商店街の福引で美少女スキンが当たった話   作:緑立

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「給料が2倍になりました」

「──それじゃあ次の表情、行くわよキューイチ。……ケーススタディその21、"宴会で上司のやたら長い自慢話に付き合わされている時、脳内無線に急な連絡が入ったフリをして退席する時に生成する表情"」

 

「……こんな感じでしょうか?」

 

FS91は、表情プリセットNo.62"よそ行きの笑顔"を生成する。

 

「それじゃあちょっと相手に寄り添いすぎてるわね。離席しようとしても『いいよいいよ気にしないで』ってその場に留め置かれて数分間一人芝居を披露する羽目になりかねないわ。それにNo.62は余りにも汎用性が高すぎて表情筋操作の練度上昇に繋がらないわよ。日本的アルカイックスマイルに頼りすぎないようにしなさい」

 

「なるほど……ではこんな感じでしょうか?」

 

今度は表情プリセットNo.88"申し訳なさ(軽め)"を生成した。眉を寄せ、瞼を大きく開き、視線を俯き加減に彷徨わせる。

 

「良いわねぇ、適切な表情よ。敢えて言うなら、実践する時には耳に指先を当てながら軽い会釈を繰り返して離脱すると成功確率が上昇するわ、覚えておきなさい」

 

「なるほど、勉強になります」

 

登戸コロニーは旧専修大学生田キャンパスの屋上に設けられたカフェテリア、FS91は同僚のユカリと二人で昼食がてら、日課となった"表情生成ケーススタディ"に励んでいた。話の合間にサンドイッチを口に運ぶユカリにタイミングを合わせつつ、FS91も軍用流動食をジェネレーターに流し込んだ。今のところ摂食機構を頭部に新設する予定はない。

 

表情プリセットを用いて行うこのケーススタディは、謂わばリハビリの一種であった。顔なし生活が板に付いていたFS91にとって、新たに増えた30種の表情筋を制御して感情に即した表情を作り出すことは困難を極めたのである。

 

「じゃあ次のケーススタディ、その22。"貴方自身もすっかり忘れていた自分の誕生日、いつもと同じように出勤すると、友人らによって貴方の為のサプライズパーティが催されていた時の表情"」

 

「これは私にも分かります。この表情ですね?」

 

FS91は、素早くNo.111”とびっきりの笑顔”を生成してみせる。

 

「……フフッ、惜しいわね! 不正解よ!」

 

「驚きを禁じ得ません」

 

その場面で使わずして、一体いつこの表情を活用するというのだろうか? FS91は訝しんだ。

 

「まあ引っかけ問題ではあるわね、分からないのも無理はないわ。このシチュエーションで重要なのは"サプライズ"という点にあるのよ、つまり予想外の出来事に対して驚きと喜びが入り交じった気持ちを表現する必要があるの。あんまり完璧な笑顔を即座に生成されちゃうと、何というか予定調和感が出てサプライズを仕掛けた側が逆にリアクションに困っちゃうのよ」

 

「なるほど、香典にピン札を入れてしまったようなイメージでしょうか」

 

「大体そんな感じね。それを踏まえて、新しく表情を選択し直してみなさい」

 

FS91は、表情プリセット一覧の中にNo.26"驚き(喜色)"というお誂え向きのものを見つけた。

 

「……どうでしょうか?」

 

「良いわよぉ。その表情の実用上の注意点だけど、スピード感を意識することが重要かしらね。サプライズ祝賀を食らってから表情を生成するまでにもたつくと『もしかして作り笑いされてる?』みたいな微妙な空気が漂いかねないわ。まだ表情筋操作に慣れていない貴方の場合は文字通りの意味で"作り笑い"なんだけど、この場合は"本心ではなく演技で笑っているのではないか"という疑念を抱かれる可能性があるってこと。分かったかしら?」

 

「参考になります、ユカリ。貴方の協力に感謝を」

 

FS91は表情プリセットNo.11"謝意"を生成しながら頭を下げる。

 

「おお~活用できてるじゃない! 別にありがたく思って貰わなくて良いのよ? 私も結構楽しんでるし。可愛い子の色んな顔が見れるってのは役得ね」

 

そう言うと、ユカリは破顔して見せた。FS91のようなプリセットではなく、純粋な感情の表出。できる限り早く"表情を作る"感覚を掴みたい所である。その為にも表情筋と疑似神経に経験を積ませなくてはならない。

 

「所で、話は変わるんだけど……」ケーススタディが完了した所で、ユカリが切り出した。

 

「……この間の給与査定だけど、どうだった? 新しく顔を用意してから初めての査定だったでしょう? 多少は増額したの?」

 

人事評価の伸び悩みという金銭的問題もあって採用を決定した美少女スキンである。FS91にスキンの換装を勧めた一人であるユカリとしては、その効果の程を知りたいといった所だろう。

 

「2倍になりました」

 

「……え?」

 

「今月から給料が2倍になりました」

 

「マジ?」

 

「はい、マジです」

 

「えぇ……」

 

ユカリは口元をヒクつかせ、あからさまにドン引きして見せた。なるほど、そういう表情もあるのか。FS91はまた一つ学習した。

 

「人はパッと見の印象が9割とは言うけど……そんな露骨なことってある!? そりゃあ貴方としては嬉しいことなんでしょうけども……!!!」

 

「面談の折、ユカリに教えていただいた"どんな事を聞かれてもとりあえず笑いながら適当に頷いておけばいい"ドクトリンを実践したところ、私の評価は驚くべきウナギ登りを記録しました。本当にありがとうございます」

 

「いや、それ多分私の仕込み云々じゃなくて貴方のスキンの"性能"だと思うわよ……。……ホントに大丈夫かしらこの会社?」

 

あーもう転職しようかしら、というか元々キューイチの実績で給与が私より低かった時点で明らかに査定システムバグってんじゃない。顔あるとか無いとか関係ないわよ。ユカリはぼやきつつ、両手で顔を覆いながら背もたれに倒れかかった。なるほど、顔を隠すという動作による"表情"もコミュニケーションでは活用されるらしい。FS91はまた一つ学習した。

 

「まあ、上手くいってるみたいでよかったわよホントに。ところで増えた給料の使い道は決まってるの? 趣味につぎ込むとか? ……そう言えば貴方の趣味知らないわね、何かやってるの?」

 

「趣味は……そうですね、特にありません。これまで給料は基本的に義体の維持に使っていました」

 

「これまでもそこそこの額貰ってたでしょうに、それ全部義体に突っ込んでたの!? はぁ、イスズ仕込みの馬鹿げた近接格闘なんてやってるから義体の消耗が激しいのよ。もっと自分を大事になさい」

 

「……それはお断りします。近接格闘は……その、楽しいので」

 

ユカリはため息を吐いた。

 

「たまに居るのよねぇ、人外機動にのめり込んで身体ぶっ壊すヤツ。イスズみたいに支援型改装を受ける羽目になりたくなかったら今より格闘戦の頻度を落としなさい。戦闘職から支援職にジョブチェンジすると給料ガクッと下がるわよ」

 

「………………………………貴方の忠告に感謝します」

 

「……大分時間掛かったわね、その一言をひねり出すのに。とりあえず増えた給料で新しい趣味でも増やしなさいな。そうすれば多少は命も惜しくなるでしょう?」

 

「趣味……趣味ですか、そうですね、分かりました。"趣味を見つける"とリマインダーに設定しておきます」

 

「そうしなさい。戦うことだけが生き甲斐のサイボーグなんて、ミュータント共とどれほど違うのかしら? ……何はともあれ、美少女スキン導入は貴方の生活を金銭的には豊かにしてくれているってことね。提案者の一人として、正直ホッとしてるわ」

 

「はい、確かに私は経済的な利益を享受することに成功しました。……ですが、スキンの導入以降に生じた変化はポジティブなものだけではありません」

 

「あら、そうなの? 例えばどんな?」

 

FS91は表情プリセットNo.18"懸念"を生成した。

 

「最近、タチバナの様子がおかしいのです」

 

「ああ……まあ……そうねぇ……」

 

その時ユカリが見せた表情はなんとも形容の難しい顔だった。眉間にシワを寄せ、しかし目つきは柔らかく、口元に苦笑が浮かぶ。困惑と馬鹿馬鹿しさと心配が混ざり合いながら、必ずしも負の感情のみではない温かみのある……そんな表情。FS91にはその表情の名称が分からず、表現している感情も正確には理解できなかった。更なる学習が必要である。

 

「アイツの様子がおかしいっていうのは、どういう風に?」

 

「先日の調布でのミッションの折、私単騎でも討伐可能なミュータントとの戦闘にタチバナが介入し、私への援護を開始しました。……以前までの彼には見られなかった行動です」

 

その日の戦闘に限らず、ともすれば戦闘行為に限らない生活の全般に於いても、FS91に対するタチバナの援護は増加傾向にあった。例えば高価なスマート弾頭を惜しみなく使った火力支援であり、例えばパーツやオイルの差し入れの明らかな増加傾向であったり、タチバナはあらゆる場面でFS91への援護を試みているのである。

 

「鳥の求愛ってそんな感じよね。暇なときに見かけると微笑ましくてつい眺めちゃうわ、偵察型の性かしらね」

 

「……タチバナと鳥類に何か関係があるのでしょうか?」

 

「いえ、全然。まったく関係ないわよ。今のはそう、ちょっと物思いに耽っていただけ。続けて頂戴」

 

そうしたタチバナの一連の行動から導かれる推測を、FS91は言葉にする。

 

「つまり、タチバナは私の事を信頼していないのではないでしょうか?」

 

「………………ああ、そう解釈するのね」

 

「スキンの換装以降、タチバナは以前までならば私に任せていたはずの業務にまで介入し、援護を行うようになりました。即ち、今の彼にとって、私は背中を預けるに足らないサイボーグと見做されているのではないでしょうか? そのような疑念が、頭から離れないのです」

 

「ここまで空回るといっそ清々しくさえあるわねぇ」ユカリは天を仰ぎながら呟いた。

 

「……タチバナは、現在のスキンを装備した私が以前までの私と比較して優れた人間性を有していると評価していました。しかし実際のタチバナの行動からは、以前の彼の発言とは相反する思考の存在が予想されるのです。……もしもタチバナからの信頼を損なった原因がこのスキンにあるならば、可能な限り早期に換装するべきでしょう。私は、友人を失いたくない」

 

「うーん、これはどこから手を付ければ良いのかしらねぇ……。とりあえずスキンを変える必要はないわ、それは貴方とタチバナの双方にとって不利益になる。それに、スキンはそうポンポンと換装するものじゃないの。だってその"顔"はもうFS91-682という存在を表象するものになってるんだから。内面を映し出す鏡である顔を、つまり貴方自身の事を、その時々の都合で変えてしまってはダメ。特に、既に利益を享受している場合はね」

 

そして、ユカリはFS91へと微笑みを向けた。

 

「心配しなくても大丈夫よ、タチバナはただ距離感を図りかねているだけ。貴方という存在の変化にどう対応すれば良いのか分からずに、変に丁寧になっているだけ。……厳密にはそれだけじゃないけど、今の貴方が考慮する必要はないわ。これはタチバナの問題なのだから、時間と運命が解決してくれるのを待つしかない。そういうものなのよ」

 

FS91は数秒思案した。

 

「……つまり、タチバナは私の"顔"が変わった事に戸惑い、さながら親族の集まりで数ヶ月ぶりにあった甥っ子との距離感を図りかねる叔父さんのような心境に陥っていると、そういうことでしょうか?」

 

「大体そんな感じね。だからアイツはほっとけば自然に距離感を掴むわ。今は待っていればいいのよ」

 

「……ありがとうございます、ユカリ。少し気持ちが楽になりました」

 

FS91は、ユカリに向かって深く頭を下げる。どうやら自分が危惧していたような危険は存在せず、ただの取り越し苦労であったらしい。それが分かっただけでも救われた心地であった。

 

「いいのよ、力になれてよかったわ。それじゃ、そろそろ行くわね。午後のお仕事が私を待ってるわ」

 

そう言うとユカリは席を立ち、背筋を逸らして伸びをした。休憩時間はもう終わりらしい。

 

「新百合ヶ丘で確認された食人植物の駆除でしたか、あれの溶解液は鋼鉄すらも溶かします。ユカリ、充分に警戒してミッションに当たって下さい」

 

「私のイケオジフェイスが溶かされたら溜まったもんじゃないわねぇ、ご忠告ありがと。キューイチは今日はもう上がりだったかしら? ゆっくり休んで疲れを取るのよ、それじゃあね!」

 

ユカリはカフェテリアに背を向けて歩み出した。筋骨隆々としたその背中には無数の爆発物を格納したアーセナル・ユニットと、ユカリの"目"となり武器となる蟲たちを格納したビーハイヴ・ユニットが装備されている。仕事の準備は、既に万端であった。

 

「……でも、ここまでキューイチを思い詰めさせてたってなると、そろそろタチバナにも釘を刺しておかないと行けないわね。ま、それはイチモンジ辺りに任せましょうか」

 

ユカリは事の次第をまとめたメールを生成してイチモンジ宛てに送信すると、屋上からヒラリと宙に身を躍らせ、汚染された下界へと出勤していった。

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