商店街の福引で美少女スキンが当たった話 作:緑立
「それじゃ、定刻になりましたんで始めますか。……どうも皆さん、お疲れ様です。今回は大規模ネスト攻略作戦の為、ここ調布コロニーまでご足労いただきありがとうございます。御存知かとも思いますが、私、調布コロニーの司令官を務めておりますシノハラと申します。また、今回の作戦では最高司令官を務めることとなりました。皆さん、どうぞよろしくお願いします」
調布コロニーは旧電気通信大学本館に設置された作戦司令部。調布コロニー司令官シノハラは、『調布地下大規模ネスト攻略作戦』と題されたプレゼン資料を投影したスクリーンを背にし、各地から参陣した部隊の指揮官達へと慇懃に頭を下げた。隣に立つミカサも彼に習い、深くお辞儀する。
今作戦には、実に雑多な戦力が参加していた。まず府中、多摩センター、立川、登戸、溝ノ口、各コロニー防衛隊。続いて八王子猟友会、小沢要塞コロニー"巨人軍"、川崎港湾労働者組合。そして、カンバラ社を初めとした傭兵派遣業各社である。
当然ながら、司令室に詰めかけた各戦力の指揮官たちはそれぞれ全く統一感のない服装と装備で身を固めていた。やたらカラフルな司令室の風景に、ミカサは拭い去れない違和感を覚えた。もはや軍は滅んだと言えど、大規模な軍事作戦に際してこれほどまでに雑多な有り様が許容されて良い物だろうか? 戦後、幾度も感じた違和感を今回も鉄面皮で押し殺す。
……シノハラが背後のスクリーンを示すと、ネストの予想構造図が投影される。それは蟻の巣の断面図を思わせた。
「さて、では今次作戦について確認させていただきます。……作戦目標は、ここ調布コロニーの目と鼻の先にある大規模ネストの攻略となります。ネストの成長段階としてはレベル7、戦中にミネアポリスとエカテリンブルク、あと重慶にできたヤツと大体同じぐらいですね。かなりヤバいです。ただし、まだ相変異は起こしていないようなので、敵戦力の数はネストの規模と比較して少数と予測されています」
資料は次のページに移る。スクリーンに『核兵器(atomic)、生物兵器(biological)、化学兵器(chemical)はダメ絶対』と忌々しい文字列が踊った。
「え~重要な事項として、今回の作戦ではABC兵器は原則として使えません。ジオフロントが駄々捏ねやがったからです。ちなみに強毒ガスは最初ゴーサイン出てたんで用意したら後になってからNG出してきやがりました。掛かった費用の補填とかは一切してくれないそうです。正直今すぐ高尾山に乗り込んで今回使えなかったガスの在庫処分がてらアイツらを処分してやりたいところですよ。マジで。……申し訳ありません。少々取り乱しました。ミカサちゃん、今のところ議事録から削除しといてね」
「かしこまりました」
「えーはい。そこでですね、今作戦では通常戦力のみでの"攻略"を行う事となりました。プランは次の通りです。まず浅層で騒ぎを起こしてミュータントを誘引、その間に偵察型サイボーグによる先遣隊が深層までのルートを開拓、クイーンを発見次第殴り込み部隊が突入してこれを撃破する、という流れですね。実にシンプルです」
歩兵部隊が中核となる作戦概要を示したスクリーンを背に、シノハラは腕を組んで嘆息した。
「皆さん御存知の通り、我々調布コロニーは砲兵戦力が主体です。ぶっちゃけ今回のような地下攻略作戦でできることとかあんまりありません。むしろ浅層に殴り込んでミュータントの迎撃を誘う作戦なので、崩落の危険を伴う支援砲撃はほぼ出来ません。情けない話ですが、参陣して下さった皆さんが今作戦の主力となります。有り体に言うと、他力本願ですね」
シノハラの自嘲気味な笑みに、ミカサの鉄面皮が僅かに崩れる。
「代わりと言っては何ですが、物資面では、最大限の支援をさせていただきます」
そしてシノハラは、再び深々と頭を下げた。
「……皆様方。今作戦では、何卒ご助力の程、よろしくお願い申し上げます」
──FS91ー682主演の広報PVを用いた対ジオフロント大規模プロパガンダ作戦は、関係各所を初め、他ならぬ制作者であるカンバラ社自身がドン引きする勢いで"鬼バズり"していた。
具体的には、カンバラ社が戦闘職社員総出で毎日朝から晩まで実弾演習を行っても向こう1年は尽きることのない量の弾薬と、新品同様の整備状態の多脚戦車10両と歩兵戦闘車15両がジオフロントからカンバラ社に送りつけられてくるレベルでバズり倒していた。
……余談ながら、今作戦の為に方々駆けずり回っては武器弾薬を調達し、どうにか中古の多脚戦車8両を確保することに成功した調布コロニー歩兵隊長ウツミは、この話を聞いて血の涙を流したという。
「我ながら、見事な采配だったと言う他ないわね……。ねぇ、そう思わない? ハセベのおじ様」
旧調布駅の駅前ロータリーに続々と到着するカンバラ社の装甲戦力を前にして、巨漢の偵察型サイボーグはしみじみと呟いた。
「まあうん、僕の腕と言いたいところだけど……ユカリちゃんの仕込みの威力がデカすぎたよね。色んな意味で……」
応じる対空型サイボーグの声には、仄かな悔しさが滲んでいた。
ユカリの采配とはつまり、FS91の胸部装甲の話である。
PVの撮影に際し、FS91は着古して擬態機能の半ば死んでいたオクトカムコートを引っぺがされ、ユカリ監修の下に全身の各部に改装を施されていた。具体的には分厚い胸甲を装備させ、脚部の人工筋肉をより太いものに換装させていた。
線の細い軽サイボーグとは言え、100式のベースはあくまでも男性骨格である。そんなFS91の義体に対してボディラインを隠し、要所を盛る改装を施す。それこそは擬似的な女体の再現であった。撮影開始前の社内会議では「いささか太過ぎるのでは?」との意見も出たが、ユカリとハセベはこれに真っ向から反論した。
「身体がどれだけ太かろうが、顔が小さければ気にしませんよ! むしろ加点ポイントになります! 大丈夫です!!! 信じて下さい社長!!! 男なんてそんなもんです!!!!!」
……怪訝そうな表だったカンバラ社長は、最終的に部下の熱量に押し切られて改装予算を認可。FS91本人には「バイタルパートの防弾強化と、重量増加と高重心化に対応するための脚部人工筋肉の大出力化換装を行う」と嘘ではない説明が行われ、撮影直前に改装が強行された。
斯くして、爆乳シュルツェン装備型100式美少女軽サイボーグ(脚部大出力化改装済み)がロールアウトしたのである。
日々生産レーンにてブラックな勤労を強いられ続ける地底の労働者たちが、休憩時間中に半ば強制的に視聴させられるプロパガンダ映像群。「欲しがりません地上に戻るまでは~」などと、決まり切った内容の映像ばかりが垂れ流されていたそのラインナップに、おもむろに突っ込まれた美少女サイボーグが暴れ回る痛快バトルアクションPVは、主に男性を中心に爆発的な人気を集めることに成功した。
この人気はそのまま"彼女"が所属する会社への寄付の動きという形で現れ、今回の大戦果に至ったのである。
……支給された多脚戦車の装甲には、FS91を模したと覚しきキャラクターが眩しい笑顔を振りまくイラストがプリントされていた。俗に言う痛車である。
「なあイチモンジ。実はジオフロントなんて存在しないんじゃないのか?」
「唐突に何を言い出すんだお前は」
信じがたい現実が眼前のロータリーで列を成している光景に、タチバナは静かに現実逃避を始めた。
「ほら、ジオフロントに万単位の人口が生き残って辛うじて社会を作ってるってのは、俺たち生き残っちまった軍用サイボーグに希望を抱かせるための欺瞞情報なんだよ。自暴自棄になって集団自殺とかさせないために、なんかこう、旧軍の高官が仕込んだアレだ、優しい嘘ってやつなんだ、きっと。……だから本当は、高尾山の地下を掘り返しても何も出て来ねぇんだよ」
「そんな戦前のSF作品にありがちな設定など、現実にあり得る訳がないだろう。そも、定期的に地底からの脱走者が地上の汚染された大気に当たって野垂れ死んでいるではないか。彼らがジオフロント実在の動かぬ証拠だ」
民意という名の同調圧力が全てを支配し、日本伝統のムラ社会とブラック企業仕草、そして国防海軍的「月月火水木金金」精神によって運営されるこの世の地獄、ディストピアの具現、それがジオフロントの実態であった。
「あんなものが、我らの希望であってたまるものか」
イチモンジは興味なさげに吐き捨てる。
「……とは言え、ミーハーな地底人の民主主義気取りのお陰で今回の援助物資にありつけたのだ。そう悪いことばかりでもない」
「それが悪いことだっつってんだろぉ……」
タチバナはその場に崩れ落ちて頭を抱えた。
「タチバナ、お前はさっきから何を取り乱しているのだ?」
イチモンジの疑問に答えたのは、ニヤニヤと薄笑いを貼り付けたユカリだった。
「……それはねぇイチモンジ。ほら、タチバナのヤツ、ここ最近随分落ち着いてたじゃない」
それは『知性の湯』での一件を経て、タチバナ自身が「自分がFS91に対して抱く感情は恥ずべきものではない」と理解したからだろう。イチモンジはタチバナの一連の振る舞いに対する自分の理解を反芻した。
「自分の感情を受け容れて、整理できた。故にこそ一時期の過剰反応が鳴りを潜め、以前のような態度を装う余裕ができた。と解釈していたが、そうではないのか? ユカリ」
「もちろんそれもあるわね。でも、それだけじゃあないのよ。タチバナは気づいてしまったのよ、自分が一番"有利"なポジションを占位していることにね。即ち、キューイチの幼馴染み枠を抑える事に成功していると。……でもね、これが最大のミスだったのよ」
そう、一見して他の追随を許さない圧倒的優位を確保している「幼馴染み枠」だが、昭和期にまで遡る漫画文化の成立以来、ラブコメ作品群において幼馴染みとは常に"最弱"のポジションであったのだ。
「アイツと一番付き合い長いの俺だから」などと余裕綽々の振る舞いを重ね、恋愛の駆け引きに於いてひたすらに怠惰で、慢心を隠そうともしない。現れた転校生による電撃戦の前に敗北する定めにある悲しき当て馬。
「……最終回の手前で涙ながらに身を引き、主人公の少女はそのことを知らないまま。一言で言えば様式美よね、そういう終わり方をする立ち位置なのよ。今タチバナがいるポジションは」
「なるほど、持久戦に持ち込んだと錯覚して攻勢に打って出る気概を失い、そのままのうのうと普段通りの日常を貪り続けていたところ、今回の一件でライバルが急激に増化したことで今更に危機感を抱きだしたということか。遅きに失しているな」
「人の心情を勝手に分析するんじゃねぇ!!!!!」
それは血の滲むような、悲壮な叫びであった。
「今回の一件だが、気にすることはないぞタチバナ。ライバルと言ってもどうせジオフロントから出てこれんのだ。そもそも競争相手になりはしない」
「ま、PVは普通に地上でもあっちこっちで流されてるから、対抗馬が増えてることに違いはないけどね。当て馬で終わらないように精々頑張りなさいな」
「うるせぇわ!!!!! もうお前ら黙ってろ!!!!!」
その時、若人たちの微笑ましいやり取りを遠巻きに見守っていたハセベが、ふとある事に気が付く。
「……それで、話題のキューイチ君はどこに行ったんだい? 朝、出発前に見かけたっきりだけど」
「……ああ、キューイチなら列車じゃなくてタンクにデサントして来るっつってたぜ? そろそろ着いてるんじゃねぇか?」
タチバナの言にハセベは多脚戦車の車列に目を向けるが、そこには何もいない。数秒首を傾げた後、気付きに至ったハセベは目のチャンネルを可視光から赤外線に切り替えた。
光学式ステルス迷彩コートを纏い、そのフードを目深に被った爆乳シュルツェン装備型100式美少女軽サイボーグ(脚部大出力化改装済み)のシルエットが、最後尾の多脚戦車の砲塔上に浮かび上がる。
そして戦車がロータリーの中で停車すると、FS91は砲塔から飛び降りてハセベらの下へ歩み寄った。
「おはようございます、ただいま現着いたしました」
「戦車部隊の護衛お疲れ様。作戦が始まる前から一仕事だったね、キューイチ君」
「いえ、私は座っているだけで済みましたので、お気になさらず」
そんなやり取りの間も、FS91は半透明のままであった。
「……いや、ステルス迷彩切れよ。やりづれぇわ」
「…………………………嫌です」
「何が嫌なんだよ?」
FS91はフードから覗く右頬を、軽く引きつらせながら答えた。
「……強いて言うならば、何もかもが」
自分の姿がデカデカとプリントされた多脚戦車を背後に控えながらのセリフであった。
「……そうか……そうだな。ユカリとハセベは、一度キューイチに謝っといた方がいいと思うぞ」
FS91の様子に何かしら察する物があったタチバナの言葉に、主犯格の二人は悪びれもせずに答える。
「僕は創作者として、与えられた仕事に最善を尽くしただけさ」
「我ながらパーフェクトな仕上がりだと自負しているわ!」
そして、イチモンジがトドメを刺しにかかる。
「キューイチ、よくやった。お前の活躍により、対ジオフロント大規模プロパガンダ作戦は大成功だ。これでカンバラ社はネスト攻略戦に余裕を持って挑むことができるだろう。……見ての通り、な」
それらの言葉に、FS91は迷彩コートのフードを今一度深く被り直し、
「うぅぅ………………」
……その場に崩れ落ちて、頭を抱えた。