お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
「……レインはさ、本当にリツカたちと闘うの?」
玉座の間を出てすぐ、ゆっくりと歩き出したアルトリアは不安げな声音でそう尋ねた。
隣に歩くレインフォートもアルトリアの歩幅に合わせながら頷く。
「そうだね、さっきも言った通りモルガンのためなら僕はカルデアとも闘うだろう。それが……6000年間彼女を1人にした僕にできる唯一の償いでもあるからね」
「……じゃあ、わたしがリツカたちといたら、レインはわたしとも闘うの?」
「…………出来れば君にはもう彼女たちと関わらないでほしいとは思う。思うけれど、君が本気で考えて出した結論なら僕は口を出すことはしないさ。たったひとつ、楽園の妖精としての役割を果たすその瞬間まではね」
「…………もし、使命を果たそうとしたら?」
「星の内海に君が帰る前に全力で止めに行く。その時は悪いけど手加減はできない。僕にとってはこの星の運命よりも君たちの命の方が大事なんだ」
「ははっ、重たいなぁ」
「結局僕も本質はそこらにいる妖精たちと変わらないってことさ。与えられた役割を捨てて自分のやりたいことを優先する。笑ってくれて構わないよ」
「…………」
自虐的に笑うレインフォートのその言葉にアルトリアは返す言葉が見つからなかった。
アルトリアだって、本当はわかっている。
レインフォートがカルデアの味方につきたいことも、モルガンの味方につきたいことも。
ただその天秤にのった比重が本当は優しいあの女王の方に傾いただけなのはわかっていた。
「……でも、そうだな」
ほんの少し、間を置いたレインフォートの言葉。
彼の方を向く前に頭に優しい手の感触が乗っかる。
そのまま雑にわしゃわしゃと撫でられて、数ヶ月ぶりの懐かしいその感覚に戸惑いを隠せないままいると優しい声音で欲しかった言葉が告げられた。
「さっきも言ったけれど僕はモルガンの味方ではあるが君の味方でもある。どうしても困って、心から助けてほしいと願ったなら……」
左手の手首に、慣れない重みが加わる。
雫の形をした小さなエメラルドが嵌め込まれたブレスレットが左手首に現れていた。
「それに魔力を乗せて僕の名前を呼ぶといい。君がどこにいても必ず助けに行くって約束する。まあ、夜に寂しくなったらとかでも構わないけどね。僕がモルガンに怒られるだけだから」
「もう、陛下に迷惑かけちゃダメなんだよ?でも、うん……ありがとうレイン。これがあればまだ頑張れそう」
また新しい宝物が増えた、とアルトリアは左手首のブレスレットを撫でる。
止まっていた足取りを再び進めて、城下街へと降りた時レインフォートはずっと黙っていた口を開いた。
「本当のことを言えば君には僕の近くにいてほしい。怖い目にはあってほしくないし、痛い目にもあってほしくない。辛い旅はしてほしくないし、心から笑っていてほしいと思う」
「……うん」
「でも君はそれを良しとしない子なんだというのもわかるんだ」
その言葉はとても優しい声音だった。
レインフォートが自分に向けてくれたその言葉が、本当に心の底からそう思ってくれていることなんて自分の眼で見なくたってわかっている。
「わたしってさ、たぶん人よりほんの少し不幸だったんだ。でも、レインにであって陛下にあって、妖精騎士たちにであって今はリツカたちと出会った」
だからこそぽつりぽつり、とアルトリアの口から自分自身の曇りのない言葉が溢れる。
始まりは確かに不幸だったかもしれない、利用されて、逆らえなくて、諦めていた。
でも、転機が訪れた。
あの時差し出された手を握った時から自分の運命は変わったんだって確信すらできる。
「わたしはきっとレインや陛下と同じ道を歩けない。たぶんレインとも闘うことになると思う」
アルトリア・キャスターが自分を救ってくれた人にできる唯一の恩返し。
それがなんなのか、どうすれば叶えられるのかは生まれた時からやり方を知っているこの身に与えられた役割そのもの。
それは聖剣の鍛造とそれを担い手へと返還すること。
あの数ヶ月でたどり着いた答えはこれだった。
たった1人で旅をする勇気はなかったけれど。
たった1人で陛下に敵対する勇敢さはなかったけれど。
「わたしは、わたしができることをしたいんだ」
「…………そうか」
その言葉に込められた想いを彼はどれだけ理解できただろう。
溜めた時間の分だけ、彼の表情を見ればどんな感情が渦巻いているかなんて理解できてしまう。
「どんなことがあってもさ、自分の決めたことだけは貫きたい。レインの娘として、トリスタンの従姉妹として陛下の姪としても」
「だからレイン、いまだけでいいから……わたしのこと応援してくれる?」
気がつけば、キャメロットの城門前まで来ていた。
門の外にはカルデアに協力する者たちとそのマスターが待っていて、アルトリアは今まさに仲間たちの元へと歩きだろうとしている。
「……ああ、もちろん。頑張っておいでアルトリア」
「うんっ!わたし頑張ってみるから!」
そう告げて、満面の笑顔を向けて。
「お待たせリツカ!アルトリア・キャスター!覚悟を決めました!」
「うん!改めてよろしくねアルトリア!」
かつての部下と娘が握手しているところを見つめて、レインフォートは城内へと戻っていくのだった。
☆☆☆☆
キャメロット モルガンの私室
「いくらお兄様といえど今回の行動は流石に目に余ります」
「すまない、反省はしている」
「……アルトリアの魔力は確かに貧弱です。下手をするとオークニーにいた頃の私よりも格段に。ですが、そのために宝石を使うことを教え、彼女に最も適性のある聖剣の名を与えられた魔術を授けたのでしょう?」
アルトリアと別れてから数十分後。
モルガンの私室に訪れていたレインフォートは最大限に目つきの悪い不機嫌オーラ全開のモルガンに詰められていた。
「我が子に対して過保護なのは結構ですが、時には見守ることも大切でしょう」
「……それを君がいうのか」
「なにか?」
「いや、なんでも」
育児下手くそ兄妹ここにありけり、といった感じではあるのだがそれはお互いに言わないほうが身のためというか平和というか。
何はともあれ、モルガンの起源は最高潮に悪いのだけは確かだった。
原因は言わずもがな虞美人のあの発言。
あそこでモルガンの慈悲という名の糸はぷっつり切れてしまったのである。
「……まあアルトリアのことはいいでしょう、勝手に城を抜け出したのも不問とします。ですが、あのカルデアとやらだけは容赦しません。ブリテンや私への批判だけならまだしも、お兄様に対するあのような侮辱だけは絶対に……絶対に許すものか」
「……僕から言わせればそれこそ大した問題ではないんだけど」
「では逆に問いますが、誰とも知れぬ輩に『お前の妹は人を呪い壊すことしかできぬ最悪の魔女だ』とでも言われたらどうしますか?」
「………………」
「しかもそれを後で私が事実だから気にしないなどと言ったとして、お兄様は納得できると?」
その言葉に、返す言葉は思い浮かばなかった。
確かに、モルガンがそのように罵倒されたとして平常心でいられるかと問われればそれは決して否だろう。
魔力の鎖で縛り上げ、許しを乞われようともその言葉の真意を問いただすはずだ。
「その反応が全てです。お兄様にできぬことを私に求めないでください」
「それは本当にすまなかった」
「よろしい。では本題はここからですが、アルトリアをどうするつもりですか?城の外に送り出したということは星見の魔術師たちに同行することを許可したように捉えますが」
「どうするつもりも今のところはないさ。さっきも言っただろう?僕は君の味方であり、アルトリアの味方であると。どちらかの“陣営”に肩入れするつもりもなければ干渉するつもりもない。だけど、外的要因で君たちを死なせることだけは絶対にさせないつもりだ」
「……傲慢ですね。アルトリアがこの先円卓軍に参加すれば私たち女王軍との全面戦争になりますよ。旗印にされるあの子と女王である私、ふたりをお兄様だけで護れると?」
「君たち2人だけならどんな手段を使っても生かすさ。忘れたのかい?僕は国も家族も全てを犠牲にしてたった1人を生かした男だよ」
「………………そうでしたね」
モルガンとレインフォートの間に嫌な沈黙が流れる。
モルガンにとってはトラウマに近い出来事だ。
故郷も、友人も、大好きな家族も全て失って自分だけ生き残ったというあの絶望は決して忘れることはできない。
レインフォートはそれを自虐的に言葉にするけれど、それで生かされたモルガンはどんな顔をすればいいのかいまだにわからないでいる。
「この先きみたちが争うことになるのなら、僕は基本的にこれに介入はしない。僕はこのブリテンにはとっくに存在しないモノで本来ならいるべきじゃない妖精だ」
「そんなことは……!」
「あるんだよ、トネリコ。だからこそ……“存在しない”僕にしかできないことを、やっていくつもりだ」
オークニーの王子、カルデアの職員。
その肩書きを捨てた今だからこそ、出来ることだってあるはずだ。
「君と敵対することはない。出来るなら妖精騎士達と戦うことだって避けたいとは思う。君を害するのならカルデアとだって戦うし、アルトリアを害するのなら女王軍とだって戦う。どっちつかずの優柔不断な兄だと笑ってくれて構わないが……」
「……待ってください」
言葉を最後まで聞くことはなく、モルガンが遮る。
その瞳は不安に揺れていて、今にでもその瞳から雫が落ちてしまいそうな表情で。
「また……私の前からいなくなるのですか……?」
「……君たちの害になるものを僕の判断で解決しにいく。キャメロットにはしばらく戻れないかもしれないが……」
「だ、ダメです。許しません……女王としての命令を使ってでも……」
「僕は君の国民ではないよ。死して尚、僕のことを兄と呼んでくれたのは嬉しい。僕も君のことは大切な家族だとずっと思ってる。だからこそ、身分も地位も関係ない僕だからこそ出来ることがある」
アルトリアは自分の意思で進み始めた。
モルガンだって苦しい旅路の果てにこの結末に至った。
ならば、レインフォートだって自分の意思で決めたことを成すべきだろう。
「ほんの少しだけのお別れだ。君が本当に助けて欲しいとき、僕を呼ぶのなら必ず駆けつける。今度は必ず、君を助けるために文字通り飛んでくるよ」
背後に水鏡を展開する。
それに気がついたモルガンが魔術を行使するよりも先にレインフォートへと手を伸ばす。
「いってくるよ、トネリコ」
「っ!!お兄様!!!!」
モルガンの伸ばした手はあと一歩のところで届かず、レインフォートは水鏡の中へと消えていく。
「……間に合わなかった。いや、お兄様とてすぐには身を隠せないはず。なら、魔術の行使した痕跡を辿れば……」
モルガンは思案する。
自分のそばにずっといて欲しいという我儘。
それが兄に対する束縛に近い感情であることは理解していた。
けれど、もう2度と失いたくないと思ったからこそ、このキャメロットに閉じ込めていたというのに。
アルトリアがもしロンディニウムを占拠している円卓軍と手を組むことになれば探し出すことは難しくなるのは間違いない。
だからこそ、ことが大きくなる前に必ず見つけ出して連れ戻す。
ならば……気落ちしている暇など一瞬たりともありはしない。
涙を払い、凛とした表情へ。
誰もが恐れる冬の女王としての自分に戻らなければ。
表情を殺して、感情を殺して。
ただ、目的のために歩き続けるのは慣れているのだから。
☆☆☆☆
水鏡の繋いだ先。
それはレインフォートにとっては縁の深い場所だった。
白い灰が降り積もり、かつての栄えた痕跡はない。
かつては雨が降り続いた国だったが今となっては水溜まりの一つすら見当たらなかった。
常雨の国、最果てのオークニー。
レインフォートにとっての故郷であり、彼が自身の意思で滅ぼした罪の跡地である。
「…………感傷に浸っている暇はないな。やることは、たくさんある」
ベリルが隠れてやっていることへの対処。
カルデアへの接触とモルガンへ向くであろう敵意の処理。
そしてなにより、オベロンと名乗ったあの妖精の始末。
「……あの妖精、うまく隠しているつもりだろうけど」
トネリコがオークニーへ流れ着く100年ほど前。
レインフォートが打ち祓った大厄災がいた。
それの気配が、あの穏やかな笑顔の奥の奥に見えたのだ。
「杞憂ならそれでいい。けれど、アレが本当にアルトリアの横にいるならタイミングを見て消すしかない」
このブリテン島における終わりの意思。
大穴にいる祭神が封じ込めている最強の厄災。
汎人類史におけるアーサー王の伯父にあたり、アーサー王と円卓の騎士に打たれたブリテンの白き竜。
雨の氏族と鏡の氏族が手を取り打ち倒した“水の厄災”
今となってはどこからそんな神話を取り込んだのかと感心するしかないが、巨大な水龍の姿で現れた“ソレ”は当時のエインセルとレインフォートに祓われたのだ。
「……またせっせと働いているのか?ヴォーティガーン」
そう呟いた言葉は誰に届くこともなく、白い廃墟の中に消えていった。
作者、これからカルデア学園に入学します!!!!
いやぁ、生徒会長モルガン陛下とても良かったですね。
現地に行くためのスケジュールが取れないことが唯一の欠点というかどうして北の国に住んでるのかという話になってきています。
作者も超美人のモルガン生徒会長に片思いをしながらの学校生活とかしてみたかったです(血涙)
大学生のお兄様と生徒会長のモルガン、一年生のトネリコに従姉妹のアルキャスとかそんなシチュエーションもアリということですよね?????
それにRella先生のイラストを元にした救世主トネリコのフィギュアの発表まで……
作者の天命はここまでだったらしい……読者の皆様、あとは頼みました。
作者は今年、昇天する運命だったようです。
アヴァロン・ル・フェの更新について
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今まで通り月に3〜4話見れればいい。
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待ってもいいからストックして放出
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別に気にせんでええねんで(^ω^)