商店街の福引で美少女スキンが当たった話   作:緑立

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馴れ、初める。:下

赤外線が暗闇に描き出す異形のシルエット。それを一言で表現すれば"ナックルウォークする単眼のトカゲ"である。全長は5メートルあるかどうか、中型ミュータントと同体格までダウンサイジングされているが……間違いない。対空迎撃型ミュータント、バジリスク種だ。

 

……種の同定は良し、次は数の確認だ。近距離レーダが捉えた敵影の数は68……68!?

 

『タチバナ! ミシマ! こちらキューイチ三番! 無事か? 被害状況を報告しろ!』

 

『ミシマ一番無事! 損害無し! 狙撃砲ユニット起動完了!』

 

『タチバナ二番問題なし! ミシマのカバーに入る!』

 

戦闘演算に彼我の諸元情報を叩き込みつつ、飛んできた脳内無線に即応する。なんでお前が仕切ってんだとか言いたいことは色々とあったが、タチバナは全てを飲み込んでミシマをカバーすべく走りだした。狙撃砲ユニット展開中の機動力低下は馬鹿にならない、支援が必要だ。

 

『ちょっとマズいねこれ、完全に囲まれてるっぽいよ』

 

バジリスクの大軍はタチバナらが通ってきたトンネルの地上方向と、前方の広場の方向の両側から現れ、逃げ場はどこにもない。

 

『見りゃ分かる! 狙撃砲で地上まで血路を開くぞ! キューイチ! シールド展開! あとショットガン寄越せ!!!』

 

『了解した。それからタチバナ、地上への通信はどうだ?』

 

『とっくに試してる! 不通に決まってんだろ!!!』

 

展開された砲身を左脇に抱え込み、腰だめの体勢で狙撃砲を構えるミシマ。この絶望的な状況をひっくり返しうるのは、この五十七ミリ狙撃砲ユニット様のみであった。

 

故にこそ、死力を尽くして狙撃砲を守り、その射撃を支援する。肉の盾というのは全く冗談ではない。

 

「次弾来るぞさっさと射撃開始しろミシマァ!!!」

 

「言われんでもォ!!!!!」

 

単眼を大きく見開き、その奥底に破滅の光を迸らせようとしていたバジリスクの一体に徹甲榴弾が突き刺さる。唐突に頭部を爆散させた兄弟の姿に、ミュータントの群れに動揺が走った。どうやら狙撃砲の火力は高出力レーザーを備えるバジリスク種にとっても驚くべきものであったらしい。

 

そこへタチバナが支援射撃を開始する。12.7ミリと対軟目標用のスラグ弾ではよっぽどの至近距離でないと有効打は期待できないが、いくらか気を惹く程度のことはできる。今はとにかく、ミシマに敵の意識を向けさせてはならない。

 

右へ左へステップを踏み、兎にも角にも注意を惹きつける。次々に放たれるバジリスクの光線がタチバナの外骨格を焦がし、トンネルの床や壁面を焼いた。化学戦装備が襤褸切れに変わって弾け飛ぶ。

 

数秒の間も置かずに閃光が迸り続けるその様は、さながら記者会見場のフラッシュを思わせ、タチバナは自分が何かとんでもないスキャンダルをやらかした芸能人になったような気分だった。つまるところ"最悪"だ。

 

「追い詰められた鼠でも、バジリスクの目ん玉ぐらい抉り取ってやるさ!!!」

 

ミシマが叫び、同時にバジリスクの頭部が消し飛ぶ。直後にミシマへと閃光が伸びるが、油断なくミュータントの瞳孔を観察していたFS91がシールドで以てこれを防いだ。シールドは物の数秒で白熱し、FS91のマニピュレータを焼き始めるが、ミシマの次弾がバジリスクの電源を落としたことで明るすぎる照明は消え去った。

 

一人が攪乱し、一人が護り、一人が殺す。三者の連携が噛み合ったことで、圧倒的不利の状況にありながら、ミシマ小隊は拮抗状態を作り出していた。……だが、絶望的な物量差の前には、その拮抗も長続きはしない。

 

「うぎゃあマジか!!! もう弾切れ!?!?」

 

まず、14頭目のバジリスクを爆散させた所で五十七ミリ狙撃砲が弾切れとなった。大重量の大口径砲弾をそう多く持ち込める訳もなく、そもそも金欠で弾数を確保できていなかった。

 

「シールドが……溶け落ちました」

 

次いで、FS91の構えていたシールドがいよいよ使い物にならなくなった。崩壊する寸前に投げ捨てたお陰で、辛うじてFS91のマニピュレータは無事である。

 

「っ! ヤベッ──」

 

最後に、いよいよ回避パターンを読まれ始めたタチバナが高出力レーザーの直撃を食らい、左半身を丸焦げにされた。これまで健闘してきた12.7ミリとショットガンも同時に消し炭となる。激痛が思考を焼き尽くし、代わりにけたたましい警告音と真っ赤な表示がタチバナの脳内を埋め尽くした。

 

「タチバナ! まだ生きてる!?」

 

倒れ伏すタチバナの元へ、狙撃砲ユニットをパージしたミシマと盾を失ったFS91が駆け寄ってくる。

 

タチバナは痛覚を遮断すると、どうにか動く右腕で背中のブレードを引っこ抜いて、それを支えに立ち上がろうとして、できなかった。左半身の駆動系が丸ごと逝っているらしい。

 

小さく嘆息したタチバナは、邪魔くさいウィンドウを片っ端からデリートし、喧しい警報を全て叩き切った。

 

……ネストの中に、静けさが戻ってくる。

 

「……死んでるよ。見りゃわかんだろ」

 

状況は最悪を下回りつつある。包囲には綻びすら作り出せず、未だ健在のバジリスクの群れは、こちらを凝視しながら包囲の輪を狭めつつあった。直ぐに焼き殺さないのは、どうやってこの不快で小さな生物を甚振るのか考えているのだろう。一部のミュータントには、脳構造の原型となったシャチや狼と同様に殺しを楽しむ習性が付与されているのだ。

 

「君はまだ生きてるよ、タチバナ。……まあ多分、このままだと後1、2分で死ぬけど」

 

いつになく素直なミシマの物言いに、タチバナは苦笑し、肩の力が抜けるのを感じた。……いや、肩の荷が下りた、というのが正確な表現だろうか。とにかく「来るべきものが来た」という感覚が彼の胸を埋めた。

 

……死ねば、もう、戦わなくてもいい。死ねば、これ以上、生きなくてもいい。それは確かな救いのように思われた。

 

生き残る事に必死だった戦中には決して抱かなかった感情。

 

生き残ってしまった今だから、抱いてしまう感情。

 

タチバナの脳裏を幾人もの顔が過ぎる。鬱陶しい世話焼き、鼻につく美丈夫、酒飲みの老人、手癖の悪いガキ。……共に戦い、そして勝手に先に死んでいった連中の顔。自分が今日まで生きるために、犠牲にしてきた命。もうこれ以上、彼らを犠牲にし続ける必要はないのだ。

 

このまま心地の良い死に身を委ねてしまおう。タチバナは身体の力を抜き、大地に五体を投げ出した。

 

……ぼんやりと宙を見上げる彼の視界に映るのは、ギロチンの断頭刃の如くこちらに降ってくるミュータントの大顎であった。

 

「──近接格闘モード、起動」

 

力の抜けた右腕から、パイロブレードが奪われる。

 

「戦闘演算、開始」

 

振るわれた白刃と吹き荒れる爆風。バジリスクの上顎がバカでかい眼球ごと何処かへとブッ飛んでいった。

 

「諦めるな。まだ生きているのだろう? ならば無条件に努力しろ」

 

「お前……」

 

空気読めよ、と。タチバナがそんなセリフを吐き出すより前に、FS91はバジリスク共に向かって単身突貫していった。

 

「無茶だよキューイチ! そんな棒切れ1本で何とかできる状況じゃない!!!」

 

ミシマが悲痛な叫びを上げる。

 

『では座して死を待つと? 生憎、私はそこまで諦めが良くありません』

 

その叫びに脳内無線で返したFS91は、暗闇の中で刃を振りかざした。

 

パイロブレードは、分厚い刀身の内部に空洞部を設けた特殊な近接兵装である。柄に装填したショットシェルの爆風を刃に沿って配された小孔から噴射することで、攻撃対象を内側から爆死せしめることができ、大型ミュータントに対しても一定の効果を期待できた。

 

タチバナの記憶ではFS91にこの武器を貸し出したことはない。だが、FS91は初見の筈のパイロブレードを見事に操り、バジリスクに刃を突き込んでは炸裂光を燦めかせ、闇中に血煙を作り出していた。敵中に飛び込んだのが功を奏したらしく、同士討ちを嫌ったバジリスクはレーザーを使用できていない。拳や尾、噛みつきによる迎撃をいなしつつ、FS91は蝶のように舞い、蜂のように刺すことを繰り返した。

 

「大したもんだなぁ……」

 

そんな光景を前に、タチバナは他人事の様に呟いた。どうやら死ぬまでの時間が3分ほど延びそうではある。まあ、それだけだろうが。

 

……そしてタチバナの予想より1分半ほど長い4分30秒後、バジリスクの拳撃がついにFS91の身体を捉えた。

 

「……ッ!!! そんな……っ!!! キューイチッ!!!!!」

 

ミシマの鋭い悲鳴が響く。殴り飛ばされたFS91は壁に叩き付けられ、地面に転がり、そのまま動かなくなった。……ありゃあ、もしかすると死んだかな。

 

また誰かを犠牲にして生きながらえてしまったが、今回長らえたのは数分程度だ。自分も直ぐに後を追うことを思えば、そこまで後ろめたくもない。タチバナは、そんな事を思った。

 

さあ、いよいよ終わりだ。……改めて死に身を委ねようとした、その時である。

 

「──グッモーニンッ!!! ミュウタァーンツ!!!!!」

 

ネストに響き渡る場違いな騒音。照明弾でも打ち上げたかのように、唐突に明るくなる世界。

 

「エン……グッバァーイ!!!!!」

 

瞬間、トンネル内を爆音と爆風と熱波が蹂躙し尽くす。洗濯機に放り込まれたシャツのように転げ回ったタチバナが這々の体で顔を上げれば、包囲を形成していたバジリスクの群れの一角、地上へ通じるトンネル側にいた連中が一掃されていた。

 

そして現れるのは、眩い光を身に纏った巨大なシルエット。

 

ミュータントとは明らかに異なる鋭角的なフォルム。先端に車輪を備えた6本の脚部に支えられるのは、砲塔を備えた重装甲の戦闘室。トンネルを照らす光は、どうやら上部に据え付けられた探照灯による物らしい。

 

92式多脚歩兵戦闘車。市街地戦や密林での運用を想定していたそれの、恐らくは長砲身型。やろうと思えば対戦車戦すら熟せる何でも屋として各戦線で重宝された大戦後期のベストセラーである。

 

「……きゅ、救援だって!?」

 

信じられない現実に、タチバナは安堵する前にひたすら困惑した。川崎仮設コロニーと交わした契約書には「ネスト内での交戦で生じた損害について、当コロニーは一切責任を負わない」と言い切られていた筈だ。そんなケチくさい連中が、地底でドンパチやってるのを聞きつけて態々助けを寄越す筈がない。

 

……その間にも105ミリ砲は火を噴き続け、あれだけ人の手を物理的に焼いてくれたミュータントの群れを端から吹き飛ばしていく。それは戦闘というよりは虐殺に近い光景であった。

 

「バジリスクにしちゃあ脆いですなぁ!!! どーやら噂の"廉価版"らしいですぜコイツらはァ!!!」

 

そして戦車はバジリスクをミンチに変えながら進撃し、タチバナの横を通り過ぎると、先ほどクイーンのいた広場へと乗り込んでいく。

 

「よしっ! 見つけましたぜイチモンジさん!!! アレがアンタが言ってた自走型ミュータント・クイーンで間違いありゃあせん!!! このまま駆除に入ります!!! しっかしキモいデザインですなぁ!!!」

 

車載スピーカーから垂れ流される砲声にも劣らない爆音のセリフ。衝撃に散々揺さぶられてきた脳味噌には、下手な砲声よりよっぽど激しく響くそれに、タチバナは激しい頭痛に襲われた。

 

意気揚々とミュータント・クイーンに砲身を向ける歩兵戦闘車を前に、ミュータント側もやられるばかりではない。

 

彼らはクイーンを守るように隊列を組むや、歩兵戦闘車に一点照準してのレーザー照射を開始した。これまでは狭いトンネル内に押し込められた上で、しかも同士討ちの危険のある挟み撃ちの形での戦闘だったため、バジリスク達のレーザー使用には制限が掛けられていた。だが、もはや遠慮は要らない。

 

「やっべぇ!!! なんだこの熱量!?!? このままじゃ駆動系がお釈迦になる!!!!!」

 

「心配ねぇ! 壊れる前に片っ端から吹っ飛ばしてやりゃあ!!! ……って砲塔の旋回遅っせぇ!? 誰だこいつの整備しやがったヤツは!?!?」

 

「というかっ! 調子ん乗ってイチモンジさんの命令無視して敵中に殴り込むからこんなことになるんでしょーがぁ!? 撤退! てったーい!!!」

 

「このボケ操縦手!!! 今引いたら余計にレーザー食らってる時間が延びるだろうが!!!!!」

 

「うわぁあああああ! 熱い熱い熱い! イチモンジさーん!!! イスズさーん!!! 助けてー!!!!!」

 

すごい勢いで始まった形勢逆転と、スピーカーから爆音で垂れ流される醜態に、タチバナは絶句した。本当に大丈夫かこいつら?

 

「……やっぱり見てるだけってのは性に合わないなぁ。ねぇイチモンジ君、僕も出ていいかい? 最近運動不足でさぁ? いいよね? もう行くよ? 止めたって行くよ? 何だって行くよ? それじゃ行ってくるね?」

 

……探照灯と高出力レーザーがネストの壁面に照らし出す強烈な陰影。そこに細い影が一つ閃くや、鮮血が溢れ出す。

 

「……抜け駆け失礼。まずは一つ」

 

今し方切り落とした生首と共に着地したその軽サイボーグには、"顔"がなかった。

 

FS91のようなスムーススキンですらない。そもそもフェアリングを装備せず、内骨格と知覚センサ類を剥き出しにした”スカル・フェイス”である。

 

……いや、顔だけではない。その肉体からはほぼ全ての外装パーツが取り除かれ、関節と一体化したリニア・モータ式の駆動系を除いては、フレーム構造以外の構成物が存在していなかった。あそこに立っているのは、襤褸切れを纏った剥き出しの骨格標本だ。

 

そしてスケルトンは、肩に担いだ高周波ブレードを構え直す。

 

「久々のチートデイだ。楽しませておくれよ?」

 

その時タチバナは、存在しない口角を吊り上げる髑髏の"顔"を、確かに見た。

 

直後、骨格標本の姿はかき消え、眩い光に照らされるネストの中で影が舞った。閉所に投げ込んだゴムボールがメチャクチャに跳ね回るような、不規則で高速で破滅的な軌道。影が描くその軌道がミュータントに重なる度、単眼の首が地面に落ちた。

 

やっていること自体は、先ほどFS91が見せた近接格闘と同じはずだ。……だが、余りにも速度が違いすぎる。

 

「なんだありゃあ……バケモンかよ……」

 

……タチバナも、聞いたことはあった。大戦の前半、裏日本での防衛戦、そして北部韓半島攻略戦及び沿海州上陸作戦において、その勝利の礎となった部隊があったと。

 

未だ重サイボーグのコンセプトが完成していなかった時代、気狂いじみた軽量化と高出力化による推力自重比向上に活路を見出し、逆襲の尖兵として暴れ回った命知らずの突撃兵。

 

「肉を斬らせて骨を断つ」。尋常の兵にできるのがそこまでならば、初めから肉など持ち合わせない兵ならば、彼らはきっと、ただ敵の骨を打ち砕くのみだろう。

 

──故にその名を、『骨蝕部隊』。

 

「29。よし、護衛は片付いたか。……それじゃあ、メインディッシュをいただくとしよう。いや、もうデザートなのかな?」

 

その場から掻き消えたとしか認識できない初速での跳躍。軽サイボーグはネストの天井に着地し、そのまま地面へ向かって二度目の跳躍を行った。落下点にいたミュータント・クイーンは反応することすら許さないまま、脳天に兜割りを叩き込まれる。

 

「……これで、30」

 

倒れ伏したクイーンを踏みつけ、血濡れのサイボーグは頭蓋からブレードを引き抜いた。

 

「喰い足りんなぁ」

 

その声には、不満げな色が滲んでいた。

 

 

 

 

 

「図らずも、逐次投入の形となったか。……イスズさん、手間を掛けました」

 

「仕方ないよイチモンジ君。部隊は寄せ集めだし、そもそもネスト攻略の指揮権持ってるのは君じゃなくて内地組の保身連中なんだから。身内以外は最初から捨て駒さ。今回寄越して来た歩兵戦闘車の子達も、終戦直前に召集されたズブの素人だったし、要するに口減らしの在庫処分でしょ?」

 

「……『プラントとしての性能を下げる代わり、自走能力及び戦術指揮能力を獲得する』というミュータント・クイーンの形質変化の可能性を知りながら、少数部隊を用いての探索プランを続行し、徒に敵の狩り場へと同胞を送り込み続けるなど。正気の指揮官がすることとは思えません」

 

「現実が見えてなくて、自分が失敗していることすら認識できない人間っていうのは、往々にして過去の成功体験に縋る物なんだよ、イチモンジ君。だからこうやって、カリフォルニア帰りの僕らがあっちこっち出張る羽目になってるんじゃない」

 

「なんと情けないことか。我々も、身の振り方を考えなくてはいけませんね」

 

「全くだよ、本当に。ま、もう僕らには職業選択の自由があるんだから。じっくり探そうじゃないの、居心地の良い場所を」

 

「……それにしても近接格闘は可能な限りさけるべきなのではありませんか? イスズさんは銃器の扱いにも長けているでしょう? あのような高機動はフレームへの負荷が過大です」「イチモンジ君。身体に悪いことはね? 心に良いんだよ」地面に這いつくばるタチバナのことなど気にも掛けず、犬面と骸骨は話し込んでいた。どうやら彼らはミシマ隊の救援のために乗り込んできたわけではなく、ただ単にネストを攻略しようとしていただけらしい。

 

「へぁ……。た、助かった……うああ……。タチバナ、家に……家に着いたら起こして……。もうマジ無理……僕もう寝る……」

 

砲撃に巻き込まれて何処かへと吹き飛ばされていたミシマが、全身泥だらけの姿でタチバナの隣に倒れ込んできた。

 

「いや、俺も動けねぇんだけど。左足丸焦げなんだぞ? 自分で歩けよ」

 

ミシマはうつ伏せのまま、くぐもった声を響かせる。

 

「大丈夫……さっき直しといたから……。だから……僕のこと、担いで、持って、帰って……」

 

「はぁ?」

 

その言葉に自分の下半身へと目を向ければ、左足の外装が引っぺがされており、破損部位に応急処置を施された形跡があった。焼き切れていた配線は再接続され、断裂しかけていた人工筋肉はステイプラーによって強引に繋ぎ直されている。タチバナが試しに脚を曲げてみると、幾らかの引っかかりを覚えはしたが問題なく動作した。

 

「……マジかよ。ミシマお前、俺が寝っ転がってる間ずっと俺の脚直してやがったのか? キューイチが暴れてる間ずっと?」

 

どうやら本当に気を失ったのか、タチバナの言葉にミシマが答えることはなかった。

 

……どいつもこいつも、諦めが悪すぎる。早いとこ諦めて走馬灯を再生していた自分は一体なんだったのか。タチバナは、言葉に出来ない不快な感情が込み上げてくるのを感じた。それは他の誰かよりも、むしろ自分自身に向いた感情のような気がした。

 

よっこらせと声を漏らしつつも身を起こし、タチバナはミシマを肩に担ぎ上げる。イチモンジとかいう奴の歩兵戦闘車に地上まで相乗りさせてもらうとしよう。化学戦装備なしで汚染区域を突っ切るのは除染も面倒だ。

 

だがその前に、もう1体拾っておかなくてはいけないサイボーグがいた。

 

「タチバナ、ミシマ、具合はどうですか?」

 

どこかに転がっているだろうそいつを探しに行こうとした所で、件のサイボーグが自分の脚でこちらに歩いてきた。

 

「……見ての通りだ。生きてるよ。キューイチ、お前は?」

 

「ダメコンに時間を要しましたが、心配には及びません」

 

「そうか……よかったな」

 

「はい、よかったです」

 

……こいつが4分30秒を稼ぎ出さなければ、タチバナもミシマも、確実に死んでいた。

 

礼の一つぐらいは、言わなきゃいけないのだろう。

 

そうやって口を開きかけたところで、だがやはり、不快な苛立ちが鎌首を擡げる。

 

何なのだろう、この感覚は。タチバナは深いため息をついた。

 

「タチバナ。私は察するのが苦手だ」

 

そんなタチバナを見て何を思ったのか、FS91がおもむろに口を開いた。彼に、口などないが。

 

「今回に関しては何となく分かった。なにしろ状況が状況だ、互いの距離が近かったし、推理できる材料もあった、だから今回は言われずとも行動できた。だが、次はないだろう。今回の報酬で射撃武器を手に入れれば、戦術は必然的に散兵戦に切り替わるはずだからな。とにかく、次からは、はっきり言葉にするなりして表現しろ。分かったか?」

 

苛立ちが、爆発する。

 

「何の話だ? お前こそ回りくどく言ってねぇではっきり言葉にしろよ! 顔がねぇから何考えてんのか全くわかんねぇ癖しやがって! 生意気なこと言ってんじゃねぇぞ!!! 人が! 人が、やっと死ねるって時に……っ」

 

仮にも命を救われた立場の人間の物言いではない、タチバナは自覚していたが、自分でも良く分からない衝動に突き動かされた舌が心にもない言葉を口走る。

 

──誰でもいい。誰か俺を殴り倒して、この口を閉じちゃくれないか?

 

……のっぺらぼうのはずのFS91が放つ視線は、確かに、タチバナの目を真っ直ぐに見据えていた。

 

「怖いのならちゃんと悲鳴を上げろ。痛いのならちゃんと泣き叫べ。そうでなくては、私が助けてやれないだろうが」

 

その時、タチバナは正しく言葉を失い。

 

「グぇっ……」

 

……2メートルの高さから取り落とされたミシマが、短い断末魔を上げた。

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