四方世界の狩人【完結】   作:合間理保

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第15話

 ゴブリンスレイヤーの一日は牧場の見回りから始まる。柵を確かめ、草の根をかき分け、茂みを探りゴブリンが来た痕跡が無いかを探す。

 そうして、昨夜も何事もなかったことが確認できたら、ほんの一時の安心を得る。

 

 だが、数時間もすれば、すぐに不安が湧いてくる。ゴブリンがこちらを狙っているのではないか。襲いかかる瞬間を虎視眈々と見定めているのではないか。

 だから常にゴブリンを探し、殺し続けなければならない。狩るのは常にこちら側でなければならない。

 

 今日も朝の見回りに向かう。柵が緩んでないことを確かめ、草の根に踏まれた跡が無いことを確かめ、茂みの奥を見た。

 

 ゴブリンスレイヤーが奥歯を噛み締めた。

 

 茂みの奥、そこには夥しい数のゴブリンの足跡があった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 狩人は古狩人とともにギルドで食事をとっていた。

 近頃はゴブリンスレイヤーの一党と動くことが多かったから、こうして二人でギルドでの時間を共にするのも久々だと感じていた。

 

 水の街の冒険がやはり話題に上がる。

 

「そういうわけで、黒幕はとうに居なくて結局ゴブリンばかりになったわ」

 

「なるほど。ゴブリンを操る邪教団か。どこの街にも地下には想像もし得ない世界が広がっているものだ」

 

「ほんと、街の人はあんなものの上で寝起きしていたなんて……」

 

 ぞっとするわ、と狩人が首を振った。古狩人がナイフを手の内でもてあそんだ。

 

「それで、どうだ。一党での冒険は」

 

「良いものよ。会話も弾むし、行動も広がる。あなたは一党を組まなかったの?」

 

「狩人とはひとりで狩るものだ。一時的な共闘や緩い繋がりはあれど、余程のことがない限り仲間は作らない。だからあの三人が話を持ってきたとき、私は断った」

 

「じゃあなんで私にその話を回したの? 私だって狩人でしょう?」

 

 古狩人は飲み物に口をつけた。舌を湿らす。

 

「お前は狩人だ。だが同時に、冒険者だ。冒険者ならば一党を組んで冒険に向かうこともあろう」

 

 私とお前の違いはそこだ。

 古狩人が彼女のほうをじっと見る。

 

「狩人であり冒険者か」

 

「そうだ。私は根っからの狩人であって、冒険者たりえない」

 

 だから存分に冒険してこい、と彼は言う。狩人はうなずいた。

 

 そこで、勢いよくギルドの扉が開かれた。入ってきたのはゴブリンスレイヤーだ。

 人相手には物静かな彼の荒々しい行動に注目が集まる。

 

「ゴブリンが来る。助けてほしい」

 

 誰にともなく、恐らくその場にいた全員に向けて彼が言った。

 狩人が眉をひそめた。どういうことだろうか。

 

「ロードに率いられたゴブリンの大群が来る。数は百は下らないだろう」

 

 百のゴブリン。冒険者たちがざわめいた。

 

「俺ひとりでは対処できん。だから、頼む。助けてくれ」

 

 ゴブリンスレイヤーが頭を下げる。冒険者たちのざわめきが大きくなった。

 どうする、百のゴブリンだと、街に来るのか、いやそうはいってもたかがゴブリンだろう。

 近くのものと囁きあう者たちの中で、ひとりの冒険者がゴブリンスレイヤーに近づいた。

 槍使いだ。

 

「おい。ゴブリンスレイヤー。お前なにか勘違いしてねえか。俺たちは冒険者だ。俺たちを動かしたいのなら依頼を出せ」

 

 報酬はなんだ、と彼は片眉を上げた。ゴブリンスレイヤーが応える。

 

「報酬は俺の持てるもの全てだ」

 

「はあ!?」

 

「協力してくれれば、俺の持つ全てで対価を払おう」

 

「お前……」

 

 槍使いも流石に絶句する。

 

「お前、本気か? いや、正気か?」

 

「正気だし、本気だ。俺はあそこを守るためならば何でもする」

 

 確固たる意思に、槍使いが口をつぐむ。悩んでいる風に腕を組んだ。いや、本当は悩んでなどいないのだろう。落としどころを、いい言い訳を探しているだけだ。

 

「オルクボルグ。それじゃあ、私と冒険に行ってもらうわよ」

 

 妖精弓手の勝ち気な声が降ってきた。そうして本人も階段の上から飛び降りてくる。にたりと笑みを浮かべた。

 

「私の求める報酬はそれよ」

 

「ああ、分かった。行こう」

 

 ついで声を上げたのは鉱人道士だ。

 

「うまい酒にうまい飯。食いきれんほどのな。用意できるかの?」

 

「もちろんだ。振る舞おう」

 

「はっは! それでこそじゃ。鱗の、お前さんはどうする?」

 

「チーズにアイスクリーム。ううむ。なんとも悩ましいですな」

 

「どちらも用意しよう」

 

「甘露甘露」

 

 蜥蜴僧侶も満足げにうなずいた。

 とてとてと、女神官がゴブリンスレイヤーのほうに駆け寄った。錫杖を胸の前で握りしめ、下から彼をまっすぐ見つめる。

 

「私も、好きにさせてもらいますからね。この街を、あなたを助けます」

 

「ああ」

 

 いつもの一党が集まる。自然、狩人の方に彼らの視線が向いた。狩人も立ち上がり一党に近寄る。

 

「私も行くわよ」

 

「ああ」

 

 で、あなたはどうする、と槍使いに目を向ける。ここまで来て逃げられはしないだろう。彼は難しそうに眉根を寄せた。

 そこに、受付嬢の声がギルド内に響いた。

 

「特別依頼です! 今回の件に限り、ギルドはゴブリン一体につき金貨一枚の報奨を支払います!」

 

 破格の報酬に皆がざわめく。

 俺はやるぞ、協力するぜ、稼ぎ時だな。

 皆が立ち上がり、ゴブリンスレイヤーを囲んだ。槍使いも大きく息を吐いた。

 

「こんなうまい話はねえからな。俺も協力してやるよ」

 

「ああ。助かる」

 

 ゴブリンスレイヤーは黙って座ったままの古狩人のほうに歩み寄った。

 

「古狩人、協力してほしい」

 

「断る」

 

 切って捨てる速度で、彼は冷水のような声を浴びせた。

 ちょっと、と声を上げたのは妖精弓手だ。古狩人は意に介さず頬杖を付いた。

 

「街を守る英雄譚よ! 冒険者なら心が震えないはずがないでしょう!」

 

「私は狩人だ。冒険者ではない。夜に紛れ、血に塗れ、ただ一人獣を殺す。それが狩人だ。私は英雄ではない」

 

 つまらなそうに言う古狩人の耳に、鐘の音が飛び込んできた。見れば、狩人が手のひら大の鐘を持っている。

 彼女は古狩人のほうに近づいた。

 

「私は、鐘を鳴らしたわ」

 

 古狩人が彼女のほうを見る。

 

「狩人が、狩人呼びの鐘を鳴らしているわ」

 

 狩人が、座っている古狩人の前で目線を合わせるように膝をついた。そして彼の手を取る。指を包むように手を重ねた。

 

「古狩人、今こそ英雄の時よ。夜に紛れる狩人たちが英雄と呼ばれる存在になる時よ」

 

 彼が眉を動かした。手を包んだまま狩人は続ける。

 

「狩人こそ、人々の名誉ある剣であると示す時よ」

 

 古狩人の手がぴくりと動いた。彼は目を見開き、そして何度か瞬いた。

 ああ、と息を漏らす。

 

「ああ、そうか、ルドウイーク……」

 

 彼は口の中で呟いた。狩人が取った手に額を寄せる。まるで祈りのようだった。

 

「お願い。あの時みたいに、私を、私たちを助けて。()()

 

 古狩人は目をつぶった。それから長く息を吐く。ゆっくりと立ち上がり、ゴブリンスレイヤーに一歩近づく。

 

「貸しひとつだ。ゴブリンスレイヤー。高くつくぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーが、ああ、と返す。

 

「獣狩りの狩人の鐘の音を聞き、この私、古狩人が……」

 

 そこで、彼はかぶりを振った。

 

「いや、上位者狩りの狩人が手を貸そう」

 

 協力してくれることに、狩人はほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「そうと決まれば、策が必要じゃ。どうする? かみきり丸」

 

 鉱人道士がヒゲを撫でる。うなずいたゴブリンスレイヤーがテーブルに牧場の地図を広げた。

 周囲に冒険者たちが集まってくる。

 

「偵察部隊の足跡があった場所はここだ」

 

 それから、と彼は続ける。冒険者の輪の外で古狩人は腕を組んでいた。

 そこに狩人が近寄る。

 

「なんであんなに渋っていたのよ」

 

「言った通りだ。私は狩人であって英雄ではない。人助けには向いていない」

 

 古狩人が視線を下げる。

 

「私は誰一人救えなかった」

 

「でも、私のことは助けてくれたわ」

 

「お前が生き延びたのはお前自身の力だ」

 

 そんなことはないわ、と狩人は古狩人の横に寄り添った。

 

「どんな方法であれ、あなたは私を救ってくれた。あなたは私の恩人。それが事実よ」

 

「……」

 

「それに、人助けがあなた一人でできないって言うのなら、私がいるわ。ゴブリンスレイヤーも、いつも組んでる一党も、他の冒険者だっている」

 

 狩人が作戦会議をしている冒険者たちを指し示す。

 

「あなたと、私と、みんなで、街を助けましょう」

 

 狩人が、古狩人と集まっている冒険者たちの間に立ち、手を差し伸べた。

 

「さあ、古狩人。()()を始めましょう」




一話4000〜5000字を目安に書いているんですが
ちょっと長くなったので二分割したら
いつもよりちょっと短くなっちった
うーん悩ましいね

別話になりますが誤字報告もありがとうございました
皆さんのおかげでこの小説は成り立っています
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