士ガウェインの誘いで、『陛下の兄君と話をしてみたい』とのことから彼女の館の中では来客室として使われる大部屋で食事とワインを楽しみながら会話に花を咲かせていた。

 

それに、驚いたのは彼女の口調だった。

僕が識る限り、いいや……メリュジーヌやレイレナードに聞いた限りでも彼女の喋り方は騎士としてのそれだと聞いていた。

しかし、ゆったりとして女性らしい服装で軽食とワインを持ってきた彼女は女性らしい、いや……淑女らしい口調で話し始めたのだ。

 

『妖精騎士とあろうものがこのような話し方では落胆するでしょうか?』と尋ねられたものにほんの少しの驚きを得ながらも『いいや、そんなことないよ。そちらの方が素の君ならその方が好ましい』と返したことでこの話し合いは幕を開けたのだった。

 

 

「実際のところ、彼女の騎士としての君に聞きたい。君から見たこの妖精國はどうだろうか。君の忠義の許す範囲で答えてくれると嬉しい」

 

「……」

 

そうですわね、と前置きして彼女は一度思考と言葉を整理する。

ほんの少しの沈黙を経て、顎に手を当てていたガウェインはワインで喉を潤して口を開いた。

 

「一言で言えば、薄氷の上でギリギリ成り立っている……といったところでしょうか。モルガン陛下の圧倒的な力で恐怖政治が成り立っている状態です。我ら妖精騎士も協力を、というには個人の意思が強すぎて協調性が生み出せない状態です。アーデルハイト卿がなんとか体裁は保っていますが……正直なところ来るべき大厄災に備えることを考えれば、不安が残る状態なのは間違いありません」

 

しかし、と彼女はまっすぐな瞳で僕を見つめて言葉を繋げる。

 

「妖精騎士という立場とギフト、そして生まれながらに得たこの強靭な肉体と力はこの國を……全ての弱き民を守護するために与えられたのだと考えています」

 

妖精騎士ガウェイン、いやバーゲストは思いだす。

この國で2人目の妖精騎士となった日のことを。

嘗てから憧れを抱いていた円卓の騎士の物語。

汎人類史に於けるアーサー王とその騎士たちの物語に彼女は心の底から憧憬を抱いていた。

自身の生まれ持った強大な力。

忌み嫌われ、同じ氏族の中でさえ冷たい視線を向けられる日々。

そんな中で“正しくあれ”と自身に言い聞かせて鍛錬と淑女らしさを身につけ、礼節を学び、騎士として生きるのだと参加したキャタピラー戦争。

 

そこで挙げた武勲を認められ、モルガン陛下の勅命でキャメロットへ呼び出された時の高揚感。

 

この時のために、私は礼節を学んできた。

この時のために、私は武をこの身に修めてきた。

 

『この妖精國ブリテンにおける、外部からの妖精騎士着名はお前が初めてとなる』

 

『お前に与える騎士の名は“ガウェイン”。清廉潔白、文武両道、このブリテンにおける手本となることを、私はお前に求める』

 

『牙の氏族、バーゲスト。妖精食い、その衝動を我がギフトにて抑えよう。その代わりにお前は私の手足となりブリテンの安寧のためにその力を振るうがいい』

 

光栄だった、今でもあの時の高揚感と女王陛下に捧げた忠義の心は色褪せない。

あの時の誓いと信念は今もまだ衰えることなく燃え盛っているのだから。

 

「…………そうか、僕の妹は良い部下を得たらしい」

 

ガウェインが発したその言葉にどれほどの決意が込められていたのか。

その全てを悟れるほど僕の能力は高いわけではない。

所詮、他人と言えば他人なのだ……真の意味でわかりあうことなんてきっとこの先どれだけ時間が経っても不可能だ。

 

しかし、彼女のその言葉が嘘で塗り固められたものでないことだけはこの眼が証明している。

彼女の理念と言葉は信用に足るものだと、僕の経験と瞳がそう告げていた。

 

「ありがとう、妖精騎士ガウェイン。願わくば、この先も君の心がモルガンを支えてくれることを祈っている」

 

「それはこちらのセリフですわ。この國の臣民たちは陛下の期待と信頼を裏切り続けました……その度にすり減っていた心が、兄君であるレインフォート殿のおかげで癒せるのなら……貴方の存在が今度こそ陛下のそばから離れることのないように願っています」

 

「ああ、それは僕もできるだけ叶えたいと思っている。君のような忠臣がいるのなら政治に関わるつもりのない僕でも安心していられるよ」

 

言葉をそこで区切って、さらに切り分けられたミートパイを口へ運ぶ。

トマトの酸味とひき肉の旨み、マッシュルームをはじめとする具材との完璧な調和が取れた味に思わず唸る。

 

「お口にあいませんでしたか?」

 

「いいや、むしろ逆だよ。ブリテンの食事がここまで進化していたことに驚きを隠せない。いや、そうではない……これは君が必死に努力して身につけた味だろう。恐れ入った、本当に美味しいよ」

 

「それは良かったです。なんでもこのブリテンの調理事情はアーデルハイト卿が嘗てのオークニーのレシピを再現した料理本が始まりになって大幅に改善されたらしく……それもモルガン陛下からの命によって行われたとのこと……私にとってはそれを参考にしてアレンジを加えていっただけですけれど」

 

「それを出来るのがすごいんだ。いいかい?妖精というものには基本的に創造性がない、ブリテンの発展にだって人間の創造性に妖精の空想具現化が合わさって無理やりに発展を進めていくものなんだ」

 

ほんの少しでも酒の肴になればと、おそらく勤勉であろう彼女にほんの少しの固定概念を壊せる何かになればと口を走らせる。

 

「しかし、君のように特別な存在が時折生まれるんだ。人間のように発展や創造性を持って生まれる妖精がね」

 

「基本的に妖精という種族に学ぶという概念はない。なにせこの世界では人間が学び、妖精はそれを出力するだけだ。高度な能力を持つはずの妖精圏が他の歴史に比べて発展が遅いのはそれが理由と言える」

 

「……では、どのようにすればその問題を解決できるのでしょう。私たち妖精にその力がないとすれば、私たちの文明は、歴史は停滞してしまっているのと同意です」

 

彼女の疑問はもっともだ。

発展がないのなら、その先に未来はない。

世界が求める人類史の発展に、このブリテンは合格できない。

 

「だからこそ、君のような特別な思考を持てる妖精が現れるのを待っているのだろう。モルガンやアーデルハイト、ランスロットは……少し事情が特殊だからなんとも言えないけれどね」

 

あのとき、オークニーが狙われなければこのブリテンにはもっと発展した都市があったかもしれない。

あの時ですら汎人類史における中世ヨーロッパ程度の文明がオークニーには存在していたのだから。

しかし、それを今更言ったところでどうしようもない。

そもそも聖剣鍛造の方法に懐疑的な思考を持っている僕がいる時点でその話だって結局は破綻してしまっているのだから。

 

「難しい話ですわね……結局のところこの広いブリテンからいつ生まれるかもわからない特異体を探すしかないとは」

 

「仕方ないさ、僕たち妖精は使命を帯びて生まれ落ちるもの。その使命を果たすことこそ僕らにとっての存在意義になる。その中で文明の発展を使命にする妖精でも現れない限り、自発的に考え、行動に移し、他の妖精を導く存在になどなれないさ」

 

ワイングラスを手にして一口煽る。

芳醇な葡萄の香りと後に残るアルコールの香りに息をついて窓の外を眺めた。

 

「力による支配、それは嘗て僕が選択しなかった道だ」

 

「誰かを傷つける選択をすることが怖かった。自分の臣民には笑っていて欲しかったんだ」

 

「僕には大切な家族がいた。父上は僕が生まれ落ちてすぐの戦争で亡くなってしまってね。母上が僕と妹を必死に育ててくれたものさ」

 

「そうしてしばらく経った頃、もう1人の妹ができてね」

 

「本当に目に入れても痛くないほど可愛い子だった」

 

「読書が好きで、冒険の物語が特に好きな子でね。好奇心旺盛でいろんなことにチャレンジしてみる子だった」

 

「誰よりも優しく、誰よりも国のことを考えて、誰よりも世界を救いたいと考えていた」

 

「あの子は本気で、ブリテンの妖精全てを救う方法を考えていた」

 

「しかし、16年目のある日……僕たちの国は崩壊した」

 

「四氏族による合同殲滅作戦。それによってオークニーは失われてしまった」

 

「そこからの過程は僕の知らない物語だ。でも、あの子の辿ってきた道はなんとなく想像できる。誰もが幸せになれる国を目指したあの子が、力と恐怖で支配する国を作ってしまった理由なんて……数えるほどしかないだろうからね」

 

コトン、とワイングラスをテーブルに置く音が響く。

話さなくても良いことだった、とは思う。

しかし、彼女ならば話してもよかっただろうという気持ちも間違いなくあった。

 

椅子を引き、席を立つ。

 

「ありがとう、ガウェイン卿。君のおかげで有意義な視察の始まりになりそうだ」

 

「ええ、こちらこそ。貴重なお話が聞けて楽しい夜になりました」

 

彼女に見送られ、扉の前に立った時。

ただ一言、『レインフォート殿』と彼女に呼び止められる。

 

「貴方さえ良ければ……明日のお昼過ぎにひとつ手合わせをしていただきたいのですが」

 

「……僕で良いのかい?」

 

「ええ、モルガン陛下を持ってして【魔術の天才】……我が国1番の騎士を持ってして【剣術における最高峰】と語られる貴方の剣、胸を借りさせていただきたく」

 

「……あの2人、だいぶ誇張しているな?今更そんなことない、と口にしても無駄か。いいとも、明日の午後から身体を動かす程度にね」

 

「感謝します。引き止めて申し訳ありませんでした」

 

「ああ、明日を楽しみにしているよ」

 

今度こそ扉に手をかけて退室する。

部屋へと戻る長い廊下を歩きながら、思わず大きくため息を吐いた。

あの2人、僕の存在をだいぶ誇張して話しているな?

この先どんな尾ひれのついた話が出てくるかを考えて若干の頭痛にほんの少しの不安を募らせながら、僕は与えられた部屋へと戻っていくのだった。

 




親愛なる読者の皆様、お久しぶりでございます。
この半端ない熱さにやられ、作者は文章を作る能力が著しく失われておりました。
お盆も明けて残暑の残る中、読者の皆様も最後まで気を抜かずに熱中症もろもろにお気をつけながら過ごしていただければと思います。

それはそれとして作者のガウェインエミュ力が試される今回。
間違いなく大コケしているであろう今回のお話ですが、ガウェインエミュは許して本当に()
次回はお兄様vsガウェインということで戦闘に逃げる形になりました。

本当は夏イベや遂に実装されたオルガマリー所長(宝具六、Lv120、スキルマ、冠位)についてもお話ししたいのですが後書きで自我強すぎても困るのでこの辺りに……

それでは次回のお話でまたお会いしましょう!

皆様の感想と高評価、お待ちしてます。
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