四方世界の狩人【完結】   作:合間理保

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第1話

 狩人、と呼ばれる冒険者がいる。等級は銀。辺境の街のはずれにいつからか居を構えていた。

 美しい花の咲く、小高い丘に寄り添うような小さな家だ。

 彼はそこを工房と呼び、事実、そこには独特な武器と道具があふれかえっていた。

 

 彼は様々な武器や装束を使い分けていたが、周囲が『狩人』と言われ思い浮かべる姿はひとつだった。

 つまり、枯れた羽付き帽に口元を覆う防疫マスク、わずかに銀の装飾の光る黒い皮のコート、短銃、そして短柄の分厚いノコギリだ。

 

 闇に溶け込むどころか、闇から生まれ出たのではないかという男だった。

 

 周囲からは「死なず」だの「ウォーキングデッド」だの言われている。

 これは本人が冗談交じりに「あれを倒すときは三回死んだ」とか「五回殺されてやっとこれを狩り倒した」とか言うからだ。

 

 もちろん、人は一回死ねば終わりであるから、そのくらいの死線を潜り抜けたという冗句だと受け取られていた。

 

 さてそんな狩人だが、冒険者であるから、依頼を受け狩りに向かう心づもりでギルドに来た。そこに受付嬢が声をかける。

 

「狩人さん、お願いしたい依頼があるんですけど」

 

 おずおずといった調子の声色に、狩人はわずかに眉をひそめた。こういう時は面倒くさいことが多いと、少なくない付き合いの中で知っていた。

 

「なんだろうか。話は聞こう」

 

「ゴブリンです」

 

 受付嬢は単刀直入に返す。狩人は眼を細くした。

 

「それならば、わざわざ私が向かうこともあるまい。他に当てがいるだろう」

 

「いないからこうして頼んでるんですよぅ」

 

「依頼のより好みか、単純に人手不足か。いずれにせよ大変なことだな」

 

 報酬も少なければ、得られる名誉も少ない。冒険者にとってゴブリン退治は全く割に合わない依頼だった。

 とはいえ何も依頼を受けないよりはマシだ。狩人が動かずとも、いずれ誰かがこなすはずだ。

 

「なぜ私に話を持ってきた」

 

「急ぎと言いますか、念のため動いておきたいと言いますか……。消息を絶った隊商がありまして」

 

「なるほど。ゴブリンに襲われたかもしれない、と」

 

「はい。安否確認を含めて調査をお願いしたいんです」

 

「ふむ」

 

 狩人はあごに手をやる。ゴブリンは弱い。弱いからこそ群れを作り、群れを作った獣ほど面倒なものはない。

 

「狩人さん、ゴブリン退治、お願いできますか?」

 

「わかった。私が出向くとしよう」

 

 こくりと頷いて、狩人はギルドを後にした。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 受付嬢は大げさに隊商と言っていたが、その実態は二台の荷馬車だけだった。商人と数名の護衛の低級冒険者。これならば小規模なゴブリンの群れでもなんとか襲えるだろう。

 

「これはうまく使われたかな」

 

 あの受付嬢め、申し訳なさそうな顔をして、なかなかしたたかだ。

 とは言え受けた仕事は仕事だ。きっちりこなさなければならない。

 

 最後に連絡の取れた時点から、ゆうに二週間は経っていた。到着するはずだった村に聞き込みに行ったが、やはりまだ着いていないと聞けた。

 馬車が通る予定だった道を逆走するように歩く。

 

 するとじきに荷馬車は見つかった。木々に囲まれた道で、その残骸だけが打ち捨てられていた。

 荷は荒らされ、馬はとうに死に絶え、野生動物に食われたのか、骨とわずかな血肉が残るばかりだった。人の気配は全くない。

 

「さて、事故か、野盗か、ゴブリンか」

 

 狩人は残骸の周りを検める。

 事故ではないだろう。森の中で落石に巻き込まれたわけでもあるまいし、人が消えているのもおかしな話だ。

 

 では野盗の類だろうか。そうであるならば、馬や荷台もそっくりそのまま持っていかれているはずだ。こんな大きな財産を見逃すはずがない。

 

「ならばゴブリンか」

 

 そう思って周囲を観察すると、乾いた血の跡が地面に点々と付いていた。どうやら戦闘か何かがあったようだ。

 血痕は森へと続いている。それと共に何かが引きずられた跡が付いている。ただの荷物かそれとも人か。

 

「さてはて、何が出てくるだろうか」

 

 呟き、狩人は森の中に足を踏み入れた。

 

 痕跡をたどり、森の中を行けば、やがて崖のような急斜面が見えてきた。そこに動く何かを見つける。

 狩人は木々の陰に身を隠した。

 

 ゴブリンだ。

 

 二匹のゴブリンが崖にある洞窟の前に立っている。ぎゃあぎゃあと互いにしきりにわめいているが、こちらに気づいた様子は無い。

 ここが巣の入り口で、やつらは見張りのつもりなのだろう。

 

 さて、どうしようかと狩人は思考を巡らす。

 

 日はまだ高く、ゴブリンは夜行性だ。ならば巣の中もさほど活発ではないだろう。そう思い、襲撃をかけることにした。

 

 まずはあの二匹だ。

 短銃は使えない。あれはひどく大きな音が立つ。巣の中のゴブリンに異変があったと気付かれてしまう。

 ノコギリを用意し、石を手にする。

 

 ゴブリンのうちの一方の頭に石を思いきり投げつけた。石が当たったゴブリンは大きくよろめく。他方が慌てているうちにノコギリを手に素早く襲い掛かる。そちらを一刀で仕留めたところで、最初のゴブリンが体勢を立て直した。

 

 踵を返し巣の中に逃げようとしたが、その隙は与えない。

 短柄のノコギリでは届かない。しかし狩人は構わず武器をふるった。すると、遠心力で武器の機構が作動する。折りたたまれたノコギリの刃が展開され、武器が長柄の鉈へと変形する。

 

 並べた歯で手元を抉り斬るのがノコギリならば、少し離れたものを重さに任せ叩き切るのが鉈だ。

 

 狩人の武器は、二つの性質を併せ持ち、変形する仕掛け武器だった。

 

 振るわれた鉈がゴブリンの背を叩く。地面を転がり動かなくなった。

 声を上げられる間もなく、二匹を仕留めた狩人は慎重に洞窟の中に入っていった。

 

 松明の明かりが、狩人の影を壁に映し出す。彼は左手に持った火を頼りに静かに洞窟を進んでいた。明かりによってゴブリンに気づかれる可能性はあるが、真っ暗な中、夜目が効くわけでも無し、仕方なしに火を持っていた。

 

 と、光に気づいたゴブリンが奥からやってきた。それが警戒の声を上げるより早く、ステップを踏み一気に近づく、そしてその口に松明を突っ込んだ。

 ゴブリンは悲鳴を上げることもできず口内から焼かれ、手足をばたつかせる。じきに体から力が抜け息絶えた。

 

 狩人は死体をそのままにして先に進む。

 死体はいい。もし進んだつもりの道の先に死体を見つけたら、それは何よりの証となる。

 自分はここを通ったことがある、と。パンくずを落としていくよりなにより、分かりやすい目印だった。

 

 狩人は目印を作りながら洞窟を進んでいく。分かれ道も少なく、罠もなく、大した苦労もせず最奥までたどり着いた。

 

 群れの長と思しきゴブリンを踏みつけ、あたりを松明で照らす。他のゴブリンの気配はない。道中で十数匹ほどのゴブリンを狩ったが、これで最後の一匹のようだった。

 

 醜い悲鳴を上げ暴れようとするゴブリンに、狩人は容赦なくノコギリ鉈を振り下ろした。

 

 動かなくなったことを確認し、返り血を払う。そこでようやく彼は思いいたった。

 

 はて、商人と冒険者はどこに行ったのだろうか。

 

 ここまでそれらしき痕跡も遺体もなかった。もしやすべて奴らの腹の中だろうか。いや、それにしたって衣服などは残るはずだ。

 

「ふむ」

 

 耳を澄ませ、目を凝らし、鼻を利かす。するとわずかな臭いが狩人を撫でた。

 血と、汚濁の臭いだ。

 臭いをたどり壁に近づく。よく見れば、岩によって隠された小さな穴があった。どうやらこの洞窟はまだ奥があるようだ。

 

 腰をかがめ穴をくぐる。

 

 真っ先に目に入ってきたのは、見開かれた瞳だった。

 恐怖と、苦痛にゆがんだ男の顔がそこにはあった。口はだらしなく開き、ゴブリンにいたぶられたのだろう、打ち据えられたと見える体はあり得ぬ方向に曲がり、指は千切れていた。

 

 ゴブリンに連れ去られた哀れな者の末路だった。小部屋といえるそこには、他にも数名の遺体があった。くだんの商人と冒険者たちだろう。血と汚物にまみれ、いずれも酷いありさまだった。

 

 認識票や遺品などがあればいいのだが。

 そう思い遺体を漁っていた狩人の耳に、小さな呼吸音が入ってきた。

 

 見れば、一人の女が汚濁の中に倒れている。なにも身に着けていない体は傷だらけで、もはや何かわからない液体にまみれている。どこを見ているかも分からない目をしていたが、確かにその胸は動いていた。

 

「生き残りか」

 

 狩人が近づくも、なにも応えはない。その女は確かに生きていたが、かろうじて生きているだけだった。ゴブリンの被害にあった者の運命は悲惨だ。特に女は殴られ、斬られ、弄ばれ、人としての全ての尊厳を壊しつくされるのだ。彼女のような状態になるのも無理はない。

 

 狩人は見つけた遺品と共に彼女を洞窟から連れ出した。

 

「ああ、これはだめだ」

 

 太陽のもとで地面に横たえた彼女を見て、すぐに狩人はそう判断した。怪我がひどい。もってあと一時間だろう。

 

「おい、聞こえるか。おい」

 

 目の前で手をひらひらと動かすも、その目は少しも反応しない。やがて狩人はため息をついた。

 

「仕方なしか」

 

 呟き、狩人はどこからか大鎌を取り出した。葬送の刃と呼ばれるその武器は、人を人として送るための仕掛け武器だった。

 星に由来する隕鉄が含まれたそれによって一思いに撫で切ることで、獣ではなく人として弔うのだ。

 せめて安らかに眠り、二度と辛い悪夢に目覚めぬように、と。

 

 せめて、彼女の死後が安らかであるようにと介錯すべく、大鎌の刃を女の首にあてがう。隕鉄が鈍く太陽の光を照り返した。

 

「あ、う……」

 

 その光を目にしたからだろうか、そこで女の口から細い声が漏れた。狩人は眉をピクリと動かす。

 

「おい。生きてるか」

 

 問いかけるも、応えはない。だがしかし、その目は確かに隕鉄の光を映していた。

 小さな息が女の口から漏れる。

 

「い、き……」

 

 生きたいと、狩人の耳には確かにそう聞こえた。だから思わず目をつぶったのだ。

 

「もう無理だ。お前の体はもう持たない」

 

「や……あ」

 

 その女の瞳が狩人の顔を捉える。その目を見て、かすかに光が灯っていることを感じた。狩人はしばらく黙って、それから問いかけた。

 

「血にまみれ、穢れにまみれ、ありとあらゆる罪をすすり、それでもなお生きたいか」

 

「生、きた……い」

 

 狩人は長く長く息を吐いた。本当にどうすべきか悩んだ末、結局彼は行動に移した。

 

「お前はもう無理だ。助ける方法はない。普通の手段ならな」

 

 狩人は懐から輸血液を取り出した。容器の中でどろりとした赤黒い液体が波打つ。注射針を用意した。

 

「だがここに、尋常じゃない手段がある」

 

 狩人は女の脚に針を差し込んだ。皮を破り肉を突き刺し、女の体に輸血液が入ってくる。

 

 

 

「だから、君。まずはヤーナムの血を受け入れたまえよ」

 

 




続くかもしれないし続かないかもしれない
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