ウマ娘プリティーダービ- クラウンガールズ 作:文月~夢売り商人~
三人がデビューしスカイが入部してから早数ヶ月。
本日は休日。チームメンバーもトレーニングが休みということで全員好きなことをして過ごしている。
俺はバクシンオーの出走登録を記入しのチヨノオーのレースのことを考えている。あとは、追加トレーニングの見直しを少々。三人は調子が良くなってきているのでワンステップ、レベルを上げても問題ないと判断した。
スカイは三冠が夢とのことなので、スピードとスタミナをメインのメニューを渡している。基礎トレーニングには多少やる気のなさが見られるものの、追加トレーニングをやっているみたいなので無茶をしないかぎり口は出さないと決めている。
「こんなもんかな」
新しいメニューもできたので一息つこうと思っていると、氷川トレーナーが俺の分までコーヒーを入れてくれていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
氷川トレーナーに、お礼を言って一口飲む。彼女も一区切りついたようで同じく椅子に座りコーヒーを飲む。
その後。二人でトレーニング方法など、情報交換をしているとトレーナー室にノックの音が響いた。氷川トレーナーが入室を許可すると、一人のウマ娘が入って来た。
確か『ガーリースマイル』先日デビュー戦を終えた子だったな。そして、氷川トレーナーが先輩トレーナーに任された子だ。デビューすることを聞いて見に行ってみたが、かなりセンスの良い走りをしていた。スパートの掛け方も一緒に出走した子たちの中でも群を抜いていたな。
彼女について思い出していると、何やら悩みがあるとのことで話を聞いて欲しいと言ってきた。
最近タイムが伸び悩んでいると言う。どんな子でも一度は通る道だ。氷川トレーナーが、どんな答えを返すか見ていると「低迷期では?」、「少し様子を見てからメニューを考えましょう」と伝えていた。
ガーリースマイルは少し納得いかない表情をしていた。氷川トレーナーにも、それが分かったようで困ったようすだったので、部外者の意見と最初に断りアドバイスをした。
「とりあえずタイムを気にせず何も考えず思いっきり、鬱憤を晴らす感じで走ってみたらいいよ」
悩んだらとりあえず走ってみる。考えすぎても良い結果は出ないとも伝えた。それでも彼女は納得いかないようすだが未来のことを考えすぎて上手くいかないのは誰にでもあること。
今の状態は理想の自分を求めすぎていること。一歩ずつゆっくりと、でも確実に前進していけば自分の理想の走りが出来ることを伝えた。
彼女は少し考え「分かりました」と言って先ほどよりは納得して退出していった。
「担当でもないのに差し出がましくしてすみません」
俺が謝罪すると氷川トレーナーは横に首を振り自分だけでは、あそこまで彼女を納得させれなかったと逆にお礼を言われた。
「やっぱり過去にも、ああいった子はいたんですか?」
氷川トレーナーは気になったのか聞いてきた。
先日。一区切りがついたので理事長が緊急全校集会を開き全職員・全生徒に俺のことを話した。最初は驚きやどよめきがあったが畏怖の念や不気味な者を見る視線はなかった。
一部を除き……。
「まあ、過去にも同じようにタイムが伸び悩み、タイムの囚われすぎた子はいましたよ。タイムに拘るあまりフォームから、何もかも滅茶苦茶になりましたね」
俺の話を聞き氷川トレーナーが不安そうな顔をした。あまり不安にさせるのも悪いのですぐに続きを話した。
「彼女のことは、あまり詳しくないのであれしか言えませんけど、同じだった子は誰よりも一番になりたい子だったので並走トレーニングなんかは止めて、ただひたすら怪我のないよう限界まで走って先頭を走る気持ち良さを思い出させてあげたんです」
ただもっと前へ行きたいと言う気持ちを呼び覚ましただけに過ぎないが、それだけでも効果が見込めた。その結果、彼女はGⅠを6勝という記録を残した。
それを聞いた氷川トレーナーは安心し、もう少しガーリースマイルと向き合ってみますと言っていた。
後日。 不調ながらもGⅢのサウジアラビアロイヤルカップへ出走。六番人気ながらも思い切ったレースが出来たようで、レコードよりも2秒早くゴール。新たなレコードを樹立し勝利を収めた。
その時のガーリースマイルは名前の通り、笑顔でスタンドに手を振っていた。
今日は京王杯ジュニアステークス。バクシンオーが出走するレースでGⅡクラスだ。実力があるウマ娘が走るには、ちょうどいいレースが多いが、GⅠ勝利の子も出走することがあるクラスでもあるので油断できないと、言っても今回はジュニアクラスなので大丈夫だとは思う。
そんなレースなのでバクシンオーは、いつもより元気がない。緊張しているようだ。
無理もないな初めての重賞レースなんだから緊張するなと言うのは無理な話なので、どうしようもないが体に余計な力が入りすぎているようだ。少し力を抜くように促すも自分では上手くいかないようなので少しはましになる方法を教えることにした。
「バクシンオー。全身に思いっきり力を入れて、10秒キープした後に息を吐きながら、ダラーっとする感じで力を抜いてみろ」
「は、はい!」
緊張気味のバクシンオーは少し驚いたような感じの返事をして俺が言った通り全身に力を入れている。その後、力を抜き体をダラーっとさせた。
筋弛緩法というもので、緊張で体が強張っているのを抑えて緊張をほぐすのに適した方法だ。今回のような場面にはもってこいな方法だ。バクシンオーも少しは緊張がほぐれ余計な力も抜けたようだが、まだ緊張気味のようだ。これ以上は良い方法が思い浮かばないが声を掛ける。
「全員に言っているけど緊張するのも無理はないが、力み過ぎないようにな。あとは、初めての重賞レースだからな、その緊張も含めて楽しんで走って来い」
俺がそう言うとバクシンオーは緊張しながらも元気に振る舞おうとしていた。カラ元気なのは見て分かるが「大丈夫」だの「お前なら勝てる」などの言葉は今回は逆効果なのであえて言わない。
余計にプレッシャーになるからな。自分の力を十分に発揮できるように配慮したが、バクシンオーには、何かまだ足りないようだな。
「バクシンオー。ただ思いっきり走ってゴール板を駆け抜けてくるだけでいいんだ。ケガもなくな……。それ以上は望まないよ」
俺はバクシンオーにプレッシャーを与えないように言葉を選びながらそう言ってあげると、バクシンオーは深呼吸し俺を見据えて力強く頷いた。
十分とは言えないが、先ほどよりは良い顔をするようになった。これなら良い走りを見せてくれるだろう。
係員が呼びに来た。俺は「行ってこい」と後押しするように、バクシンオーの背中を軽く押し送り出してやる。背中を押されたバクシンオーは俺の方を見ると「行ってきます」と笑顔になり手を振って控え室を出て行った。
俺はスタンドに来てパドックの様子を見ていた。何人か調子の良さそうな子がいた。実況や解説からも好評のようで、バクシンオーも好評だったが緊張していることは見透かされていた。
「こんにちは。桜トレーナー」
パドックでの仕上がりを確認し終わりコースを眺めていると声を掛けられたので確認すると、氷川トレーナーが立っていた。その後ろにはガーリースマイルもいた。
「どうも」
俺は軽く会釈しコースへと視線を戻す。二人は俺の横に立って会話を始める。ガーリースマイルは距離適性的にライバルが出走するレースでもあるので、その下見にでも来たのだろう。
そんなことを考えていると氷川トレーナーたちは、一度会話をやめて俺に声を掛けてきた。
「桜トレーナー。失礼なことをお聞きしますけど、サクラバクシンオーさんは少し緊張しているように見えますけど、今日のレース勝てるんでしょうか」
トレーナーもウマ娘も勝てると思ってレースに出走するわけなので、確かに失礼になる質問なのだが俺は勝てる見込みのあるレースに出走させているので何とも思わない。
おずおずと聞いてきた氷川トレーナーに俺に対して失礼ではなかったこと、怒っていないことを伝えて質問に答えた。
「正直、確実に勝てるとは言えませんね。勝てる見込みがあるだけです」
俺は素直に思っていることを答えると意外そうな顔をしていた。氷川トレーナーは長年の経験から緊張や不安など直ぐに解消しているものだと思っていたようだが実際はそうでもない。いろいろと方法を知っているが完全に取り除いてあげることはできない。
少し和らげてあげれるだけで、いざパドックやコースへ出るとやっぱり緊張はしてしまうものだ。コースへ出てしまうとトレーナーである俺たちには、どうすることもできない。
氷川トレーナーと少し話しているとウマ娘たちがコースへ出てきた。いよいよ始まるようだな。
1枠 1番 パワフルトルク
2枠 2番 レベレント
2枠 3番 サクラバクシンオー
3枠 4番 イミディエイト
3枠 5番 クライネキステ
4枠 6番 ハートリーレター
4枠 7番 スマートファルコン
5枠 8番 アレイキャット
5枠 9番 マンハッタンカフェ
6枠 10番 アクアラグーン
6枠 11番 スウィートパルフェ
7枠 12番 ステイシャーリーン
7枠 13番 ヴァイスグリモア
8枠 14番 ダイイチルビー
8枠 15番 トラフィックライツ
今日のレースで要注意なのは、ウマドルもやっている【ハヤブサ】と呼ばれる『スマートファルコン』【漆黒の幻影】『マンハッタンカフェ』と【華麗なる一族】のご令嬢『ダイイチルビー』とデビュー戦で競い合った。ステイシャーリーンにレベレント位だろうか……。
他にもデビュー戦で競った子もいるが、どれほどトレーニングを積んできたかは分からないな。
どの子も油断できない相手ではある。
俺がここで心配していても、どうしようもないのでレースが始まるのを待った。
「晴れ渡る空のもと行われる東京レース場。芝1400m、十五人のウマ娘たちが挑みます。三番人気にはマンハッタンカフェ。この評価は少し不満か? 二番人気はこの子、ダイイチルビー。さあ、今日の主役はこのウマ娘をおいて他にいない。スマートファルコン、一番人気です」
今回バクシンオーは四番人気だ。勝ちを狙える実力はあるので問題はないと思う。観客が見守る中、レースが始まった。
<ガコンッ!!>
「各ウマ娘、揃ってキレイなスタートを切りました!」
「これは位置取りが熾烈になりそうですね」
解説の言う通り逃げが三人に先行が六人、前は団子状態になりそうな予感がする。内に入るのは避けたいところだな。
「先頭争いはスマートファルコン、スウィートパルフェ。ステイシャーリーン」
スウィートパルフェは変わらず逃げの作戦、ステイシャーリーンはデビュー戦では先行だったが今回は逃げにしたみたいだ。スマートファルコンの走りは初めて見るが逃げの作戦が得意そうだな。バクシンオーは四番手の位置について前を窺ているな。
「先頭に立ったのはスマートファルコン。その少し後ろスウィートパルフェ、その外並んでステイシャーリーン。2バ身、3バ身開いてサクラバクシオー。さらにレベレント、少し後ろの内にアレイキャット並んでパワフルトルク、それを見るようにヴァイスグリモアとイミディエイト」
予想通り前は団子状態だ。幸いにもバクシンオーは先行組の中では先頭の位置にいるので埋もれる心配はないだろう。問題なのは逃げが三人いることだな。最後の直線で速度が落ちてくれればいいが、それも望みは薄いだろう。
第3コーナーに入り変わらず先頭はスマートファルコン、差はなくスウィートパルフェ。ステイシャーリーンは少し下がってきたか……。
「第4コーナーを進んで直線へ向かう」
「ここからスパート! 一気にレースが動きます!」
短距離はあっという間に終わってしまう。バクシンオーも先頭との距離を詰め始めている。そろそろスパートを掛けそうなようすだ。実況も大詰めであることを場内に伝えるとスタンドは声援で震えた。
「さあ、いよいよ直線だ! どのタイミングで誰が仕掛けるのか!? まだ差がある。ここから先頭をとらえる子は出てくるのか!」
スマートファルコンがスパートを掛け始めた。それを見た後続のスウィートパルフェとステイシャーリーンもスパートを掛けるが、ステイシャーリーンは少し力が足りなく見えた。どうやら慣れない逃げでスタミナ配分を間違えたようだ。
バクシンオーもスパートを掛け始め先頭争いに加わってきたが、後方からマンハッタンカフェとダイイチルビーも来ているのでかなりの接戦になりそうだ。
「残り400m、先頭はスマートファルコン。後続のウマ娘たちも、もの凄い追い上げを見せる!」
残り僅かバクシンオーも必死の追い上げを見せ先頭に追い付くもスマートファルコンも譲らない。マンハッタンカフェとダイイチルビーも先頭争いに加わってきた。誰が勝つか分からなくなってきた。
先頭争いは六人だが、ステイシャーリーンが落ち始めた。それに続くようにスウィートパルフェも下がってしまう。
バクシンオーは離されまいと走り続けている。そしてスマートファルコンに変わり先頭へ立つことができたが。すぐ後ろのマンハッタンカフェとダイイチルビーが追い縋る。
「残り200mを通過。先頭はサクラバクシンオー。このままいけるか!?」
より一層スタンドが沸いている。俺も届くはずはないのだが声を出しバクシンオーを応援した。バクシンオーも叫び最後の力を振り絞り走る。後ろとの差は僅かだが、このまま行って欲しいと願う。
「ほぼ並んでサクラバクシンオーとマンハッタンカフェ。今、ゴールイン!」
レースは終わりゴール板を過ぎたバクシンオー達は速度を落とし始めている。そんな中、俺は着順掲示板に目を移す。三着にダイイチルビー、四着にスマートファルコン、五着にスウィートパルフェだが一着、二着は少し遅れている。
少しのざわつきの中、表示されたのは一着にバクシンオー、二着にマンハッタンカフェ。ハナ差での勝利となった。
場内には実況と解説がレースの終わりを伝えている。お互いの意地を懸けた素晴らしいレースだった。俺はいつの間にか握り拳を作っていたようだ。それに気がつき手を開くと汗をかいていた。その汗をズボンで拭いた。
「おめでとうございます。素晴らしいレースでしたね」
レースが終わり氷川トレーナーが祝辞を送ってくる。それに対し礼を言って、話もそこそこにその場を後にしてバクシンオーを迎えるために地下通路に向かった。
通路で待っていると疲れ切ったバクシンオーが歩いてきた。
「バクシンオー!」
俺が名前を呼ぶと、疲れた顔ながらもやり切ったという思いから笑顔を見せてくれる。本当にお疲れさまだ。
俺はバクシンオーに近づきどこも何ともないかと確認した。疲れているが、どこも何ともないと伝えてくる。一応、病院に行ってから頑張ったご褒美に何か美味い物でも食べに行くことを伝えると疲れが吹っ飛んだのか、より一層の笑顔を見せてくれた。
バクシンオー……。今日は本当にお疲れ様。