商店街の福引で美少女スキンが当たった話   作:緑立

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ドキドキ☆混浴大作戦!!!(男湯):中

小沢要塞コロニーは登戸コロニーから五反田川を挟んだ対岸に位置し、多摩川に面する多摩丘陵の急峻な地形を活用して造られた決戦コロニーの一つであった。人類生存圏防衛のための重要拠点であり、大隊規模のサイボーグ兵士が駐屯するほか、要塞砲や航空戦力を始めとした貴重な兵装が配備されている。

 

そんな小沢要塞コロニー周辺には当然兵士向けの慰安施設も多く設置されており、旧よみうりランド関連施設の廃墟を再利用して造られた『知性の湯』もまたその一つであった。山中に埋設された中枢型コンピュータのラジエターから掛け流しの温泉は、スパコンの霊験あらたかな力が滲み出し、演算効率の向上が期待できるという謳い文句である。

 

「──んな訳あるかい。キューイチ、どこの情報だそれ?」

 

「頂いたチケットの裏面です。もちろんこの情報はいわゆるジョーク、運営者の遊び心の表れと考えられます。……こちらの案内書きによると、実際の効能としては生体組織への刺激および精神へのリラックス効果が期待されるそうです」

 

この日、FS91はタチバナと二人で『知性の湯』へと訪れていた。自分のスキン換装以来、詳しい経緯は分からないものの関係性に不具合が現れていた相手からの誘いである、FS91として断る理由は一つとしてなかった。ユカリの言う「時間と運命による解決」のタイミングが、まさに今なのだろう。この機会を逃してはならない、FS91はタチバナに向き直った。

 

「タチバナ、繰り返しになりますが、今日は誘ってくれてありがとうございます。最近は仕事も立て込んでいましたし、今日はゆっくりと休んで疲れを取りましょう」

 

SF91の頭が軽く下げられる。身長差のあるタチバナの視点からは、流れる長髪とコートの襟の隙間から、FS91のうなじが視認できた。

 

〈system:精神の興奮を確認しました。沈静化措置を実施します〉

 

「……おう、そうだな。ゆっくりしてこう」

 

……強制的に維持される精神の平静、かつてとの違いは叩き潰される感情が恐怖ではなくリビドーの高まりという点であった。脳内に響くシステムアナウンスに、タチバナは第三次大戦時代と同じか、もしくはそれ以上の頼もしさを感じていた。どうやら感情恒常化アプリは期待した通りの効果を発揮できるらしい。

 

「そんじゃ行くか。なんだかんだ風呂も久しぶりだし、結構楽しみだぜ!」

 

「はい、行きましょう」

 

……ただの慰安と呼ぶには些か気合いの入りすぎた二人の休日は、こうして幕を開けた。

 

「……へぇ、髪を結うんだな」

 

「はい、以前ユカリに教えてもらいました。湯船に頭髪を浸けることはマナー違反なのだそうです。生身ならば髪質の保全などの効果も期待できたそうですが、強化炭素ファイバー製の人工頭髪は四十度程度の水温では劣化しませんので、これは純粋な周囲の心情への配慮ですね」

 

〈system:精神の興奮を確認しました。沈静化措置を実施します〉

 

「まぁ確かに何となく嫌かも知れねぇな、髪の毛が湯船に浸かってると。別に俺は気にしねぇけども。それより関節の水密チェックしとけよ? オイルがダダ漏れになってる方が俺は嫌だぜ?」

 

「違いありませんね、綿密にチェックしておきましょう」

 

──タチバナは最初の関門であった更衣室を突破し、

 

「タチバナ、貴方の体格では背中まで手が届きづらいのではありませんか? よければ私が流しますが」

 

「……あー、うん。折角だしお願いし──」

 

〈system:精神の興奮を確認しました。沈静化措置を実施します〉

 

「──なくてもうん、大丈夫だ、問題ない。こう見えて関節の駆動域には拘っててな。ほら見ろ、背中で両手を握手させられるんだぜ?」

 

「素晴らしい駆動域ですね。それならばあらゆる角度からの攻撃にも即座に反撃できそうです」

 

──次いで第二の関門、洗体を突破し、

 

「湯加減はどうでしょうか? タチバナ。センサ計測による数値上の水温は41.02℃、副交感神経の活性化には最適な温度帯ですが、最初に入る湯船としてはやや高温かも知れません。貴方の主観的な判断をお聞きしたいです」

 

〈system:精神の興奮を確認しました。沈静化措置を実施します〉

 

「……うーん、そうだな。一言で言えば、"心頭滅却すれば火もまた涼し"ってのは、こんな感じなのかなぁって気分だ。昔は修行を積んだ達人にしか至れなかった境地らしいが、ちょっとの工夫と幾らかの金で俺もそこに至れるとは、いい時代になったもんだぜ」

 

「湯船を涼しく感じては意味がないと思われますが……」

 

──湯船に浸かるところまで、たどり着くことに成功した。

 

「いや湯船は良い感じだぜ? ただその、もっと包括的な……上位の概念っつーか? 強制賢者モードっつーか? そう、多分スパコン様の霊験ってヤツだな、頭が冴えてんだ」

 

「賢者という割には、言動がフワフワしていますね。ともあれリラックスできているならば、それは良いことです」

 

若干ズレたやり取りを交わしつつ、恒常化アプリ様々だな……、とタチバナは内心で呟いた。

 

ここまでの着替え、洗体、入浴に至る過程で数回リビドーが湧き上がってきたが、全てアプリのモニタリング機能に紐付けたオート沈静化措置によって鎮められていた。素晴らしいぜ、予想以上の活躍ぶりじゃねぇか恒常化アプリ! 更衣室でキューイチの男性素体に普通に反応しかけたときはもうダメかと思ったが、泡まみれでいい感じに局部が隠れてる瞬間とかマジでもう終わりかと思ったが、それすら捻じ伏せちまえるとはなぁ……! シベリア以来の戦友の健在ぶりに、タチバナは深い感動を覚えていた。

 

瞑目し、深く頷く事を繰り返すタチバナを横目に見つつ、FS91は自分の頬に手を当て、スキンの表面を撫でた。

 

「……ところでタチバナ、私の"顔"について、貴方はどう思っていますか?」

 

「……どう、ってのは?」

 

「言葉通りの意味です。……貴方の主観的な判断を、聞かせて下さい」

 

FS91の言葉には、幾らか真剣な声色が現れていた。

 

「ああ、人間性の向上云々の話か……。まあ普通に期待通りなんじゃねぇか? 多少かわいげが有り過ぎる気もするが、前よりはずっと、親しみやすさっつーかな? が上がってる気がするぜ」

 

「それはよかったです」

 

FS91は、胸をなで下ろす思いだった。この好意的な評価に加え、タチバナとの会話自体も円滑に進行している。スキン関連の問題は、ひとまず解決したと考えていいのだろう。湯船に肩まで浸かり、天井を仰ぐ。水中呼吸状態に切り替わった肺が、内部の空気をゴボゴボと吐き出した。……今のは少々、行儀が悪かったかも知れない。

 

「……強いて言うなら、そうだな。多少表情が硬いかも知れねぇな、任務中とか」

 

「……その点についてはユカリに協力を依頼し、表情プリセットを利用した訓練を実施してはいるのですが……。悲しいことに、制御の上達は遅々として進んでいない状況です」

 

「あー、まだ"血が通って"ねぇって訳か。まーしゃーない。お前の主観じゃあ、顔を使うのは初めての経験だろうからなぁ、慣れねぇのも無理はねぇ。……つっても、新規パーツが馴染まねぇのはサイボーグにゃありがちな悩みだ。心配しねぇでも使ってるウチに慣れるだろうぜ」

 

「一応、プリセットを呼び出す速度自体は向上しているので、自分の意思や文脈に合わせて素早く表情を生成することはできるようになりました。セミ・オートマチック制御と言った所でしょうか? 戦闘中に活用できるほどではありませんが」

 

「へぇ、どんなもんなんだ? 見してくれよ。試しに十連発ぐらい」

 

「……少々お待ち下さい」

 

タチバナは改めてFS91の顔を見つめた。美しくスマートな曲線に描かれる顔の輪郭と、結い上げられた黒い長髪、……零れた前髪の隙間から、金色の瞳がタチバナを見つめ返していた。彼がFS91の顔を真っ正面から見据えるのは随分久しぶりのことだった。FS91が"顔"を持つようになってからは、実に二度目の事である。

 

「それでは、行きます」

 

「よし来た」

 

FS91は表情プリセットから、No.46"強い喜び"、No.36"深い悲しみ"、No.81"郷愁"、No.55"驚愕"、No.18"懸念"、No.66"感激"、No.64"憂鬱"、No.11"謝意"、No.62"よそ行きの笑顔"、No.75"食傷"を連続で生成してみせる。

 

「……と、こんな具合です。まだまだレパートリーには不足を感じていますが、それは今後のトレーニング次第ですね。……タチバナ?」

 

〈system:精神の興奮を確認しました。沈静化措置を実施します〉

 

間近で叩き付けられた美少女百面相の破壊力に粉砕され掛けた理性も、感情恒常化アプリの制圧力の前に即座に回復させられる。もう殆どゾンビ状態だな、理性のゾンビだ。タチバナはそんな事を思いながら、FS91の声に応じた。

 

「……白濁湯で命拾いってとこか? ……ま、んなことより、大したもんだと思うぜ? もう結構な数を覚えてんじゃねぇか。レパートリー云々はまだ気にしなくてもいい、今は使えるもんを使ってけ。実戦で使えば使うほど"顔がある"って感覚に慣れてくはずだ。表情差分を増やすのはそれからでも遅くねぇ」

 

「なるほど、"慣れ"ですか」

 

「ああ。人間ってのは、インプットよりもアウトプットの方が脳味噌に定着しやすいとか、そんな感じのアレだ。イチモンジ辺りが言ってたような気がする。確か、多分」

 

「イチモンジの言葉なら、信用できますね」

 

「イチモンジの言葉かどうかは、定かじゃねぇけどな」

 

言葉を投げ合いつつ、湯船に身を委ねることしばし。ダラダラと流れていく時間に、二人は確かな充実を感じていた。FS91は関係性の修復に、タチバナは恒常化アプリの効果に、それぞれ強い安心感を抱いた。……これで、全て元通りだ。憂うことはもう何もない。

 

「……あー、いい湯だ」

 

「……ええ、違いありません」

 

……湯船の熱が深部の生体パーツにまで伝導していくのを感じつつ、不意にタチバナは奇妙な違和感に襲われた。この纏わり付くような感覚の正体を知らねばならない、憂うべきことがまだ二、三個残っているような気がしてならない。億劫さを振り払うと、タチバナは素早く立ち上がり、周囲を見渡した。

 

……違和感の正体はすぐに知れた。こちらへ向けられた、幾つかの"視線"である。

 

「……近接格闘モード起動」

 

過去の戦闘データより彼我の戦「省略!」、被弾許容率を入「省略!!!」、……戦闘演算開始。

 

近距離レーダが示す男湯にいるサイボーグの人数は、室内、露天合わせて計41体。現在警戒すべき室内にいるサイボーグはその内24体。……その内8体の視線の向く先は、FS91-682であった。

 

タチバナはまさに冷水を浴びせられた心地だった。どうして友人を風呂に誘う前にこの根本的な問題に気付けなかったのか。タチバナは頭を抱えたくなる衝動に駆られながら、こちらをぼんやりと見上げるFS91に声をかける。

 

「……上がるぞ、キューイチ。どうやら問題発生だ」

 

「どういうことでしょうか? まだ入浴を初めて20分も経過していません。健康的な観点からは適切な判断ですが、今日は折角温泉施設まで出向いているのです。今湯船から上がっては、期待値に対して満足感が不足しています」

 

「そういう話じゃねぇんだよ。……理由は上がった後に説明してやる。それでもまだ風呂に浸かりたいってなら、改めて浸かりゃあいい。なにせ12時間コースだからな、猶予はたっぷりある」

 

FS91はタチバナの様子に、並々ならぬものを感じた。これは、一度話を聞くべきだろう。名残惜しく感じながらも立ち上がり、タチバナの言葉に応じた。

 

「……分かりました。そういうことでしたら一度上がりましょう。その代わり、説明はしっかりと頼みます」

 

そしてFS91は、表情プリセットNo.08"了承"を生成してみせる。苦笑にも近いその表情に、タチバナは申し訳無さそうに溜息をついた。

 

「……助かる。悪ぃな」

 

タチバナはFS91への周囲からの視線を遮るような位置に身を置きつつ、FS91の浴室からの撤退を支援する。足早な歩みの最中、タチバナは忌々しげに呟きを落とした。

 

「……あの犬野郎、何をどこまで仕込んでやがる」

 

一つの面に囚われていると他の面を見落とす、とはイチモンジの言葉だが、それを言った本人がこの状況の発生を見落としているとは考えづらい。タチバナは、知恵者気取りの同僚の真意を測りかねていた。

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