ウマ娘プリティーダービ- クラウンガールズ 作:文月~夢売り商人~
賑やかな1日
1月4日。俺は一人、トレーナー室で今年の個別トレーニングメニューを考えている。他のチームは今日からトレーニングを開始しているようだが、俺のチームは7日までトレーニングは休みにしてある。
一年の厳しいトレーニングで体を酷使してきたのだから、少しくらいトレーニングのない日が続いてもバチは当たらないだろう。
静かなトレーナー室でキーボードを叩く音だけが聞こえる。そんな静かな部屋のドアが突然開いた。
俺は顔を上げて誰が来たのかを確認するとスカイが立っていた。
「どぉも~。トレーナーが暇してたら可哀想と思って遊びに来ました~」
そんなことを笑顔で言ってきた。はっきり言って暇ではないが、せっかく来てくれたのだからと一息つくことにした。
トレーナー室に常備しておいた紅茶を二人分用意しソファーに座る。スカイにも座るように促すと素直に座った。スカイは紅茶を一口飲むと普段通りの気の抜けた表情をした。何か用事があるのかを聞くと、特になく暇だから来たとのことだ。
暇なら友人と過ごせばいいのではと言っても、はぐらかしてくる。特に用事がないなら仕事に戻らせてもらうと、一応の断りを入れてからデスクに戻りノートパソコンと向き合う。
キーボードを叩いては考え、思いついてはキーボードを叩くを繰り返す。しばらくするとスカイが声を掛けてきた。
「トレーナーは何でトレーナーになったんですか?」
俺がトレーナーになった動機。スカイの質問にキーボードを叩きながら返す。
「ウマ娘の走る姿がキレイだからだ。夢に向かい走り続けるその姿は尊敬に値するよ」
「相当惚れ込んでますね~」
からかうように言ってくるが俺は本当に尊敬している。人間はちょっとしたことで挫折し諦めてしまう人が多いが、ウマ娘たちは走ることを諦めはしない。どの子も走ることに対して、どこまでも真剣なのだから……。
そんなことを付け加えて言うとスカイは少し戸惑った顔をして、からかったことが気まずくなってしまったのか、何ともいえない声を出していた。
気まずい空気が流れている。この空気は俺も苦手なので何とか場を和ませようと考えている時に再びトレーナー室のドアが開いた。
「トレーナー! 少しいいですか!?」
いいタイミングだ。大きな音を出しドアを開けたのはバクシンオーだった。
バクシンオーの後ろには、少し慌てているチヨノオーと急にドアを開けたバクシンオーに注意をするローレルの姿があった。三人はトレーナー室に俺以外にスカイがいたことに少し驚いた様子だった。
「お前たちもか……。どうした?」
俺が要件を尋ねるとバクシンオーが口を開いた。
「トレーナーが何をしているかが気になりまして」
俺の普段の行動が気になったようだ。今は今年の個別トレーニングメニューを考えているところであること伝えると、三人とも興味津々といった表情をしていた。
三人とも入り口からデスクの方へやってきて、ノートパソコンを覗き込んできた。
今ノートパソコンにはトレーニングメニューが表示されており、トレーニングのやり方や応用したやり方などが詳しく書かれている。それを見た三人は感心した声を出していた。
「これを全部やるんですか?」
バクシンオーがそう言ってくる。一応はそのつもりだが、不十分なところを強化するためのメニューなので全部をやる必要はない。
自分で足りていないところを考えることで自分が理想とする走りに近づける。そのために走力や体力など、一点集中型のトレーニングメニューだ。
そのことを伝えるとバクシンオーとチヨノオーに加えローレルまでもが、すぐにトレーニングを始めたいと言い始めた。
気持ちは分かるが長く休みにしたのは体を休める以外にも、シリーズ期間中は遊びに行ったりの時間が取りづらいから今のうちに思いっきり羽を伸ばしてもらえるようにといった思いもあるんだけど……。
こういった面ではスカイを少しは見習ってもらいたいな。自分の部屋のようにソファーに寝転びながら勝手に茶菓子を出して食べてるんだよ。このくらい、だらけてもいいんだぞ。
そう思いながらも口には出さず体を休めるように伝えると、チヨノオーとローレルは素直に従うがバクシンオーは体を動かしたいようで今にも飛び出して行きそうな雰囲気だった。
「少しは落ち着け」
俺はそう言ってバクシンオーが暴走しそうになるのを止めた。
あとから来た三人分の紅茶を用意した。今日はもうメニュー作成は諦めて、四人とお茶会をすることにした。
「そういえばお前たち。いくら正月だからって食べ過ぎには気をつけろよ。休みだと言った手前、強く言えないが体型維持くらいの運動はするようにな」
デリカシーのないことを言ったが、体型を戻すのは苦労する。新年初のレースでいい結果が残せないのはよく聞くが、正月太りが原因の一つでもある。
過去にファームで見てきた子たちの中にも正月太りを「アレで止めておけば」、「落ちない、落ちないよ……」など、呪詛のようなことを言いながら走り続けている姿を何度か見てきた。
「しっかりとカロリー計算をして適度な運動をしているので大丈夫ですよ」
そう笑顔で言ってくるローレル。バクシンオーは高笑いしているので少し心配だが見た感じは大丈夫そうだが、内緒でハードなトレーニングをしてないかが心配だ。
チヨノオーだが俺が視線を向けると顔を背けてしまった。そのまま視線を向け続けていると落ち着きがなく目も泳ぎ始めた。見た感じ少し肉がついたように感じる。
「……チヨノオー。どれくらいだ」
俺がそう言うとおずおずと口を開いた。
「よ、4キロくらいです……」
それくらいなら成長分とも考えられるから何とも言えないが気をつけないとな。
トレーニングメニューに加えてローカロリーで腹持ちのいい食事や満腹感の出る食事方法も考えるか。
スカイはほとんど動かないから心配だが、そこまで食べないみたいだから大丈夫そうかな?
「大丈夫ですよ。チヨノオーさん! しっかり食べて、運動もすればすぐに元に戻ります」
そう言って高らかに笑うバクシンオー。確かにそうだがそれだけじゃ駄目だよ。栄養面も考えないと。
そう思いそのことを伝える。
「成長分かもしれないから無理に落とす必要はない。食事に関しては俺の方でも考えるから、それまでは普通に食べてもらって大丈夫だ」
「体重は減らさなくても、いいんですか?」
ローレルが不思議そうに聞いてきたのでいい機会だから教えておくか。
「そうだな。筋肉は脂肪より重いんだ。筋肉の比重は1.1gで脂肪は0.9gなんだ。筋肉の方が約20%重いんだよ」
「そ、そうなんですね!」
そう言いながらチヨノオーは身を乗り出していた。そして、すぐにソファーに腰を下ろして安堵の表情を見せた。
余程気にしていたようだな。食べ過ぎの可能性も捨てきれないのだが、それを言うとショックを受けそうだから止めておこう。
「だからと言って、食べ過ぎは駄目よ」
ローレルはチヨノオーに釘を刺していた。言われたチヨノオーは項垂れていたがローレルが言うくらいには量を食べていたのだろうな。そんな二人のやり取りを見ていたバクシンオーが笑いながらチヨノオーを励ましていた。
「我慢は駄目ですよ。食べた分だけ動けば大丈夫です!」
「駄目よ。栄養管理も大切なんだから」
バクシンオーの言葉にローレルが反論する。二人ともチヨノオーのことが大切なんだろうな。
まあ、その二人も互いに互いが大切なんだろうけどな。そう思っているとチヨノオーが割って入って来た。
「あ、あの!私なら大丈夫ですから!」
チヨノオーの声に二人はチヨノオーの方を見た。なにやら意気込んでいるチヨノオーを見て二人は押し黙った。そうだよな当の本人の意見も大事だよな。そう思い俺もチヨノオーの言葉を待った。
「バクシンオーさんの気持ちもローレルさんの気持ちも大変嬉しいですけど、食事に関してはトレーナーさんが何とかしてくれると言ってるんで大丈夫です」
まあ、トレセン学園にも栄養士はいるだろうからそこは心配してないし、駄目そうなら古巣の栄養士に相談するだけだからな。
チヨノオーの言葉に俺は黙って頷いた。それを見たバクシンオーとローレルも引き下がることにしたようだ。
「いや~。どうなることかと思いましたけど、丸く収まりましたね~」
ソファーで横になり茶菓子を食べて、われ関せずだったスカイが口を開いた。ずっと静かだったので俺も忘れていたが、この子は本当に何しに来たのやら。俺は、やれやれとため息を吐いた。
「トレ~ナ~。効果的なダイエット方法はあるんですか~」
スカイの何気ない一言で他三人の視線も俺に向けられた。昔は軽めのジョギングやヨガ、ロングブレスダイエットなどが流行していたが今だと──。
「縄跳びが効果的かな……」
俺がそう言うと全員が興味津々といった感じだった。負担が大きいんだがっと断りを入れてからやり方を教えた。
一分間に六十回程度を目安に三セット行う。三~五分の休憩を挟む必要がある。慣れてきたら時間を少し伸ばしてみたり跳び方のバリエーションを変えてみたりするといいみたいだ。
「いいトレーニングになりそうですね!」
そんなことを言いだすバクシンオー。確かにランニングをするより負荷が大きいが無理はして欲しくないので、初めは一分を三セットから始め徐々に時間を増やしていき最大でも二十分で止めることを約束させた。チヨノオーもやる気でいるみたいだ。ローレルも縄跳びで無理をしないならと納得しているようだった。
「食べ物は何が良いですか?」
運動の次は食事かチヨノオーも本気で体重を落としたいみたいだな。
「とりあえず無理のない範囲で糖質を減らすことだな。あとは野菜を多く食べることだな。野菜はカロリーが低く、かさ増しも出来て満腹感を得られやすい──」
食事に関しては、かなりの時間を使って説明をした。俺も勉強中だったが人に教えることで曖昧だったことをしっかりと自分でも理解できるようになるから俺としても復習になる。
「確かに、ささみ肉は脂肪分が少ないって聞くものね」
「今調べたら色々なレシピが紹介されてます」
「作ってみるならお手伝いしますよ!」
チヨノオーがスマホでレシピを検索してよさげな料理を二人に見せる。ローレルとバクシンオーも画面を見せられ、ローレルはレシピを確認してアドバイスをしている。バクシンオーは自分たちで作れるかの判断をして手伝うと言っている。この三人は本当に仲がいいな。
ダイエットにいい食材には、さつま芋も含まれている。そのレシピを見つけて三人の目の色が変わった。
さつま芋のスイーツレシピを探し始めて。三人は美味しそうな物を見つけては画面を見せ合いワイワイと話し合っている。
そして次第にダイエットの話はどこかへいってしまい、スイーツ談話になっていき、おススメのカフェ探しへとなってしまった。
「いや~。見事に話が逸れちゃいましたね」
「いや。まあ、楽しそうだからいいんじゃないか?」
そう言いながら、俺とスカイは三人を温かい目で見守ることにした。
三人を見守っていると、ちょっとした疑問が浮かんできた。そういえばスカイは、ああいったスイーツ関係の話をしているところをほとんど見たことがない。
見たことがないというか大体は昼寝をしているところしか見たことがないな。
不思議に思ったので聞いてみることにした。
「スカイはクラスの子と、そういった話はしないのか?」
俺が質問をするとスカイは眠そうな顔をしながら答えた。
「別にしないわけじゃないですよ。どちらかというと、おススメの昼寝スポットとか釣り場の話がしたいですかねぇ~」
そう言いながら口元を手で隠し欠伸をした。そろそろ昼寝の時間らしいな。スカイはそれだけ言うと再びソファーに横になると昼寝を始めた。
ソファーで横になるスカイを横目にスイーツ談話をしている三人を見ると、かなり盛り上がっている様子だった。あの調子ならしばらくは終わらないだろうと思い俺はソファーから立ち上がりデスクへ向かった。
三人の会話をBGMに中断していたトレーニングメニュー作成に加えダイエット方法も検索した。これからさらに忙しくなりそうだなと思い指を動かし続けた。