プロローグ:憎しみの連鎖
絶句。空気は最悪で、憎しみだけがこの空間を支配していた。
歯を食いしばり、涙を流しながらなんと腕力でエレキトラップを破壊する雅。
「うぅ、うあぁぁぁぁ!!」
刀を回収し、叫び。そして、斬りかかる。魂の叫びは刀に伝わり、狐火はもはや彼女が制御できる量を優に超えるほど放出されていた。
その光景を、何でもないことのように眺め、杖を今度は槍へと変える。
「それも、見えていたわ――だから、さようなら『デススピアー!!』」
瞬時に高速回転を開始、彼女の刀に纏われた狐火を巻き付きとっていく。刃と槍先の激突、その拮抗は近くにいたものには雷が落ちたような衝撃を感じられるほどだった。
しかし、勝利の栄光は未来を見通した者の手に納まった。
「がはっ――」
脇腹から血を流す、その敗者は自身の一部でもある刀すら手から抜け地面に突き刺さる。
その光景を敗者の側は絶望的な表情を浮かべながら、対して勝者は問題の正解を確認している時のように注意深く観察していた。
「雅ッ!」「課長ッ!」「ボス!」
「くっそ、取れねぇ!!」
彼女が膝をつき、倒れそうになるのを寸前で耐える光景に驚愕しながらも六課面々や、シーザーは必死にエレキトラップを突破するために足掻いていた。
「それじゃあ、さようなら。もう二度と会うことはないけど、一応忠告しておくわ。決して追わないで、次会ったら殺すわ」
「ま、て――貴様は何者だ!」
血の流れる腹部を抑えながら雅は問いかける。
「――そうね、そのくらいなら教えてあげる」
ライはポニーテールに結んでいた髪をほどき。槍を刀に戻し、鞘に納める。
「私は、ライ。星見家三代目当主、初代虚狩りのクローン――一応最高傑作、らしいけど。皮肉なものよね、偽物の私やナナシが、オリジナルを使って、貴方が偽物を使うなんて」
「――貴様も、ナナシも偽物ではない」
少なくとも、アルターエゴとナナシは根元はそっくりだったが偽物ではなくそれぞれが良さを持っていた。
それを、二人との関りが最も深い雅は理解していた。
「そう――あなたいいこと言うわね。さようなら」
「ま、待て!!」
しかし、ライは雅の制止を聞かず上空に飛んだかと思えばホロウの壁を斬り裂きながら脱出した。
「―――」
その場からライが消えたことでエレキトラップの影響下から脱出した面々。そして、ブリンガーの撃破――目標を達成したことには間違いない。
「――ナナシ」
だが、そんなことを祝える状態ではもはやない。
四肢をすべて失い、胸には風穴を開けられ無惨に転がったナナシは何の反応も示さず、ただその肉体が時間によって朽ちるのを待っているようだった。
「ナナシ――ッ“忘れて”なんてオレ様は絶対に嫌だからな――必ずお前の仇は取ってやる」
無惨に切り裂かれたナナシの左腕につけられた義手を持ち上げ、誓うシーザー。義手は、渡してからあまり日にちが経っていないというのにボロボロになり戦いの苛烈さがうかがえる。
そんな中、腹部を抑えながら彼の死体に近づく雅。
眠った彼の顔を覗いた瞬間、ホロウ内にはぽつりと雨が降ってきていた。
「お前が、笑ってほしいと言ったのだぞ――これでは、笑えないではないか」
もう一度、言うが雨が降っていた。だから、この時泣いたものは一人もいない――泣いていたとしてもナナシからはわからないだろう。
そして、雅はナナシの開いた両の目をそっと閉じさせた。
一方、イアス越しに状況を確認していたアキラとリンは二人ともポート・エルビス付近で携帯式デバイスを使っていたのだが、エレキトラップのせいかイアスの視界が不明瞭となり状況は確認できなかった。
否、正確には確認しなかった。音声だけでもやろうと思えば行けるし、ナナシの最期の言葉も聞いている。
「青衣どいて!!私が行かなくちゃ!」
「そうだ、青衣!僕たちを離してくれ!」
「待たれよ、店長殿が行こうが状況は変わらぬぞ!」
だからこそ、心配で心配でたまらない二人は今にもポート・エルビスのホロウに突撃しそうな勢いだった。
幸いにも、青衣が気合のガードを固めているが、普段のもやしパワーからは考えられないほどの気迫に徐々に押され始めていた。
彼らはその目で見ないと、信じない信じたくない。考えたくない。
だが、現実は彼らにとって最も残酷なものを容赦なく見せてくるのだった。
「―――」
言葉はない、二人は呆然と雅たちに近づく。
「すまない」
雅の謝罪は耳に入らず、彼女に抱きかかえられてしまうほど小さくなった“それ”に近づく。
「嘘、だよね?」
雅の羽織に包まれたその中身を確認する。その瞬間、二人は膝から崩れ落ちた。
「っ、あぁぁぁぁ!」
「な、なし?――こんな、ことに――」
周りをはばからず泣くリン。拳を握りしめ、こらえるが涙が滲むアキラ。
彼らの視線の先にあるのは、安らかな表情のまま眠るように息絶えたナナシの死体であった。
「ナナシが、僕の料理を一番だって言ってたから。今度は、辛いカレーを作っておいたから、パプリカの甘いカレーと一緒に――」
食べるのが大好きで、食べた後屈託のない笑顔で喜んでくれるナナシが、味覚も失って――四肢も失って――最後は命も、聖剣も奪われた。
「いつも、私と一緒に戦ってくれて――この後も、いつもみたいに、帰ってきたら一緒に映画見て、いつもみたいに、ゲーセンでナナシをボコボコにして、いつもみたいに、一緒にご飯食べて――いつもみたいに――」
そのいつもの光景は消えた。否、奪われた――私と一緒にいろんなことをして、笑って――ナナシは生きていく理由も見つけられて、ガチャポンもまたしたいって、話してたのに――
この時、リンとアキラの心が一つになったのは必然だったのだろう――それは、一言で語られた。
「「許さない」」
二人の目には、混沌が渦巻いていた。
ともかく、今回の目標であったブリンガーの追跡任務はこれにて終了した。一行は、ポート・エルビスのホロウから撤退した。
不必要な注目や調査を避けるため、兄妹二人は病院に向かった星見雅を除いた六課の仲間たちと共にオフィスへと戻った。
そして、長い一晩が終わりを告げた。
少し経った後軽傷だったのか朝の陽光の中、狐耳の少女は重い足取りで歩いてきた。
「二人とも、此度は――本当にありがとう。六課への協力、そして私のためにしてくれた、全てのことに――」
「ううん、私たちは雅さんに何もしてないよ――ほとんどアルターエゴとナナシがやったもん」
「――そうだな」
再び空気は恐ろしいくらい暗いものへと変わる。
「だが、今回の事件解決はお前たちに依るところが大きい。H.A.N.D.の中でもホロウ産業に纏わる案件を担う部署が調査チームに加わった。現在、各種証拠やパールマンの証言を再構築し、後に公正な裁判が行われるよう図らっている」
つまりは、今回の一連の問題は一部を除いて解決の方向へ向かうということだ。
しかし、治安局が受ける影響は絶大である。何せ、スロノス区の治安総局が、監査官クラスをヤヌス区の各局の派遣し、内部調査をしているほどなのだ。
「なるほど、ゆうべ朱鳶さんが慌てて出て行ったのはそれだね――ナナシの死のショックは並大抵じゃないはずなのに――」
あの後、結局朱鳶さんもナナシの死体を確認して二人と同様に膝から崩れ落ち涙を流していた。
「それは、お前たちもだが――大丈夫なのか?」
「お互い様だよ。雅さんこそ大丈夫なの?」
リンの問いかけ、するとすぐに雅さんの表情が目に見えて曇る。
「――正直に言うが、大丈夫ではない。今ここでじっとしているのが口惜しいと感じているし。加えて今にも、自身の頬をぶってしまいそうなくらい自分が憎い」
「ダメだよ。雅さんは怪我人なんだから今は休まないと」
「なら今から痛みに耐えながら戦う修行をすればいい――監視カメラによればライは郊外に逃げたことになっている。カリュドーンの子が積極的にライの捜索をしているが、私もそれに参加しようと思っている」
目の前でナナシが惨殺されたのだがよほど堪えたのか、まるでホロウ内のように闘気が高まっていた。
「――なんだか自然な感じになってるけど、雅さんはライを倒すのを手伝ってくれるの?」
「無論だ――必ず、ナナシの仇は取る。それに、可能性の一つに過ぎないが、もし聖剣を取り戻しさえすれば、ナナシが蘇るかもしれないからな。私からこそ、二人に頼みたい――手伝ってはくれないか?」
「もちろんだよ、雅さん。私も、ナナシを殺したライは絶対に許せない。そうだよね、お兄ちゃん」
「ああ、必ず仇を取る。だから、こちらこそよろしく頼むよ。雅さん」
互いに握手を交わし、ここに再同盟は成った。
数十分後、星見雅とアキラ、リンは大地溝帯慰霊の地へと向かった。
アキラとリンが同盟の信頼の証に伝えたいことがあると意を決して連れて行ってもらったのだ。
「―――」
「―――」
道中、彼女は何も聞かなかった。しばらくして、車は新エリー都の端、大地溝帯慰霊の地中部のとある場所に止まった――
記念碑に近づき、お母さんに手を合わせる雅さん。手を合わせ終えた後、彼女はゆっくりとこちらに視線を向けた。
「今回の件を経て、私への信頼は崩れ落ちたと思っている。そんな私に信頼の証を示してくれるのか?」
「うん、ナナシの仇を一緒に取る仲間としてこれは、どうしても言わないといけないことがあるの。とっても、重要なこと」
リンは覚悟を固めていた。それは、彼を失った者同士であるからか、星見雅への絶大なる信頼からであるか――いや、きっとどちらもあったのだろう。
「十一年前――私たちの家は、エリー都の旧ミネルヴァ区の7番通り、その端っこの方にあるヘ―リオス研究所だったの。そこで私たちを育ててくれて、色んなことを教えてくれた人――その人の名前は――アローレ・カルナ。そう、私たちは――旧都陥落を引き起こした『罪人の子』」
「―――!」
星見雅は驚いた素振りを見せるも、責めはせず彼女の次の言葉を待った。
「でも聞いて!私たちの先生は無実なの!旧都陥落には、まだ裏があるから!」
「災害が起きたあの夜――ヘ―リオス研究所は、正体のわからない奴から襲撃を受けたの。見たことのない武装した人たちと、怪物、それに――白くて大きな腕――そう、ブリンガーが呼び出したあれと、瓜二つのやつ!」
「―――」
「こ、こんなの信じられっこないのわかってるけど――!私たちはずっと本当のことを探すために、一生懸命やってきたの。雅さんの助けがあったら――きっと真犯人も見つかるって信じてる、それにナナシの仇も私たちだけじゃ取れないし――雅さん、お願い――これからも私たちと、一緒に戦ってほしいの!」
星見雅の眼差しは静かなままだ。彼女は後頭部を軽く探り、漆黒の滝のような髪から髪留めを外して、差し出してきた――彼女の母の形見を模した、手作りの飾りだった。
「持っておけ。これは信頼の証――お前たちに星見家の庇護があると示すものだ――お前たちがプロキシで会っても、それは私、星見雅のプロキシだ」
「雅さん――!信じてくれるの?旧都陥落には裏があるって言ったこと――」
「旧都陥落の真相は、もしかすると我らが把握しているより遥かに複雑なのかもしれない」
ナナシが意識を失ったごたごたで皆も軽くスルーしていたが、旧都陥落時にはアポロ一号機から十号機までが戦死しているのだ。
アルターエゴやナナシのことを知っている雅にはどうにも把握している内容だけでは納得できなかった。
「安心しろ。このやり取りは一切漏れていない――私は監査官と話をしてくるが、お前たちは混乱に乗じて帰れ。奴らが再び手を出さないという保証はないぞ」
「本当にいいの、雅さん――?だって、さっきも行ったみたいに私たちは『罪人の子』なのに――」
「除悪務本、悪たるを定るは――私だ。そして、ナナシならこう言うだろう『笑ってほしい』とな」
その言葉を最後に雅さんは監査官と話をしに向かった。そして、二人も帰路につく――ナナシを殺したライを探すために。
居なくなった慰霊碑の前に誰かが現れる。彼は、そっと慰霊碑に触れながら呟く。
「――エリシオン。また、俺だけ生き残っちゃったみたいだ」
大地溝帯によって砕けた地面。それを眺めながら、彼は何かを思い出すように瞼を閉じた。
「あの時はごたごたしすぎて言えなかったけど――また、カカリア孤児院って名前を付けたんだな」
返答は来ない、さびれた空気だけがここには存在していた。
「エリシオンは前の孤児院の子供たちはどうなったのか知ってる?生きているといいけれど――俺は、その――発狂というか、その――うん、あの社会情勢じゃ難しいかな」
申し訳なさそうに頭を抱えながら男は呟いた。
「ゼーレは気弱だし、シンは少し――いや、結構歪んでるけど。まぁ、ブローニャがいれば大丈夫かしっかりしている子が一人でもいれば助かるよな――しっかりしすぎな気がするけど」
(当時はウラルの銀狼って呼ばれてたからな、十歳の子供が俺を暗殺しに来たときはうわぁって思ったなぁ――それで、しばらく気まずくなって孤児院に行けなくなったんだっけ?)
過去を思い返しながら男は笑みを浮かべる。
結局、暗殺道具の方が俺の皮膚に通らなくて折れて、三秒間くらいじっと見つめる気まずい時間が流れたのを思い出したのだ。
「じゃあ、行ってくるよ。どこへって?聖剣を取り戻しに行くんだ――懐かしいな、ロザリアとリリアがジェネシスをどこかに無くして一日中探したこともあったか」
男は立ち上がり慰霊碑の前から姿を消す。かつての出来事に心を躍らせながら、同時にもう戻ってこない現実を感じながら――
さて、最後に登場した謎の男が言っていた人物については特に気にしなくていいです。
一応、この章はそこまで長くはしない予定の――はず、流石に12話くらいにまとめて見せる!!
ちなみに、どこかの話でナナシがライに対して親近感を感じてるみたいなことがありましたが、同じクローンだったという落ちですね。
皆は閑話とか、IFの話とか読みたい?
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読みたーい!(特にヤンデレ)
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読みたーい!(ラブラブ!)
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読みたーい!(好感度測定器みたいなやつ)
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いや、読みたいのは本編だ!遅れてんぞ!
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作者さんの自由で!
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こんなアンケートする前に書け