ウマ娘プリティーダービ- クラウンガールズ 作:文月~夢売り商人~
10月に入り少し肌寒くなってきた今日この頃。
沖野トレーナーからレースを見に行かないかとの、お誘いがあった。クラシック級も残り僅かなので丁重にお断りしたかったのだが、面白いレースが見られるとしつこく迫られたので仕方なく一緒に見に行くことにした。
チームメンバーには申し訳ないと言い、いつものように怪我無くトレーニングをしてもらうことにした。
(しかし少し遅いな)
沖野トレーナーとの待ち合わせの時間が10分ほど過ぎている。何か予定が押しているのだろうか?
時間にルーズな人物ではなかったと思うのだが……。
そう思いながらも何か事故にでもあったんじゃないかと心配になっていると、悪びれることもなく、こちらに向かってくる沖野トレーナーの姿が見えてきた。
俺のところまで来ると遅れたことへの謝罪の言葉もなく、レース場に行こうかと言ってきた。
まあ、こんな性格だと諦めてレース場に向かうことにした。
レース場に入ると結構な客入りとなっている。普段すぐに控室に向かうので気にしていなかったが、まるでお祭りのような光景だな。
飲食の屋台にウマ娘グッズを扱っている屋台まである。なんか見覚えのある子のぬいぐるみや見た目から大食らいそうな子のぬいぐるみが見える。
沖野トレーナーから「こっちだ」と促されレース場の中へと向かう。
そんなに心配しなくても何度か観戦目的で来たことがあるから大丈夫だと伝えた。
「すまん。見た目からどうしてもな」
なんて言われる始末だ。そんな沖野トレーナーの言葉に少しムッとしながら中へと入る。そんな中、何か違和感がある人物が横目に見えた。
耳と尻尾があるからウマ娘であるのは間違いないだろうが、何やらはしゃぎ過ぎているというか浮かれているというか……。
レース観戦をするウマ娘は珍しくもないのだが、どうしても気になってしまった。まるで初めて生でレースを見るような感じだった。
「んで、今日は何で誘ってきたんですか? 面白いものが見られるとも言ってましたけど……」
俺が少し不機嫌そうに尋ねると、沖野トレーナーはいさめるように目的を話し始めた。
「今日は面白い奴が出走するんだよ。見ればお前も気に入るぞ。まさに天性の才能ってやつだ」
相も変わらず棒付きキャンディーを加えながら笑顔を見せてくる沖野トレーナー。本当にその横っ面を殴りたくなってくる笑顔だ。
殴りたくなる気持ちを抑えてその子の名前を聞いたが「パドックでな」と言われ押し黙るしかなかった。
パドックへ着くとお披露目が既に始まっており何人かは壇上から降り横で待機していた。
「次の子だよ」
そう言われパドックへと目を向ける。
「東京第12レース。続いてパドックに登場するのは、このウマ娘。8枠12番サイレンススズカ」
名前が呼ばれると同時に歓声が湧く。
(結構な人気を集める子なんだな)
そう思い、こういっては申し訳ないが品定めをさせてもらう。少しぼーっとした表情だが、目は前を見据えてとても力強い感じだ。
メンコ……。耳カバーは緑色で右耳には球状の耳飾りを付けた栗毛色のロングが似合う子だ。気概はあるようだが、面白い走りをするような子には見えないというのが第一印象だ。
あの子がそうなのかと聞こうと隣にいるはずの沖野トレーナーに尋ねようとするも、いつの間にか姿を消していた。
どこに行ったのだろうと姿を探すと何やらしゃがみ込んで腕を少し上げている姿を見つけた。
何をしているのだろうと近づいていくととんでもない光景が目に入って来た。
「トモの作りも良いじゃないか~。まさに肥えウマ娘に難なしだ~」
そう言いながら前にいるウマ娘の太ももを擦っている変態、もとい沖野トレーナーがいた。俺が止めるように言うより先に前にいたウマ娘が悲鳴を上げながら沖野トレーナーの顔面を蹴り飛ばした。あれは死んだかな?
まあ、自業自得だ。俺は手を合わせようと沖野トレーナーへと向かっていく。
被害に遭った子をよく見ると大荷物のリュックサックに大きめのショルダーバックを持っている。旅行にでも来たのか?
「なっ! な、な、な、何するんですか!?」
この子の言うとおりだ。いきなり許可もないのに触るのは変態だろ。周りの人も何事かと立ち止まったりして、件のウマ娘と沖野トレーナーの方に視線を向けている。
俺はそれを気にせずに沖野トレーナーに近づく。蹴り飛ばした子もなかなか起き上がらない沖野トレーナーを心配してか警戒しながら近づく。
素人といえば素人なのだが、格闘家と同等の脚力を持つウマ娘に蹴られたのだから、無事であるはずがない。良くて顔面や鼻の骨が砕けている。悪ければ命を落としているかもしれない。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけるウマ娘。そんな彼女をよそに俺は沖野トレーナーの傍まで行きしゃがんで手を合わせる。
(どうか安らかに眠ってくれ……)
俺は心の中でそう呟いた。
蹴り飛ばした子もどうしていいか分からず、声をかけ続ける。
「生きてますか? あの~」
その言葉の後、いきなり起き上がる沖野トレーナー。蹴り飛ばした子も驚いて少し後ずさりしたが、俺は別の意味で驚いた。
あれだけの蹴りを喰らったにも関わらず、鼻血を二筋流しているだけの沖野トレーナー。
どれだけ頑丈なんだよと思いながらも無事なことに安堵した。
だが、心配してくれた子のことは知らないと言わんばかりにとんでもないことを言う沖野トレーナー。
「いいの。いいの。平気、慣れてるから」
「「慣れてる!?」」
俺と彼女は驚きのあまり同じことを言った。
驚く俺と彼女をよそに指をわきわきと動かしながら質問攻めをする沖野トレーナー。
出身地や年齢、挙句には体重まで聞く始末だ。
徐々に近付いてくる沖野トレーナーに驚き更に後ずさりする彼女。
「し、失礼な人ですね! お母ちゃんの言ったとおりでした。都会は痴漢が多いって」
「痴漢?」
訳が分からないと言った顔をする沖野トレーナーだが、彼女は紛れもなくアンタのことを言っているんだぞ。
「デビューさせてあげるって、女の子を騙したりするんでしょ?」
確かに言いそうだが、騙したりはしないと思う。しかし、人目も少し気になり始めたので助け舟を出すことにした。
「ごめん。普段はまともな人……。普段からまともか……?」
俺は自分の言葉に少し疑問を抱いた。普段のトレーニング姿勢はまともだがそれ以外はどうだ?
俺がウンウンと悩んでいると、フォローするなら最後までしてくれと沖野トレーナーから言われた。
そんなやりとりをしている間に彼女は俺たちに背を向け歩き始める。途中で立ち止まり、こちらに振り向いた。
「私、興味ありませんから。失礼します」
そう言い放ち再び歩き始める。これは、俺も痴漢認定されてしまったか?
立ち去る彼女の背を見送りながら助け舟を出したことに少し後悔した。
「それじゃ、行こうか」
騒ぎの原因は素知らぬ顔でレースを見に行くことを勧めてきた。少しは反省してもらいたいものだ。
コースの方へ来るとウマ娘たちが既にターフに立ち体をほぐしている姿があった。レースが始まるのを待っていると場内アナウンスが聞こえてきた。
「ようこそ。トゥインクルシリーズへ。このレースは国民全員が楽しめる一大スポーツエンターテインメント。トップになるのは果たして、どのウマ娘なのか?」
なかなか上手い口上を述べる実況だな。レース展開の実況も大いに期待できるな。
「実況は私、赤坂と解説細江さんでお送りします。細江さんよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「さあ、やはり注目はサイレンススズカ」
サイレンススズカ。沖野トレーナーも注目している子だな。どんな走りをする子なのだろうか?
沖野トレーナーが俺も気に入ると言っていたので少し興味が湧いた。しっかりと、どんな走りをするのかこの目で確認させてもらおうかな。
「いよいよ。本日のメインレースが始まります」
実況がそう言うとファンファーレが奏でられコース上では次々とゲートインをしていくウマ娘たち。前の方で観戦しようと移動すると先ほど見た後姿が目に入ってきた。
当然沖野トレーナーの目にも入ったわけなので俺は沖野トレーナーが暴走しないように止めようとしたのだが一足遅かった。
すでに彼女に近づいており話しかけていたので、俺もすぐに近づいた。
「その様子だと本物のレースを見るのは初めてか」
彼女も後ろから話しかけられたので驚いて少し飛び退いてしまった。
「あ、あなたはさっきの……。初めてですけど、それが何か……」
「へぇ~……」
警戒しながらも律儀に答える彼女を品定めするように下から上に視線を移していく沖野トレーナー。
「レースデビューを目指して田舎から出てきましたっとかそんな感じか」
大変失礼なことを言い始める沖野トレーナー。彼女もムッとして頬を膨らませ顔を背けてしまった。
「私、日本一のウマ娘になるって、故郷のお母ちゃんと約束したんです。だから邪魔しないでください」
「ほぉ、日本一か……」
日本一か……。そんな言葉が丁度、二人のもとに着いた俺の耳にも入ってきた。
(面白い子だな……)
日本一のウマ娘を夢にしている子に俺も少し興味が湧いてきた。
「なあ、日本一のウマ娘ってなんだ?」
「それは俺も興味があるね」
思わず俺も会話に入ってしまった。彼女は俺の方を一瞥し先ほど沖野トレーナーに言われた日本一のウマ娘とは何かの質問に言葉を詰まらせてしまっている。
彼女が答えを考えている間にレースが始まろうとしていた。それに気が付いた沖野トレーナーが声を出し、彼女もコースの方へと視線を戻した。
係員がゲートの確認を終えダート側へと退避していく、退避が終わると同時にゲートが開き一斉に走り出すウマ娘たち。
<ガコンッ!!>
「さあ、一斉にきれいなスタートを切りました」
実際、年齢的にはまだ子供なのだがまるで玩具を与えられた子供のような笑顔を見せレースを観戦する彼女。憧れていた景色が目の前に広がっているのだから仕方ないことだろうな。
「早くも先頭に立ちましたサイレンススズカ」
沖野トレーナー注目の子は逃げを選択したようだな。かなりのスピードで走っている。普通はある程度、離したらスタミナのことを考えスピードを維持するはずだが、サイレンススズカはお構いなしと言った感じで後続をさらに引き離していく。
大型ビジョンに映し出されている映像から見るに現在で約5バ身程離しているようだ。
「は、速い!?」
確かに結構な速さだが後続がスタミナ温存で速度を上げていないのも原因だろうが、俺たちはそれをよく見る光景なのだが、彼女は初めて見たようで驚いていた。
「彼女の脚も実に良いね。完璧だ」
確かにウマ娘は脚がモノを言うが言い方よ。変態にしか聞こえてこない。
そう思うと同時にサイレンススズカという名前を思い出した。確か東条トレーナーのチームに所属していたこの中にそんな名前があったはずだ。
だが、そんな子をどうして沖野トレーナーが気になっているのかが気になった。
(レースが終わったら聞いてみるか……)
レースに集中しようとした時に聞き間違いであってほしい言葉が耳に入ってきた。
「アドバイス通り」
アドバイス通り!? ちょっとアンタ!
他チームの子に何を吹き込んでるのさ。ちゃんと東条トレーナーの許可は得てるのか?
沖野トレーナーの言葉に俺は目を見開き問題の発言をした人物に視線をやる。多分俺の視線に気が付いている筈なのに、それを無視してレース観戦を続ける沖野トレーナー。どうなっても知らんぞ。
そう思い、沖野トレーナーの行動に呆れつつコースへ視線を戻した。
「1000mの通過は57秒8。驚くほどの大逃げをしました。これはマイペースなのか!? それとも速すぎるのか!? 完全なる一人旅」
実況も驚きの声を上げている。この時点で8バ身程離されているがスタミナが持つとも思えない走りだ。脚への負担も相当なものだ。東条トレーナーは堅実な人物だ。こんな無茶な走りをさせる筈がない。
完全に沖野トレーナーの言ったというアドバイスが原因だろう。
(何を考えているんだよ。沖野トレーナーは……)
「さあ、この逃げ脚はこのペースのままで、果たしてゴールまで持つのでしょうか」
第4コーナーを大きく膨らんで抜けて行くが、そのせいで後続も追いすがり徐々に距離を詰めてきている。大逃げはスタミナの問題が大きい。ここらが限界だろう。
「二番手以下が一斉に上がってくる」
実況が言うように二人が後ろまで迫ってきている。追い抜かれるのも時間の問題だろうな。
俺はそう思ったのだが次の瞬間、驚きの光景を目にした。
後ろの二人は今ならいけると思ったであろうその瞬間、思いっきり加速を始めたサイレンススズカ。再度、後続との距離を離し俺たちの前を一瞬のうちに駆け抜けてゴール板を通過していった。
「勝ったのはサイレンススズカ! 逃げ切りました~!!」
実況がそう言うと同時に歓声が大きくなった。鎮まることのない大きな歓声だ。
確かに面白そうな子ではあるのだが、俺のやり方だとすぐに脚を壊してしまうだろう。その走りを見て、どこまでも走り続けたいといった子に感じた。
沖野トレーナーが見せたかったのは、サイレンススズカだったのだろう。かなり無茶をしそうな子のようだから、俺では見切れないと思い学園へ戻ろうと思い、沖野トレーナーに声を掛けることにした。
駿川さんから今日は時季外れの新入生が来ると情報があったから、一目見ておきたい。
「サイレンススズカさん。あんな人がいるなんて」
一緒に観戦していた彼女は、憧れの人を見つけた反応を示していた。わざわざ故郷からレースを見に来た彼女にも一言かけておくか……。
そう思ったのだが、俺より先に沖野トレーナーが彼女に話しかけてしまったので、終わるまで待つことにした。
「あんな風に観客を湧かせて、皆に夢を与えてくれるウマ娘は一握りだ」
そう言いながらしゃがみ込み再び彼女の太ももを触り始める沖野トレーナー。彼女も声をかけられたので声の主がいたであろう方に視線を向けるも誰も居ない。次の瞬間、自分の太ももを触られているのに気が付き一瞬固まってしまった。
「だが、この脚があれば……」
沖野トレーナーが全部言い終わる前に悲鳴を上げた彼女の左足の蹴りが再び沖野トレーナーの顔面を捉えた。
彼女の渾身の蹴りが炸裂したと同時に吹き飛ぶ沖野トレーナー。
「やっぱり痴漢じゃないですか! 失礼します」
「まあ、待ちなって」
今度はすぐさま顔を上げた沖野トレーナー。今度はどんな失礼なことを言うのか気が気じゃない。彼女も律儀に返事を返しこちらに振り向いてきた。
そういえば彼女もウマ娘だったな。てっきり故郷からレース観戦のために出てきたと思っていたが、荷物を見るにちょっと違うような気がしてきた。
レース観戦だけならこんな大荷物にはならないよな……。
もしかしたら──。
「見て行かないのか? 勝ったウマ娘だけが立てるステージ」
沖野トレーナーがそれだけ言うと彼女も言葉の意味を考え始めた。
「ウイニングライブ!」
思い出したようにそう言った。だが、時間が掛かるのでは?
新入生なら駿川さんから連絡が行っているはずだ。日付や時間、寮の門限なんかは伝わっている筈だ。ウイニングライブを見ていたら確実に門限を過ぎてしまうのは間違いないだろう。
だが、この子がただ旅行で来ているだけという線もある。
名前を聞こうにも既に沖野トレーナーに連れられて行ってしまった。
まあ、勘違いであるなら謝れば済むだろうから念のために連絡しておこうと思い学園に連絡をすることにした。
沖野トレーナーに関わると気疲れすることを思い知った一日であった。