四方世界の狩人【完結】   作:合間理保

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第3話

 何度も死んだ。

 

 剣で斬られ、ピッチフォークに突かれ、松明で焼かれ、銃に撃たれ、犬に噛み千切られ、レンガで殴られ、何度も何度も殺された。

 

 何度も殺した。

 

 ノコギリで斬り、鉈で叩き、銃を撃ち込み、火炎瓶を投げ、ノコギリで斬り、ノコギリで斬り、ノコギリで斬り、何度も何度も殺した。

 

 殺して殺されて、けれどもそれは一夜の夢のように霧散する。

 殺されれば、それは無かったかのように灯りのそばに立っている。

 殺しても、灯りに立てばそれが無かったかのようにもとに戻っている。

 

 少しずつ分かったことによれば、獣の病と呼ばれる災禍の真っ只中に突っ込まれたということだった。

 人が獣となってしまう恐ろしい病。

 自分はそれを狩る狩人にされたらしい。

 

 灯りに手を翳す。

 意識がぼやけ、気がついた時には工房の前庭に居る。

 仰向けに倒れ込んだ。

 そして思う。

 

 ここは地獄だ。

 

 顔を覆う女を、狩人は宇宙色の瞳で見下ろした。

 

「どうだ」

 

「どうもこうもないわ。なんで私がこんな目に。こんな……」

 

「ヤーナムの血を受け入れたからな」

 

「答えになってないわ。始めから説明してくれないと」

 

「……いいか。お前はヤーナムの血の医療を受けた。ヤーナムではありふれたもので、特殊な血を体に入れることで生命力を高めるものだ。虫の息だったお前の命をつなぎ留めるにはそれしかなかった」

 

 ようやっと説明をする気になった狩人に、女は上体を起こした。

 目で続きを促す。

 

「だが、その医療は重篤な副作用をもたらした。獣の病だ」

 

「待って、血を入れられた人があんな化け物になるって言うの?」

 

「そうだ」

 

 いっそ冷酷なほど淡々とした返しに、女は勢いよく立ち上がった。そして自分の身を抱きしめるように腕をまわす。

 

「私も?」

 

「そうならないよう鍛えている。いいか、人であり続けたいなら、その意志を持つことが第一だ。堕落せず、不要なものを追い求めず、獣を狩る狩人であり続けろ」

 

 思わず眉をひそめた。

 

「精神論……?」

 

「まさしく。人は血によって人となり、人を超え、また人を失う。血とはすなわち意志だ。人であろうとする意志だけが、お前を人の側に引き留める」

 

 だから高潔な人たれ、と狩人は言った。

 女は首をかしげる。

 

「私が獣になったらどうなるの?」

 

「お前の前に居るのは百戦錬磨の狩人だ」

 

 一撫でさ。

 狩人は指先で首を切る仕草をした。思わず女は首を隠すように押さえる。

 とにかく、と狩人は目を笑わせる。

 

「大橋に居る巨大な獣を狩れ。それができたら一人で立てるようにもなるだろうさ。狩人たれ」

 

「何度も死んで、その先にあるのがただの独り立ちってわけね」

 

 サイアク、と女は口を尖らせる。

 これには狩人もわずかに声を漏らして笑った。何かおかしいことを言っただろうかと首をかしげる女に、狩人は告げる。

 

「いや、お前は運が良い。独り立ちまで何度も挑戦できる。普通は、一度死んだらおしまいだ」

 

 忘れかけていたその事実に、女は閉口した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 女はヤーナム市街を抜ける。

 始めはおっかなびっくり歩いていた道も、今や小走り程度の速度だ。

 右手のノコギリ鉈を握りなおす。一度振るうのすら難儀していたそれも、手になじみつつあった。自由自在とまではいかないが。

 

 道端に立っている獣の病の罹患者を斬りつけた。断末魔をあげ、それが倒れ伏す。

 その行為にも慣れてきた。

 いや、慣らされつつある。

 なにかろくでもないことに、自分は適応しつつあるのだ。あの狩人の手によって。

 

 大男を鉈で叩き、カラスを撫で斬り、女は進んだ。

 ゲートを抜け、巨大な門扉が見えてきた。あたりにはなにも居ない。

 ひと息つけると息を吐いたところで気づく。

 

 自分は今大きな橋の上に立っている。

 

 大橋。そこに居る巨大な獣を狩れと言われたはずだ。

 

 瞬間、耳をつんざく悲鳴のような獣の声があたりを包んだ。はっとして門扉に目をやる。獣が門扉を飛び越え、橋の上に降ってきた。

 

 巨大だ。身の丈5メートルはあろうか。

 オオカミのような頭に鹿と同じような角が生えている。血に塗れた体躯は痩せぎすで、肋骨が浮き出ていた。なにより目を引くのが、発達した左腕だ。大きな腕は痩せぎすの体ほどもある。

 

 女の背に汗が垂れた。

 

 あれは聖職者の獣だ、と知識が頭の中に流れ込んでくる。

 余計なものがひとつ、頭に入ってきた気がした。

 

 聖職者の獣が咆哮をあげる。左手をつくようにこちらに歩いてくる。

 牽制に左手の銃を撃ってみたものの、あまり効果は無いらしい。気に留めた様子もなくさらに彼我の距離を縮めてきた。

 再びの咆哮。

 獣が右腕を横に薙ぎ払う。女は後方にステップをしてなんとか避けた。獣を見やり、全身を悪寒が襲った。

 

 終わりではない。獣は右腕を振るった姿勢から左腕を構えている。あの巨大な腕を叩きつけられたらひとたまりもない。彼女は再度後方にステップを踏んだ。

 直後、風を切る音とともに左腕が横に振るわれる。

 直撃はしなかった。が、爪先が女に引っかかる。かすめただけなのに、彼女は橋の欄干まで吹き飛ばされた。

 

 痛みにうめく。

 しまった、早く体勢を立て直さなければと身を起こそうとしたところで、それより早く獣が飛びかかってきた。

 

 女は何度目か分からない死を迎えた。

 

 

 気が付くと、工房の前庭にうつぶせに倒れ伏していた。

 うめいて身を起こす。顔をわずかに上げたところで、ブーツとスカートの端が見えた。

 

「え?」

 

 間抜けな声を上げ、スカートの上方に目を向けると、臙脂と黒の瀟洒なドレスが目に入ってくる。どこか温かみを感じるケープと首元を飾る赤いリボン。

 その先にはまるで作られたかのように整った顔があった。

 女性だ。背が高い。自分どころか狩人よりも高いだろう。ここに来てから初めて見る人だった。こちらを見下ろす美しい目に、地べたに座った状態の自分が恥ずかしくなって、女は立ち上がった。

 

「ええと、あなたは?」

 

「私は、人形。この狩人の夢であなたの世話をするものです。新しい狩人様」

 

 人形? と彼女の手に目線を向けると、確かにその手は球体関節でできたものだった。

 

「人形、人形? ええと、どういう……」

 

「見えたか」

 

 額を押さえる女の背後から狩人の声がかかる。狩人はそのまま人形の隣に歩み寄った。

 

「彼女は人形。お前が得た血の遺志を力に変える存在だ。知るべきことはそれだけでいい」

 

 血の遺志。意味の分からないはずのその言葉の意味を、女はぼんやりと理解できた。

 なにか余計な知識が頭に入っている気がする。

 あの聖職者の獣を見てからだ。

 

「ちょっと待ってよ。もっと説明があってもいいじゃない。彼女はいつから居たの? 私に増えたこの感覚はなに?」

 

「両方に答えよう。彼女は最初から居た。お前は聖職者の獣にまみえ、啓蒙を得た。啓蒙とは……人ならざるものを認知する新たな瞳だ。その結果、お前は人形の姿を捉えられるようになった」

 

「人ならざるもの……。啓蒙……」

 

 それがこの感覚……。呟き、人形に目を向ける。彼女は瞬きもせずこちらを見返してくる。

 

「だが、まあ、それはお前には余計なものだ。獣狩りの狩人に豊富な啓蒙など必要ない。ただ人形を感じられるようになっておいたほうが都合がよかった。だから少しだけ啓蒙を宿した」

 

「血を入れられて、変なモノを植え付けられて、またひとつわけのわからない存在になったってわけね」

 

 女は息を吐いた。狩人がわずかに目を伏せる。

 

「そうだ。だからこそ人であり続ける意志が重要なんだ」

 

 狩人が、なあ、と声をかけた。その声色になにかためらいのようなものを感じる。

 

「私は余計なことをしたか? 私の選択は誤っていただろうか」

 

 目を少し見開き、女は口をつぐんだ。それから考える。余計なこと……。

 

「そんなことはないわ。私はあの時、洞穴の中で死ぬんだと思っていた。私は死にたくなかった。あんなところで、あんな状態で。でも、あなたが助けてくれた。それがわけのわからない方法でもね。あなたのおかげで私は生きている。それは、本当に感謝しているわ」

 

 ありがとう、と女は頭を下げた。

 

「でも、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない? 生きるために何度も死ぬなんて厳しすぎるわ」

 

 頭を上げ、冗談めかして女は言う。狩人が目を細めた。

 

「半人前に優しくしても成長しない。独り立ちまでもう一歩だ。聖職者の獣を狩れ」

 

 切って捨てる言葉だが、その声色にはどこか温かみがあった。

 

「心が折れない限り、我々に負けはない。何者にも打ち勝つ強さを手に入れてこい」

 

 女はこくりとうなずき、墓石に手をかざした。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 辺境の街の外れ、狩人の工房に医療者を連れてギルドの職員が来た。

 ベッドに寝かされている女に治療を施し、狩人を含めた三人で今後の治療について語り合っている。

 

 医療者が白いものの混じったあごひげをなでる。

 

「外傷はかなり良くなっている。言葉を選ばずに言えば異様なほどだ。こっちが治療をする前になにかしたかね?」

 

「応急処置程度はしたさ。それでこいつの経過は?」

 

「山は越えたな。後は良くなるだけだろう。気になるのは、眠り続けていることだが……。今は回復に全体力を使っている状態だ。じきに目覚めるだろう」

 

「ああ。目覚めというのはいつでも唐突なものだ」

 

 医療者が胸を撫で下ろす。一段落した会話に、ギルド職員が口を挟んだ。

 

「では、起きた後のことについてですが……。彼女、どうするおつもりで? 情報を秘匿したおかげで彼女はいまや名無しです」

 

「そのほうが良いだろうさ。ゴブリンの被害者などよりも、新たな名を得て新たな人生を送るほうがマシだと思うが。うまく対応してくれ」

 

「簡単に言ってくれますね」

 

「事実簡単だろう?」

 

 狩人が口の端を吊り上げる。職員はこめかみを掻いた。全ての人々の戸籍管理など夢のまた夢だ。いつの間にか人ひとり増えたところで誰も気に留めないだろう。

 職員が息をついた。

 

「ある程度の準備はしておきますが、いずれにせよ彼女が起きてからです。どんな道をゆくにしても、彼女が自身で選択すべきです」

 

 狩人はうなずいた。全くもってその通りだ。

 ではそろそろ、と工房を出ようとする二人に礼金を手渡す。もちろん口止め料も含んでいた。何も言わずそれを懐に収めた職員が、そうそう、とわざとらしく声を上げた。

 

「あなたの潰したゴブリンの巣の近くで、またもやゴブリンの被害が出ました。畑が荒らされた程度ですが」

 

「ほう」

 

「近くに別の巣が有るのかもしれません。今は調査中ですが、近く討伐の依頼が出るでしょう」

 

「知らん。その程度に対処できるやつなど、私以外にも掃いて捨てるほど居るだろう」

 

「一応お耳に入れておくべきかと。存外、情に厚い方のようですので」

 

 狩人は大げさに舌を打った。職員は両手を頭の横に軽く掲げた。敵意はないという仕草だ。女の対処を任されたことに対するちょっとした意趣返しだろう。

 

「まあゴブリンに対応するかどうかは置いておいて、そのことは覚えておこう」

 

 ぜひ、と言いおいて職員は医療者を連れだって工房を出た。

 狩人はベッドで眠っている女を見やる。彼女はいったいどうするのだろうか。

 

 彼女に輸血をした判断が正しかったのか、いまだ自信が無い。思い出すのはヤーナムで声をかけた生き残りの人々と彼らの末路だ。自分はロクなことをできなかった。

 ただ、彼女に礼を言われたことは思いのほか胸を打った。今度こそ自分は誰かを救えたのだと、そう思えた。

 

 まるでまっとうな人間のような思考をするものだな、と狩人は自嘲した。

 

「我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う」

 

 彼女はどうなるだろうか。

 

 かねて血を恐れたまえ。

 狩人は呟いた。




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