商店街の福引で美少女スキンが当たった話 作:緑立
「対空レーダに感あり。6時の方角、高度1200メートルより敵性ミュータント12体が急降下を開始。敵の投弾前に撃破せよ」
「クソッタレのミュータント共が! 新宿の砂漠に帰りやがれ!!!」
「調布は俺たちの街だ! 化け物共にくれてやる土地は畳の一畳分もねぇんだよ!!! もちろん空も俺らのもんだ!!!」
黄色い制服と旧軍制式装備に身を固めた調布コロニー防衛隊のメンバーらが気炎と共に対空砲火を打ち上げ、制服もなく装備もマチマチな我らがカンバラ傭兵派遣の面々がそれに追従して疎らな火線を放った。ハゲタカ種ミュータントが次々に火達磨に変わり、投弾コースを離れて墜落していく。
近接装備を選択していたFS91は、特に上空を気にすることもなく周辺の警戒を続行する。対空迎撃は自分の仕事ではない。
「小型種は一匹駆除して1500新円の手当かー……やっぱ給料設定しょっぱくねぇか?」
「弾代さっ引いてほぼ相殺されんの虚しいわ。調布コロニーさんは相変わらずケチ臭くていけねぇや」
「雇われ共! 無駄口を叩いてる暇があるなら獲物を探せ! 引き金を引け! ミュータント殲滅が確認できなかった場合、貴様らとの契約は無効となり手当は疎か給料も支払われん! そういう合意だ! 分かっているのか!!!」
「イエスマーム雇い主様!!! 誠心誠意努力致します!!! 給料の範囲内で!!!」
かつて東京都と呼ばれた大都市は"大報復"によって灰燼に帰し、その跡地に広がる"東京砂漠"は、今や軍用ミュータントの楽園と化した。人の手を離れた彼らは独自の不安定な生態系を築き上げ、時折砂漠から溢れだしては多摩川流域の人類生存圏へと押し寄せてくる。そのインシデントは"スタンピード"と呼ばれ、以前登戸に襲来した物はその代表例である。
その日、FS91に課されたミッションは調布コロニー周辺でのミュータント殲滅であった。先だって、偵察ドローンによって小規模なスタンピードが調布コロニーへと接近中である事が予報され、調布コロニーは要塞砲による迎撃でその大半を殲滅せしめることに成功した。しかし少数の取り残しが近傍の旧市街に潜り込むことまでは避けられず、ネストを作られる前に虱潰しに狩り潰さねばならなくなった。そこで兵員の頭数を揃えるため、カンバラ傭兵派遣に出動依頼が掛かったのである。
調布コロニー防衛隊とカンバラ傭兵派遣の混成歩兵部隊35名は、7人一組の5分隊に分かれて旧市街の制圧に取りかかっていた。瓦礫の山と巨大な植物型ミュータントのツタによって彩られた死角だらけの廃墟の街並みを、レーダ・ユニットによる索敵を頼りに歩んでいく。
「……それにしても、カンバラ社に服飾規定はないのか? 戦場にそんなスキンで出てくるようなサイボーグなど初めて見たぞ」
分隊長を務める調布コロニー所属の重サイボーグのミカサは、得体の知れないものを見る目でキューイチを見遣った。
「果たしてこのような輩が戦士として自覚を持っているのか、疑わしいものだがな」
「当社は社員の自主性を尊重する社風なんですよ、雇い主様。それに"御存知の通り"キューイチはウチでもトップクラスに仕事が出来る子ですから、ご心配なく。だよね、キューイチ?」
FS91は同僚のイスズの呼びかけには応じず、直後にツタの影から飛び出してきたラプトル種ミュータントの頭部をスラグ弾で消し飛ばすことで返答に代えた。FS91は続けて瓦礫の影、塀の後ろ、曲がり角の向こうと、あらゆる死角からの奇襲を試みるミュータントの頭部を次々にミンチに変えていった。身に纏っているのがスムース・スキンだろうが美少女スキンだろうがなんだろうが、近距離索敵機能と戦闘演算機能に影響はない。
「おー相変わらずガン・フーが様になってるなーキューイチ。対応速度半端ねぇわ。お陰で楽できて助かるぜー」
「……なるほど、実力は確かにあるようだ。……ん、というかキューイチだと? 貴様あのFS91か!? 新人ではなく!?」
「はい、私はFS91-682です、この度スキンを換装しました。名乗り直すのが遅くなって申し訳ありません。どうにも、顔で個人を識別する価値観に馴染みがないもので」
「えぇ……あのマネキン頭がどういう心境の変化なんだ? いや、別に質問している訳ではないから答えなくても構わないのだが……」
「心境の変化、というほどの事ではありません。表情を生成できるスキンが必要になった折、丁度このスキンが福引きで当たったので着ている。それだけのことです」
「……はあ、良く分からんが。まあ良くわからんでもいいか、とにかく仕事を続けるぞ」
その後も、ミュータントの殲滅は順調に進んだ。イスズらカンバラ社の支援型サイボーグが装備する広域索敵レーダで大雑把な敵の位置を炙り出して接近し、武装したサイボーグの一団を獲物と見做して自分から飛びかかってくるラプトル種の頭部をFS91が即座に消し飛ばし、ミカサ率いるコロニー防衛隊の弾幕が死肉を目当てに飛来するハゲタカ種を撃ち落とす。各人の連携が噛み合い、戦闘というよりは作業に近い理想的な形でミュータント殲滅任務は進行していった。
「いやーお掃除ってのは楽でいいですねぇ。せっかくなら本番のスタンピード迎撃を任せて下すっても良かったんですよ? ミカサさん」
「派遣組を正面戦力に組み込むなど言語道断だ。国防を傭兵に依存した国家は遠からず滅びる定めにある。貴様らのような零細は、このような雑事において活用するのが最も有効な活用方法だ」
「雑事、雑事ねぇ。……おや、どうやらそんな事も言ってられない雰囲気ですよ? 敵性反応2体、10時の方角より高速で接近中。反応強度と移動速度からレックス種と推定。接敵まで1分と51秒。こりゃ間合いに入るまで低温休眠で潜伏してたな」
「何っ!? なぜ大型種の討ち漏らしがいる!」
レックス種は大型肉食獣脚類を模倣して開発された大型ミュータントである。優れた不整地踏破能力と戦車を超える高速性能から、先の大戦では日本国防軍の主力ミュータントの一つとして運用された。
野生の個体ならばシュルツェンもガン・タレットも装備していない非武装状態と予想されるが、本来歩兵主体の7人分隊が相手にできる存在ではない。まして、小型から中型までのミュータントを"駆除"するための軽装備で統一されている現状では言わずもがなである。
「これだから砲兵連中の大言壮語は……っ! ともあれ理由はどうでもいい! 今の編成では殺し切れん! 火力が足りん! 各員散開! 私が誘引している間に火力支援要請を━━」
「あー大丈夫です。火力足りてます。この場で仕留めてご覧に入れますよ。キューイチ、殺れるね?」
「無論です」
FS91は腰に佩いた高周波ブレードを抜刀する。近接格闘モード起動、過去の戦闘データより彼我の戦力比を算出、脅威度:低、被弾確率は至近弾までを許容、戦闘演算開始。
「……では殿を貴様らに任せて我らは一時退避する。仕留めきれないと判断した場合は火力支援を開始する、合図は送ってやるから上手く避けろ」
「イエスマーム! まあちょっとしたサービスですよ。大砲の弾は高いですからね、できるだけ温存しておかないと」
接敵まで後31秒。地響きが迫り来る。遠心式心臓ポンプの回転数を40RPMから410RPMまで急速上昇。アドレナリン放出、適度な緊張が全身を駆け抜ける。高周波ブレードに通電開始。
後12秒、深呼吸の代わりに強制吸気ファンを最大出力で回す。5秒、4、3、2、1……
「……ゼロ」
瞬間、家々を粉砕しながら現れるティラノサウルスもどきの巨体。
FS91は飛び散る瓦礫の隙間をすり抜け、ミュータントの股下に飛び込むや、その勢いを殺さぬまま右脚を斬りつける。斬撃はまるで熱したナイフをバターに押しつけるかのように、ライフル弾を通さぬ強度の鱗を切り裂き、屈腱を断った。
レックスは軽快な二本脚構造を採用しているため接地圧が高く、どちらか一方の脚にダメージを与えれば行動不能に陥るという欠陥を持つ。故に片脚に火力を集中し、転倒させることが常套策であった。腱を絶たれたミュータントは飛び出して来た勢いそのまま倒れ伏し、向かいのマンションに突っ込んで沈黙した。
「次」
1頭目にトドメを刺す間もなく、2頭目が来襲する。相方が転倒させられた所を目撃したのだろう、こちらのレックスは姿勢を低くし、頑丈な頭部を盾にしてにじり寄る構えを見せる。マンションに突っ込ませた個体はしばらくは動かないだろう。今度は一時的無力化ではなく確実な撃破を狙う。
FS91は戦闘演算が提示する四択から敵の右側面への回り込みを選択した。一度目の跳躍で敵の真横に飛び、瓦礫を踏み台に二度目の跳躍。今度の狙いは脚ではなく首である。振り向きざまに噛みつきを狙ってくる竜の顎をいなし、ゴムボールが弾けるように大地を蹴り上げて駆け抜けつつ、下顎から突き込んだブレードを翻す。
2頭目のレックスは、首の破孔から滝の如く体液を吹き出しながら絶命した。
「キューイチー、死に損ないがそっちいったよー」
近距離レーダの警報音とイスズの声にFS91が上空を仰ぎ見れば、大きく開かれた竜の顎が空から降ってくる所だった。太く鋭い牙の列と粘液に覆われた巨大な舌が鮮明に見える。
どうやら1頭目が片脚のみの力で背面跳びを強行し、こちらに突っ込んできたらしい。完全に移動能力を奪ったつもりだったのだが、こんなことは初めての経験だった。
よほどいい餌を食べていて元気が有り余っているのだろうか? FS91はそんなことを思いながら迎撃行動を開始する。軸を逸らして顎を回避しつつブレードを担いでおけば、敵性ミュータントは自分の運動エネルギーによって観音開きの屍を曝すことになるだろう。
……だが、迎撃行動はそもそも必要なかった。FS91の頭上でミュータントが爆散したためである。赤黒い体液のシャワーがFS91に降り注いだ。
「……ありがとう、タチバナ。助かりました」
『気にするな、たまたま射線が通っただけだ』
脳内無線で礼を言いつつ、FS91は向かいのマンションを見上げる。壁面を向こう側まで貫通する穴から、調布コロニーのビル群が覗いていた。タチバナの狙撃砲による長距離精密射撃である。使用したのは炸裂徹甲弾か。あらゆる障害を貫き、任意の対象の内部に侵入したときにのみ炸裂するスマート弾頭、一発23万4260新円也。
今日のタチバナはハセベと共にコロニーでの対大型飛翔性ミュータント迎撃任務についていた筈だが、どうやらこちらへの援護にも意識を割いていたらしい。
「あーあー、せっかく向こうさんの弾代節約してあげようと思ってキューイチに仕事振ったのに、ウチらがスマート弾頭使ってちゃ意味ないじゃんか。まー想定外の大型種撃破報酬で元は取れるか、なんか恩着せがましくなっちゃったけど」
はいこれ使って、とイスズはFS91に水筒を差し出した。
「ありがとうございます」
「いいのいいの。いやー、おじさんみたいな年にゃあ血塗れの女の子ってのは絵面がちょっとショッキング過ぎてね。ほら、早いとこ流しちゃって」
FS91は納刀して近接戦闘モードを解除すると、受け取った水筒をひっくり返して内容液を頭から被る。……緑茶だった。これでも血を洗い流すには充分ではあるし、なんならカテキンの殺菌作用で血液感染症も予防できて一石二鳥という塩梅である。
「……近接格闘装備での大型ミュータント撃破、しかも単騎とは、見事なものだな。ここが闘技場であったなら会場は大盛り上がりだったろう」
それから数分の後、レックス2頭の撃破を確認して戻ってきた調布コロニー防衛隊との合流を果たす。
「お褒めに与り光栄です。投げ銭を下さっても構いませんよ」
「案ずるな、手当は付ける。過保護なスナイパーを怒らせたくもない」
肩を竦めるミカサに、FS91は緩く首を振って応じた。
「──では10分間の休息を取り、その後駆除業務を再開する。大型ミュータントが撃破され一時の安全を確保したとは言え、ここは敵の勢力圏、各員休憩中も気を抜かぬように」
休憩の指示に、防衛隊の青年の一人が首をかしげた。
「……副隊長、こんな血なまぐさい所で休憩するのですか? 少し移動してはどうでしょうか」
「……こんな血なまぐさい所だからだ。今頃はご馳走の匂いに釣られて方々からミュータント共が駆けつけている所だろう。我らはそれをこの場で迎撃し、別働隊がそれを背後から叩くことで挟撃し、殲滅する。クソ共を一網打尽にできる素晴らしいプランだとは思わんか? 雇われにあんな物を見せられたのだ、チマチマと潰して回るなんて面倒なマネはもう止めだ」
少し頭を捻った防衛隊の青年が、致命的な問いかけを発する。
「え、もしかして俺たちこれから包囲されるんですか?」
「何を言っている、今し方の派手なドンパチでミュータント共の注意はこちらに釘付けだ。つまり、あのまま離脱を選ばなかった時点で我々は既に包囲されている。9分後にここは地獄になるぞ、今のうちに腹を決めておけ」
「え? ……え?」
青年が状況を理解するために、数秒の時間を要した。
「……嫌だァ! 俺まだ死にたくないッ!!!」「では死力を尽くして戦うことだ。つまらん雑事をこなすよりよっぽど楽しいだろう?」「これだからシベリアの生き残りって連中はァ!!!」そんなやり取りを聞き流しつつ、FS91は自前の給水袋に給食機構のチューブを接続して水分を補給した。平行して近接戦闘の衝撃に晒された射撃兵装の点検も行う。愛用のフルオートショットガンの機関部に異常はなし、残弾も充分。これから始まる連続戦闘への憂いは消えた。
「……あ、あの、すみません、FS91さん」
「私に、何か御用でしょうか?」
声を掛けてきたのは防衛隊の一人だった。ミカサと漫才をやっているのとは別の青年である。
「えっとその、レックス種の単騎討伐お見事でした! それからその、あの、自分あなたのファンなんですよ! 一緒に写真撮って貰ってもいいでしょうか!?」
「……はあ、別に構いませんが」
傭兵に……ファン? FS91には今ひとつ良く分からない文化だった。しかしこれといって断る理由も持ち合わせなかったFS91は、青年の申し出を承諾する。
「え、マジっすか!? よっしゃあ!!! それじゃあ早速ご一緒させていただいて……緑茶?」
青年は偵察用の小型ドローンを飛ばすと、隣に並んでくる。どうやらこれで撮影するらしい。何はともあれとFS91はカメラに視線を向けた。その瞬間海馬からサジェストされてきたのは、先日のユカリとのケーススタディの記憶、「誰かと一緒に写真を撮るときには多少大げさなぐらいの笑顔を浮かべるのが重要よ……」という教えである。
それではこの辺りの表情が適切か、と表情プリセットからNo.62"よそ行きの笑顔"を呼び出そうとした所で、こちらにカメラを向けたまま滞空していたドローンが爆散した。
「うわっ! てっ敵襲!? 流石に早くねぇ!? まだ死ぬ前の思い出づくり終わってないのに!!!」
『いや済まない、こちらの狙撃砲が暴発を起こしてしまった。最近酷使してたし、整備不良かな? ……ドローンは後で弁償させて貰うよ。なぁに心配するこたぁない、今日はドローンの代わりに俺が君の回りを偵察してやるよ、ずっとな! ハッハッハ!』
脳内無線にタチバナの声が響く。FS91はマンションに穿たれた弾痕の向こう、調布のビル群を見遣った。……流石に一言、言っておくべきか。
「……タチバナ、装備の点検は欠かさずに行え。今回は物損で済んだが、命に関わってしまえばそうもいかない。君ほどの戦力に前線から離れられると、給料は据え置きのまま私の仕事が増える」
『………………悪ぃ、気を付ける、キューイチ』
イタズラを思ったより強く咎められた子どものような声色であった。
「……分かっていただければいいんです。今日はここからが山場ですから、援護をよろしくお願いします。頼りにしていますよ」
『……おう! 任しとけ!!! バッチリ援護してやんよ!!!』
今度はいつもよりオヤツを多めに貰えて喜ぶ子どものような声色である。
……そして一連のやり取りを眺めていたイスズは、もう見ていられないとばかりに頭を抱えた。
「……あーもう、タチバナ君も余裕ないなぁ。焦っても空回りするだけだっていうのに、……難儀なもんだねぇ全くもって」
空回る若人を前に微笑ましいやら見ていられないやら。ともあれ5分後に始まる死闘に備えるため、イスズこれまでに収集した周辺情報と敵戦力の分析結果を分隊全員に転送する。本日の業務は、まだまだここからである。