ウマ娘プリティーダービ- クラウンガールズ   作:文月~夢売り商人~

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思いの先に

 新年を迎え8日が経った。

 今日から俺のチームもトレーニングを開始していくわけだ。バクシンオー、チヨノオー、ローレルは今年からクラシック級。より一層厳しいレースとなる。

 バクシンオーとチヨノオーはついていけるだろうがローレルが心配だ。耐えられるかどうかGⅢくらいで様子見をするのもいいかもしれないな。

 そう思いながら久しぶりの練習風景を眺めていると声を掛けられた。

 

「よっ。長い休みだったな」

 

 棒付きキャンディーを咥え、手をヒラヒラさせながら沖野トレーナーがやってきた。

 相変わらず不真面目そうな感じだな。沖野トレーナーの後ろの方には、グラウンドでランニングをしているゴールドシップとダイワスカーレット、ウオッカの姿が見えた。

 

「どうも。そっちは相変わらずですね」

 

 俺は嫌味気味に挨拶を返す。そんな挨拶は気にしないといった感じで話し続けてきた。

 

「今年はクラシック級だろ。やっぱり三冠路線か?」

 

 敵情視察といった感じで聞いてくる。正直、今のメンバーでは厳しいが狙えないわけではない。せめて二冠くらいはの気持ちだ。

 どのレースを狙っているのかは知られても問題はないので正直に答えることにした。

 

「バクシンオーは距離適性的に狙えない。ローレルは脚の件で走り切るのは厳しい。チヨノオーは菊花賞は無理だろうけど二冠くらいは……」

 

 俺がそう答えると、沖野トレーナーは少し驚いた顔をしたが直ぐに笑ってみせた。

 

「ハッハッハ! 二冠くらいはか」

 

 何かおかしなことを言ったのだろうか、笑っている沖野トレーナーに対し不満げな顔をしていると、それに気がつき謝りながら笑ってしまった理由を答えてくれた。

 

「いや~。悪いな。三冠路線を簡単に獲れます。みたいに言うもんだからついな」

 

 そう言いながらも笑いを堪えようとしているが、どうしても笑ってしまう様子だ。確かに簡単に言ってしまった俺にも問題はあるだろうが、そこまで笑うか?

 沖野トレーナーが笑い続けていると、その後ろからも呆れたといった感じの声が聞こえてくる。

 

「ちょっと少し静かにしてくれる」

 

 少し怖い顔をした東条トレーナーが近づいてきた。原因を作ったのは俺かもしれないが、実際にうるさくしているのは沖野トレーナーだ。俺は悪くないぞ。

 俺が説明をすると、東条トレーナーは頭を押さえてため息を吐いた。全くといった感じで呆れているようだな。

 もう関わりたくないといった感じで、邪魔はしないで欲しいと注意だけすると、早々にこの場を去り自分のチームの方へと戻っていった。東条トレーナーを見送り俺も自分のチームのトレーニングに集中することにした。

 そんな俺を見て沖野トレーナーも微笑むと自分のチームの方へと戻っていった。

 

「それじゃ、今日はもう上がってくれ」

 

 校外ランニングを終えて、トレーニングの終わりを告げストレッチをするように指示を出しトレーナー室に戻った。

 バクシンオーとチヨノオーはジュニア級で何度かレースに出走しているが、ローレルは模擬レースを除くとデビュー戦のみなのだ。脚のこともあり無理はさせられないが、それでは経験が乏しくなってしまう。

 過保護になっているのは自分でも分かっているが彼女の夢は凱旋門賞だ。駆け引きという経験が大事なのだが、そのレースで一生を台無しになってしまってはどうしようもない。

 俺が一人悩んでいると氷川トレーナーが声を掛けてきた。

 

「桜トレーナー。どうしたんですか?」

 

「ローレルのことでちょっと……」

 

 俺が相談をすると氷川トレーナーは快く相談に乗ってくれた。ここでは落ち着けないので場所を変えることにしたのだが、その場所が少し問題だった。

 

「桜と氷川トレーナーか、一緒なんて珍しいな」

 

 そう、沖野トレーナーの行きつけのBARだったのだ。沖野トレーナーとその横には、おそらく奢らされているであろう東条トレーナーが静かに飲んでいた。

 

「東条トレーナーに沖野トレーナー。お疲れ様です」

 

 氷川トレーナーが挨拶をして椅子に座る。俺も軽く会釈をして氷川トレーナーの隣に座った。

 

「今日は私が奢ります。好きな物を注文してください」

 

 そう男前の発言をしながら胸に手を当てる氷川トレーナー。ありがたいのだが相談をする身としては申し訳なく思う。

 俺と氷川トレーナーの会話が気になったのか、沖野トレーナーは東条トレーナーの制止を無視して席を移って来た。沖野トレーナーは何にでも首を突っ込まないと気が済まない性格なのか?

 俺は沖野トレーナーを無視して氷川トレーナーに悩んでいることを打ち明けた。

 

「実はローレルにレース経験を積ませたいんですが脚のことも心配で、どうしたものかと……」

 

 俺がそう言うと沖野トレーナーは茶化すような顔をしながら「過保護だな~」と言ってくるが氷川トレーナーは真剣な顔をしながら答えてくれた。

 

「確かに過保護かもしれませんけど、それには何か理由があるんですよね?」

 

 俺はそう言われ、過去にやってしまった失敗談を話した。

 まだトレーナーとして経験が浅い頃に、三冠達成を夢見ている子がいたのだが、トレーニングは順調で見事に皐月賞を獲ったのだが、次のダービーに向けトレーニング中に無理がたたり転倒。病名は繋靭帯炎。

 ダービーに向けてハードなトレーニングを続けたことによる累積運動量の多さが原因だ。俺も初めてのことだったので必死になって治療方法を探したが、時代が時代だったので治療方法もなく医師もどうしようもないことだと匙を投げていた。

 俺は頭を下げ謝った。彼女は「トレーナーのせいじゃないよ」と言ってくれたが夢を叶えてあげられなく諦めさせたことが、とても心苦しかった。その後も治療方法は見つからず一生を車椅子での生活を余儀なくされた。

 それが切っ掛けで無理なトレーニングは止めるようにしたのだ。静かに俺の話を聞いていた氷川トレーナーが口を開いた。

 

「桜トレーナーは、その子の夢を叶えてあげたかっただけですよね。その子も自分の夢を叶えるために無理をしてでもトレーニングをしていたんですよね?」

 

 氷川トレーナーの言葉に俺は黙ったまま頷いた。それを見た氷川トレーナーは話を続けた。

 

「その子のことは残念だと思いますが、桜トレーナーがそのことをいつまでも引き摺っていては、その子も悲しみますよ」

 

 氷川トレーナーの言っていることも分かるんだが、同じことになったらと考えてしまい怖くなってしまう。

 いわゆる、トラウマになっているのだ。

 その不安を払拭しようにも悪い方向へと考えが行ってしまう。

 俺が黙ったままでいると氷川トレーナーは飲み物を一口飲んで穏やかな顔をしながら……。

 

「その子は桜トレーナーのことを恨んでますか? 違いますよね。むしろ自分以上に夢を叶えようとしてくれていて感謝してるんじゃないんですか?」

 

 そんなことをグラスを見つめながら言ってくれた。ちなみに沖野トレーナーは氷川トレーナーの隣で、うんうんと頷いているだけだった。

 

「それに、桜トレーナーが私に言ってくれたように本人の気持ちが一番大事だと思います」

 

 それも分かってはいる。分かってはいるんだが、どうしても気後れしてしまう自分もいる。

 氷川トレーナーが言い終えて静まり返る店内。しばらく沈黙が続いていたが今まで黙っていた東条トレーナーが口を開いた。

 

「貴方が思ったことをすれば良いだけよ。ケガのリスクは、どの子にもあるしトレーニングやレースにもあるものよ。それをトレーナーが表に出してしまったり行動に出せば担当している子たちが不安になったり不満を持つだけ」

 

 東条トレーナーは、それだけ言うとグラスの中身を飲み干した。われ関せずを決めていると思ったが俺の勘違いだったようで、東条トレーナーも話を聞いていてくれていたみたいだ。意外と優しいところもあるんだなと思ってしまった。

 確かに俺が不安そうにしていては彼女たちも不安に思うだろう。東条トレーナーの忠告は痛み入るよ。

 そう思いながら俺もグラスの中身を一気に飲み干した。

 それからは沖野トレーナーが先輩風を吹かせながら氷川トレーナーに、いろいろと教えているようだ。得意げに話しているのが癪に障るが変なことを吹き込まないか心配だ。話しながらも酒は進んでいるようで沖野トレーナーも氷川トレーナーも顔を少し赤くしている。

 沖野トレーナーはともかく、氷川トレーナーは大丈夫なのだろうか?

 あまり強そうに見えないが酔いつぶれなければいいが……。

 そんなことを思いながらも俺もグラスの中身を飲み干した。

 そろそろいい時間なのでお開きにしようということになったのだが案の定、氷川トレーナーは酔いつぶれてしまったようで東条トレーナーが部屋まで送ることになった。

 俺はというと同じく酔いつぶれてしまった沖野トレーナーを送ることになってしまった。いい歳をしたオッサンが酔いつぶれるまで飲むなよと文句を言いたいが、言ってもしょうがないだろうな。

 翌日。トレーナー室に向かうと頭を押さえ顔色を悪くしている氷川トレーナーがいた。様子から見るに二日酔いのようだな。

 

「あっ……。お、おはようございます……。昨日は相談に乗ると言っていたのに逆にご迷惑をお掛けしてすみません」

 

 具合が悪そうにしながらも挨拶をしてくる氷川トレーナー。今日のトレーナー業務ができるのか心配だな。

 そう思っていると氷川トレーナーは準備を済ませたのか椅子から立ち上がり、トレーナー室を出て行ったが少しフラフラしている。

 

「あんな状態で大丈夫かね」

 

 トレーナー室から出て行く彼女を見送り俺も準備を始めた。

 準備を済ませチームルームに向かうと着替え終わった四人が話をしていた。俺が来たのに気がつくと会話を止めて今日の予定を聞きにきた。

 今日はいつも通りの基礎トレーニングと個々人の追加トレーニングをすることを伝えると三人は元気良く一人は気だるげに返事をした。

 

「トレーニングの前にローレル」

 

 俺が名前を呼ぶと、トレーニングに行こうとしていたローレルが振り返った。他の三人には先にトレーニングをするように伝えてローレルと二人になったことを確認して話を切り出した。

 

「ローレルの今後なんだが、正直に言って俺はローレルの脚のことで臆病になっている。だが、経験も積んで夢を叶えて欲しいとも思っている。ローレルの考えも聞きたい」

 

 俺がそう言うとローレルは微笑んで答えてくれた。

 

「トレーナーが私のことを心配してくれて嬉しいです。そして私は凱旋門賞を勝つまで……。いえ。生涯絶対に壊れません! 私自身がトレーナーの不安を取り除きます」

 

 そう言ってくれた。俺が故障に対し恐怖しているのが伝わっていたのだろうな。絶対なんてものはない。

 だが、ローレルは俺の不安を取り除くと宣言してくれている。俺はローレルの言葉を信用し次のレースの話を始めた。

 

「次のレースは共同通信杯だ」

 

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