商店街の福引で美少女スキンが当たった話 作:緑立
「いやー初めまして現場監督さん、カンバラ社から来たもので~す! えーそれで、こちらが応募書類に記載させていただいた"あらゆるミュータントを一撃の下に粉砕できる五十七ミリ狙撃砲ユニット様"で~す! ……あ、僕は狙撃砲ユニット様専用の人型砲兵トラクターのミシマと申します。今日はよろしくお願いしまぁす!」
「はいよろしく~。頑張ってミュータントをミンチに変えてってね~」
「……で、こっちのデカいのとちっさいのが狙撃砲ユニット様専用の人型肉の盾ことタチバナとキューイチ君です!」
「どうも、肉の盾です」
「今日はよろしくお願いします」
「はいよろしく~。せいぜい死なないように頑張ってね~」
しんしんと放射性降下物の降りしきる川崎仮設コロニーの野戦司令部にて、貸し出された化学戦装備に身を包んだタチバナ、ミシマ、FS91の三人は、川崎ネスト攻略戦の現場監督に深々とお辞儀した。
現在タチバナが身に纏う装備は、プライマリに小脇に挟んだ12.7ミリとかいう豆鉄砲が一挺、そしてサイドアームにはショットシェル式パイロブレードが1本のみという有り様であった。川崎ネストでは消極的な長期戦術が取られているとは言え、大規模ネスト攻略戦に参加する重サイボーグの装備としては論外も良い所であり、そんな弱兵が戦列に加わる事を許可してくれた雇用主には媚びを売っておかねばならない。
……言うまでもなく、伏せられたタチバナの顔には苦虫をかみつぶしたような表情がへばり付いていた。その表情を気取られぬよう、タチバナは更に深々と頭を下げる。現場監督がタチバナと同骨格の重サイボーグであってくれたのは不幸中の幸いであった。
挨拶もそこそこに司令部を抜け出した3人は、探索を割り振られた東部深層領域を目指し、アリの巣状のネストの内部へと歩みを向ける。
「いや~ラッキーだったねぇ! 僕の狙撃砲とタチバナのブレード以外全部溶かされちゃった時はどうなることかと思ったけど、案外食い扶持ってのはその辺に転がってるもんだ! 溶かす神あれば傭う神ありだね!」
周囲には光源など一つとして存在せず、暗闇を見通すためには視界を赤外線モードに切り替えた上で近距離レーダに気を配っておく必要があった。浅層のミュータントは粗方片付いているとは言え、油断はできない。
「なーにがラッキーだバカ野郎! お前このクソみてぇな薄給とバカ高いレンタル料の意味が分かんねぇのか? 最安値の軍用糧食で食いつないでもエンゲル係数が80パー超えてんだよ! 半年地下暮らししてもバトルライフルの一挺も買えやしねぇだろうが!」
トンネル内には小型ミュータントの駆除及び大型ミュータント弱体化の為に流し込まれた毒ガスと生物兵器が未だにあちこちに漂っており、高性能フィルタの装着と宇宙服めいた化学戦装備は外せない。頭の痛いことに、これのレンタル料が地味に高かった。
「裏返せば、半年間は食うに困らず生きていけるということでもあります。感覚プリセットを使えば食事に退屈することもありません」
修行僧みたいなことを言い出す顔無しに、タチバナは補給を振り切りながら進撃し続けることを強要されたシベリアン・エクスプレス作戦を思い出してしまった。現実を知らない内地のアホが作ったバカみたいなタイムラインのペーパープランを無理やり実現させようとすると、そこには給水所すらない地獄のマラソンが生まれるのだ。
「あんな脳味噌バグる電子ドラッグ使ってられっかボケ! 何が悲しくてシベリア時代と同レベルの貧相な暮らしをしなきゃなんねぇんだよ!!! クソがッ……こんな蛸部屋さっさと抜け出してやる……!!!」
そこそこの予算を投じて行った霞ヶ浦探索が変なサイボーグ一体を拾ってきただけの空振りに終わったまではいい。あんなトレジャーハントは多少の気晴らしを兼ねた駄目で元々の博打に過ぎなかったからだ。
だがその後の食人植物ミュータント駆除業務で装備が丸ごと消し炭になったのは痛恨事であった。あそこで装備品を身代わりにしていなかったら、今頃自分たちが腐れ植物の養分になっていたことを思えば背に腹はかえられない。だが、それでも未だ腹に据えかねる感情がタチバナの胸中に渦巻いていた。
……そして何より気に食わないのが、この霞ヶ浦で拾ってきたFS91-682とかいう正体不明の軽サイボーグだ。
「……チッ」
暗闇の中、タチバナはFS91にジロリと視線を向ける。赤外線モードのモノクロの視野では輪郭が見えるばかりだったが、どうせコイツには元から顔なんてないので問題にもならない。
そう、装備をほぼ全てロストしたところで、自分とミシマの2人だけならばまだどうにかなったのだ。なんだってコイツの分のショットガンとシールドを俺たちが買ってやらなきゃならないのか。
……益体もない思考が想起させるのは、数週間前のミシマとの会話の記憶だった。
「ねぇタチバナ、キューイチの件だけどさ」
「ああ、例の顔無しか? 今度のゴミの日に橋の下に捨ててくるぜ。冷静に考えたら俺らで養う義理ないしな」
「いやいやタチバナ、それはダメだよ! 僕らには彼を起こしちゃった責任があるんだよ? ちゃんと面倒見なきゃ!」
「うるせぇ家計が火の車なんだよ扶養家族なんざ増やしてたまっか!!! 大体アイツを起こしたのはお前だろうが! 俺は関係ねぇ!!!」
「……聞いてタチバナ。確かに僕は、記憶もないキューイチを無責任にも長い眠りから起こしてしまった。それは事実さ」
「そうだな。俺は500回くらい止めたけど全部無視して叩き起こしてくれやがったな」
「……つまりだね、僕は彼のママと言っても過言じゃないわけだよ」
「過言だろ」
「そして、その場に居合わせたタチバナは彼のパパと言っても過言じゃないわけさ」
「過言に虚言を重ねるな」
「ここまで分かったらほら、認知してよ。"パパ"?」
「殺すぞ」
そんな心温まるやり取りの末に、結局押し切られて「とりあえずキューイチが自分で自分の飯代を稼げる程度の初期資金と技術を身につけるまでは面倒を見る」という事で話が纏まった。纏まってしまった。そして、その矢先の装備全ロスト事件の勃発である。
……タチバナは収まらない頭痛を堪えるために、眉間に指を押し当てた。額を構成するパネルとマニュピレータがぶつかり合って、小さく硬質な音を立てる。この身体の眉間には、シワが寄らないのだ。
「……ところでミシマ、我々は今ネスト攻略戦に参加しているはずですが、なぜ我々3人の小隊のみで地底に向かっているのでしょうか? 川崎の工業地帯を無傷で確保するために核を使えない、というのは理解できますが、ネストとはミュータントの巣窟と聞きます。制圧には大軍を以てするより他ないと思われますが」
「いい質問だねぇキューイチ君! このミシマ先生が答えてしんぜよう……!」
一人内心の苛立ちを肥大させ続けるタチバナを他所に、ミシマとFS91の会話が続く。
「川崎仮設コロニーも最初は大軍で殴り殺すつもりだったらしいんだけど、上手く行かなかったらしいんだよね。浅層までは予定通り制圧できたけども、そっから先は全然ダメ。……なんでも、殴る相手が見つからなかったんだってさ」
「……見つからなかった?」
「普通、大規模ネストってのは"クイーン"って呼ばれる特殊な個体を中心として真社会性動物……要するにアリとかハチみたいな集団を作ってるんだよ。そのクイーンはネスト全体の指揮官兼、複数種のミュータントを製造する工場としての機能を持つ個体でね、バカでかくて年中食っちゃねしながら卵を産み続けてるのさ。んで、クイーンは脚がなくって、自分で動く能力を持たないんだよね。ネストの底に引きこもって、自分が産んだミュータントに飯を運ばせながらグータラしてるってわけ」
「では、そのクイーンと呼ばれる個体を討伐することが、ネストの攻略と同義ということですか」
「そーそー。……でも今回の川崎ネストだと、仮設コロニー軍は浅層を攻略した後、勢いそのまま深層に乗り込んだはいいんだけど、だだっ広い迷路みたいなネストでひたすら迷いまくっちゃって、結局クイーンの引きこもってる部屋を見つけられなくって、引き返して来ちゃったんだってさ。その後も何回か潜ったけど空振り三振。そのまま予算が尽きて大軍を維持できなくなって、今じゃ僕らみたいな傭兵に内部のマッピングさせてるってわけ。ミュータントの個体数はこれまでの大規模攻撃で減らせてるから、小規模戦力が紛れ込んで探索を行う余地ができたってことだね」
「なるほど、だから今回の依頼は戦闘や討伐ではなく"探索"のカテゴリだったのですね。そして本格的な攻略、即ちクイーンの討伐は、正確な位置を確認してから改めて大軍を揃えて行おう、と」
「うん、そーいうことだね! それで、肝心なのはこっからだよ? 今回の依頼はね、探索に参加してるだけでもどうにか生きている額の給料が貰える上に、クイーンを見つけることが出来ればとんでもない額の報酬金が貰えちゃうんだよ! そうなれば装備は買い戻すどころか前よりずっと上のグレードの物に更新できちゃうし、キューイチも顔とか口とか買えちゃうってわけ! 凄くない!?」
「……三ヶ月探し続けて見つからなかったもんが、そうあっさり見つかるとも思わんがな」
取らぬミュータント・クイーンの皮算用で勝手に盛り上がるミシマに、タチバナが冷や水を浴びせ掛ける。
「まったく、夢がないなぁタチバナは。希望に縋らずに生きるのには限度があるんだよ? もっと自分を大事にしなきゃ」
「生憎と宝くじを当てにして核の冬を越える度胸はねぇもんでな。……ここの深層にゃ適当な中型ミュータントもわんさかいるって話だろ? 何匹か狩ってバラして売り飛ばしゃ装備を揃えられる。この依頼はそれまでの一時凌ぎだ。本腰入れる気はねぇよ」
「仕事として引き受けたからには、全力で当たるべきですよ。タチバナ」
「うるせぇ知らねぇ」
なにか言ってくる顔無しを適当にあしらい、タチバナは思考を進める。
深層で今の豆鉄砲でも仕留められるミュータントを5、6匹仕留めて地上に戻り、依頼主には適当にでっち上げたマップ情報を渡してお茶を濁す。剥ぎ取った素材については、近場の市場に昔馴染みが露店を出しているから、そこに持ち込めば悪いようにはされないだろう。そして狩りが失敗した時は最安値の戦闘糧食で食いつなぐ。後はこの繰り返しだ。
そうやって装備を一つずつ取り戻していって、それからFS91には適当な装備を押しつけて、後はミシマをどうにか丸め込んで穀潰しを放流。ここまで漕ぎ着ければ、クイーンが見つからなかろうがネストが攻略できなからろうが知った事ではない。全て元通り、何の憂いもない。完璧な計画だ。
人生に一発逆転などない。一歩一歩堅実に、踏みしめるようにして進んで行くしかないのだ。タチバナは目を瞑り、己の思考に深く首肯した。穴熊を決め込んでいるミュータント・クイーンなんてもの、そうそう見つかる訳がない。
「あ、クイーンだ」
──なぜ、見つかる?
「……ミシマ、確かに巨大なミュータントですが、どう見ても脚が生えています。それも8本も。クイーンの外見情報とは合致しないのでは?」
「いやぁ、戦中何回か見たことあるから間違いないよ。あの薄らデカい図体に極度に肥大化した腹部、そして脇腹からいっぱい伸びてるキッショい産卵管。アレがクイーンじゃなかったら嘘だね」
広場のように開けた空間に堂々と居座る巨大なミュータントを、ミシマ隊はトンネル内の岩陰から覗った。
……深層にたどり着いて早々に出くわした八脚の怪物は、確かにミュータント・クイーンの特徴を備えていた。山のような体躯、その割に小さな頭部、体毛を持たない弛んだ皮膚、肥大した腹部、脇腹に並ぶ産卵管。蛇と幼虫の混ぜ物じみた見た目のミュータントなど、クイーン以外にはいない。
しかし、がっしりとした8本の脚は明らかに異様である。クイーンに脚がある訳がない。
「なるほど~、広いネストの中をあっちこっち移動する事で攻撃を回避してたのか。そりゃ見つからないし、クイーンは動かないって決めて掛かってる仮設コロニー軍が空振りする訳だよ。8本の脚は接地圧を下げるためかな? あ、よくよく見ると、普通のクイーンと比べるとちょっと小ぶりだね」
一人分析を続けるミシマを他所に、タチバナは混乱の只中にあった。
「……いや、いやいやいや、ありえねぇだろ。……クイーンが、自分で動くわけねぇだろ」
「……アレも、人工物とは言え生物だからね。世代交代による"進化"の機能も実装されているんじゃないかな?」
どこの誰だ、兵器にそんな余計な機能を付けやがったアホは。
「とにかく一旦帰ろっか。変則的だけど、依頼達成には変わりないでしょ?」
「……地上の連中が信じると思うか? この安っぽいコラ画像みたいな光景を? 自分の目で見てる俺だって信じられねぇんだぞ?」
「信じさせるよ。映像記録だって手に入れたんだ。ま、交渉は僕の仕事だから任せといて」
何はともあれ、これ以上ここに留まるのは危険だからね。言うなり、ミシマはさっさと踵を返した。
「クイーンが単独でいるとは思えない、絶対に護衛を引き連れている筈だよ。早く戻ろう、今は見当たらないけど、どこに潜んでいるやら──」
──直後、数多の死線をくぐり抜けたことで研ぎ澄まされてしまった生存本能が、その"警告"に身体を反応させた。
「小隊散解!!! 避けろォ!!!!!」
トンネルの沈黙を引き裂いて響き渡るその声が、FS91の発した物であると気が付いたのは、岩陰から身を投げ出して地面を転がる無様を晒した後だった。そして刹那の間もなくトンネルの暗闇を引き裂く閃光、自らが先ほどまで息を潜めていた岩陰が一瞬のうちに蒸発し、灼熱の衝撃波がタチバナの身体を吹き飛ばす。
更に遠く放り出され、壁面に叩き付けられたタチバナは、再び地面に身を転がした。ワンテンポ遅れて、補助脳が自動的に戦闘モードに切り替わる。
「……こ、高出力レーザーだと!? バジリスクが出やがったか!?」
一体どこから? なぜレーダに映らなかった? あらゆる疑問を即座に振り払って起き上がると、ライフルを構え直す。敵の数と位置は? 二人の状況はどうだ? とにかく情報が必要だ。未だ混乱から抜けきれない脳で、それでもタチバナは暗闇の向こうに視線を走らせる。
……いくつもの気配が、暗闇の向こうに犇めいていた。