古傷で引退した元英雄の俺、拾った少女に癒やされて再び空を舞う 作:古野ジョン
学生を戦争に駆り出す。その意味は決して軽いものではない。
ベルはともかく、エレナは本当に学校に入りたての新入生だ。まだまだ学ぶべきことはたくさんある。いくら魔術の才能に優れているからといって……このままでは死にに行くようなものだ。
もちろん、王国が戦争を始めない可能性だってある。そうなれば任務を解かれて学校に帰ることも出来るだろう。だが……アーヘンで睨みあう両軍が火花を散らす今、その見方は楽観的すぎるだろう。
考え込んでいると、戸を叩く音がした。校内の一室を借りて、ベルとエレナを待っていたのだ。
「シュトラウス学生とアーレント学生です」
「入れ」
「失礼します」
「し……失礼しますっ」
扉が開く。ベルは最近恒例の固い表情をしていたが、エレナは呼び出されて緊張しているようだった。俺はテーブルを挟んで向かいのソファに座るよう指さす。
「よく来てくれた。二人とも、席につけ」
「はい」
「うん……って、これなに? せんせー」
エレナは目の前に置いてある物体が気になったようだ。テーブルに置いてあるのは……便箋とペン。
「ベルにエレナ、二人には――『遺書』を書いてもらう」
「えっ」
「ふえっ?」
二人がハッとして顔を上げた。流石に予想外だったようで、困惑した表情を浮かべている。
「せんせー、どういうこと!?」
「お前たちに出撃命令が出た。明朝、汽車でレムシャイトを出発してもらう」
「そ、ソラさん!?」
「軍が特別に列車を仕立ててくれるそうだ。それで目的地に向かってくれ」
敢えて、淡々と告げる。俺は生徒たちを戦場に送り込むのだ。血で血を洗い、地獄としか形容することのできないあの場所に――可愛い可愛い教え子たちを突き落とすのだ。
別に、今まで何人もの卒業生を見送ってきたのだ。今更それで怖気づいたりしない。だが……未熟なままの生徒を送ることには強い罪悪感があった。校長のクラーラとて、それは同じことだろう。
「これは命令だ。軍の学校に入った以上、拒否権はない。家族や友人のために便箋に遺言を綴っておけ」
「せんせー……」
「ソラさん……」
二人はただただ呆然とするしかないようだった。ペンを手に取ることすら出来ていない。そりゃそうだろう。二人はまだ十代半ば。戦場に行って命を賭ける覚悟など、無いに決まっている。
数週間前、エレナは自分が人を殺したことに涙した。コイツに足りなかった覚悟は、残りの学校生活で身に着けるはずだったものだ。それすら学ばせないまま、俺たち大人は――
「せんせー」
「……何だ?」
「私、行くよ。せんせーがくれた命令なら、従う」
少し俯いていたエレナが、ゆっくりと顔を上げた。その表情には少しの迷いもない。むしろ……勇気すら感じる。
「ベル、お前はどうする?」
「……びっくりしましたけど、ここは従います。エレナさんを一人で行かせるわけにはいきませんから」
「ほんとー!? 良かったー!」
「ちょっ、エレナさん……!」
エレナは隣に座っていたベルに抱き着いた。その光景を見て、俺は安堵する。この二人の少女は、決して悲観していない。むしろしっかり現実を受け止め、前を向いている。
「話は済んだようだな」
「「うわあっ!?」」
その時、物陰に隠れていたクラーラが姿を現した。二人のことを心配していたから同席してもらったのだ。
「二人とも、これは栄誉あることだ。堂々と行ってくるがいい」
「は、はい!」
「ありがとう、校長せんせー!」
クラーラはさっきの憂いを隠して、にこやかに声援を送った。校長の自分が不安そうになれば、この二人も心配すると分かっているのだろう。教育者の鑑だな。
「だが……貴様らの教官は少し過保護なようだ。あくまで呼び出されたのは貴様ら二人だけなのにな」
「「えっ??」」
エレナとベルが二人してこちらを見た。俺は……どうしても、生徒たちだけを戦場に送り出すことが許せなかった。この足ではむしろ邪魔者かもしれないが、いざとなれば防御魔法で三人の身は守れるはず。
「お前らの『遠足』は俺が引率する。その遺書を破り捨てられるように、二人のことを守ってやるからな」
「せんせー……」
「ソラさん……」
二人とも、言葉を失ったように立ち尽くしていた。こうして俺たちは、アーヘン……いや、地獄の戦場に向かうこととなったのである。