お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
ゆっくりと近づく破滅の足音に今だけは……
いくら雨が降り続けるオークニーと言っても季節の移ろいはある。
最も雨の勢いが激しい春を超えて、じっとりと蒸し暑い夏がやって来た。
流石のオークニーのお姫様、もといトネリコにもこの蒸し暑さのある夏は毎年天敵ともいえる季節だった。
何しろ普段着ているローブは暑い。
とにかく暑いが今までは我慢して着ていたのだが……
「ふふん!今年の私は一味違いますよ!なにせ自分の周辺の気温と湿度を調整する魔術を作ったのです!」
今はまだ発展途上のその胸をドンっと張ったトネリコは自分の成果をレインフォートに自慢していたのだった。
「やっぱりそうだったのか。図書館に来た途端外の蒸し暑さとは別世界に来たようだったから、新しい魔術を作ったのかと思っていたところだったんだ」
「ふふっ、もうはちゃめちゃに褒めてください!図書館全域に掛けてるので扱う魔力はちょっと多いですけど……それでも快適に過ごせるならそれに越したことはありません!」
「やっぱりトネリコは天才だね。流石は私たちの妹だ」
「えへへ……それほどでもあるかもしれません……!それに、ここが涼しければお姉様もお母様も集まってみんなでお話とかも出来るかなって」
「……確かに、ルクレティアも母上もトネリコのお誘いとあればすぐに駆けつけるだろう。ではこの夏季の間は4人でお茶会なんかはここでするのもアリかな?」
「もちろんです!頑張った甲斐がありました!」
大好きな兄に褒められ、それはもう鼻高々に胸を張るトネリコだがこの魔術自体は汎人類史のモルガンから与えられた知識の中に『エアコン』なるものがあったことからこれを魔術的に再現できればこのジメジメした夏も乗り切れるのではないかと約3日程度かけて開発した空調魔術だった。
いくら妖精といえども湿度で服が張り付くのは流石に堪える。
なにより、普通に女の子としてこの湿度でベタつくのは不愉快なのもあったので自分の為に作り出してついでに兄に褒めてもらえるというトネリコにとっては一つの魔術で二つも三つも得が生まれるという最高の魔術でもあった。
「もともと妖精が扱う神秘も空想具現の能力も便利な力ですけど、魔術は自分で学び、理解して、現象を解き明かして新しいものを生み出す。こういう過程と学ぶ楽しさこそが私たち妖精に必要なものなのかもしれませんね」
「確かにそうかもしれない。かくいう僕もまだ手につけたもの達をしっかり理解できているかと言われれば一抹の不安が残るけど、それでもこのオークニーが“そういう姿勢”に変わって来ていることは喜ばしいことさ。願わくばこの発展の仕方がブリテン全土に広まってくれればいいんだけどね」
「ふふっ、お兄様の思考はどちらかといえば妖精よりも人間に近いですからね。だからこそ、その発想力と学び、想像する力が強いんですよ?お兄様が領民の人間達と交流を交わしてそれを妖精達に伝える。オークニーはこのブリテンで一番“正しい”成長を遂げているともいえるのかも。とはいっても、100%身内贔屓の評価なのですが!」
「ははっ、それもそうか。身内贔屓なら仕方ない。どんなに美しい妖精がいても僕にとってはトネリコが1番なのと一緒だ」
「またそんなこといって……褒めても新しい魔術しか出ませんよ〜?えへへ……」
この楽園の妖精、あまりにもちょろい。
雨の氏族に拾われてからずっと兄に溺愛されては妹として育った彼女もそうなってしまうのは仕方ないだろう。
「そうだ、今日は母上もここにくると言っていたよ。『こんなにジメジメして不愉快な日は可愛い娘に癒してもらわないとならない』とか。午後からはルクレティアもトネリコに会いにくると言っていたからね。もしかしたら全員集合するかもだ」
「わあ!ほんとですか!?じゃあお昼からはお茶会の準備をしないといけませんね!」
今年の夏に一回あればいいかな、なんて思っていた展開がまさかまさかその日のうちに来るなんて……!と、思わずトネリコのテンションは鰻登りだった。
「お母様までくるとなればいつもより少しだけ気合を入れておかないと……でも、あんまり気張っても笑われそうだし。ど、どうしましょうお兄様!」
「変に気張る必要はないさ。いつも通りのトネリコでいれば母上も喜んでくれるはずだ。だからそうだね……先程僕にしたようにドンと胸を張って気温を調整する魔術を作り出したことを自慢するのがいいかもしれない」
「本当にそれでいいのでしょうか……でもお兄様がいうなら間違いありせんね!お姉様とお母様にもドンと胸を張ってはちゃめちゃに褒めてもらいましょう!」
むふーっとお茶目なドヤ顔を晒しながらトネリコは母と姉が来るのを心待ちにしていた。
「私、今本当に幸せなんです。お兄様が毎日会いに来てくれて、お母様やお姉様に愛されて……だから、みんなが幸せになれるようなそんな国ができたらいいなって最近はずっと思ってるんですよ?」
「トネリコの作る国ならきっと優しく笑顔の絶えない国になるさ」
「そうでしょうか?もしそうなら、お兄様も遊びに来てくれますか?」
「もちろん、可愛い妹の統治する国だ。母上の次は僕がこのオークニーの領主だからここを離れるわけにはいかないけど、君の作る国なら必ず遊びにいくとも」
「いいましたね?約束ですから!えへへ、これは俄然やる気が出て来ました!」
ぎゅっと胸の前で握り拳をふたつ作り、トネリコは頑張るぞ、と意気込む。
雨が降り頻るオークニーの夏、トネリコの作り出した冷房の魔術で涼しい図書館での約束は約六千年後に約束とは違う形で果たされることになる。
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