商店街の福引で美少女スキンが当たった話   作:緑立

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『2118年度調布花火大会』企画会議

「今年の"花火大会"にさ、彼らも呼ぼうと思うんだ」

 

旧調布駅の地下構造を拡張する形で造られた調布コロニー司令部。列車の駆け抜ける振動が響く事務所での書類作成作業中に、その言葉は出し抜けに降ってきた。ミカサはアクセラレータを切ると、タイピングの速度を幾らか緩めて応じる。

 

「彼ら、とは?」

 

「ほら、カンバラの子達だよ。人手ちょっと足りてないし。……あ、隣失礼するよ」

 

ミカサはタイピングする手を止めると、隣の席に座ってきた男へと向き直った。大柄な体躯に、純白のプレートで構成されたメカニック・ヘッド、そして赤く煌めくデュアルカメラ。ミカサの上司たる調布コロニー司令官のシノハラは、背もたれに深くもたれ掛かり、赤い視線を天井に彷徨わせていた。

 

「……また派遣頼りですか。せめて割り振られた地域のネスト潰しだけでも我ら独力で完遂せねば、ジオフロント暫定政府からの信頼を損なう結果を招きます。ご再考を、司令官」

 

「そうは言ってもミカサちゃん……。こっちに回されてくる戦力は要塞砲とその運用戦力ばっかりじゃんか? 来たるべき東京奪還作戦に向けた重要な砲撃拠点とか言ったって、ミュータント連中のメインネストは大深度地下にある訳で、砂漠を撃ったってどうしようもないのにねぇ。だから今のところ俺らにできるのは雑に花火を打ち上げて地表を耕すことだけ。……足りてないのよ、現地に出向いて制圧できる機動戦力が」

 

シノハラは深々とため息をつく。ミカサはタイピングを再開した。

 

「あーあ、ミカサちゃんが隊長職になってあっちこっちから兵隊引っ張ってきてくれたら楽なんだけどね。ほら、昔の伝手でさ。俺より君の方が慕われてた感じあるし」

 

「……生憎ですが、今のところ歩兵副隊長を辞めるつもりはありません。私は現場で鉄砲を振り回してる方が性に合っていますので」

 

「戦争が終わってまで戦地で血を流すことないじゃないの」

 

「戦争が終わってまでデスクでキーボードを叩くのは御免被ります」

 

軍人とは戦う公務員、故に最前線であろうとも書類仕事の発生は避けられない。司令部からの命令も書類の形で届くし、部隊からの補給申請も書類の形で送られる。砲弾飛び交う塹壕の只中にあろうが、書類を準備できなければ支援も補給も増援も撤退許可も申請できない。ミカサの脳裏に血反吐を吐きながら報告書を上げ続けた毎日が蘇り、ミカサは思わず眉間に皺を寄せた。

 

不機嫌そうな表情のサーバルキャットに、機械仕掛けの男は苦笑交じりに返した。

 

「いやいや、今もデスクワークしてるじゃん!」

 

「どのような業務でも最低限度の事務作業が発生する事は避けられません。私は書類仕事が嫌なのではなく、書類漬けになるのが嫌なのです、司令官」

 

「え、そうなの? 俺は書類は多くても少なくても大っ嫌いだよ? 正直ずっと前線でミサイルパーティだけしてたいし」

 

「戦中、貴方が暴れ回った後の補給申請書を散々書かされました。もう尻拭いは致しません」

 

「……これが因果応報かぁ」

 

乾いた笑いが天井に向けて放たれる。ミカサは構わずにタイピングを続けた。

 

「ま、それはさておいて、花火大会ね。春のミュータント滅殺祭りの狩り残しがあっちこっちに造ったネストを要塞砲で纏めて耕そう大作戦。仕上げの制圧業務にカンバラの子達呼ぶから、組み込んだ作戦立案よろしく」

 

「……了解しました。作戦計画を再考致します」

 

不承不承としたミカサの返答を聞いたシノハラは、すかさず懐から引っ張り出した書類の束をミカサの眼前に滑り込ませる。ミカサはタイピングする手を止めざるをえなかった。

 

「ミカサちゃんはさぁ、隙あらばブラック労働を自分に課していくのホントよくないよ? 社員を定時に上がらせて自分は残業する社長じゃないんだからさ、人手が足りないんならちゃんと言ってね? 派遣さん呼ぶから、予算がどうとか気にしないでいいから。君の部隊だけでネスト8個制圧とか絶対どっかで破綻するから。この計画書上がってきたときマジびっくりしたんだからね?」

 

視界を遮る計画書を掴み取ろうと持ち上げられるミカサの手を、シノハラは素早く腕を持ち上げることで回避する。計画書の束を団扇代わりに仰ぎながら、シノハラは続けた。

 

「ジオフロントの信頼がどうこうとか考えるのは政治の領分、それこそ隊長職以上の人間がやることだよ? ミカサちゃんはミカサちゃんの領分を守ってればいいんだ。政治に首を突っ込みたいのなら、昇進と昇給を享受しなさい」

 

「……了解しました。副隊長職としての責務を全うします」

 

「ウム、よろしい」

 

苦虫を噛みつぶしたような表情でタイピングを再開するミカサに、シノハラは「いやあ愉快愉快」と笑みを深めた。堅物の後輩相手に気の良い上司ムーヴを噛まして鼻を明かしてやることほど楽しいことはない。

 

「……しかしカンバラ、カンバラ傭兵派遣、ですか」

 

「ん? どしたのミカサちゃん?」

 

はて、カンバラ社に何か思うところでもあるのだろうか? シノハラは首を捻った。

 

「カンバラは良い会社だよ? 偵察型から指揮官型、狙撃型に突撃型、オマケに対空型と一通り揃ってて、実力も折り紙付き。状況に合わせて都合の良い人材を引っ張ってこれる戦力プールとしちゃ、業界トップクラスさ。何か引っ掛かるような所でもあるのかい?」

 

「……いえ、別に彼らの戦力としての能力に不満がある訳ではないのですが……」

 

「煮え切らないねぇ」

 

常にキビキビと動き、上の人間には慇懃無礼を以て対応し、下の人間には馬車馬の如き扱いで接するミカサには珍しい態度だった。シノハラは幾らかの興味が湧いてくるのを感じながら、ミカサの言葉を待った。

 

「……あの会社には、FS91という軽サイボーグが所属しています」

 

「……ああ居たねぇ、近接アリーナ二位の、確か最近セクサロイド用スキンを使ってる物好きな子でしょ? 彼がどしたの?」

 

「……いえ、どうという訳ではないのですが……」

 

数秒の思案の後、シノハラのシナプスに電流が走った。それは砲弾降り注ぐ塹壕の中、イカれたテンションで交わした古い猥談の記憶であった。

 

「ミカサちゃんって……確か"どっちも"行けたよね? 昔そんな話したじゃん?」

 

「……何の話です?」

 

ミカサは怪訝そうな視線をシノハラへ向けた。シノハラはウッキウキで言葉を続ける。

 

「もしかしてだけど……キューイチ君にラヴとかそういう──」

 

「いえ違います」

 

電光石火の即答に、シノハラは「ああこりゃホントに違うヤツだわ」と察した。

 

「いや失敬、すぐ恋愛に絡めたくなるのはおじさんの悪い癖だね。ごめんごめん」

 

「本当にそうですよ。猛省なさって下さい。こちらが恥ずかしいです」

 

「うん、はい、ごめんなさい。もうしません。………………でも恋バナ楽しいじゃん? 仕方ないじゃんねぇ?」

 

「今何か仰いましたか?」

 

「いえ何も!」

 

気安い応酬に、ミカサは己の肩から力が抜けていくのを感じた。逡巡など不要、最初から直接聞いてしまえば良かったのだ、何を気負うことがあるというのか。ミカサは居住まいを正し、シノハラへ問いかけた。

 

「……司令官は、FS91が現在使用しているスキンについてどのように思われますか? 私の部下には可愛いだの何だのと持て囃す軟弱な輩が多いもので」

 

「どのようにって、ああ風紀とかの話ね? ……まあ典型的な"サクライ顔"だからねぇ、黒髪に金の瞳。要はめっちゃ名の売れたスケベビデオの女優さんと同じ顔を貼り付けて生活してるようなもんでしょ? ま、デザインは可愛いとは思うけど……ちょっとねぇ? 人の趣味にとやかく言う趣味はないけど、まあビックリはするよ。どうしても」

 

「つまり、司令官は彼の服装に対して批判的ということでよろしいですね?」

 

ミカサは念を押した。

 

「いいや、別に、ただそう、好きな顔着て生きてけばいいんじゃないかな~って思う。うん」

 

そこまで聞いて、ようやくミカサは安心感を抱いた。つまり脈はないということだ。クリア、周辺の制圧完了を確認。蓋を開けてみればなんということもないではないか、FS91め、余計な心配をさせおって。……ミカサの眉間に深く寄った皺が、幾らか緩められる。

 

「そうですか、ならば良いのです」

 

……その時、ミカサの脳裏を一つの問いが過ぎった。この際だ、この長年の疑問も司令官にぶつけてしまおう。兵士とは常に神速を尊ぶのだ。ミカサは意気揚々と口を開く。

 

「ところで、これは今の話題とは何の関係もない質問ですが、参考までにお聞きさせて頂きます。……司令官は猫派ですか? 犬派ですか?」

 

「犬派」

 

電光石火の即答に、ミカサの眉間の皺は再び深くなった。

 

 

 

 

 

──激動の混浴(男湯)事件から一夜明け、辛うじて錯乱状態から持ち直したFS91は、カンバラ傭兵派遣・登戸事務所への出勤を果たした。

 

「……おはよう、……ございます。……ハナコさん」

 

「……いやどしたんキューイチ? えっらい死にそうな声してっけど」

 

引きつった表情の事務員のハナコさんに、FS91はNo.10"感謝"をプリセットから引っ張り出して応じる。

 

「何の問題もありません。ご覧の通り、私はすこぶる元気です」

 

「いや貼り付けたような笑顔で死にそうな声出されても困るんだわ。おもっくそ空元気感が滲み出してんのよ」

 

やれやれだわホントに……、ハナコさんは額に手を当てると、ため息を吐いた。

 

「……本当に大丈夫なんでしょうねぇ? なんだったら今日お休みにしとく? 有給って事にしとけるわよ別に、アンタの結構溜まってるし」

 

「いえ、大丈夫です。何でもいいから私に仕事をさせて下さい。私自身を業務を遂行するだけの歯車とすることで感情をすり潰したいので」

 

「つまり今は大丈夫じゃないってことじゃねーかよオイ」

 

何かしらの作業に己を拘束し続けると、脳が不安や恐怖の記憶をサジェストしてくる頻度が徐々に低下していく。FS91は詳しい原理は知らなかったが、恐らくは「この記憶は生存に不要だ」と無意識が学習してこの効果を生み出しているのだろう。

 

扁桃体抑制薬を切らしがちだったFS91が、この崩壊した世界で家計を支えるために編み出したライフハックであった。

 

「……休んでいる時の方が余計なことを考える余裕ができて辛いのです。だから仕事をさせて下さい、お願いします」

 

「えっぐい健康法だなオイ。……ま、確かに何もしないよりは何かしてる方が気が紛れる時もあるか。そんじゃほれ、これが今日の仕事ね」

 

転送されてきたミッションデータを確認すれば、内容は登戸コロニー近郊に紛れ込んだラプトル種の駆除任務であった。アサインされているのはFS91のみ、単独でのサーチ・アンド・デストロイにはかなり神経を使うので、FS91にとっては渡りに船の任務と言える。

 

「都合がいいですね。しばらく一人になりたい気分でしたので」

 

「一体何があったのよ……。いや、言いたくなかったら別に言わんで良いけども」

 

吐き出せば楽になる、そういう可能性もあるだろうか。FS91はそんな事を考えてしまった。

 

「……昨日、タチバナに誘われて小沢要塞の公衆浴場に行ったのです」

 

「へぇ、風呂屋に。デートスポットとしてはゴミみたいなチョイスね」

 

女として直裁な感想を述べるハナコさんを他所に、FS91は言葉を続けた。

 

「……男湯に入ってしまったのは失敗でした。……本当に、酷い目に遭いました」

 

「入ったの!? 男湯に!? そのスキンで!? え、つまりタチバナと一緒に!?!?」

 

「はい……」

 

「えぇ……」

 

消え入りそうな声を漏らす軽サイボーグの姿を前に、驚愕が一周回ったハナコさんは言葉を失った。

 

「その後、タチバナに"性的な恥"という概念を教え込まれました。……本当に、恥ずかしかったです」

 

「恥ずかしい目に遭わされたのか!? タチバナに!? 手取り足取り!? 風呂屋で!?!?」

 

「はい。結果的にそうなりました」

 

「……うわー、マージでアンタ、えぇ……? ヤっちまったってことぉ……??」

 

信じがたいものを見るようなハナコさんの視線に、FS91はその場でしゃがみ込みたくて仕方がなくなった。吐き出しても全然楽にならない上に、寧ろ逆効果であった。FS91は己の明らかな失策を心の底から呪った。恥を晒して楽になる心などある訳ないではないか。

 

「……仕事に、行ってきます」

 

「ああはい、うん、そうね。とりあえず行ってらっしゃいな」

 

事務所の淀んだ空気から逃れるように、FS91は武器庫へと歩み出す。そそくさとしたその背中を、ハナコさんは呆然と見送った。

 

FS91が部屋を去って数秒後、正気を取り戻したハナコさんは頭を抱えた。

 

「……いやー、いやいやいやいや。マジか、キューイチはもうちょっと真面目なヤツだと思ってたんだけど……、えぇ……? ん? ヤバいのはタチバナの方か、アイツが誘ったらしいし……、いや冷静に考えなくてもどっちもヤベェわ」

 

しばらくぼやいた後、ハナコさんは顔を上げた。そしてため息を一つ落とす。こうなっては、他にどうすることもできない。

 

「……これまでは黙っててあげてたけど、公衆の場でやらかしたってなったら……ほっとくって訳にもいかねーわよねぇ……、カンバラの社員として」

 

ハナコさんは振り返ると、事務所の壁を見上げた。壁面に掲げられているのは、株式会社カンバラ傭兵派遣の安全標語である。

 

"慌てず 急いで 正確に"

"安全第一"

"今年も目指そう戦死ゼロ"

"精密射撃と大火力 今日も目視でクリアを確保"

"かもしれない交戦"

"ストップみだりなバンザイ突撃"

"見敵必殺"

"護り合おう 互いの背中 戦友のため"

 

……そして数ある標語の中でも、最も高い位置に、デカデカと掲げられている言葉があった。

 

"職場恋愛 原則禁止"

 

「……アタシは社員としての報告義務を果たすだけだから、悪く思わないでよね。キューイチ、タチバナ」

 

呟くと、ハナコさんは本社直通回線の受話器を取り上げた。

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