お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
雨の氏族の王子であるレインフォート。
まあそれはつまり僕のことなんだが、僕がこのブリテンに生まれてはや数百年経つがどうやら僕は普通の妖精とは少し違うらしい。
いや、存在が違う……というわけではない。
最愛の妹であるトネリコのように楽園から遣わされた特別な存在というわけではないのだが。
少し違う、というのは価値観というのだろうか。
僕の知性はどちらかといえば“人間”のそれに近い。
妖精独自の“存在の指向性”はあるものの、それよりも人間の感情に近いものを持ち、人間と同じような創造性をもち、人間と同じように学ぶことを楽しめる。
このブリテンに時折流れ着く“漂流物”。
その中でレインフォートは特に“魔術”に興味を持ちその研究に勤しんだ。
料理は妖精には必要ないが、オークニーにも人間はいるため食事の重要性は理解していたこともあって最近は調理にも手を出してみている。
初めは母や妹にも好奇心の籠った目で見られた。
雨の氏族の妖精には王子がまた不思議なものに手をつけたと噂をされた。
だが、それも時が経つにつれてそれは興味へと変わり、それはオークニーの中で“魔術”という文学が一般となり他の氏族にはない強みとなった。
とは言っても攻撃的な魔術は教えていないし、これからも教えるつもりもない。
自身も妖精だからよくわかる。
妖精は移ろいやすい生き物だ。
今は魔術に興味を持って学ぶことを楽しんでいても、それをいつ誰に向けてしまうかわからない。
だから、“守る”ための魔術だけを雨の氏族に教え込んだ。
妹に教えている数々の魔術からみればほんの少しだけ。
だが、それでいい。
いずれ来るであろうその時にたった1人さえ守れればそれでいいのだ。
「認識阻害の魔術。対象を別人に見えるようにする魔術は完成した。どこにでも逃げられるように水鏡はもう教えた、身を守るための術も教えて、あの子は自分で攻撃魔術すら身につけた。時折、僕に向けて撃ち込んでくるのは玉に瑕だけれど成長を感じられていいとして、だ」
最近、他の氏族の様子がおかしい。
と言うよりも、おそらく“気づかれた”と言った方が正しいだろう。
どうにか誤魔化せるところまでは誤魔化したいところだが……それも一年持つかどうかと言ったところだろうか。
「15年前のあの日、あの子を拾った時から雨の氏族はこのブリテンにとっての裏切り者になった。叶うならば、あの子がその役割を果たす姿を見届けたかったが……」
今もきっと離れの図書館で読書と魔術の研究に勤しむ妹を想う。
自分の命すらも捧げても良い、そう思った。
きっと辛い道のりになるだろうことも容易に想像できる。
「でも、そうだね。きっとキミに惹かれる妖精も現れる。いずれ来るキミの旅路が美しく楽しい物語になることを心の底から祈っているとも」
よし、自分ものんびりしてられないなと領主館から出るために準備を始める。
「今日はトネリコのところに行く前にアップルパイでも作っていくか」
先程までの真面目な雰囲気はどこへやら。
今はもう妹の喜ぶ顔が楽しみで仕方ないのだった。
オークニーにあるトネリコが過ごす図書館。
いつものように読書と魔術の研鑽に励むトネリコは自分にある“もう一つ”の記憶/記録に頭を悩ませていた。
汎人類史という世界のモルガンという女性の在り方。
もう一人の自分とも言える彼女の通ってきた道と蓄えた知識。
兄から学んでいた魔術も、本当は知識としては持っていた。
ただ、兄から教わるその行為が楽しくて嬉しくてずっと教えてもらっていたが、本当は学ばなくてもそのうち出来ていたことでもあった。
大好きな兄を騙しているようでどこか胸が苦しかったが、それでもあの時間は自分にとってとても大切でかけがえのない時間でもあったのだ。
「それにしても、お兄様のいない世界……かぁ」
モルガンの知識を受け取ったあの時、なによりトネリコが恐れたのは兄であるレインフォートがいなかったことだった。
もちろん、母であるレティシアも姉であるルクレティアもいない世界。
今の自分にはいないアルトリアという妹を憎んで復讐のために命を燃やすだけの人生なんて、怖くてしかたなかった。
だけど、たったひとつ。
ブリテンを愛したその心だけはトネリコも尊いものだと思っていた。
その他にもたくさんの知識が自分の中にはある。
世界樹トネリコとその理論、異星の神と呼ばれる存在に関する情報。
汎人類史と呼ばれる世界の知識、カルデアと呼ばれる組織の英霊を召喚するという術式など、あげればキリがないがそれほどまでの知識が今のトネリコには備わっている。
そして、あの『もはや執着と呼ばれる程のブリテンを手にしたいという心の渇き』は…………
「やあ、トネリコ。今日も研究に励んでいるみたいだね」
「あっ!お兄様!ようこそいらっしゃいました!」
先程までの思考をカットして図書館にやってきたレインフォートを出迎える。
甘いリンゴとバターの香りが部屋に満ちて思わずゴクリと喉が鳴る。
「もしかして、アップルパイですか!?それも焼きたての!」
「よくわかったね。今日のおやつはアップルパイと紅茶だよ。アップルパイは焼きたてだから火傷しないようにね」
「はい!あっ……いま本を片付けますね!」
いつもティータイムで使うテーブルに積み上げられている本の数々を魔術を行使して本棚に戻していく。
「魔術も上達したね」というレインフォートの言葉に思わず頬が緩む。
すかさずティータイムの準備を終えたレインフォートと対面になるように座れば、切り分けられたアップルパイにトネリコの視線は釘付けだった。
「今日は少し作り過ぎてしまったからね、たくさん食べて」
「あっ……はい!」
そんな視線を見抜かれていたのか、レインフォートからの言葉にほんの少し顔が熱くなるが、それでも目の前にいる兄とのティータイムを楽しむためにまずは切り分けられた一つを食べてしまおうとフォークを手に取った。
結果だけ伝えると、レインフォートが用意してきたアップルパイはお残しすることもなく、トネリコがもぐもぐと食べ進めてしまった。
焼いてきたレインフォートはその様子を見て終始笑顔であったという。
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