四方世界の狩人【完結】   作:合間理保

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第16話

 牧場で陣を引き、ゴブリンを待ち構える。流石に皆、顔をこわばらせている。なにせこれから百を越すゴブリンがやってくる。それはもはや冒険ではなく戦争だ。

 森の奥、何かが光った気がした。

 いや、確かに光が見える。しかもそれはひとつやふたつではない。

 

「き、来たぞ!」

 

 冒険者が合図を出した。森の奥から見えてきた光、それは数え切れぬほどのゴブリンのギラついた瞳だった。

 やつらはぎゃあぎゃあとわめきながら、ゆっくりと威圧するように進んでくる。

 

「本当にこんな……なんて数だ」

 

 ひとりの冒険者が剣を握りなおす。その隣で、重い金属がこすれる音がした。

 古狩人だった。分厚い鉈のような剣を肩に担いでいる。

 その奥には狩人もいる。こちらはよく見るノコギリ鉈だった。

 

「なに。あいつの言った通り。予定通りだ。臆する必要はない」

 

 見ろ、と上空を指さす。夜空に何かがきらめいた。無数の鏃だ。妖精弓手の率いる弓兵部隊の矢が、流星群のように飛んでいった。矢の雨がゴブリンを襲う。

 先程までの余裕はどこへ行ったのか、やつらは慌てふためき右往左往する。そこに追撃の矢の雨が降りそそぐ。

 

 集団は悲鳴を上げて四散した。後方に引くもの、逆に突っ込んでくるもの、統率もなにもあったものではない。

 数体が古狩人の元へ走ってくる。そいつらを一斉に連なった鉄塊が引き裂いた。古狩人の武器だった。

 さながら重い鞭の様にワイヤーで繋がれた刃が振るわれる。ワイヤーを手元に引き寄せるように柄を操れば、血に塗れた刃が手元に戻ってきた。

 古狩人は刃の先を地面に叩きつける。すると、機構が作動し、刃の繋ぎ目のワイヤーが収縮し、元の鉈剣に戻った。

 

 凄惨さが際立つ、洗練とは程遠い武器、獣肉断ちと呼ばれるものだった。

 

「そうら、獲物が来たぞ」

 

 古狩人は駆けてくるゴブリンを散弾銃で蹴散らし、飛び掛かってきたゴブリンを獣肉断ちで叩き落とす。そのたびに血に塗れていった。

 

 周りの冒険者がその様を見て息を呑む。だがすぐに気を取り直し、自分たちもゴブリンに相対した。

 あの恐ろしいのは、敵ではないのだから。

 

 そうして第一波との散発的な戦闘が落ち着いてきた頃、冒険者が森の奥を指差した。

 

「何か出てくるぞ!……ああクソ! 女だ! 言われた通りだ!」

 

 クソ、と冒険者は吐き捨てた。すぐさま弓兵部隊に撃ち方止めの指示が出る。

 

 ゴブリンが持ち出してきたもの。それは設置型の盾のつもりの粗末な木の板だ。

 その板に、裸の女が括り付けられている。それがいくつもあった。女たちは痛みにうめいている。つまり、生きている。

 襲われ、なぶられ、あげく人の盾にされた彼女たちに、冒険者らは歯を噛み締めた。

 

 にたにたと笑いながら、ゴブリンどもが近づいてくる。手に持つ武器の切っ先で盾にした女をつつくものもいた。

 

 遠距離攻撃はできない。彼女たちを巻き込む。森の奥からでてくるゴブリンが草の背の高い草原の中ほどまで侵攻した。そこで、陣地の背後から朗々とした声が響く。

 

 魔女の睡眠と鉱人道士の酩酊の魔法だ。十分に引きつけたゴブリンたちには効果てきめんだった。盾を持ったゴブリンが昏睡しだす。

 その隙を見逃さず、草原に潜伏していた冒険者たちが、盾にされている女性たちを救い出した、素早く後方に連れて行く。

 弓兵部隊の矢の雨が再度降りそそいだ。

 

「ここまでは順調ね。あとはライダーか」

 

 狩人が呟く。古狩人が応えた。

 

「ああ、そちらは他の者に任せよう。ゴブリンスレイヤーの読みでは、デカブツが出てくるはずだ」

 

 通常のゴブリンや狼に乗ったゴブリンライダーならば、用意した策と冒険者たちで対応できるだろう。

 我々銀等級のすべきことは、と思いを巡らせていたところで冒険者の悲鳴が聞こえてきた。

 

「ホブだ! それにチャンピオンもいる! 何体もだ!」

 

 声の方を見れば、確かにゴブリンチャンピオンが三体、それを囲むようにホブが何体も来ていた。

 冒険者たちは、この場に立つまで、ゴブリンに圧倒されることがあろうとは思ってもみなかった。

 ゴブリンとは思えないその圧に、彼らの腰が引ける。

 じりじりと近づいてくるやつらの圧を切り裂くように雄たけびが響いた。

 

「一番槍はこの俺だ!」

 

 槍使いが突撃する。目にも留まらぬ三連撃で手前のホブを突く。三撃目で腹の真ん中を貫き、その穂先を高々と掲げた。ゴブリンが貫かれたまま宙でうごめく。槍使いはそれを叩き落とすように槍を蹴回し、手元に寄せた。

 

 ついで、重戦士がホブに向かい大剣を高々と掲げ振り下ろす。ホブは棍棒を掲げ、何とか直撃は避けた。が、重戦士の勢いは止まらない。大剣の切っ先を地面に付けるように腰のわきに構え、前蹴りを放った。よろめくホブに横薙ぎを打つ。胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 

「っは! この程度か!」

 

 二人でゴブリンの集団の前に立つ彼らの背に、狩人の声がかかった。

 

「離れて! 巻き込まれるわよ!」

 

 ちらりと背後を見れば、狩人の横で古狩人が両手を組んで、まるで祈りのように高く掲げていた。

 何か来る、と直感した二人がゴブリンから距離を取る。

 

「星の娘よ」

 

 古狩人が彼方へ呼びかける。

 瞬間、星の小爆発が起こった。宙に穿たれた光点からいくつもの光弾が発射される。ゴブリンの集団めがけ飛んでいき、爆風が巻き起こった。

 

 光弾を追いかけてくるように、古狩人と狩人がゆっくりと近づいてきた。槍使いと重戦士の隣に並び立つ。

 

 槍使いが目を怒らせた。

 

「あんなもん俺たちが居るところにぶっ放すんじゃねえ!」

 

「だがまあ、景気付けにはなったな」

 

「露払いにはちょうどいい。……デカブツは残ったか」

 

「ゴブリンチャンピオンは三体。私たちは四人。古狩人と私で一体ね」

 

「おい狩人、楽しようとすんじゃねえ」

 

「辺境最強と辺境最高なら問題ないでしょ」

 

「おっと、こいつは言い返せねえな」

 

 重戦士が笑う。古狩人も鼻で笑った。

 誰もが、集団に立ちはだかる四人の背を見ていた。

 いつの間にか、ゴブリンどもの圧など感じなくなっていた。

 

 槍使いが息を吐いた。それから笑って槍を掲げる。

 

「おい! 冒険者ども! でけえのは俺たちに任せろ! 英雄になりたいやつは、でかく見積もって中くらいのを叩いてくれ!」

 

 おう、と威勢のいい返事がそこかしこから上がる。

 

 狩人はノコギリ鉈と短銃を自然体に下ろす。

 隣で古狩人が獣肉断ちを変形させ肩に担いだ。

 

「お前と肩を並べて戦うことになるとはな」

 

「ロートルが私に付いてこられるかしら?」

 

「ぬかせ。まあ、せっかくの共闘だ。助け合いの精神でいくとしよう」

 

 四人の銀等級冒険者がゴブリンチャンピオンに向かっていった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 狩人と古狩人がゴブリンチャンピオンに接近する。やつは金棒を体の前に構えた。

 初撃は古狩人の獣肉断ちだった。鞭のような一撃を縦に振り下ろす。すんでのところで交わされたが、刃は地面を抉り斬るように収縮し彼の手元に戻ってきた。

 

 入れ替わるように狩人が飛び込む。

 ノコギリを振るい、反撃の金棒をステップで回避、追撃を振るわせる隙を消すために短銃で牽制弾を放った。

 

 短銃に怯んだゴブリンをさらに怯ませるように古狩人の散弾銃が飛んでくる。やつは大きくよろめいた。

 短い呼気とともに、狩人がノコギリを振るう。ノコギリでは届かないが、それは分かっている。

 遠心力で機構が作動し、短柄のノコギリから長柄の鉈へと変形する。鈍い刃がゴブリンチャンピオンを叩いた。

 

 直後、古狩人が距離を詰める。足を抉るように獣肉断ちの剣先を叩きつけた。衝撃でワイヤーが収縮し元の分厚い鉈剣へと戻る。休む隙を与えずに重みを活かして乱雑にそれを振るった。

 

 ゴブリンチャンピオンの肉が抉れ、血が狩人たちに降りかかる。

 黒いコートが赤く染まっていく。

 

 その様に、周囲のゴブリンたちが恐れをなした。

 ゴブリンですら感じ取れるのだろう。あれは、狩る側の存在なのだと。

 

 ゴブリンチャンピオンが雄たけびを上げる。

 

 金棒を大きく振るう。攻撃を当てるというよりも引きはがす目的の振るい方だった。当たれば脅威だが、避けるのは容易い。

 狩人たちはステップで後方に下がる。やつの意図通りではあるが、当たるわけにもいかない。

 

 息を吐き、金棒を叩きつけるゴブリンチャンピオンを挟み込むように二人は立った。

 

 このまま行けば、じきにやつも倒せるだろう。

 狩人はそう考え、ゆっくり息を吐いた。

 

 

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 ああ、とそれらは頭を抱え、目を覆い、台を叩いた。

 

 最悪だ。

 こんなところで最悪な目を出してしまった。

 すこぶる調子よくきていたのに。

 だが仕方がない。出目は出目だ。

 彼女はここで退場だ。気に入っていたのだが。

 運が悪かった。残念だ。

 

 笑いながら世界を見つめるそれらの姿を、賽の一つ丸の面が見返していた。

 

 

 

 狩人はそう考え、ゆっくり息を吐いた。

 

 周囲で戦っている冒険者の一人が、ホブゴブリンの右腕を切り飛ばした。

 

「危ねえ!」

 

 ()()()、ゴブリンの手に握られていた手斧がすっぽ抜けた。

 ()()()、それは勢いよく狩人目掛けて飛んできた。

 ()()()、狩人はそれに反応するのに遅れたし、近くに助けられる存在はいなかった。

 

 結果として、狩人が気付いた時には、横回転しながら飛んでくる斧はすでに目前にあった。

 

 

 死んだ、と思った。

 

 

 古狩人が、どこかへ向けて散弾銃を放った。

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