四方世界の狩人【完結】   作:合間理保

10 / 17
第10話

 水の街は水運交易の要衝ともいえる街である。

 

 街を縦横に水路が通り、その地下にもまた下水道が張り巡らされているという。

 街を移動する際は歩くほか、舟での移動も容易だし、それが街に暮らすものの手軽な足となっている。

 

 その話を街へ向かう馬車の中で聞いた時、狩人はわずかに顔をしかめた。

 

「私、泳げないから落ちたらよろしくね」

 

「おや、狩人殿にも不得手がおありか」

 

 意外ですな、と蜥蜴僧侶が笑う。自分の弱みを晒すようでなんともこそばゆいが、何ができ、何ができないのかを把握されることは大事なことだ。

 けれど、やはり何とも据わりが悪いので言い訳のように付け加える。

 

「私だけじゃなくて、古狩人も泳げないわよ」

 

 人を水に入れれば沈む、とさも子どもが教わる算術のように言っていたことが印象深い。

 それを聞いて妖精弓手がにたりと笑った。

 

「へえ、あの古狩人にも苦手があるなんてねえ」

 

「人だもの。そのくらいあるわよ。……あと蜘蛛が嫌いって言ってたわね。赤いやつ。黒いのはいいらしいわ」

 

「赤い蜘蛛ぉ?」

 

 なんでまた、と妖精弓手が首をかしげたので、狩人も首をかしげて、さあと答えた。

 

 と、そんな話をしていれば、やがて馬車は水の街のすぐ側まで着いたようだ。

巨大な門をくぐれば、白を基調とした街並みが目の前に広がってくる。話に聞いた通り、道路と水路が並走し、水路には幅の狭い舟が行き来している。

 道沿いには屋台のような店もいくつかあり、賑わいを見せている。

 

 辺境の街とは違った賑やかさだと思った。

 

 至高神の神殿は、街の中央にそびえ立っている。依頼主はそこにいるということだ。依頼の封筒を見せれば通してもらえるらしい。

 神聖さを感じさせる神殿を前にして、女神官が錫杖を握り直した。

 

「あの、ゴブリンスレイヤーさん。今回の依頼人は至高神の司祭様ってことでいいんですよね」

 

「いや、大司教だ」

 

 こともなげに言う彼に、女神官は思わず身を強張らせた。

 大司教……?

 

 行くぞ、と歩き出すゴブリンスレイヤーに一党が付いていく。遅れた女神官も慌てて駆け出した。

 手にした錫杖を再度強く握りしめる。

 

 大司教ってことは……剣の乙女様?

 

 困惑を抱え、けれどもそれ以上の高揚感を持って、女神官は門から入っていった。

 

 

 話の通り、一党はあっという間に奥まで通された。ほとんど検査らしい検査も受けていない。

 その待遇を見るに、やはり大司教からの依頼というのは本当のように思えた。

 

 神殿の最奥、彼女は悠然と立っていた。こちらに背を向けていた彼女は、足音に気づいたようで、ゆっくりと振り返る。

 

「あら、ようこそいらっしゃいました。冒険者の一党様」

 

 白く露出の高い神官衣に、手に持つ天秤剣が神職たる威厳を放っている。目元を隠す瑕疵のような黒い布も彼女の神聖性のひとつにすら思える。

 至高神の大司教、金等級の英雄、剣の乙女その人だった。

 

 その姿を見て、狩人のほうに鉱人道士の視線が飛んできた。

 真っ黒のお前さんとは真逆じゃの、とでも言いたげだったので、軽く睨んでやった。彼が肩を竦める。

 

「そちらからの依頼で来た」

 

 単刀直入にゴブリンスレイヤーが声を上げる。不遜とも取られかねない態度に、女神官が慌てて前へ出た。

 

「あの……お初にお目にかかります。剣の乙女様。私たち依頼を受けてやって参りましたゴブリンスレイヤーとその一党です」

 

 幸い、ゴブリンスレイヤーの態度を気にした様子もなく、剣の乙女はくすりと笑った。

 

「ええ、ええ。お待ちしておりましたわ。それで……」

 

「依頼の話だ。ゴブリンはどこだ」

 

 ゴブリンスレイヤーの態度はいつも通りだ。その姿勢に鉱人道士が口元をニヤつかせているが、女神官は気が気ではない。

 剣の乙女もさすがに少し驚いた様子を見せる。

 

「談笑をしている暇があるならそれで良い。だが、俺のもとに話が来たということはそうではないのだろう」

 

 その言葉に、彼女は口を引き結んだ。

 

「ええ、そうですわね。依頼の話に参りましょう」

 

 

 始めは夜に出向いた使者の女性が殺されたことだった。生きたまま切り刻まれ、路地裏に打ち捨てられていたという。

 警吏に巡回を増やすなどをさせるも効果はなく、押し込み強盗や、辻斬り、婦女暴行、子どもの誘拐など、治安は悪化するばかりだった。

 

 そんな中、ひとりの冒険者が、暗がりで女性を襲っている人影を倒したという。その小柄な影こそが、

 

「ゴブリンだった、というわけか」

 

 剣の乙女がこくりとうなずく。狩人はアゴに手をやった。

 

「一連の犯行がゴブリンの仕業だと?」

 

「はい。そう見ていますわ」

 

 そこで女神官が疑問を上げる。

 

「でも、どこからゴブリンが入ってきたんでしょう」

 

「おそらく地下の下水道かと。迷路のように張り巡らされていますわ。侵入するにも、隠れ住むにも最適でしょう」

 

 剣の乙女の返答はよどみない。まるでゴブリンの住処まで分かっているのかのようだ。

 そうなると当然疑問が浮かぶ。それを問うたのは蜥蜴僧侶だ。

 

「そこまで分かっているのなら衛士なり軍なりを動かせばよいのでは? 市街に多くの被害者が出ております。管轄外というわけではありますまい」

 

「もちろん提言はしたのですが……」

 

「ゴブリンごときに、か」

 

 ゴブリンスレイヤーが息を吐く。いつものことだった。ゴブリン退治ごとき、冒険者の仕事だと考えているのだろう。

 

「はい。それで冒険者を向かわせたのですが、帰って来ず……。その時辺境の勇士、小鬼殺しの詩を耳にしました。それで、あなたがたに依頼を出したのですわ」

 

 詩? と疑問を上げ、やり取りをするゴブリンスレイヤーたちをよそに、狩人は口を覆うように手をやった。顔を伏せがちにして、目だけを下から見上げるように剣の乙女を見やる。

 

「ねえ、あなたはどうなの? 金等級の冒険者さん。ゴブリンごとき、文字通り掃いて捨てるようでしょ」

 

「……ええ。ですが、大司教という立場を預かった以上、軽々に動くわけにもいかず……」

 

 答えには、少し間があった。狩人は再度顔を伏せ、考えこむ。その様子を不審がった女神官が声をかけようとしたところで、彼女は剣の乙女のほうを向いた。

 

「ええ。そうよね。野暮なことを聞いたわ。忘れてちょうだい」

 

 剣の乙女が胸の前で手を握る。そうして意を決したようにゴブリンスレイヤーのほうを向き直った。

 

「皆様、どうか私たちの街を救ってはくださいませんか」

 

「俺に街は救えん。だが、ゴブリンは殺そう」

 

 ゴブリンスレイヤーが地図を受け取る。複雑だ。気を抜くとすぐ迷ってしまうだろう。蜥蜴僧侶が地図を引き取る。彼が現地点の把握と、地図への書き込みを担ってくれることになった。

 

 進入口は神殿の井戸がいいだろうとのことだ。

 

 進入、索敵、掃討。

 

 ゴブリンスレイヤーの言う目的と方法は簡素だ。

 それは驕っているからではなく、そうしなければという強い意志の表れだ。

 つまり、いつも通りだ。

 

「ゴブリンは殺す。ひとかけらたりとも逃さずだ」

 

 そうして、一党は部屋を辞した。井戸へ向かう狩人と女神官に剣の乙女が声を掛ける。

 

「あの、依頼人たる私が言うのもおかしな話だとは承知なのですが……恐ろしくはないのですか?」

 

 問いに、二人は顔を見合わせる。それから狩人が答えた。

 

「恐ろしいわ。けど私は狩人だもの。恐れてばかりで足を止めるわけにもいかないわ」

 

「はい。それに頼りになる仲間がいます。私たちならきっと大丈夫です」

 

「狩人……。仲間……。ええ、そうですわね。あなたがたならきっと大丈夫ですわ」

 

 ご武運を祈ってますわ、彼女は手を組んだ。

 

 一党は井戸を前にした。

 ゴブリンスレイヤーが縁に手をかけ、降りようとしたところで、狩人が彼の肩を叩く。耳元に顔を寄せた。

 

「なんだ」

 

「剣の乙女だけど、彼女、何か隠しているわよ」

 

「ああ。彼女の話にはおかしい点がある」

 

 が、それがなんだ、とゴブリンスレイヤーは狩人を見た。

 

「謀が有るかなど関係ない。そこにゴブリンがいるなら、俺はそいつを殺しに行くだけだ」

 

「ま、私も大概そういうのは苦手だけど、一応注意しておくわ」

 

 変わらぬ彼の様子に、狩人は肩をすくめた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 地下水道に入ってすでに三度のゴブリンによる襲撃を受けた。ゴブリンスレイヤーたちはその全てを全滅させている。

 妖精弓手の矢がゴブリンの頭を貫き、今回の襲撃も全滅させた。

 

 彼女はゴブリンから矢を引き抜き回収する。それを見た鉱人道士がニヤニヤと笑った。

 

「耳長も学習しとるの」

 

「この様子じゃ長期戦になりそうだからね。使い回さないと手が足りなくなるわ」

 

 然り、と蜥蜴僧侶がうなずいた。

 

「しかし、街の下でここまで小鬼どもが増えているとは……。上で寝起きしている者は夢にも思いますまい」

 

「確かにそうじゃのう。餌も豊富そうじゃが、こんなに増えるもんかいの」

 

 鉱人道士が頭をかく。と、その頭に雫が落ちてきた。

 は? と間抜けな声を上げ、上を見てみる。すると次々と天井から水がしたたり落ちてきた。

 一党は慌てて松明からランタンへ火を移す。

 狩人は三角帽を直した。

 

「雨? 地下で?」

 

「と言うよりも、上で降った雨が地下に浸水しているのでしょうな。それで……」

 

「ちょっと待って」

 

 蜥蜴僧侶を妖精弓手が手で制す。彼は素直に口を閉じた。妖精弓手は耳を動かし、辺りを見渡す。

 

「雨音に混じって水の音がしているわ。なにか大きなものが水路を通っている感じよ」

 

 あっち、と水路の先を指さす。

 

 一党は近づいてくる何かに備えた。すると確かに水路から大きな影が近づいてきた。

 組み合わされた木材の塊。その上に複数のゴブリンがたむろしている。そのうちのふんぞり返っている一体が、こちらを指さし耳障りな声を上げた。

 

「ゴブリンの舟ぇ!?」

 

 おおよそ信じられない光景に、妖精弓手が口を開ける。

 船上のゴブリンが弓を射掛ける。女神官が聖壁でそれを防いだ。

 

「おい、かみきり丸! ゴブリンが舟なんて使うんかいの!?」

 

「詮索は後だ。乗り込んで掃討する」

 

 言うやいなや、ゴブリンスレイヤーは小剣を投げつける。飛んでいった小剣は、指示を出していたらしいゴブリンの頭を叩き割った。

 

「まずはひとつ」

 

 続けざまに彼は小さな壺を舟へ投げつける。壺が割れ、中から粉末が舞い散る。唐辛子の粉でも入っていたのか、ゴブリンたちが目や喉を押さえ悲鳴を上げた。

 

 無手になったゴブリンスレイヤーに蜥蜴僧侶が竜牙刀を渡す。

 二人で舟に跳び乗った。

 混乱の中にある一団を次々と斬り伏せる。

 なんとか態勢を立て直したゴブリンが背後から襲いかかった。

 しかし、轟音とともにそのゴブリンは吹き飛ぶ。

 狩人の短銃だった。

 

「悪いけど、援護だけにさせてもらうわよ!」

 

 水は苦手だ。妖精弓手や鉱人道士とともに射撃に専念し、船上での戦いは彼らに任せよう。

 

 狭い舟だから、大柄な蜥蜴僧侶が尾を振るえば、ゴブリンたちは容易に水中へ叩き落される。と、そこで妖精弓手の耳が他の水音を捉えた。水の中を、音が急速に近づいてきていた。

 まずい、と直感し彼女は声を張り上げる。

 

「何か来るわよ! 退避して!」

 

 慌ててゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶が舟から通路に跳び移る。その直後、舟がバラバラに砕けた。

 鉱人道士が目を見開いた。

 

「なんじゃい!?」

 

 巨大な顎が舟を噛み砕く。溺れるゴブリンをさらにその口が飲み込んだ。ゴブリンどころか人さえ丸呑みにできそうな白いワニだ。

 

沼竜(アリゲイタ)!?」

 

 女神官が悲鳴を上げる。呆然とする一党の前で、ゴブリンが次々と喰われていく。

 やがてゴブリンを喰い終わったのか、沼竜の視線がこちらを捉える。ばっちりと目が合い、一秒、二秒、

 

「逃げるわよっ!」

 

 妖精弓手の声で、弾かれたように一党は駆け出した。

 むろん、沼竜は追いかけてきている。

 地下水道は水路に沿うような通路しかない。地上に出るほか逃げ道はなかった。

 女神官が走りながら、

 

「どうして沼竜がこんな所にいるんですか!」

 

「いいから走りなさい! ねえ狩人! なんとかしなさいよ! 狩人でしょ!」

 

「陸地ならなんとかしてみせるわ! アレ相手に水の中は自殺行為よ!」

 

「鱗の! ありゃお前さんの親戚じゃろ! 止まるよう言ってくれい!」

 

「拙僧、出家して以来親戚付き合いが無く……。かような親戚見たことございませぬ!」

 

 沼竜が水中から跳び上がり噛み付いてくる。一党も跳びはねるようにしてなんとか交わした。

 沼竜は一旦水に戻り、虎視眈々と攻撃の隙を伺っている。背後から水をかき分ける音が追い立てる。

 また妖精弓手がぴくりと耳を動かす。

 

「他にも何か来る! 前方! 複数!」

 

 目を凝らせば、ゴブリンの舟が近づいてきていた。

 

「このままじゃ挟まれるわ!」

 

「いや、ちょうどいい。やつらを使おう」

 

 言って、ゴブリンスレイヤーが一党を脇道へ手招いた。

 

 

 聖光(ホーリーライト)の光が沼竜の背後を照らす。

 ゆらゆらと揺れる光に、ゴブリンたちはものの見事に食らいついた。舟の速度を上げる。愚かな冒険者の光だと思って近づいてみれば、そこにいたのは恐ろしい沼竜だ。

 

 目の前に出てきたゴブリンを見逃すほど、沼竜も穏やかではない。舟に噛みつき、身体を捻るように回す。

 舟が千切れ、ゴブリンは水路へ投げ出された。

 

 悲鳴をあげ襲われるゴブリンたちを脇目に、一党は地下から抜け出した。

 

 

「光を餌に小鬼めらを食いつかせるとは……。小鬼殺し殿も考えましたな」

 

「やつら、冒険者は光を灯すものだと学習している。だからこその手だ」

 

 地上に戻り、元の神殿を目指す。だいぶ地下をうろついていたようで、街の外れの方まで来ていた。

 

 狩人がアゴに手をやる。

 

「しかしゴブリンの舟に、沼竜ねえ。平和な街の下にとんでもない地下が広がっていたみたいね」

 

「そうじゃ、かみきり丸。ゴブリンが舟なんて使うんかいの?」

 

「……。自然には使わない。やつら、物を創るという思考がない」

 

 女神官が一歩近づいた。

 

「それじゃあなんで……」

 

「自然に舟を作るという発想は出てこないが、作り方を教われば真似はできる」

 

「教われば、ってことは……」

 

「ああ。ゴブリンたちは偶然紛れ、自然に増えたわけじゃない。何者かが裏で手を引いて、ゴブリンを増やし、使っているようだ」

 

その恐ろしい推論に、女神官はゴブリンスレイヤーを見やった。




おまたせしました
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。