四方世界の狩人【完結】   作:合間理保

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第14話

 三度目の地下水道だ。

 

 ゴブリンスレイヤーは槍使いから渡された袋を担いできている。

 

 すでに鉱人道士と蜥蜴僧侶、妖精弓手が偵察をしている。彼らは迷路のように広がる施設の、とある広間の前まで一党を連れてきた。

 

 門のはじから顔を覗かせるように中を見やれば、長椅子がいくつも並べられており、その前の壁には巨大な装飾をされた板がかけられてある。

 鏡だろうか。

 礼拝堂といった趣の部屋だった。

 

 鏡も気になるが、それよりなにより目を引くものがある。

 

 それは部屋の中央にふよふよと浮いていた。

 人の丈より大きな球体に巨大な一つ目がついている。さらにその球体からは無数の触手が伸びており、その先端にも目がついている。

 

 なんとも形状しがたい化け物だった。

 

「なんですか? あれ」

 

 怖気を感じ、女神官が錫杖を握りしめる。蜥蜴僧侶がこめかみをかいた。

 

「名前を言ってはいけない。そういった類の存在でしょうな。まさしく魔のものでありましょう」

 

「名前なんぞどうでもいい。大目玉とでも呼んでおけ。それで、なにが問題なんだ?」

 

 ゴブリンスレイヤーが問う。

 おう、と答えたのは鉱人道士だ。彼は適当な石を拾い上げ、それを部屋に投げいれた。

 からんと音を立てて、石が床に跳ね返るやいなや、触手の目玉がそちらを向く。熱を伴った光線が放たれ、石が溶解された。

 ゴブリンスレイヤーが唸る。

 

「分解の魔術か」

 

「はい。それならばと拙僧の竜牙兵を送り込んだのですが、解呪の法も持っているようでしてな。あの大目玉に睨まれたら霧散してしまうという次第で」

 

「部屋に入らなければ何もしてこないんじゃがのう」

 

「三人じゃどうにも手が足りなくてね。ここで足止めってわけ」

 

 妖精弓手が肩をすくめる。それから壁に背を預けて座りこんだ。狩人がそのそばからちらりと大目玉を見る。

 

 見られれば攻撃される。ならば青い秘薬はどうだろうか。飲んだ者の存在を薄れさせ、認識されづらくなる薬だ。

 だが、アレ相手に通用するだろうか。解呪も持っている。薬にまで解呪が効くかどうかは分からないが、一種の賭けになるだろう。

 

 うーん、と腕を組んだ。

 

「ゴブリンスレイヤー、どうする? 短銃と弓で延々と狙撃する?」

 

 言えば、妖精弓手はあからさまに面倒くさそうな顔をした。

 いや、と彼が首を振る。

 

「ここはすでに街から離れているだろう? それならば試してみたいことがある」

 

 言って、袋を担ぎ直した。一党は顔を見合わせた。

 

 

 妖精弓手が部屋に走りこむ。分解の魔術が彼女を追いかける。光線が尾を引いた。

 右に左にと身軽に駆け、妖精弓手は分解の光を引きつける。その隙に、鉱人道士が酩酊の魔法を唱えた。

 多少は効果があったのだろう。大目玉がふらふらと揺れだした。

 

「今じゃ! かみきり丸!」

 

「ああ」

 

 ゴブリンスレイヤーが袋の中身を撒き散らす。宙に舞う白い粉、大量の細かく挽かれた小麦粉だった。

 粉が煙幕のように部屋を覆う。

 逃げるぞ、と声をかけ、ゴブリンスレイヤーたちは部屋を出た。入れ替わりに竜牙兵が突入する。入口を女神官が聖壁で封じた。

 

「衝撃に備えろ」

 

 ゴブリンスレイヤーが言った。

 

 竜牙兵を分解の目玉が捉える。光線が発射され、次の瞬間、大爆発が部屋を包んだ。

 聖壁によって爆発の影響は部屋に留まっている。だがそれが逆に、部屋の中の被害を甚大なものにしていた。

 

 光と音、振動に耳鳴りがする。やがてそれが収まると、狩人は中を覗きこんだ。

 

 大目玉は地面に落ちていた、やがて灰のように消えていく。

 

「やったみたいね」

 

 ほうと息を吐いた。

 まだくらくらとしているようで、頭を押さえたままの妖精弓手がゴブリンスレイヤーに声を上げた。

 

「何をしたのよ、オルクボルグ」

 

「鉱夫から聞いた。閉鎖された空間に小麦粉やおがくずのような燃えやすいものが大量に舞っていると、それに火が着いたとき一気に火が回り爆発するらしい」

 

「爆発って……」

 

「言っていただろう。火攻めも水攻めも毒気もなしだと」

 

「爆発は『火』よ!」

 

 怒りをあらわにする妖精弓手に、む、そうか、とゴブリンスレイヤーは応えた。

 女神官が呆れた声を漏らす。

 

「ま、まあとにかく、魔物は倒せましたし、あれはどうなっているんでしょう」

 

 彼女は鏡を指さす。確かにと一党は部屋に入っていった。

 蜥蜴僧侶がアゴを撫でる。

 

「何らかの神鏡でありましょうか」

 

「純粋な神聖なものという感じではなさそうですが……」

 

 女神官が曇った鏡面に触れようとする。蜥蜴僧侶が止めようとしたが、彼女は勇気を持って触れた。

 すると、鏡面に波紋が波打つ。曇りがかったその表面が鮮やかに景色を映す。しかしそれは、鏡面に触れている女神官をはじめとした一党の姿ではなかった。

 

「ゴブリン……」

 

 ゴブリンスレイヤーが呟く。鏡面に映っていたのは何処か別の場所のゴブリンの集団だった。

 

「なにこれ? どういうこと?」

 

 狩人が警戒に目を細める。鉱人道士がヒゲを撫でる。

 

「転移の鏡じゃろう。ここと別の場所を繋げているっちゅうわけじゃ」

 

 思わず彼のほうを振り向いたのは妖精弓手だ。

 

「それじゃあ、地下水道のゴブリンたちはここからってこと? やっぱりなにか裏で糸を引いているやつがいるのね」

 

 狩人は口元に手を当てる。

 そろそろ剣の乙女から聞いたことについて言ってもいいのではないだろうか。

 

 と、そこで妖精弓手がぴくりと耳を動かした。慌てた様子で部屋の入口に振り返る。

 

「足音が数えきれないくらい近づいてきてるわ!」

 

「ふむ、先の爆発は響きましたからな。小鬼どもが聞きつけたのでしょう。いかがいたします? 小鬼殺し殿」

 

 ゴブリンスレイヤーは部屋を見回す。俺のポケットには何がある、と小さく呟いた。

 一党、転移の鏡、爆発で脆くなったであろう部屋。

 ほう、と息を吐く。それから一党に向き直った。

 

「策は決まった。ゴブリンは皆殺しだ」

 

 

 一党はバリケードを作り、陣を敷いた。前衛に狩人とゴブリンスレイヤー、それを部屋の鏡の近くから鉱人道士のスリングと妖精弓手の矢で援護する。

 

 蜥蜴僧侶は鏡を外そうと壁に刀を突き立てた。

 女神官も錫杖でそれを手伝う。

 

 準備は整った。あとはゴブリンどもを引きつけるだけだ。斧を持った狩人が、ゴブリンスレイヤーに告げる。

 

「あのデカいのは私がやるわ。一度やられてそのままってわけにはいかない」

 

「ああ。だが、別にお前がやられたわけではないだろう」

 

「一党がやられたのよ。それは私がやられたのと同義だわ」

 

 報復は絶対よ、狩人は鼻を鳴らした。そこに、妖精弓手から声がかかる。

 

「来るわよ!」

 

 入口のほうを見れば、部屋への通路にかすかにゴブリンたちの姿が見えた。皆で顔を合わせる。

 

「やるぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーの声を合図に、妖精弓手が矢を放った。ゴブリンの頭部を貫き、一体が倒れる。だが、それを気にした様子もなく、死体を踏みつけゴブリンは部屋に殺到する。

 鉱人道士の放った石がそのうちの一体の顔を潰した。

 

「目をつぶってでもあたるなこりゃ!」

 

「口じゃなくて手を動かす! 私たちで一体でも多く潰すわよ!」

 

 ふたりの狙撃に、ゴブリンが次々と潰れるも、やつらの勢いは止まらない。じきにバリケードに取り付いた。

 バリケードを乗り越えようとするゴブリンに、ゴブリンスレイヤーと狩人が斬りかかる。障害物で勢いの止まったゴブリンなど、敵ではない。撫で斬りにするも、さすがに数が多い。やはり数とは脅威だ。

 

 獣狩りの斧は一撃が重い。その分ノコギリ鉈に比べて連撃には向かないが、確実に一撃でゴブリンを叩き割れる。

 ゴブリンスレイヤーと協力してやつらをひとつづつ潰すも、バリケードに到達するゴブリンが増えてきた。

 一気に潰す手段が必要だ。

 

 狩人は片手斧の柄を両手で握った。

 

 機構を作動させ、柄を一気に伸展させる。

 すると、大ぶりな片手斧は長柄の両手斧へと変貌する。薙ぎ払うようにそれを振るった。

 まとめて三体のゴブリンが斬られ吹き飛ぶ。その空間に、バリケードから狩人が飛び降りた。

 

 腰をかがめ、体をひねり、斧を背後に回し力を溜める。

 獲物が来たぞとばかりに狩人を目指し駆け寄ってくるゴブリンを、冷たい瞳で見返した。

 

 獲物はそちらの方だ。

 

 ゴブリンが飛びかかる。

 狩人は、短い呼気とともに溜めていた力を解放した。

 両手斧の回転斬りが辺り一帯を薙ぎ払う。

 巻き込まれたゴブリンたちが一気に吹き飛ばされた。バリケード前にまた空間ができる。

 妖精弓手の矢もそろそろ尽きるだろう。ゴブリンの矢筒を拾い、狩人はバリケードを飛び越え元の位置に戻った。

 

 第一波は凌いだだろうか。だがゴブリンはとめどなく続いてくる。

 その中に、あの巨体もいた。

 

「デカいのがくるわよ!」

 

 狩人が声を張り上げた。ゴブリンチャンピオンだ。やつは金棒を担ぎ、隻眼でこちらを睨みつけてくる。牙の隙間から息を漏らした。

 

 対する狩人は両手斧を横に構える。長物を持つ両者に巻き込まれたくないのだろう。ゴブリンがわずかに空間を開けた。

 

 一瞬の静寂。そしてゴブリンチャンピオンが雄たけびを上げた。素早く駆けより、金棒を縦に振り下ろす。狩人は二歩下がりそれをかわす。棒が床石を叩き割った。

 

 やつが二の矢を放つ前に、狩人は鋭く斧を突く。チャンピオンの腹部を穿つ。刃の部分を当てたわけではないから切れはしないが、やつをよろめかせる効果はあった。

 数歩下がられ開いた距離を埋めるように、狩人は斧を振りかぶり飛びかかった。空中から頭を叩き割るつもりで斧を振り下ろす。チャンピオンがすんでのところで横に避けそれをかわした。かわされたことに舌を打ち、狩人はステップで距離を取り直した。

 

 チャンピオンが胸を叩き威嚇する。狩人はそれを意に介さず斧を肩に担いだ。そのままステップで一気に近づく。身をわずかにかがめ、肩甲骨で柄を弾くように斧を振るう。背の裏から放たれ、弧を描いた刃がチャンピオンの足元を狙う。やつは飛び跳ねてかわした。だがそれだけでは終わらない。着地際を狙い攻撃を続ける。円運動による遠心力と重みを十分に活かした、流れるような三連撃だ。

 

 一撃目はかわされた。

 二撃目で腕を掠る。

 三撃目が腰に当たる。

 

 チャンピオンはたまらず大きく下がろうとした。だが、三撃目を放った狩人は既に斧から片手を離しており、短銃を手に取っていた。

 下がろうとするチャンピオンに水銀弾を放つ。動こうとした瞬間を狙った銃弾は命中し、やつはよろめいた。

 

 生まれた隙を見逃さず、袈裟に斬る。斬撃が肩をえぐった。

 うめき声を上げ、ゴブリンチャンピオンが金棒から片手を離し、その手で裏拳を振るう。狩人は横へステップを踏んだ。

 チャンピオンの隻眼が光る。ステップの終わり際を狙うように金棒の追撃が振られた。

 

 しかし、狩人はそれすら上回った。

 

 もう一度ステップ。ゴブリンチャンピオンの背後に回り込む。やつは片手で無理に金棒を振るったせいで、体勢が崩れかけている。素早く斧の柄を短くし、力を溜めてそれを振り下ろした。

 

 ゴブリンチャンピオンの背をえぐり、やつが片膝をつき大きく体勢を崩す。

 無防備な背中が晒された。

 

「狩人殿! 準備が整いましたぞ!」

 

 蜥蜴僧侶が壁から外した大鏡を天幕のように掲げていた。その下に皆が隠れている。

 

「ええ。こっちも終わりよ」

 

 言って、狩人はゴブリンチャンピオンの背に右腕を突き立てた。

 内蔵を掴み、勢いよく引き抜く。血を噴き出し巨体が倒れ込んだ。

 

「狩人! やるぞ! 早う戻ってこい!」

 

 鉱人道士が天井に向け石弾を放つ。先の爆発で脆くなっていた天井が崩落する。狩人は一党のほうに駆け寄る。ゴブリンスレイヤーが彼女の腕を引き、狩人は転移の大鏡の下に潜り込んだ。

 

 直後、落石が辺りを襲う。一帯のゴブリンが巻き込まれた。もちろん狩人たちの上にも岩は降り注ぐが、転移の鏡に吸い込まれ、一党は無事だった。

 

 落石が収まる。地下の天井どころか地盤も崩れたようで、見上げれば夜空と月が見えた。

 

「全滅だ」

 

 ゴブリンスレイヤーが呟く。

 崩落の下に居るとはさすがに気が気ではなかった。一党は胸を撫で下ろした。

 

「火でも、水でも、毒気でも、もちろん爆発でも無いぞ」

 

 問題ないだろう、と言わんばかりのゴブリンスレイヤーを妖精弓手が蹴飛ばした。

 

 狩人もそうしようかと思った。

 

 

 その後、鏡を封印して水の街の神殿へ戻った。

 ゴブリンスレイヤーが事の顛末を剣の乙女に報告することになった。ひとり剣の乙女に会いに行くゴブリンスレイヤーを狩人が引き留めた。

 

「剣の乙女の話を聞いてあげて」

 

「話を聞くのは向こうではないのか」

 

「この件の裏の話よ」

 

 やはり彼女がなにか隠していたか、とゴブリンスレイヤーが呟いた。狩人は続ける。

 

「裏の話もだけど、ゴブリンの話もよ」

 

「ゴブリン……まだ居るのか」

 

「ま、聞いてあげて。ゴブリン退治はあなたの役割」

 

 そうか、と呟き彼は剣の乙女のもとへ向かった。

 狩人は空を見上げる。きれいな月が目に飛び込んでくる。

 

「彼女も洞窟の天井じゃなくてこの月を見れるようになるといいのだけれど」

 

 ぼんやりとしか見えない目で、彼女はこれから何を見るのだろうか。美しいものばかりではないかもしれない。あの洞窟が暗い影を落とし続けるかもしれない。

 けれど、世界にはまだ光があると思える景色を見れるといい。

 

 そう思った。




またせてごめんね
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