ウマ娘プリティーダービ- クラウンガールズ 作:文月~夢売り商人~
本日は晴天なり、絶好のレース日和だな。
いよいよ、チヨノオーの夢に近づくための大事なレースの日だ。マルゼンスキーに追いつくには経験もだが、スピードも大事だ。
最も速いウマ娘が勝つといわれている皐月賞に勝てたなら、スピードは十分にあるといえるだろう。
当の本人はというと緊張している様子が見られて先ほどから何度も深呼吸を繰り返している。少し落ち着くように言ったが落ち着けないようだ。無理もないなクラシック級の目玉である初戦を走るのだからな。最近のトレーニングでも緊張や不安を見せないようにしていたみたいだが、動きからバレバレだ。
「トレーナーさん。今日はどうしましょう?」
少し震えた声で今日の作戦を聞いてくる。パドックでの勢いは、どこにいったのやら。
パドックでの出来事。絶対に勝つと意気込むチヨノオーの前に立ちはだかる壁。ヤエノムテキとのやり取り、お互いに譲れない想いをぶつけていた。
その時のチヨノオーは、すごく頼もしく見えたのだが今は自分がヤエノムテキに放った言葉を思い出して控え室に戻ると同時に、ヤエノムテキにとんでもないことを言ってしまったと頭を悩ませていたのだ。啖呵を切った手前、無様な走りはできないからな。
「ヤエノムテキに勝つには生半可な気持ちじゃ無理だ。気持ちで負けていたら勝てるものも勝てないぞ」
俺がそう言うとチヨノオーは俯いてしまった。この様子から見て自分でも気持ちで負けてしまっていたことを自覚しているようだな。
「ヤエノムテキは今日のレースで出走する中でも一番勢いのある子だ。主に先行を得意としている。なのでマークし差し切るか、同じ土俵で勝負するかのどちらかだ」
俺が二つの作戦を伝えると、どちらの作戦にするか迷っている。普段なら俺が一つに絞り伝えているが今回は二つにしたのには訳がある。
チヨノオーの夢。マルゼンスキーに勝つには一筋縄じゃいかない。記録を見るとマルゼンスキーは逃げを得意としている。先行で勝負すると逃げについて行くためのスタミナが必要になってくるが、差しだと追いつくための力強さが必要になってくる。今回のレースでチヨノオーが、どちらの作戦をとるかで今後のトレーニングも変わってくる。
(さて、どちらの作戦をとるかな……)
俺が黙って見守っていると、チヨノオーは作戦を決めたようで力強く頷いて見せた。
「徹底マークして差し切ります!」
チヨノオーは差しの作戦をとることにしたようだ。どんな結果になるかは分からないがチヨノオーには、いい経験となるだろうな。
「よし。精一杯頑張ってこい!」
「はい!」
元気よく返事をするチヨノオー。先ほどまでの緊張した様子が嘘のように思えるほど頼もしい後ろ姿だ。
1枠 1番 サンドコマンド
2枠 2番 ヤエノムテキ
3枠 3番 ブラックディップド
3枠 4番 ライフグレイフル
4枠 5番 ヴィオラリズム
4枠 6番 ジャカルタファンク
5枠 7番 クライネキステ
5枠 8番 フリルドアップル
6枠 9番 マイトリート
6枠10番 サクラチヨノオー
7枠11番 リボンマンボ
7枠12番 ステンツ
8枠13番 ブラックエボニー
8枠14番 ポルカステップ
「最も速いウマ娘が勝つという皐月賞! 成長を見せつけるのは誰だ!」
全員のゲートインが終わり実況が喋りだす。クラシックレースの一冠目、皐月賞。
チヨノオーには是非とも勝って欲しいが、そうも簡単にはいかないだろうな。このレースで走るのは、どの子も自分が勝つという想いであの場にいるのだから。
「人気と実力を兼ね揃えた、フリルドアップル。今日は三番人気です」
三番人気はフリルドアップルか……。差しを得意としているが先行も行けるのか? それとも追い込みか?
他に得意な脚質があるのかは分からないが、前回の走りを見る限りは面白そうな子だったな。
「ニ番人気を紹介しましょう、ヤエノムテキ」
今日一番のマッチアップであるヤエノムテキ。事前に生で走りを見れなかったが惜しまれるな。見たところ気合十分といった感じだが何とかなるだろう。
「さあ、今日の主役はこのウマ娘をおいて他にいない。サクラチヨノオー、一番人気です」
「私が一番期待しているウマ娘。気合入れて欲しいですね!」
控え室での頼りない姿はもう見られないな。こちらも気合は十分だなというより、少し気負い過ぎな気もするが緊張しすぎているよりはマシだろう。頑張れよ。
そう思いながら無事に戻ってきてくれることを願った。
「ゲートイン完了。出走の準備が整いました」
〈ガコンッ!!〉
「今スタートが切られました。各ウマ娘、揃ってキレイなスタートを切りました!」
「これは位置取りが熾烈になりそうですね」
「期待通りの結果を出せるか? 1番人気、サクラチヨノオー!」
スタートは上々。あとはいい位置につければベストなんだがな。数名はチヨノオーをマークまたは動きを止めにくるだろうから難しいだろうな。
「これから第2コーナーへかかっていきます。ポルカステップ、快調に飛ばしていきます」
先頭はポルカステップか……。今回は逃げているな。先行や差しを得意としていたと記憶していたが今回は思い切った作戦に出たみたいだな。
ライバルチームのことだがスタミナが持つのかが、心配になってしまうな。
「ニ番手の位置で先頭を窺うのは12番ステンツ! 内で6番ジャカルタファンク。向正面に入って先頭からシンガリまではおよそ、13バ身」
かなり縦長の展開になっているな。真剣勝負をしているチヨノオーには、悪いが面白いレースになりそうな予感がするな。
「さあ、ハナに立ったのはポルカステップ。このままリードすることが出来るか? 続く12番ステンツ。少し離れて6番ジャカルタファンク。四番手に11番リボンマンボ。1バ身差でヤエノムテキ」
やっぱり強いなヤエノムテキは……。チヨノオーは差しで行くと言ったからまだ後ろの方だな。
「ヴィオラリズム並んできた。少し後ろからフリルドアップル。内から行く3番ブラックディップド。ライフグレイフル続いている。サクラチヨノオー並んできた」
ここまでは予想できる展開だな。先団は少し団子状態になっていて抜け出すのが大変そうだ。これなら今回チヨノオーの決断は功を奏しているともいえるな。
チヨノオーは中段の最後尾にいるから抜け出すのも楽な方だな。
「3バ身離れてサンドコマンド。1バ身差マイトリート。それを見るようにブラックエボニー。7番クライネキステ続いている」
後方は少し離されているようだが、あの位置からでも追い込みを掛けて勝利を攫っていく子も結構いるから油断は禁物だな。
「意気揚々と先頭を行きます。ポルカステップ! どうでしょう、この展開?」
「ちょっと掛かり気味かもしれないです。ひと息つけるといいですが」
解説の言うとおり慣れない作戦でペース配分を間違えているようにも思える。ポルカステップには悪いが、この後は落ちていく一方だろうな。
そう思っているとチヨノオーが心配なのかバクシンオーとローレルが声を掛けてきた。
「チヨノオーさんは、あの位置で大丈夫なのでしょうか?」
「そうですね。いつもなら前の方を走っているから心配です」
二人の言うことも分かるがチヨノオーが決めたことだ。それを信じて待つしかない。
だが、俺には少し分かる。このレースはチヨノオーはヤエノムテキに負ける。ここからでも分かる程、ヤエノムテキの皐月賞に掛ける想いがヒシヒシと伝わってくる。
チヨノオーのヤエノムテキに負けたくないという想いも強く感じたが、それでも勝てないだろう。
「大ケヤキを超え、第4コーナーへ。まだ1バ身以上の差があるぞ! ここから捉えることができるのか! この直線で勝負が決まるぞ! ヤエノムテキ、前を狙っているぞ。外で脚を溜めています」
最後の直線へ入っていく。最初に駆け抜けてきたのは──。
「最終コーナー。最初に立ちあがったのはポルカステップ。並んでくるヤエノムテキ。400mを切りました。突っ込んでくるヤエノムテキ」
ポルカステップも頑張ったが徐々に落ちてきているな。その隙を狙いヤエノムテキが先頭に躍り出た。チヨノオーもスパートを掛け始めたが間に合いそうもないな。
「抜け出したのはフリルドアップル。だが後続も追い縋る! ヤエノムテキ完全に抜け出した! 残り200m」
見事なものだな。ヤエノムテキの独り舞台といっても過言ではない走りだ。チヨノオーは何とか上げてきて今は三番手の位置。ニ番手のフリルドアップルとの差は2バ身程か?
疲れは見えないが焦りから脚を上手く動かせていないように見える。
「ヤエノムテキ。脚色は衰えない! ヤエノムテキ、リードは1バ身」
チヨノオーの最後の追い上げも空しく。ヤエノムテキがゴール板を駆け抜けた。
「お見事! ヤエノムテキ! 着差以上の強さを見せた見事な勝利です! 勝ったのはヤエノムテキ! 皐月を制し、三冠の一角を手に入れました! ニ着にはフリルドアップル。三着に入ったのはサクラチヨノオー」
精一杯頑張って走ったチヨノオーだったが、結果は残念ながら三着だった。
ヤエノムテキに惨敗したが、いい経験になっただろう。失礼な言い方だが差しでヤエノムテキに勝てないようでは逃げのマルゼンスキーに勝つことは難しいだろう。
地下バ道でチヨノオーが戻ってくるのを待っていると、トボトボと戻ってくるチヨノオーの姿が見えた。
「お疲れ様」
「トレーナーさん……」
疲れ切った顔をしている。全力を出しての敗北だ。実力の差を実感しただろうな。その悔しさをバネにトレーニングに励んでほしいと思う。
「今日は惨敗だったな」
微笑みながらそう言ってやった。変な慰めの言葉よりこっちの方が今のチヨノオーには効果的だろう。先ほどより表情が僅かに明るくなった。
レースの反省会は後にするとしてお客さんが待っているようだ。
「チヨノオー」
俺が名前を呼んで後ろの方を指差した。チヨノオーが振り向くとそこにはヤエノムテキが立っていた。
俺とチヨノオーの話が終わるのを先程から待っていたようだ。
「チヨノオーさん。今回は私の勝ちです。ですが、勝ったとは思えません。差をつけてもすぐ後ろでチヨノオーさんの息遣いが聞こえてきました。負けたくないという気迫を感じました」
ヤエノムテキはチヨノオーに対し勝ったと思っていない。後ろから迫りくる気配を感じ取り焦っていた。いつ自分を追い抜いていくか気が気ではなかった。そう感じてしまったから勝った気持ちにはなれなかった。
「チヨノオーさん。次のレースは決めていますか? 私はダービーに出ます」
力強く宣言するヤエノムテキ。絶対に三冠ウマ娘になるという気概にチヨノオーは少し怯んでしまった。しかし自分の夢、目標を思いだし自らを奮い立たせて言い放つ。
「トレーナーさんと相談してになります……。でも! 私は、もう一度ヤエノさんと勝負がしたいです!」
チヨノオーは俺の言葉を思い出し気持ちで負けまいとしていた。そんな思いから、言った言葉だった。
それを聞いたヤエノムテキも頷き言葉を返した。
「待っています。それでは」
それだけ言って頭を下げて自分の控え室へ戻っていくヤエノムテキ。
「見ているこっちまで熱くなってくる良い子だな」
去っていくヤエノムテキを見送り、そう呟いた。
「トレーナーさん!」
ヤエノムテキの後ろ姿を見送っている俺にチヨノオーが声を掛けてくる。離れていた俺にも聞こえてきたよ。次のレースのことだな。
俺としては無理がなければ走りたいレースに出してやりたい。なので俺の答えは決まっている。
「聞こえていたよ。時間が足りないが何とかするよ」
「ダービーに出ていいんですか?」
チヨノオーの言葉に何も言わず頷く。本人にやる気があるなら止めることはしない。一ヶ月なんてあっという間だから少しハードなトレーニングになるだろう。
だが、今のチヨノオーなら乗り越えてくれるはずだ。
「チヨノオー。立ち止まるな、ゆっくりでもいい。ヤエノムテキという壁を越えるんだ」
チヨノオーの夢の前に立ちふさがる壁。そんなものは全部、ぶち壊して走り続けて欲しい。俺はそう思いながらチヨノオーに伝えた。
チヨノオーも自分の前を行くヤエノムテキに追いつこうという決意を胸に元気に返事を返した。