湯浴み場で事件の裏側を知った翌日、狩人はゴブリンスレイヤーらとともに二度目の地下探索に向かった。
結局、その裏側については誰にも話していない。ゴブリンを操っていた者はもういないという話だし、そうであるならば、やるべきことは変わりない。
ましてや、彼女の傷には触れるべきではない。
結局、やらなければいけないことは依頼された通りだ。地下水道に巣食うゴブリンの掃討。それに変わりはない。
地下への入口の前で一党が集まると、ゴブリンスレイヤーは何かを手に持っていた。女神官が不思議そうにそれをさす。
「なんですか、それ。鳥かごですか?」
「ああ、カナリアだ」
端的に答え、それで終わりだとばかりに進もうとするゴブリンスレイヤーを妖精弓手が引き止めた。
「いや待ちなさいよ。なんでカナリアなんて連れてくの?」
「鉱夫から聞いた話だ。カナリアは敏感で、俺たちの気づかない毒気にも機敏に反応する」
「毒気対策ってこと? 下水道でそんなことがある?」
「普通はないだろう。だが、ゴブリンを使役している者がいるとなれば話は別だ。人の手による罠の類があるかもしれない」
なるほど、妖精弓手がうなずく。蜥蜴僧侶も同意した。
「ただのゴブリンの群れと思わないほうが良いでしょうな。気を付けて参りましょう」
うなずきあって、一党は地下に潜った。
未探索の地点を目指し一党は進む。幸いにして、沼竜とは遭遇しなかった。出会ったゴブリンを殺し、先へと進む。それにしても、と狩人は思う。
「複雑ねえ。これ本当にただの下水道?」
血を払い、うんざりとした色を隠さず首を鳴らした。
「もとは別の施設だったのでしょうな。拙僧も地図がなければ泣き言を上げていたでありましょう」
女神官が壁画を見る。
「装飾を見るに、地下墓地かなにかですかね?」
「かもしれんのう。慰霊の地も今やゴブリンの巣かい」
侘しいことじゃな、と鉱人道士が首を振った。
言いつつ一党が先に進めば、大きな扉が見えてくる。ゴブリンスレイヤーが妖精弓手にその扉を確認させた。
両開きの門で、閂を通すための金具が、大きな取っ手のようにも見えた。
「扉に罠の類は無さそうね。けれど中の様子は分からないわ」
「かみきり丸、開けるぞ。そっちの扉を頼むわい」
鉱人道士が扉に手をかける。反対側をゴブリンスレイヤーが押した。
きしんだ音を立てて扉が開く。中はかなり広い。石棺がいくつもあり、やはり共同墓地の遺跡らしく思えた。
その部屋の中央、何かが鎖に吊るされている。
両手首を吊られ、長い髪を垂らした女らしき影だ。
まだ生きているかもしれない。そう思った女神官が駆け寄ろうとする。それをゴブリンスレイヤーが留めた。
ずるり、と女の髪が落ちた。その下から現れたのは虚ろな眼窩だ。ひび割れた髑髏があらわになる。すでに白骨化した死体だった。
罠だ、と思った時には、すでに背後の扉が勢いよく閉められていた。
蜥蜴僧侶が扉を開けようとするもびくともしない。そこで狩人は思い出す。
閂で外から錠をされてしまった。
「まずいわよ。閉じ込められた」
狩人も蜥蜴僧侶に手を貸し、扉を開けようとするが、やはり閂をされているようで木がぶつかる音が響くだけだった。
その時、ゴブリンスレイヤーの持つカナリアが騒ぎだした。
さらに耳をすませば、空気が流れるような音が部屋の周りから聞こえてくる。
「毒気!?」
女神官が辺りを見渡す。罠の装置のようなものはない。音は壁のひび割れた個所から出ているようだ。
「外から毒を流し込まれています!」
慌てて部屋の中央に寄る。死体の眼窩がじっとこちらを見ているようだった。
「いかがいたしますかな。小鬼殺し殿」
「まずはこの炭を布に入れて口に巻け。多少の浄化作用がある」
「この丸薬もあげるわ。解毒できる。予防のためのものじゃないから、きつくなったら飲んで」
布を巻いた皆に、狩人が白い丸薬を手渡した。しかし、いまだカナリアは騒ぎ立てている。毒気そのものを何とかしなければ遅かれ早かれだろう。
ゴブリンスレイヤーが袋を取り出した。中身を見た鉱人道士が、おお、と感心の声を上げた。
「次はこれだ」
「セメントか! 穴を塞げるコンクリートができる!」
「直ぐに乾くわけではないが、効果はあるだろう」
「なに、風化の術には心得がある。任せとくれい」
そういうことならば、と妖精弓手が袋をひったくった。
「行くわよ、ドワーフ! 私が穴を見つけるから塞いで!」
二人で壁に向かい駆けだした。残った四人は顔を見合わせる。
「して、小鬼殺し殿。拙僧らはどうしますかな」
「扉を塞ごう。毒気が効かないと分かれば、やつら突入してくるはずだ」
「そうね。みんなで棺を動かしましょう」
四人で協力して手近な石棺を扉の前に持っていく。四人がかりで何とか動いた重さだ、そう簡単には扉を開けることもかなわないだろう。
妖精弓手と鉱人道士が戻ってきた。
「穴は塞いだわ。あとは向こうの出方を待つしかない」
「ああ、毒気が逆流していくつかは死ぬだろうが、それで終わりということもないだろう」
そうしていると、カナリアが静かになった。毒気は治まったようだ。
かわりに、扉が叩かれだした。
「やつら入ろうとしてるわよ」
狩人が短銃を、妖精弓手が弓を構えた。
石棺がある。ゴブリンは小柄で非力だ。そう簡単に開きはしまい。
石礫を用意し侵入に備える。扉を殴る音がやみ、その後、一層大きな音で扉が殴られた。
「でかいのがいるようじゃぞい!」
「ああ、ホブか、あるいは……」
先程までとは違い、もしかしたら扉が壊れてしまうんじゃと思わせるほどの音だ。
いよいよかもしれない。
何処かで、賽の振られる音がした。
ついに、扉に亀裂が入る。その隙間からゴブリンが醜悪な顔を覗かせた。亀裂を引っ張り、侵入口を開こうとする。徐々に隙間が大きくなる。
そこに無理やり体を突っ込んだゴブリンの頭を、狩人の銃弾が貫いた。
死体で穴が塞がれたが、それも一時的だ。死体ごと穴を叩き、隙間を広げようとしている。
さすがに狩人も、おいおい、と声を漏らした。
叩き潰され、ぐちゃぐちゃになったゴブリンの死体が外れると、穴は少し広がったようで、ゴブリン一体分くらいが通れる大きさになってきた。
そこからゴブリンが競争するように侵入してくる。投石と矢で対応するが、その間にも穴は拡げられようとしている。
このままではいずれ圧し潰されるだろう。
そこで、穴に大きな手がかかった。ゴブリンとは思えない大きさだ。その手が、扉を引き裂く。穴が一気に広がり、ついに扉は破られた。
そこから現れたのは、巨大なゴブリンだ。いや、本当にゴブリンだろうか。
少なくとも狩人は、以前出会ったオーガの近似種だと言われても信じそうである。
「ゴブリンチャンピオンか……」
ゴブリンスレイヤーが呟く。本当にゴブリンらしい。
しかしこれはまずい。閉所での数攻めだけでも劣勢だと言うのに、上位個体まで紛れ込んでいる。
「ああもう! 小さいのが邪魔だわ!」
殺到するゴブリンを斬り伏せながら狩人が声をあげる。前衛を狩人、蜥蜴僧侶、ゴブリンスレイヤーで務め、聖壁を張った背後から鉱人道士と妖精弓手が援護する。
しかし、その数のせいで、一党は半ば分断されつつあった。
互いの援護が難しい。その中でゴブリンスレイヤーのほうにチャンピオンが向かった。周りのゴブリンが巻き込まれるのにも構わず、手に持った金棒を振り回す。
ゴブリンスレイヤーはなんとかかわしている。しかしそれもいずれは限界がくるだろう。
彼の武装では巨体のチャンピオンに致命傷を与えづらい。徐々に押されつつある。
何処かで、賽の振られる音がした。
そして、その時はあっけなく訪れた。縦に振られた金棒をゴブリンスレイヤーは横にかわす。
地面に叩きつけられた金棒を、チャンピオンは斜めに蹴り上げた。その勢いを利用して、回避直後のゴブリンスレイヤーを打ち据えた。
ゴブリンスレイヤーが壁まで吹き飛ぶ。勢いよく叩きつけられ、そのままずるりと崩れ落ちた。
「ゴブリンスレイヤーさん!」
女神官の悲鳴が響く。そして、聖壁が破られた。後衛のもとにゴブリンが詰め寄る。狩人と蜥蜴僧侶が助けようとするも他のゴブリンに邪魔をされ対応が追いつかない。
ついに、妖精弓手が組み伏せられた。複数のゴブリンにのしかかられる。必死に抵抗するも、衣服に手がかかり無理やり破られた。
その時、耳をつんざく悲鳴が上がった。
ただの悲鳴ではない。人の喉から出たものとは思えない獣のごとき咆哮だ。
見れば、狩人が口元に何かを当てて、叫びを上げたようだった。
その咆哮の音が圧となり、狩人の周りのゴブリンが弾き飛ばされた。その隙を逃さず狩人は妖精弓手のもとに駆けよる。
再度の咆哮。
妖精弓手に乗っていたゴブリンたちが弾き飛ばされる。すぐに倒れ伏している妖精弓手を引っ張り上げた。
「立て直すわよ! いける!?」
「え、ええ! 大丈夫よ!」
問いかけに妖精弓手は気丈にうなずく。彼女はナイフを手に取った。もはや弓の間合いではない。殺到するゴブリンを射抜く暇もない。近接戦闘で切り抜ける他なかった。
あのデカブツをどうにかしなければ、と狩人が周囲に目を向ける。しかし、その時にはすでにゴブリンチャンピオンは女神官のすぐそばに居た。
短銃を放ったが意にも介さない。やつは片手で女神官を掴み持ち上げる。
絶望に染まった彼女の顔がいやに鮮明に見えた。
ゴブリンチャンピオンは牙の並んだ口を大きく開ける。そして勢いよく彼女の上腕を噛みちぎった。
女神官が痛ましい悲鳴を上げる。
えぐられた腕から血が噴き出る。
ゴブリンチャンピオンはその様を、顔をいやらしく歪めて眺めていた。
一刻も早く助けなければ。そう思うのに、わらわらとゴブリンが邪魔をする。
もう一度咆哮を、と思ったところで、地の底から響くような声が耳に届いた。
「何もできない。そんなのはごめんだ」
いつからかそこにいたゴブリンスレイヤーが、チャンピオンの背中に飛びつく。手に持った長い紐のような何かで首を絞め上げた。
白骨死体に乗せられていた髪の毛だった。
暗殺者は絞殺に髪を撚ったものを使用したという。
丈夫で、どこにでも持ち運べる。
だが、これは古い髪だ。きっとすぐに切れてしまうだろう。そんな思いをよそに、彼の手の髪はきつくゴブリンの首に食い込む。
まるで髪の持ち主の怨念がゴブリンを許すまいとしているようだった。
気道と血管を締め付けられ、苦しむチャンピオンが暴れる。振り払おうとやたらめったら腕を振り回すが、背中には届かない。
周りのゴブリンが潰される。狩人たちも容易に近づくことができない。
もがくチャンピオンが背中を壁にぶつけた。壁との間に挟まれる格好になったゴブリンスレイヤーが血を吐く。
それでも取り付いたまま離れない。
しかしついに、ぶちぶちと音を立てて髪が千切れ始めた。彼はチャンピオンの肩に乗りうつった。
しかし無手だ。剣はなく、小盾も腕から外れている。
だが、それがどうした。
巨体に相対していた時、
ゴブリンスレイヤーが右腕を構える。
「おい、こっちを見ろよ。ゴブリン」
言って、眼窩に腕を突き立てる。柔らかい眼球を掴み、一気に引き抜いた。
ゴブリンチャンピオンが顔を押さえ、汚い声を上げた。
周りのゴブリンは呆然とその様を見ている。
ゴブリンスレイヤーは飛び降り、落ちてあった槍を拾う。そうして自失していたゴブリンを突き刺した。
「次はどいつだ。お前か」
お前か、とふらつきながらゴブリンスレイヤーが歩む。満身創痍だ。だがしかし、幽鬼のような圧が部屋を満たす。
耐えきれず、汚い声とともに、我先にとゴブリンたちが逃げ出した。
どいつだ、とうわ言のように呟くゴブリンスレイヤーの肩を狩人が支えた。
蜥蜴僧侶が女神官のもとへと駆け寄る。
ひとまず切り抜けたと、ほっと息をついた。
一党だけが残った部屋で、蜥蜴僧侶が女神官の治療をした。一命は取り留めたらしく、呼吸は落ち着いている。
しかしまだ意識がはっきりとせず、床に寝かされていた。
顔を覗き込むようにゴブリンスレイヤーが膝をつく。
「ゴブリンスレイヤーさん、ごめんなさい」
「気にするな。大丈夫だ」
女神官は腕を伸ばそうとする。ゴブリンスレイヤーがその手を取った。
「大丈夫だ。こういうこともある」
大丈夫だ、と呟く。
呟いて、そのまま彼は倒れ込んだ。
女神官の目が見開かれる。
「ゴブリンスレイヤーさん……?」
一党が駆け寄る。声をかけ続けるも応えはない。
ゴブリンスレイヤーの意識が薄れていく。
ぼんやりとしていく世界のなかで、ゴブリンスレイヤーは澄んだ鐘の音を聞いた気がした。
ゴブリンチャンピオンのせいで文字列が長くなりすぎる