商店街の福引で美少女スキンが当たった話   作:緑立

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商店街の福引で美少女スキンが当たった話

核の冬はもはや遠く、日本列島にも懐かしい四季が戻ってきていた。そして春、増えに増えたミュータント共が引き起こしたスタンピードを近隣の軍用サイボーグ総出で叩き潰す定例の大仕事を終えた後、100式軽サイボーグ兵士(旧日本国防軍識別番号FS91-682)はカンバラ傭兵派遣の同僚らと馴染みの居酒屋で一杯ひっかけていた。

 

「……よし、皆さんビールは揃いましたな? それでは僭越ながらこの突撃型サイボーグのフルタめが乾杯の音頭を取らせていただきます。えー皆さんの粉骨砕身の努力により、今年もクソったれミュータント共の大群を殲滅せしめ、登戸コロニーの安全を守る事が出来ました。平和と安全と軍用サイボーグの誉れ、そしてミュータントの毛皮利権で大いに潤う我らの懐に、乾杯!!!」

 

「「「「「乾杯!!!」」」」

 

重なる声と共に、宴席にジョッキをぶつけ合う景気の良い音が響く。

 

「お疲れぇ、三日三晩挽き肉作り続けるのは流石にキツイよ。全く、ロートル引っ張り出してやらせることかい?」

 

「ハセベのじーさんが一番ノリノリで対空機関砲バラ撒いてたじゃねぇスか。ずっとゲラゲラ笑ってて怖かったんスよ?」

 

「はっはっはっ、ごめんごめん、第二次新潟防衛戦の頃を思い出しちゃってね。視界を埋める物量の敵がいるとつい」

 

「いやー、にしても今年はバフォメット種が多かったなー。しばらく食うもんにゃ困らんぜ! 俺ホッカイドー生まれだからよ、好きなんだジンギスカン!」

 

「つっても、去年カトンボみてーにハゲタカ種が湧いた時にゃ2ヶ月先まで鶏肉漬けで皆死にかけてたけどな」

 

「最悪感覚プリセットで別種の食材の味を生成すりゃええべ」

 

「……あれ脳がバグるから嫌いなんだよ。戦闘糧食も最高級パフェに化けっけども、偽物の感覚に脳を馴染ませすぎると人間性がエグれる感じがする」

 

「酒! アルコール! アセトアルデヒド!」

 

「合法ドラッグ最高! 20万年来の人類の友に乾杯! 飲み干せ飲み干せ、杯を空けよ!」

 

「俺の唐揚げにマヨネーズぶちまけやがったのは何処の誰だァ!!!」

 

テーブルを囲む面々は高速代謝機能を一時停止しており、常ならば即座に分解されるアルコールが脳味噌まで回って赤ら顔の様相であった。日頃は節制のため嗜好品を控えているFS91も今日ばかりは代謝機能を切り、腕部の給食機構からビールを吸い上げてアルコールを楽しんでいた。もちろん感覚プリセットから"味"と"のどごし"を生成するのも忘れない。

 

「おいおいキューイチよぅ! 俺もお前と付き合うよーになってから長ぇけどよぉ。お前はいい加減に"顔"を準備しやがれってんだ。サイボーグっつってもよぅ、人間らしさってモンを取り繕うのを忘れたら色々お仕舞いだぜぇ?」

 

FS91がジョッキにチューブを差し込んでビールを吸い上げる様子を見とがめた一人が声を上げる。同僚のタチバナだ。彼は大戦後期の主力型である94式重サイボーグ兵士の狙撃兵モデルで、強化外骨格に覆われた2メートルの体躯はこの居酒屋にあっては如何にも窮屈そうである。しかしその微妙に舌っ足らずな発音、明らかに絡み酒の風情である。

 

「顔、ですか。私の顔なら貴方の目の前にあるはずですが」

 

「バッカ野郎お前、そうじゃねぇよ! "顔"っつったら目があってよぉ、鼻があってよぉ、耳があってよぉ、口があるもんだろぉ? お前の卵みてぇなツルッツルのサーフェイスが顔な訳あっかテメーコラァ」

 

なるほど、FS91はタチバナの言わんとするところを得心した。確かに自分の"顔"は最低限の知覚センサ類とレーダユニットを卵殻のような漆黒のフェアリングで覆ったデザインをしている。眼球やら鼻孔やら耳介やらの突起物は一つとして存在しない。もちろん口もないため、FS91は発声の全てをスピーカーで、呼吸は強制吸気ファン付きの吹き流し式の酸素交換機構で、食事も全て流動食を給食機構からジェネレーターに流し込むことで済ませているのだ。

 

「……しかし、私の顔がないことで皆さんに何か不都合が生じるのでしょうか? 私の人間性は今のところ損なわれては居ません。こうしてミュータント討伐に参加して社会に貢献し、給料を頂いて衣食住を確保し、現在も皆さんとの飲み会に参加することで社交性を発揮しています。満ち足りている以上、更なる人間性の向上を望む理由が私にはありません」

 

FS91の脳にもアルコールが回っていた。口数はいつもの2割増しである。

 

「……はーっ、ったく。人間性ってのはお前の主観だけじゃねぇんだよ! 客観だ、客観! 回りからどー見られてるか!」

 

「ですから、こうして社交性を発揮し、人間らしい生活を営んでいるではありませんか」

 

「人間らしさってのはだなぁ、表情とか、アイコンタクトとか、そーいうことを通じて発揮されるんだよ。それがお前、テメェの顔を鏡で見て来いよ、どうやって目を合わせるんだぁ? どうやって表情をつくるんだぁ? 悔しかったらホレ、ここで笑って見ろよ、"にっこり"なァ!」

 

タチバナは自分の口角を構成するパーツを両手の指で引っ張り上げると"にっこり"と笑って見せた。

 

「そうだなキューイチ、タチバナの言うとおりだ。やはり会話には笑顔がなくてはいかん。何かこだわりがあってスムーススキンを採用しているのかと思っていたが、そうでないなら止めたほうがいいだろう。本社からのお前の評価が今ひとつ伸び悩んでいるのも"顔"の不在による好感度の低下に起因する可能性が高い」

 

「そうよねぇ。能力がどれだけ優れていても印象が悪ければ評価して貰えないもの。愛嬌は大事よ? キューイチ?」

 

指揮官型サイボーグのイチモンジと偵察型サイボーグのユカリもタチバナに同意する。FS91にとって、給与査定に顔の有無が影響を与えるというのは聞き捨てならない話であった。

 

FS91は居酒屋をぐるりと見渡した。軍用サイボーグの同僚達には、当然ながら生身の者はいない。顔も皆例外なく機械のそれに置き換えられており、タチバナのようなロボットめいたデザインから、イチモンジのような犬猫に近い動物的なデザイン、ユカリのように限りなく生身の人間に近づけたデザインなど、その種類は様々であった。しかし、FS91のように"顔"がそもそも存在しない同僚は、少なくともこの宴会の場にはいない。知覚機能の面ではスムーススキンでも何の問題もないにも関わらず、である。

 

なるほど、FS91はタチバナの言わんとするところを得心した。即ちコミュニケーションに占める"顔"の役割の大きさへの理解である。目なし口なしでは表情の生成は不可能であり、視線の概念がないのではアイコンタクトでの意思疎通などそもそも図りようもない。これではコミュニケーションに重篤な支障が生じる可能性すらある。日々の戦闘任務では無線で思考情報を直接交換するために、FS91はこの顕在化されざる問題に今日まで気づけなかったのである。

 

「……重大な問題の存在を認識しました。確かに私は社会生活におけるコミュニケーションの円滑化を図るために、新たな"顔"を早急に確保する必要があるようです」

 

「そーそー、そういうこった。お前は良い奴なんだからよぉ、そういうショボいところで信用稼げないのは見ててかわいそーだかんなぁ」

 

「タチバナ、貴方の情報提供に感謝を。明日からの休暇期間中に”顔”を用意しておきます」

 

「いーってことよ。楽しみにしてるぜー? お前の、"笑顔"!」

 

良いことするとビールがうめぇ、等と言いながらジョッキを呷るタチバナ。FS91もまたビールを吸い上げる。認知機能がフワフワとした感覚に包まれていくのを感じた。理性の溶解とは即ち幸福である。今し方発生した"顔"調達タスクをうっかり忘れてしまう可能性を懸念し、FS91はリマインダーに「顔を買ってくる」という一文を設定した。

 

 

 

━━そして翌朝の事である。脳に溜まったアセトアルデヒドを睡眠中に一滴も残さず分解してスッキリとした目覚めを迎えたFS91は、いつもの流動食を摂取する。

 

「いただきます」

 

銀色の味気ない見た目の軍用パウチにチューブを接続し、中身のドロドロとした液体を吸い上げる。合わせて感覚プリセットから生成するのは"フレンチトースト"を食べる体験であった。存在しない口の中に存在しない甘ったるい味わいが溢れ、存在しない柔らかな"食感"が生じる。存在しない鼻孔を抜ける存在しない蜂蜜の香りを30秒ほど楽しんだところで、パウチがペシャンコになった。食事は終わりだ。

 

FS91は脚にオイルを差して防塵フィルターを被せ、着古したオクトカム・コートを羽織って街に繰り出した。春の陽気がカメラアイを刺激するが、彼には細める瞼がなかった。代わりに露出補正が視覚情報の光量を落とす。

 

FS91の目当てはもちろん、新しい"顔"の調達である。旧小田急レイルロードで下北沢コロニーの古着屋に行けば表情生成機能付きのスキンが売っているはずだ。彼は昨夜ユカリから聞いた情報から、大雑把な購入計画を立てていた。

 

「スキンに掛ける予算はいつだって青天井よ。特に戦場に耐えられる物ってなると限られてくるわ。不気味の谷に転落死しないようにしっかりしたブランド物を買いなさい。……ケチるとマジで後悔するわよ」

 

FS91は昨日のユカリの言を脳内でリピートする。顔なし生活が板について十数年の彼にとって、それは大いなる金言であった。

 

……だが、FS91にはその前にやるべきことがあった。登戸駅前の商店街のジャンク屋へ、整備パーツの買い足しに行かねばならない。

 

サイボーグは一般に無改造の人間と比較して驚異的な身体能力を誇るが、副作用と言うべき欠点も複数存在している。その最たるものが「定期的なメンテナンスなしには稼働状態を維持できない」という制約、即ち無改造の人間が当然に持っているホメオスタシスの欠如であった。

 

特にFS91のような先の大戦中に手術を施された軍用サイボーグたちは大きな困難に直面していた。終戦の3時間前に開始された"大報復"による全世界同時多発核攻撃によって、当時の兵器製造企業の大半は物理的にこの世から消滅しており、企業によるサポートどころかパーツの新規供給すら行われない状況に陥っているためである。

 

日々劣化していく身体を他社パーツに換装することで誤魔化し、それでも誤魔化しきれないバイタル・パートの整備のために法外な値段で取引される正規パーツを同型のサイボーグたちと奪い合う。”同胞”同士で死を押し付け合い、今日も辛うじて生き残り続ける、そんな人生。

 

不吉な連想が、いつものようにFS91の脳裏を埋めていった。感情恒常化アプリが扁桃体抑制薬の使用をサジェストしてくるが、生憎在庫切れ中であった。

 

「……我々は、果たしてどうなるのでしょうか?」

 

分かり切った結末を思い、FS91はため息を吐きたい衝動に駆られた。息を吐く口がないので、駆られただけだったが。バラック小屋が狭しと立ち並び、品のないホログラム広告と戯れる敗残兵の街を、FS91は足早に通り抜ける。

 

陰鬱な心を抱えたまま入ったジャンク屋で、FS91は目当ての品であった肺の防塵フィルターと扁桃体抑制薬を確保することに成功した。やや高値であったが、ミュータント利権のお陰で懐は温かいので問題はない。

それでも第三の目的であった天然オイルはスキン購入予算を確保するために諦めねばならなかったが、ともあれこれでしばらくは肺の目詰まりと憂鬱を気にしなくて良くなる。QoLが大幅向上だ。

 

「おや、お得意さん。どうやら貯まったみたいですよ?」

 

多少持ち直した機嫌で会計を済ませると、店主の親父が不意にそんな事を言った。

 

「何が貯まったのですか?」

 

「商店街のポイントカードですよ、お得意さん、アンタが渡してきたんでしょうに」

 

見れば、店主の手には30個のスタンプが押されたポイントカードがあった。完全にルーチンになっていて全く意識していなかったが、どうやら財布からポイントカードを取り出して彼に渡していたらしい。

 

「……ポイントが貯まると、何ができるんでしょうか?」

 

店主からカードを受け取りながら問いを発する。FS91はこれまで商店街のポイントカードにスタンプを30個貯めきったことがなかった。一ヶ月でスタンプがリセットされる都合上、任務で数週間に渡って街から離れることも多いFS91には、月に30回も商店街の店舗を利用するのは至難の業なのである。今回は春のミュータント滅殺祭りに参加するための事前準備で武器屋やジャンク屋を高頻度で利用したために、月末までに30ポイントを貯めきることができたらしい。

 

「ちょうど駅前ん所で福引きがやってましてね、……確か10等が天然オイルだったかな。お得意さん、失礼ですが金欠でいらっしゃるんでしょう? 安いオイルで誤魔化してるせいで膝から駆動音が漏れていらっしゃる。ウチの福引は一等が出ないことに定評がありますがね、10等ならそこそこの排出率ですから、元手もタダですし、やっていったら如何です?」

 

「ゼロリスク・ハイリターン。実に魅力的です。貴方の情報提供に感謝します」

 

「確率が高いと言っても、目当ての品が当たるかどうかは保証できませんが。まあ、そこはお得意様の運次第って事で」

 

貧しく、お先も真っ暗なサイボーグ人生だが、そう悪いことばかりではないらしい。まだ良いことが起こると決まった訳でもなかったが、FS91の心は少しだけ軽くなった。

 

……それから数分後、FS91は直面した現実が良いことなのか悪いことなのか、判断に迷っていた。

 

「お、大当たりーっ! 一等、一等が出ました! 当商店街の福引き企画が始まって以来の快挙!!! 一等のシークレット商品を手にする者が初めて現れましたーっ!」

 

カランカランと喧しくハンドベルを鳴らしながら、商店会のメンバーと思しき法被を着た軽サイボーグが喧しく騒ぎ立てる。

 

ジャンク屋を後にし、その脚で向かった福引き会場。取り立てて気負いもなく回した新井式回転抽選器から吐き出されたのは、金色の玉。即ち一等であり、それはFS91にとっての外れを意味していた。

 

まあ、世の中そんなものだろう、FS91はさしたる落胆もなく現実を受け容れることにした。これは多分良いことでも悪いことでもない、"普通"の出来事なのだ。

 

しかしこの軽サイボーグは喧しいことこの上ない。周囲の通交人もFS91に無遠慮な視線を投げ始めており、彼は居心地の悪さに眉間にシワを寄せたい衝動に駆られた。眉間も寄せるシワもなかったので、駆られただけだったが。ともあれ、さっさと商品を受け取ってこの場を離れなくてはならなかった。

 

「おめでとうございます! こちらが一等の品物! 今は亡きサクライ・ゲル株式会社製、美少女スキン"サクライ・サクラコ"となりますッ!!! 大切になさってください!!!」

 

「……ビショージョ、"スキン"?」

 

差し出された取っ手付きのケースを受け取りつつ、FS91は軽サイボーグの発した単語に引っかかりを覚えた。

 

「はい! サイボーグは人間を超える能力を獲得することに成功しましたが、それは同時に人間的な外見を失うことを意味しました! そこでサクライ・ゲル株式会社は自らのアイデンティティに悩むサイボーグ達を案じ、人間的外見を取り戻すための高級スキンの開発に乗り出しました、ここまでは有名な話ですね! ヒューマノイド・スキン最大手企業の誕生というという訳です! そしてこの"サクライ・サクラコ"こそ、サクライ・ゲルが数十年の研究の末にたどり着いた究極のスキンなのです! しかし残念ながらサクライ・ゲルは"大報復"によって本社が消滅したために現存するこの商品は初期生産分の12着に限られ、市場にも流通しておりません。まさに貴重な逸品なのです! また当商品はセクサロイド用外装としても運用可能となっており──」

 

「はあ、そうなのですか」

 

FS91としては別に尋ねたつもりもなかったのだが、軽サイボーグはベラベラとこの代物について解説を垂れ流し始めた。すでに受け取ることが決まった商品の売り文句を今更聞いても仕方がない。FS91はその大半を聞き流しつつ、その場でケースを開封して件のスキンの状態をチェックし始めた。

 

それには目があり、鼻があり、耳があり、口があり、ついでに髪の毛がついていた。それは間違いなく"顔"であった。ダウンロードした取説を流し読みし、このスキンに"表情"生成機能があることも素早く確認する。大報復戦争から既に十数年が経過しているが、構造ゲルには経年劣化の徴候も見られなかった。つまり機能は問題なく維持されている。

 

「━━あらゆるプレイに対応するために新規開発された多段式表層ゲルは鞭や蝋燭といった一般的なツールから高周波ブレード、ライフル弾といった軍用装備にも耐えうる程の強靭さを有します! のですが! 本製品の真の革新性は強度にはありません! 多段表層ゲルの隙間に仕込まれた血管状組織のみが破壊されることによって新たに流血のダメージ表現が可能とな━━」

 

「それでは、私はこれで失礼致します」

 

美少女スキンなる代物が己の需要を充分に満たす物であることを確認したFS91は、尚も続く軽サイボーグの口上を遮ると、ケースを抱えてさっさと来た道を戻り始めた。スキン購入分の予算が浮いた今こそ、ジャンク屋で天然オイルを買う時である。

 

「……これは紛れもなく、良いことです」

 

FS91は一人、噛み締めるような呟きを落とした。扁桃体抑制薬を使っていないにも関わらず、彼の足取りは往路のそれよりも幾分軽いものだった。

 

 

 

──そして数日後、休暇明け最初の出勤日の事である。例の如くスッキリとした目覚めを迎えたFS91は、軍用流動食を吸引し、先日手に入れたスキンをスムーススキンと換装し、膝関節に天然オイルを差して防塵カバーを付けると、着古したオクトカム・コートを羽織って、株式会社カンバラ傭兵派遣・登戸事務所へと出勤した。

 

「おはようございますハナコさん」

 

「はぁい、おはようご──って、いや誰ですかお前?」

 

出勤時刻を打刻しつつ事務員のハナコさんに挨拶すれば、当惑の声が帰ってくる。FS91は自分がスキンを換装していたことを思い出した。

 

「……私は百式軽サイボーグ兵士、識別番号FS91-682です。実は髪を切りました」

 

「ええ……キューイチ……? あっいや確かに出勤データにはキューイチって書いてあるわ。……マジで? イメチェンにも程があるでしょ? てゆーか髪は生やしたんでしょうが!」

 

「正確には"生やした"ではなく"装備した"ですね。この度、タチバナの勧めを受けてスキンを装備することにしたのです」

 

「はぁ? なんでわざわざ美少女スキンを選んだのよ? ……ああ、もしかしてアンタらってそういう関係だった? まー兵隊長いとそういう方向に行きがちとはいうけどねぇ……」

 

「そういう関係とは、どういう関係でしょうか?」

 

「言わせるなや。ほら、これ今日の作戦資料。丁度アンタとタチバナでアサインされてるから、外で好きなだけヤってきなさいな」

 

「好きなだけは戦りません。私はともかく、タチバナの徹甲弾の弾数には限りがありますので」

 

「やかましいわ。さっさと仕事に行け女装癖サイボーグ」

 

FS91はハナコさんの様子に違和感を覚えつつも、ともあれタチバナを見つけて仕事を始めねばと詰め所へと向かった。詰め所には飲料の他、ラーメンやハンバーガーの自販機を備えたイートインスペースがある。この時間帯ならタチバナはそこで喫食中のはずだった。

 

「━━キューイチは一体どんなスキンを買ってきたのかしらねぇ? 気になってしょうがないわ! カッコいい系かしら、それともかわいい系かしら? あの子のイメージ的にはタチバナみたいなロボット系なんかを選びそうなものだけれど、イチモンジみたいなワンちゃん系もありえるわよね!? ひょっとしてヒューマン型だったりとか!? 楽しみだわーっ!!!」

 

「ワンちゃんではない、ダイアウルフだ。それはそうと、基本的に実用性一辺倒で物事を考えるキューイチのことだ。恐らく表情アニメーションを投影できるスクリーン式スキンを購入していることだろう。アレならば文字媒体も表示することが出来る分、感情に加えて細かなニュアンスまで直接相手に伝える事が出来る。……なりより、物理的な機構を用いない分軽量で、安い。彼好みの装備だ」

 

「まっ、どのみち後5、6分もすりゃ分かる事だろ? 気長に待ってよーじゃねぇの。……せっかくだし賭けでもするか? 俺は不気味の谷のドン底ってレベルの中古セクサロイドのスキンを最安値で買って来るに5000新円」

 

……FS91の予想通り、詰め所にはハンバーガーを貪るタチバナの姿があった。同じテーブルにはラーメンを啜るイチモンジと、コーヒーをしばくユカリがおり、三人で歓談中のようである。

 

「おはようございます、タチバナ、イチモンジ、ユカリ」

 

FS91は、彼らに向かっていつも通りの挨拶をする。……しかし、それに対する反応はいつも通りではなかった。

 

「あら! 今ちょうど貴方の話をしてたのよ! キュー……イチ……?」

 

ユカリの声は尻すぼみに小さくなり、

 

「……実に、興味深い」

 

イチモンジは一言呟きを落とし、

 

「……」

 

タチバナはFS91を見つめたまま言葉を失っていた。

 

スキンはコミュニケーションを円滑化するという話はどこへ行ったのだろうか? 予想だにしなかったリアクションに若干戸惑いつつも、FS91は会話の続行を試みた。

 

「……一応、改めて名乗っておきますが、私はFS91-682です。コミュニケーション能力向上のため、“顔”を装備してみました。皆さんから見てこのスキンは適切な“顔”と言えるのでしょうか? 客観的判断をお願いします」

 

「え、ええ! 似合ってるわよ! 凄くかわいいじゃない! どうしちゃったの!? 貴方にそんな趣味があったなんて全然知らなかったわ! ていうかそのスキン何処のブランド? 良い質感と造型してるじゃない……男物も出してるかしら? 下北では見かけたことないデザインっぽいわね!?」

 

美容に強い拘りを持っている系偵察型サイボーグのユカリはFS91に食ってかかる。

 

「……顔面全体の縦横比は完璧な1:1.618を成している。造型は完全に左右対称でありながら、右目の泣きぼくろでアシンメトリーを演出。白い肌を際立たせる漆黒の長髪、長い前髪の隙間から覗く金色の瞳は差し色として適切に機能している。目鼻立ちははっきりとしているが、若干丸みを帯びた造型からは幼さも感じられ、生身の女性に換算すれば16、7歳と推定される。総じて、FS91が採用したスキンは"美少女スキン"の一種であると判断できる。……何にせよ、意外としか言いようのない選択だ」

 

イチモンジはFS91を数秒観察した後、見たまんまの結論を出力した。

 

「……」

 

タチバナはまだ言葉を失っていた。

 

「ユカリ、私は詳しくは知りませんが、このスキンはサクライ・ゲル株式会社という"大報復"で消滅した企業の手になる商品のようです。出荷数が少ないために、市場にはあまり出回らないようですね。イチモンジ、この商品は福引きで当たったものです。必要充分な機能を有すると判断したために現在装備していますが、入手過程に私の意志は介在していません。新規購入するよりも、既にある物を使う方が予算の削減に繋がり、合理的です」

 

「サクライ・ゲル! はー久々に聞いたわその名前! 確かに良い仕事する連中だったけど、基本女物しか作らなかったのよねぇアイツら。サイボーグの悩みに寄り添うとか抜かしてたけど、実態はそうやって体裁取り繕ってセクサロイドのスキンに公金突っ込んでバカみたいなクオリティで量産してた変態マッドサイエンティストの集まり。……でもやっぱり表層ゲルの技術は最高ね、私もスキン自作するときはサクライの商品を使うもの」

 

「なるほど、そういった経緯を辿ったのならば納得だ。君の行動様式に合致する。そして、そのスキンならばコミュニケーション能力向上の効果は十分に見込めるだろう。客観的立場から保証しよう」

 

「ありがとうございます、イチモンジ。当面の間はこのスキンを装備し、給与の向上他、期待されるさまざまな効果をテストしていくことにします。そしてユカリ、貴女にはスキンのメンテナンスについてアドバイスを頂きたいと計画していますが、協力をお願いできますか?」

 

「もちろん! その道の先達としてビシバシ指導するから覚悟しておきなさいよ!」

 

「ありがとうございます、ユカリ。これで懸念材料が一つ消えました。……所で、タチバナ」

 

FS91はここまで黙っていたタチバナへと水を向ける。

 

「……んぁ? ……ああ! 俺か、俺がどうしたキューイチ!?」

 

タチバナはようやく言葉を思い出した。

 

「貴方の提案通り目、鼻、耳、口を有する顔を装備してきました。タチバナの目から見て、現在の私は以前の私以上の人間性を有しているでしょうか?」

 

「あ、ああ。うん、有してるんじゃねぇかな? つーか、なんというか、その……綺麗だ」

 

「……ありがとうございます?」

 

詰め所に、数秒間の沈黙が流れた。

 

「……今日のミッションは武蔵新城駅周辺で目撃されたバフォメット種ミュータントの掃討です。恐らく先日のスタンピードの討ち漏らしでしょう。私とタチバナのタッグがアサインされていますので、そろそろ出発しましょう。こちらがミッション概要です」

 

「お、おう! そうだな、行こう!」

 

FS91がミッションデータを転送すると、タチバナはやたらと勢いよく、気合の入った様子で立ち上がった。そして常ならばそのまま放っていただろう椅子をしっかりとテーブルの前に戻し、式典も斯くやという堂々たる歩みでFS91の方へと向かう。その間、タチバナは頑なにFS91と視線を合わせようとしなかった。

 

……どうにも、今日の彼の様子には違和感が拭えない。FS91の抱いた疑念に、海馬からサルベージされた先日のタチバナの発言記録が答えを提示する。

 

「タチバナ、私を見て下さい。”楽しみにしている”ということでしたので」

 

「ん? 何が楽しみだって━━」

 

FS91はスキンに登録されている表情プリセットの一つを呼び出した。目元の筋肉組織を弛緩させ、顎から頬にかけての筋肉を緊張させる。すると眦は下がり、口角が上がり、上顎の前歯が露出する。

 

「”笑顔”です。如何でしょう、ご期待には添えましたか?」

 

表情プリセットNo.111”とびっきりの笑顔”。FS91にはまだ、このスキンの表情筋をマニュアルで使いこなすほどの技能はなかった。

 

「あっえっ……うあ……」

 

「……タチバナ?」

 

……そして、”とびっきりの笑顔”の直撃を食らったタチバナは、FS91の顔を見つめたまま再び機能停止状態へ陥った。2メートル30センチの巨体が一瞬で凍りついたように動きを止める。

 

「あーあ、やっちまったわね。これから面倒なことになるわよ。私らとしては愉快なことだけど」

 

「なかなかやるなキューイチ。ギャップを用いる手法は戦術的に最良の一手だ。まあ、君がこの戦争の勝利を望んでいるのかは知らないが……」

 

FS91には、イチモンジとユカリの言葉の意味が理解できなかった。

 

「……私は、何かやってしまったのでしょうか?」

 

顕現したカオスの解析を諦めたFS91は、天井を見上げながらつぶやきを落とす。……ともあれこの日、カンバラ傭兵派遣に所属する軽サイボーグ兵士の一人が、美少女サイボーグ兵士へとジョブチェンジを果たしたのであった。

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