ウマ娘プリティーダービ- クラウンガールズ 作:文月~夢売り商人~
現在、俺はグラウンドを走る3人を見ているわけだが、初めから上手くいくとは思ってはいなかった。
体力作りのためにグラウンドを走らせているが、ただ走るだけではなく目標タイムを決めている。目標タイムと言っても無理なタイムじゃない。逆の意味で難しいかもしれないけどな。一周6分という目標タイム。
ただし、早くゴールするのは禁止している。デビュー前の彼女たちには、半分くらいの力で簡単にクリアできるタイムなのだが、逆の意味で難しいようだ。
早くゴールしてはいけないので、彼女たちはゆったりしたペースで走るのだが、そのペースをつかめないでいる。走っては、5分間の休憩を繰り返しての練習を行って、四回目なのだが未だに目標タイムより早くゴールしてしまう。
このトレーニングは体力作りの他に、どの位のペースで走ればどの程度の距離を走れるかを知るためでもある。
「まだ40秒ほど早いな……」
ストップウォッチを止めてタイムを確認。一回目、二回目よりはマシになったが、三回目とほとんど変わらない。
レースをする上で大切なのは、自分のペースを保つこと。周りに流されペースを上下させると、スパートを掛ける際に失敗することが多い。
「目標タイムより早くては駄目というのが大変ですね」
この中では、ローレルが一番クリアしやすいと思ったが、前を走る二人にペースを引っ張られているようだ。逆にバクシンオーが一番クリアが難しいだろうな。何事にも真っ直ぐなのは、いいことだと思うけど今回ばかりは仇となってるな。
「と、トレーナ! 思いっきり走りたいです!」
「このトレーニングは体力作りとペース感覚をつかむものだ。ただ走るだけだと、すぐにバテてしまう。今は2000m6分のペースを体に覚えさせろ。次でラストだからな」
俺がバクシンオーの言葉にそれだけ返すと、バクシンオーは少しうなだれながら小休憩を始めた。思いっきり走りたい気持ちは分かるが、今は体作りの大切な時期だから無理はさせられない。
「五回目始めるぞ。よーい……」
五回目を始めることを告げて彼女たちがスタートラインについたことを確認し、スタートの合図のために手を上にあげた。少し時間を置き、あげた手を振り下ろしスタートの合図を出した。
合図を確認した彼女たちは、ゆったりとしたスピードで走り始めた。スタートしたのを確認しタイマーを進めた俺に話しかけてきた人物がいる。
「これは何のトレーニング?」
沖野トレーナーだ。俺たちが、やっているトレーニングが気になっているようだ。はぐらかしてもよかったが、特に知られたり真似されても困るもんじゃないから、トレーニング内容を説明した。
説明をしている間に、ゴールをしたが予想通り目標タイムを切っていた。
「でもさー。変な癖つかない?」
沖野トレーナーの言う変な癖とは、恐らく本気で走った場合のことを言っているのだろうが、そこは心配ない2000m6分は芝2000mの平均タイムの3倍ほどのタイムだ。本気で走れば2分ちょっとで走りきれる。
そのことを伝えると沖野トレーナーは納得したようすで彼女たちのほうへ目をやった。
「それより。こんな所で油を売ってて、いいんですか?」
今度は俺が沖野トレーナーに質問をしてみた。彼にだって担当がいるはずだ。他チームのトレーニングを見学している暇はないはずなのだが。
「あー。あいつらには好きにやらせてるから良いんだよ」
俺より自由人がいたな。
まあ、口ではこんなことを言っているが、しっかりとしたメニューを考えてあげているんだろう。
噂では、その方針のせいでチームを抜ける子が多いと聞く。こういった指導方針は合う合わないがあるから仕方ないとも言える。
そんな話をしていると、ストレッチを終えた三人が俺のもとへやってきた。次は坂路トレーニングだが同時にピッチ走法を教える。ピッチ走法のコツを教えて坂路トレーニングを開始するように指示を出す。
そんな様子を沖野トレーナーは黙って見ていたのだが、言い争う声が二つと、それを面倒臭そうに諫める声が近づいてきた。
「トレーナー。言われたメニュー終わったぞ。次は何すればいいんだ?」
「俺のほうが速かった!」
「違うわ! 私よ!」
賑やかだな……。
銀髪に近い芦毛のロングストレートの髪を装具で後ろに流し、舟形帽をかぶり、右耳に蝶結びの紺色のリボンを付けた子と、鹿毛の髪を外ハネにし後ろ髪を一束括って垂らして右目を隠して前髪には特徴的な流星模様がはしっている子に、艶やかな栗毛の膝丈ほどのロングツインテールをなびかせ前髪のインテークにシルバーのティアラを付けた子。
「ゴールドシップにウオッカ、それとダイワスカーレットだったか?」
俺が三人の名前を言うとかなり驚かれた。普通は覚えるものだと思うが、チームの三人にも驚かれたし普通じゃないんだろうな。
とりあえず入学式で新任の挨拶はしたが、直接はまだなので良い機会だから挨拶だけでもしておくか。
「入学式で新任挨拶はしたけど改めて。新任トレーナーの桜だ。学園内で顔を合わせることもあるだろう。よろしくな」
それだけ言うと、三人の性格が分かる返事が返ってくる。俺は苦笑いしながら、横目に担当している三人の動きを確認した。特にバクシンオーが六回を始めようとしていたため、それを止めに坂路へ向かった。
暴走しそうなバクシンオーをなだめ、体育館へ向かう。次は室内でのトレーニングだ。主に体力アップが目的だ。腕立てや上体起こしにスクワットだ。目標は百回だが最初は出来る回数だけを目標に定めた。
チヨノオーとローレルは無理せずにトレーニングをこなしていたが、バクシンオーが無理しようとしていたので、さすがにやめさせた。
これで一応は基礎トレーニングは終了となる。お次はプチミーティングだ。説明を簡単にしたのだが遠慮し合っているのだろう。誰も言わないというか、一人は気にしないといった感じで次のトレーニングを始めましょうと言ってきた。
とりあえず今回は俺が見ていて気になった点を伝えた。二人は少なからず自覚はあるようすだったが、一人はやはり気にしないといった感じだな。
三人には俺が考えた追加トレーニングを参考にと手渡した。バクシンオーには短距離をメインとしたメニュー。腿上げや脚を伸長させて降ろすタイヤ引きなど。
チヨノオーにはスピードは勿論、接地を安定させるメニュー。ローレルには脚のこともあるので脚に負担の少ないメニューを渡した。
これを絶対にやれとは言わず自分のしたいトレーニングをしてもいいことを伝えたが、走りこむ以外はしたことがないようで、自分で考えるのが苦手のようだった。
バクシンオーとチヨノオーは、メニューを見ながら早速トレーニングを始めた。二人は無茶さえしなければ大丈夫だと判断し、俺はローレルに付き添うことにした。
「んじゃ。説明をするぞ」
俺とローレルは現在、屋内プールに来ている。男性トレーナーが来ることがほとんどないので、物珍しさからか注目されているが気にしない。
こちとら300年は生きているんだ。もう薹が立っているんだわ。そんなわけでローレルのトレーニングに集中する。
ローレルには、プールサイド側のレーンに入ってもらった。今から始めることの説明をした。
「水中ウォーキングをしてもらうわけだが条件がある。脚を上げるのに10秒、上げた状態をキープするのに10秒。そして下ろすのに10秒かけてもらう」
ローレルは、キョトンとした顔をしているが理由を話した。水中での脚の上げ下げは浮力で脚への負担を軽減しつつ、水の抵抗力で筋力アップの狙いがあること。キープはバランス感覚を得るためなのだがこのキープが意外と難しい。他の子たちもプールを使っているので、当然波が立つ。その波で体を揺らされ片脚立ちが難しくなっているわけだ。
バランス感覚はレースでも重要だ。
ローレルには、バランスを崩し転倒しても脚が壊れないようにと思って、このトレーニングをやってもらう。過去にも脚の弱い子がいたから同じ方法を取らせてもらう。30分ほどを目標に歩いてもらうことにした。
ローレルは早速トレーニングに取り掛かった。やはり最初は波でバランスを崩しフラフラして脚をついてしまうこともあったが、まずは歩き切るようにと伝えたがバランスを取るのに必死な様子だ。
キープは脚がついたら再度、脚を上げて10秒数えなおすよう伝えてあるのも、原因の一つなのだが……。
それから、45分ほどで25mを歩き切った。ローレルにプールから出るように言って小休止を取らせた。自分でも思った以上の大変さだったのだろう少し肩で息をしていた。
そんなローレルには酷なのだが、十分に休んだらもう一度25mを同じ方法で歩くように指示を出す。その間にグラウンドの二人のようすを見てきて、また戻ってくると伝えた。
グラウンドに戻ると他の子の邪魔にならない所で休憩している二人を見つけた。俺が二人に近づくと向こうも気がついたようで手を振っていた。
「トレーナー! やっぱりトレーニングは楽しいですね!」
「大変なトレーニングですけど、『大輪は、一日にして咲かず』ですね」
チヨノオーの謎格言は置いといて、二人は指示通りトレーニング間に小休止を挟みながらこなしているようだ。バクシンオーが無理をするんじゃないかと思っていたが杞憂のようだ。
一応、トレーニングに関して質問がないか、訊ねるも今のところはないとのことだ。
二人の状態確認も済んだし無理をしないこと、17時には校外へロードワークへ行くので、その分の体力は残しておくようにと伝えプールへ戻った。
プールへ戻ると休憩を終えたのか、トレーニングを再開しているローレルの姿があった。すでに3分の1ほど進んでいたが、まだ上手くバランスを取れないでいた。
当然だろうな。一朝一夕で出来るわけではないからな。そう思いローレルの傍まで近づき声を掛ける。
「ローレル。脚をついてもいいから歩き切ることだけを目標にな」
「はい!」
先ずは目標を作ってあげないといけない。目標もなくただ漠然とやっても無意味だ。このトレーニングは歩き切ることが目標だ。バランス感覚は知らない間に、ついてくるものだ。俺自身もやってみたが、かなりキツイ上に大騒ぎになった経験がある。
うん……。
俺が声を掛けてから、33分ほどで歩き切った。プールから上がってもらい休憩を取らせた。やはり肩で息をしている。俺が思ったより、早めに体力をつけたほうが良さそうだな。
「休んだままでいいから聞いてくれ。次は得意な方法でいいから、25mを泳いでもらう。目標は五往復だ。勿論、無茶をせずに出来る回数だけでいい」
「分かりました」
10分ほどの休憩後、水泳を始める。どうやら水泳は得意らしく、泳ぎに関しては教えるのは苦手だが、バタ足はきちんと脚をまっすぐ伸ばしているし、水を蹴る振り幅も小さくリズムも良い。ストロークのテンポも良いな。
ローレルの泳ぎを見ていて、三往復を終えたところで動きが止まった。最初はこんなもんだなと思いながら時計を確認。
(少し早いが切り上げるか……)
タイミングを見誤ってはいけない。水の中で休んでいたローレルに今日は切り上げることを伝えた。本人は了解していたが、どことなく悔しそうだった。
俺はプールの外へ出てローレルが出てくるのを待った。少しすると着替え終わったローレルが出てきたので、一緒にグラウンドへ向かった。
向かう最中、ローレルは無言だったが体力がついてくれば、今回の倍はこなせるようになると伝えると小さく「はい」と返事を返してくれた。
グラウンドへ着くと、結構……。
いや。かなり疲れている、二人が膝に手をつき肩で息をしていた。一体何をしているのやらと俺は肩を竦めながら近づいた。二人にも今日は、ここで切り上げるよう伝えローレルも含め再度、校外へのロードワークへ行くことを伝えた。
「とりあえず、20分は休憩だ。あとロードワークだからな本気で走るわけじゃないからな。特にグラウンド組!」
今回はバクシンオーだけじゃなくチヨノオーも含める。この子も少し無茶をする子だというのが、今回のことで分かった。だからと言って、二人に合わせてメニューを考えてもいられないしローレルに合わせるわけにもいかない。
新任だが、サブトレーナーが欲しい今日この頃だな。
「「はい……」」
二人は、バツが悪かったのか元気なく返事を返してきた。とりあえず休憩だ。少しでも体力の回復に努める。
その間に、LANEグループを作ってグループに参加してもらう。緊急時などの連絡手段は欲しいからな。そうして休憩時間中に、LANEグループに参加してもらった。
「十分休憩できたか?」
三人が頷くのを確認して出発の合図を出そうとしたが、声を掛けられた。本日、二度目の沖野トレーナーだ。向こうも、これからロードワークに出るみたいだな。
「よぉ。そっちもこれからロードワーク? 何なら一緒に行かない?」
チームメイト以外の走りを間近で見る良い機会だし、刺激にもなるので了承した。六人は軽めのウォーミングアップをし始めたので、俺も軽めにウォーミングアップをしたのだが……。
この場にいる全員が俺のほうを見てきた。そりゃそうだよな。沖野トレーナーは自転車に跨っているが、俺は持ってきてないもんな。
300年──。
最初はついて行くこともできなかったが、一緒にトレーニングをしていくうちに俺は彼女たち、ウマ娘並み……。それ以上の体力やスピードを得ることになった。
当然、時速60kmを超える。この話もいつかはしないといけないが、ジョギング程度だからそれだけの体力は全然あると言って誤魔化した。
トレセン学園から、5kmほど行った所に自然公園があるらしいので、そこをゴールにすることにした。今思えば東京の地理は全然わからないから、休みの日にでも散策に出かけないといけないな。
走り始めて少しすると会話しながら走るようになっていた。ライバル同士にもなるが、こういったものも大切だ。トレーニング方法を聞いたりなど、まずは会話からじゃないと聞くこともできないからな。
会話しながらのこともあってか、思いのほか早く目的地に着いた感じがする。この公園で少し休憩してからトレセン学園へ戻る予定だ。
休憩していると、ある方向を指さしながらゴールドシップが声を上げた。
「たい焼き屋があるぜ」
その声を聞きゴールドシップが指さした方を全員が見ると、確かにたい焼き屋があった。どうやら移動販売のたい焼き屋みたいだ。
ウマ娘全員が目を輝かせる中、沖野トレーナーは苦い顔をしていた。そんな顔をする理由は分からないが、金欠のようなので年長者の俺が奢ることにした。
ここで摂ったカロリー分は、トレセン学園に戻る時に消費できるだろう。全員がお礼を言ってきて思い思いの中身を注文した。皆が笑顔になり、たい焼きを食べていた。
何故か沖野トレーナーの株が下がり俺の株が上がった気がした。沖野トレーナーからは「すまん。今度は俺が……」と少し苦しそうな声で言われた。