お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン   作:今井綾菜

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───私なんで泣いてるんだろう。


第十二旋律 『sincerely』

 

「───なるほど、じゃあマシュはずっと先の未来から来たってことになるんだ」

 

「はい、私もどういうわけか記憶がほんの少し前まで希薄になっていたせいで全ての状況を把握しているわけではありませんが概ねその認識であっていると思います」

 

「うーん、やっぱりちゃんと話を聞くと不思議だなぁ。未来から……それも2000年も先から時間を跳躍させるほどの魔術かぁ」

 

「私を飛ばした魔術は水鏡の応用に似たものに見えました。現代の魔術師ではただの1人も再現に成功のしていない超高度な空間跳躍の魔術ですが、それに時間遡行……レイシフトに似た効果までつけるとは……」

 

「ふーん?っていうかマシュは水鏡のこと知ってるんだ?あれってこのブリテンでは私しか使えない特殊なものだって思ってた」

 

面白い人もいるんだね、とトネリコが笑う。

マシュとトネリコが出会ってから数時間後、その日は森の中でキャンプすることになり、トネリコが周囲に展開した警戒の魔術のおかげでマシュとトネリコとトトロットは火を囲んで穏やかな時間を過ごしていた。

とはいえ、トトロットは火をつけてしばらくすると眠ってしまっていて、いま火を囲んで話しているのはマシュとトネリコの2人だった。

 

「あんまり未来の出来事は話さない方がいいからマシュの話はそんなに聞けないんだけど、でも流石に何も話せないと退屈でしょ?」

 

「そうですね……でも、話せることはたくさんあります。このブリテンのこと以外、例えば私の所属しているカルデアの話やこれまでの旅の話などどうでしょう?」

 

「あっ、いいね!それなら私の旅の話もできそう!ふふん、旅の話なら任せて、これでももう4000年近く生きてる大妖精なので」

 

「よ、4000年……!?すごいですね、1000年ですら大妖精と呼ばれるものと聞いたことがありますがその4倍とは……!」

 

「ふふっ!そうなのです、めちゃくちゃにすごいので是非ともはちゃめちゃに敬ってください!」

 

ドヤァ……とそんな擬音が聞こえてきそうなほど得意げな顔をするトネリコ。

それに対して純粋に尊敬の眼差しを向けるマシュというツッコミ不在の混沌空間である。

 

そんなこんなでマシュとトネリコの話はどんどん盛り上がっていく。

自分の仲間やこれまでの旅の話、決して未来のブリテンには触れないようなお互いに知らない自分たちの“過去”について一晩中話し続けて。

 

たくさんの夜を、2人はそうして過ごした。

短いはずの3人の冒険はマシュにとっても、長い、長い巡礼の旅を積み重ねてきたトネリコにとっても宝物になるようなそんな時間だった。

 

時間にしては2週間ほど、またもう少しでロンディニウムで人間の王が戴冠するという期間でもあるため、そこまで忙しいと言うこともなかったのだが……

 

「……せっかくマシュがいるから大穴の調査をしたくて」

 

「大穴、ですか?」

 

「うん、中に何があるのか自体は私のお兄様からずっと昔に聞いてたんだけど、私たち妖精があの大穴の中に入ることはできなくて。大穴の入り口に立つだけで私たちは本能的に恐怖を感じるようになってるの、その先に進めばどんな大妖精だってモースになってしまうから」

 

「なるほど……なら不浄に対して耐性のある私が出来るところまで降りていくのが調査に最適、というわけですね」

 

「そうなんだ。でも、いくら英霊ギャラハッドの力があるマシュでも大穴の最深部までは行けない。少しでも呪いの圧が強くなったらすぐに引き上げるからほんの少し見れればラッキー!くらいの気持ちでいてほしいな」

 

そうして始まったブリテンの中心にある大穴の調査。

大穴に近いていくにつれて強くなっていく呪いの圧力にマシュは思わず顔を強張らせる。

 

「はは……これ、本当にすごいよね。私も結構来てるんだけど全身から力が抜けそうになって震えが止まらなくなるんだ」

 

震える声音で笑うトネリコをマシュは見つめる。

額には汗が滲み、進む足が、杖を持つ手が震えているのが目に見えてわかる。

 

そして、ここにやってくる前に町で購入していた紫の花束を持つ手も……。

 

「そういえば、どうして花束を?」

 

「これ?お兄様がここに来てた頃からの習慣っていうか、『私たちの罪をお赦しください』って意味を込めてここにくる時は紫のヒヤシンスを持ってきてるんだ」

 

ここにお兄様ときたのは一回だけだけどね、とトネリコは笑う。

トネリコの話に時折出てくる“お兄様”という存在。

トトロット曰く、トネリコの行動指針やその人格形成に大きく関わっている人物なのだという。

 

この調査が終わったら、今晩はそのお兄様についての話を聞こうと決意したマシュは強張る足に力を入れて大穴へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

そうして、大穴の調査は芳しくない結果で終わりを迎えた。

何もわからなかった、という意味ではなく予想よりもまずい状況だという意味でだった。

 

「まあでも、今日調査できてよかった。マシュがいなかったらこの後の対策を考えることもできなかったかもだしね」

 

「それは、たしかにそうかもしれませんが……」

 

「もう!そんな暗い顔しないで!マシュはこの時代に迷い込んだお客様。この問題は今を生きる私たちの問題なんだから!大丈夫、私天才なのでなんとかしてみせますとも!」

 

えっへん、と胸を張り自信満々に答えるトネリコにマシュは思わず笑みをこぼした。

 

最近はもう生活の一つになった焚き火を囲んでのキャンプ。

今日はトトロットはエクターに会うために街に出てしまっていて夜のキャンプには2人きりだった。

 

「そういえば、お兄様の話ってマシュにしてたっけ」

 

「あ、いえ。ちょうどそのお話を今日聞きたいなと思っていたところで」

 

「そっか、私と関わってる人みんなには話してたからすっかりもう話した気になってた。ちょっと長くなるけど聞いてくれる?」

 

「もちろん、トネリコさんの大切な家族の話ならいくらでも」

 

「じゃあ、私のお兄様の名前からなんだけどね」

 

レインフォート・アーデルハイト。

 

トネリコの口から告げられた名前、それはマシュにとっては聞き覚えのある名前で、事前に彼がこの異聞帯出身の妖精であることを虞美人から聞いていて。

トネリコの話す彼との思い出が、かつてカルデアで彼が語っていた妹と過ごす日々と重なっていって。

マシュの中で、バラバラになっていたレインフォートとトネリコの関係が繋がっていく。

 

楽しそうに思い出を語るトネリコ。

それを聞きながら、心の内では今の彼女ではどう頑張っても彼とは会えないと残酷な現実を悟ってしまったマシュ。

 

もう数千年も前の出来事をまるで昨日のように語るトネリコに、マシュは耐えられずに口を開いたのだった。

 

「あのっ!トネリコさん!」

 

「どうしたの?あっ、もしかして話しすぎちゃった!?ごめん、私ってばお兄様の話になるとつい……」

 

「そうじゃないんです、そうじゃなくて……」

 

喉まで出かけた言葉。

女王歴2000年を超えた未来の先に彼がブリテンにいること。

それに自分たちのカルデアに彼が所属していたことや彼をまたこのブリテンからカルデアに連れ戻そうとしていること。

そのどれもトネリコにとっては残酷な言葉だというのは分かっていて……

 

「私たちの、探している仲間の名前…………」

 

「前に言ってた未来のブリテンに連れてこられたっていう……?でも未来のブリテンの話はダメって最初に決めて……」

 

「レインさん……私たちの探し他人はレインフォート・アーデルハイトさんなんです!汎人類史で生まれ変わって、カルデアに所属していた亜麗と呼ばれる特別な妖精の方が……!」

 

「は、はは……や、やだなーマシュ……お兄様はもう何千年も前に生まれ変わりも出来ないくらいに殺されて…………」

 

マシュの言葉、それに引き攣ったような笑みを浮かべるトネリコ。

信じられなかった、死んだ妖精が汎人類史に生まれ変わるなんてそんなのあり得ないにも程がある。

だったら、トネリコの数千年は……兄に胸を張れるようにと泣かないように頑張ってきた救世の歩みは一体なんだったのか。

 

「トネリコさんから聞いた話とレインさんから聞いた妹さんとの話、全部同じで……名前を聞いただけでは、この世界の出身だと知っているだけでは確信が得られなくて……」

 

「……じゃ、じゃあ……マシュが言ってた時間神殿で聖剣を使った妖精って」

 

「レインフォートさんです。カルデアに所属していた星の聖剣使いから借り受けてその力を完全に使いこなしていました」

 

「……………………ぁぁ」

 

その答えを聞いて、トネリコは小さな声を漏らして沈黙してしまう。

 

一分、二分。

いや、それ以上の沈黙だったかもしれない。

でも、トネリコの瞳から……数千年ぶりの雫が落ちていたのだ。

 

「ぁ、あれ……わたし、なんで泣いて…………?」

 

もう、涙なんてあの100年で枯れたと思っていた。

この数千年は泣く暇なんてなくて、ただ胸を張れるようにと裏切られても何をされても笑って進んできた。

 

もう、溢れ出した雫は止まらなかった。

 

「お、おかしいな……おにいさま、いきて…………うれしい、はず……なのに」

 

両手で零れ落ちる無数の涙を拭う。

拭って、拭って、拭っても数千年分の涙は止まらなくて。

 

「ぁ……ぅあ…………ぐすっ……ゔっ……」

 

「と、トネリコさん……」

 

「お、おにいさま……いきて……いきてる……!」

 

子供のように泣きじゃくるトネリコに、マシュは自分がレインフォートのことを伝えたことが正解だったのかわからなかった。

たしかに、生きていると知れたことは良かったかもしれない。

けれど、彼女が彼に会うことは…………。

 

「お兄様に、会いたい…………会いたいよぉ……!」

 

数千年、ただまっすぐに歩き続けた救世主がたったひとつ願ったこと。

 

大好きな兄に会いたい。

 

その願いは叶わないと、願った本人もマシュもわかっていたのだから。

 

 

その日、森の中には必死に歩き続けてきた少女の我慢してきた嗚咽の声がずっと、響いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は特殊エンディング回というわけでTRUEさんの『sincerely』でした。

京都アニメーションさんが誇る神アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のエンディングテーマであるsincerely、この曲自体は作者ずっと聞いてるんですがこの小説を書き始めてこの作品の中でのトネリコに歌詞が当て嵌まってからはもうしばらくこのシーンでこの曲ということしか考えられない時期があったほどでした。

『生きることやめないこと あなたに今日を誇れるように』

この歌詞がずっとお兄様に胸を張れるように歩き続けてきた拙作のトネリコにあまりにも……

作者にイラスト力があれば特殊エンディング使って動画作っていたかもしれないほどのシーンでした()

大切なシーンであるので本当はもっと長文で書くかも考えたんですが、作者の作風では長くなると蛇足になりかねないのでいつもの文字数で収まる判断をしました。

それではまた次回、現在の時間軸でのお話で会いましょう。
皆様の感想と高評価、お待ちしてます。
お気に入り登録とここすきもお待ちしてます。

アヴァロン・ル・フェの更新について

  • 今まで通り月に3〜4話見れればいい。
  • 待ってもいいからストックして放出
  • 別に気にせんでええねんで(^ω^)
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