ウマ娘プリティーダービ- クラウンガールズ 作:文月~夢売り商人~
京王杯から一カ月。チヨノオーは明日のために最終確認を行っている。
走るフォームも崩れていなく、ラップタイムも申し分ない。体調も悪くないと言っていたのでとりあえずは一安心だな。
今日のトレーニングは全て終えているが、チヨノオーだけは少し不安なので、もう少し走りたいとのことだったので少しならと俺も付き添い、今も走っている。明日は朝日杯フューチュリティステークスがある。
憧れに追い付くためにも勝ちたいレースなのは分かっている。
だが、このレースの勝ちウマ娘はクラシック級はおろか、シニア級で活躍できる子たちを多く出しているレースだ。それだけレベルの高いレースとなる。
チヨノオーが走り終え手を膝につき息を整えているのが見えたので声を掛けた。
「チヨノオー。明日に差し障るから、今日はその辺で止めておけ」
そう声を掛ける俺の方を見るチヨノオー。その瞳は走り続けていないと不安で仕方ないと訴えているが、ここで怪我でもしたらその夢も終わってしまう。不安な気持ちが少しでも和らぐように話をすることにした。
「明日のことで不安になるのは分かるよ。明日出走する子は、みんな同じ気持ちだ。でも、気持ちで負けてはいけない。挑戦者の気持ちをもって怪我や体調不良もなく走るんだ」
俺の言葉に「でも……」と何か言いたげにしていたので、頭を優しく撫でてやる。大人しく撫でられているが表情から不安の色は消えない。なのでちょっとズルい手を使わせてもらう。
「マルゼンスキーが出走した時のことは分からないが、今のチヨノオーみたいに不安だったかもしれない。でもファンに、その不安を見せることもなく自信満々で走り切ったと思うぞ。憧れに追いつきたいなら不安がっていないで、自分が誰よりも早いと自信を持つんだ」
少しの間の沈黙。チヨノオーが何かを決意したように頷き顔を上げたので、俺は手を引っ込めた。
「分かりました。本当のことを言うと不安で押しつぶされそうですけど、自信を持って走ります。そうじゃなきゃ、マルゼンさんに追いつくことなんてできませんよね」
そう言って、少し震えも見られるが、いつものように元気に振る舞って見せる。カラ元気からではなく少しは吹っ切れたようすだった。それを確認し今日はもう休むように伝えると、元気よく返事をしてチームルームの方へ走っていった。
チヨノオーを見送りグラウンドに残された俺は明日のレースでの作戦を考えていた。チヨノオーの脚質から考えても先行が良いのだが、実力を考えると逃げも候補に入れたいがスタミナがな、差しや追い込みだとスパートが間に合うか分からないし……。
いろいろ考えていると後ろから声を掛けられた。
「やっほー。桜トレーナー君」
急に後ろから声を掛けられたので少しビクッとなり後ろを確認すると、チヨノオーの憧れの人がいた。毛量の多い鹿毛のロングヘアーで後頭部には黒い布……。黒色のリボン? が見える。あと耳飾りは黒地に濃紺のラインが入ったシンプルなリボンがしてあるな。
「マルゼンスキー……」
俺が名前を呼ぶとなぜか不服そうな顔をしている。向こうから声を掛けてきたので別に嫌われているわけではないよな。何故、不満げなのか分からないでいるとマルゼンスキーから口を開いた。
「そんな他人行儀な呼び方は嫌よ。マルゼンって呼んでくれなきゃ」
「……」
呼び方の問題かよ! と心の中で叫んだ所で何の用で声を掛けてきたのか尋ねることにした。
「あー……。マルゼン、何の用?」
「ちょっち、私に憧れているカワイ子ちゃんがいるって聞いて気になっちゃって」
見た目から、気さくで陽気なお姉さんタイプの子なんだが言葉選び、というか喋り方が独特というか古臭い感じがするな。っと思っても口に出さないのが大人なので言葉を飲み込んだ。
「チヨノオーなら、もう上がって着替えに向かったけど……」
俺はそう言ってチームルームがある方を指差すもマルゼンスキーは首を横に振った。
「さっきも言ったけど~。ちょっち興味があっただけだから」
そう言ってグラウンドを去っていこうとするマルゼンスキーに俺は明日のレースにチヨノオーが出走することを話した。マルゼンスキーは興味なさそうにしながら手をヒラヒラと振りながらグラウンドを後にした。
「やれやれ……」
少しと言いながらも担当である俺に声を掛けるくらいには興味があるのに素直じゃないな。でも明日のレースを見に来てくれるとチヨノオーは勇気をもらえるだろう。そう思いながら明日の作戦を決めた。
本日は晴天なり。とはよく言うが今日は雲一つない青空が広がっているな。控え室にはチヨノオーが目を閉じ精神統一をしていた。その間もスタンドの歓声が聞こえてくる。流石はGⅠレース。観客の入りが相変わらず凄いな。
待つこと10分。大きな深呼吸をしてから目を開け始めたチヨノオー。
「凄い歓声ですね。ここまで聞こえてきます」
デビュー戦の後、オープン戦を一つ走ったが結果は二着。調整のための出走といえば十分なくらいのできだ。
だが、そのレース後から少し自信をなくしていたみたいだが、ジュニア級といえば成長期のようなものだ。調子の良し悪しも関係して勝ったり負けたりするものだと説明し、その時は直ぐに調子を取り戻し元気になった。
まあ、今日のレースが近づくにつれて、どんどん不安が募ってきたみたいだな。
「GⅠの入りが違うぞ」
俺は余りチヨノオーの重荷にならないように言う。応援に答えろなどと言えばチヨノオーは重荷に感じて実力を発揮できないでは困るからな。
「この応援に応えたいです……」
俺は言うのを止めたんだが自分で、そう思ってしまったようだな。思い詰め過ぎないように言っとかないとな。
「応援に応えたい気持ちは分かるよ。でも、それで緊張して実力を発揮できないでは恥ずかしいからな。今出来る最高の走りを観てもらってこい」
俺がそう言うと元気に頷いて見せた。それと同時に係員が呼びに来た。
「それじゃ。行ってきます」
チヨノオーが手を振り控え室を出ていく。今さらだが動きにくそうな服だよな……。
GⅠレースは他のクラスのレースと違い勝負服で走ることになっているのだが、チヨノオーの服は動きにくそうだ。
冠名に相応しくピンクを基調とした巫女服のような感じなのだが、袖のたもとがバサついて動きにくそうというのが俺の第一印象だ。
まあ、チヨノオーに似合ってるから別にいいけどな。そう思い俺は応援のためにスタンドへ移動することにした。
スタンドへ行くと応援の熱がより一層強くなった感じがする。ジュニア級のGⅠレースは片手で数えるくらいしかない。今後、活躍する可能性が高い子の応援に力が入るのも分かる。
謝りながら人ごみをかき分け前へ行くと見覚えのある人物がいた。マルゼンスキーだ。やっぱり気になって観に来たようで俺としては嬉しいかぎりだよ。
「観るに来てくれて何よりだよ」
俺はマルゼンスキーの横に立ち声を掛けた。声を掛けられたマルゼンスキーは少しビクッと体を震わせ俺のほうを見た。
「まぁ~……。後輩ちゃんの走りを観るのも悪くないかな~って思ってね」
それだけ言ってコースへと視線を戻した。今頃、パドックでの披露が始まってるだろう。多くの声援を味方につけてほしいものだな。
周りでは誰が勝つか話をしている。聞き耳を立てているとチヨノオーの名前も聞こえてきたので嬉しかったのは、ここだけの話だ。
レースが始まるのを待っている間、マルゼンスキーが黙ったままなのが気になったので横目で見てみると、少し寂しいというか悲しそうな表情をしていた。気になったので聞いてみることにしたんだが……。
「トレーナー君。あまり人のことを詮索しちゃ駄目よ」
そんなことを言って、はぐらかしてきた。詮索されたくないことなのだろうが気になって仕方ないが、本人が話したくないなら仕方ないと聞くことを諦めた。
それ以降、会話がなく時間がたった。ちらほらスタンドに人が集まって来たので、そろそろウマ娘たちも出てくるだろうと思っていると数名がコースへ出てきた。
「そろそろ始まるみたいだな」
さて、どんな子たちが出てくるのか楽しみだな。出走表を見るかぎりは最近調子の上がってきている子の名前もある。それにライバル宣言をしてきたポルカステップの名前もあるな。今日のレースはどうなるか分からないな。
1枠 1番 フリルドアップル
1枠 2番 ポルカステップ
2枠 3番 メモラビリンス
2枠 4番 ブラックティップド
3枠 5番 サクラチヨノオー
3枠 6番 サンドアタック
4枠 7番 リトルトラットリア
4枠 8番 ブラングリモア
5枠 9番 ステイシャーリーン
5枠 10番 タクティカルワン
6枠 11番 ジャカルタファンク
6枠 12番 ソワールセレステ
7枠 13番 リボンマンボ
7枠 14番 ライフグレイトフル
8枠 15番 マイトリート
8枠 16番 ブラックエボニー
「クラシックへの登竜門。朝日杯フューチュリティステークス! ここから道は始まる!」
実況がレースの謳い文句を言っている。その後、一番から三番人気の紹介を始めた。
スタンドは大いに盛り上がっている。大型スクリーンに映し出されたチヨノオーは、まだ少し緊張しているようすだが、あれくらいの緊張はあっても問題ないな。
「火花散らすデッドヒートに期待しましょう」
「ゲートイン完了。出走の準備が整いました」
少しの沈黙の後ゲートが開いた。全員がゲートから飛び出しキレイなスタートを切れていたようだ。
<ガコンッ!!>
「誰が先頭に抜け出すか、注目しましょう」
「先行争いはフリルドアップル。ブラックエボニー、リボンマンボ。向こう正面、中間に入っていく。期待通りの結果を出せるか? 一番人気、サクラチヨノオー!」
マイル距離なのだが、先頭組は早いペースで進んでいる。その中でもブラックエボニーが快調に飛ばしているようすだ。
「先頭を駆けます、ブラックエボニー。続きましたフリルドアップル、その外をまわりますリボンマンボ」
先頭組はそれほど差はなく走っている、チヨノオーは少し後ろを走っているな。そして差がなくポルカステップ、その内に並んでメモラビリンス。その少し後ろがタクティカルワンで外めをついてジャカルタファンク。
1バ身差でソワールセレステ、マイトリートが並んできている。
「──サンドアタックが追走。少し後ろからブラングリモア。ライフグレイトフルが内から行く」
もうすぐ第4コーナーカーブ、最初に誰が来るか見ものだな。チヨノオーも差を詰めてきているから、どこで仕掛けるかが問題だな。
「勝負所、最後の直線へと駆け抜けていきます!」
「互いに脚を溜めている展開! はたして抜け出すのは誰だ!? サクラチヨノオー外で脚を溜めています」
チヨノオーは、まだ抑えたままみたいだ。互いに探り合いや牽制したままレースが進んでいく。このままじゃ前へ抜け出すのは容易じゃなくなるぞ。
俺が心配していると最終コーナーを曲がり先陣を切ったのはブラックエボニーだった。スタンド前まで来て全員が一斉に突き進んでいく。
そんな中チヨノオーが外から一気に上がってきた。それに続きポルカステップも上がってきている。
残り200m。三番手との差は4バ身ほど開いているが、ポルカステップとの差はほとんどない。どっちが勝つか分からない状況だ。
「サクラチヨノオー、ポルカステップ。互いに脚色は衰えない! その差は僅か!」
先頭の二人は最後まで全力で走る二人。大型スクリーンが先頭を移していて二人の表情からは絶対に負けたくないと言う気持ちが、ヒシヒシと伝わってくる。担当トレーナーとしてはチヨノオーに勝って貰いたいが同時にポルカステップの応援もしたい気持ちになってしまう。
そしてゴール板を最初に駆け抜けたのは──。
「一着はサクラチヨノオー! 他のウマ娘達をねじ伏せ、レースを制した! この子こそ来年のクラシックの台風の目となっていくのか! 二着はポルカステップ、三着に入ったのはリボンマンボ」
スタンドから歓声が沸く。チヨノオーに祝辞を送る者やポルカステップに賞讃の言葉を送る者、それ以外にも応援していた子に励ましの言葉を送る者がいる。
「はぁー、はぁー……」
遠目からでも全力で走りスタミナを使い切り苦しそうに息をしているのが見て分かる。それと……。
「くそっ!」
自身の全力を出し切っても勝てなく悔しそうにしているポルカステップの姿も見える。
二人とも素晴らしい勝負だった。凄まじいせめぎ合い、どちらも譲らないという思いがぶつかり合った結果、チヨノオーが2分の1バ身で勝ったが、どちらが勝ってもおかしくないレース内容だった。
だが、一人だけ寂しそうな表情をしている人物が俺の隣にいる。マルゼンスキーだ。声を掛けようとしたが向こうから先に声を発した。
「トレーナー君。チヨちゃんを"独り"にしないであげてね」
「?」
マルゼンスキーの言葉の意味が分からなかったので、どういうことなのかを聞き返す前にマルゼンスキーは、この場を後にしてしまった。
マルゼンスキーの言葉は、あの顔と関係があるのか分からない。確認する方法はあるが本人は話したがらないから聞かれたくないことなのだろう。
だが、あの悲しげな表情が気になるな悩みがあるなら解決してあげたいところだが担当トレーナーの意向もあるだろうから勝手なことはできない。
それは一旦置いといてチヨノオーを迎えに行ってやらないとな。そう思い俺は地下バ道に向かった。
地下バ道で待っていると疲れ切ったようすで歩いてくるチヨノオーの姿が見えた。俺が声を掛けると笑顔を見せて小走り気味に駆け寄ってきた。
「トレーナーさん。私、やりましたよ」
「うん。よく頑張ったな」
俺はそう言いながらチヨノオーの頭を撫でてやる。頭を撫でられて暫くは嬉しそうに顔をしていたが急に真面目な顔をして話し始めた。
「トレーナーさん。次のレースですけど」
たった今。レースが終わったばかりなのに、もう次のレースのことを考えている。少しは休んでもバチは当たらないんだがな……。
そう思っているとチヨノオーが次の出走レースを提案してきた。
「次は皐月賞を走りたいです」
皐月賞。三冠路線の一発目のレースで強い子たちが走るレース。今のチヨノオーじゃついていけないのは明白だがトレーニング次第だな。
恐らくチヨノオー自身も今のままではマルゼンスキーに追いつけないと分かっての提案なのだろう。トレーニングを積んで実力を確認するには持って来いのレースだと考えたのだろうな……。
「……」
「と、トレーナーさん?」
俺が黙ったままなので不安になったのだろう少し遠慮気味に聞いてきた。
「大分きついトレーニングになるけど構わないか?」
皐月賞で勝つには、今までのトレーニングメニューを見直さないといけない。チヨノオーがそれに耐えれるか分からないので俺の方からも確認をした。
「覚悟の上です!」
元気よく返事を返してきた。どうやら意思は固いようだな。ここまでやる気があるのなら俺もそれに応えないといけないな。そう思いながらチヨノオーの言葉に俺は無言で頷いて返してやった。
次のレースの話が纏まったところでポルカステップが声を掛けてきた。
「チヨノオーさん!」
「は、はい!」
チヨノオーは少し大きめの声掛けに驚いたようすで返事を返しポルカステップの方を向いた。
「次のレースはもう決めているんですか?」
どうやら次のレースでもチヨノオーと勝負がしたいようだ。当のチヨノオーは少し困った顔で俺の方を向いてきたので頷いて返事を返してやった。
それを話しても良いと確認したチヨノオーはポルカステップの方へ向き直り口を開いた。
「次は皐月賞に出走する予定です」
力強く返事を返すチヨノオー。それは自分自身にも絶対に出走するんだという明確な意思が込められているようにも感じられた。
次の出走レースを確認したポルカステップも頷き「次は勝つ!」と言い残して自分の控え室へ戻っていった。
ポルカステップを二人で見送った後、俺は口を開いた。
「ああいったライバルは成長につながる。いいライバルができて良かったな」
俺が笑顔でそう言うとチヨノオーも俺の方を向いて笑顔になり返事を返してきた。
ポルカステップよ。どうかこれからもチヨノオーと互いに競い合い、高め合っていって欲しい。俺はそう願った。