四方世界の狩人【完結】   作:合間理保

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第5話

 女は洞窟に入る。

 

 枯れた羽の三角帽に防疫マスク、革のコートという回避を重視した狩人らしい装備だ。

 

 あたりに気配が無いことを確かめ、ノコギリを軽く振るった。

 狭い。ノコギリを振るうぶんには問題なかろうが、長柄の鉈はあまり振り回せないだろう。変形機構が活かせない。注意が必要だ。

 

 ついで、銃の使用について考える。

 使えるだろうか。怪しいところだ。発砲自体は問題ないだろう。だがただでさえ大きい発砲音が反響し、一時的に耳が死にかねない。

 

 戦闘で使うのならその点を考慮に入れるべきだ。

 

 それに、銃を構えていたら松明を持てない。松明ではなく、携帯ランタンを腰に下げて銃を持つべきか。いや、それでは光量が心もとない。やはり松明を持つべきだろう。必要になれば銃を取り出せばよい。

 

 考えを巡らせた女は、よし行こう、とうなずいた。

 

 狭く、暗い洞窟。制限される行動。不利な状況ではある。

 だが自分は狩人だ。泣き言も言ってられない。

 あたりを照らしながら、女は歩みはじめた。

 

 

 ゴブリンがうつらうつらとしていた。眠りかけているのだろう。巣の中で安心しきっているそれを、女は背後から襲った。

 ノコギリの並んだ刃が背中を引き裂く。小さな悲鳴を上げ、それは突っ伏した。

 

 死んだだろうか。分からない。ゴブリンはそれなりに狡猾だと聞く。死んだフリくらいはするかもしれない。

 

 女は倒れているそれの頭にノコギリを振り下ろした。

 悲鳴は上がらない。動きもしない。たしかに死んでいるようだ。

 

 本当に?

 

 不安になって、もう一度割れた頭にノコギリを振り下ろす。

 やはりぴくりともしない。

 

 足で体を小突き、もう一度頭を割る。

 もう一度。もう一度。

 

 と幾度かノコギリを振り下ろし、頭の原型が無くなってきたところで女は気づいた。

 

 やり過ぎだ。

 

 思いのほか自分は緊張しているらしい。いや、恐れているらしい。

 

 だが、それも仕方ないだろう。ゴブリンには酷い目にあった。慎重になって然るべきだ。

 

 恐怖なき狩人など獣と変わらない。恐怖を身の内に宿し、しかしてそれを我が身の力としなければならない。

 

 次だ、と女は死体をまたいだ。

 

 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。

 女はゴブリンを殺していく。

 なんてことはない。獣の病の罹患者より小さく、遅く、非力だ。

 

 遅れを取ることはないだろう。

 

 肩に入った力を抜くように大きく息を吐く。

 

 だが、気は抜かない。村に出てくるゴブリンを簡単に追い払った。倒した。よく聞く話だ。

 私も、ゴブリンなんて脅威ではないと思っていた。あの日までは。

 

 数とはすなわち脅威だ。それは獣もゴブリンも変わらない。

 この狭い洞窟だ。三体にでも囲まれれば脅威となるだろう。囲まれない立ち位置を取ることが重要だ。

 

 すなわち、鏖殺だ。

 

 分岐路を見逃さず、奇襲をかけられるような物陰を見落とさず、背後を取られる可能性を潰していき、端から端まで丁寧に頭の中の地図を組み上げるしかない。

 

 女がヤーナムで学んだことの一つだ。

 

 そして、入り組んでいるという意味では、ヤーナムのほうがはるかに悪辣だった。

 

 この洞窟は暗いことは脅威だが、さほど複雑というわけでもない。通過済みの背後からよりも、前方暗闇からの攻撃を注意すべきだろう。

 

 と、考えていたところにわずかな物音が聞こえてきた。前方からだ。寒気を感じ、真横にステップを踏む。

女が先ほどまで居た場所を石が飛んでいった。

 暗闇からの投石だ。

 

 危うかった。やはり油断はできない。次弾が来るかもしれない。

 女は松明を掲げ、狙いを定められないよう斜めのステップを混ぜながら前方へ進む。灯りに照らされてゴブリンが見えてきた。

 

 二体。石を手に持つ方を素早く斬りつけた。他方が慌てて洞窟の奥に逃げだす。あっという間に距離を離された。

道の先は、灯りのつけられた広間へと通じているらしく、わずかに明るい。

 どうするか一瞬迷ったが、見失うほうが面倒だと決断し短銃を取り出した。狙いを定め撃ち込む。

 

 轟音が耳をつんざく。銃弾はゴブリンを貫いた。衝撃で転ぶようにつんのめり、地面を転がって動かなくなった。

 

 水銀弾を再装填し、甲高い音に包まれる耳を押さえる。

 耳鳴りが止んできたところで、ゆっくりと広間へと進んでいった。

 

 と、何者かが死体のそばに立った。それは勢いよく脚を振り上げ女の方へ死体を蹴飛ばす。矢のような速度で飛んできたそれを、彼女は身を反らして避けた。

 

 女は犯人のほうへ目をやる。ゴブリンではあった。

 だが、他のゴブリンをボールのように蹴飛ばせるほどの巨体だ。人と同じほどの身長だが、横幅は人よりも大きそうだ。

 

「ホブゴブリン……!」

 

 狭い洞窟内ではその巨体は脅威だ。さりとて前方の広間へ踏み込めば、罠や伏兵があるかもしれない。

 

 待つか進むかどちらがマシか、一瞬逡巡して直後には距離を詰めるように駆け出した。

 広く、比較的明るい広間のほうが、たとえ危険があっても戦いやすいと判断したのだ。

 

 牽制に拾った石を投げつける。顔面を狙って鋭く飛んでくるそれをホブは横にかわした。

 女は広間へ飛び込み、短銃を構えあたりを見回す。

 あたりは広く天井も高い。これなら鉈でも振るえそうだ。

 幸い、恐れていた伏兵の類は無さそうだった。

 

 ホブはその手に巨大な片手斧を持っている。威圧するようにそれを地面に何度も叩きつけた。

 

 耳障りな声をあげ、ホブが突っ込んでくる。勢い任せの上段からの振り下ろしだ。

 斜め前にステップしそれをかわす。ホブと交差するようにそれの斜め後ろの位置に立ち、背中めがけノコギリで斬りつけた。

 ホブがよろける。体勢を立て直される前に、再度斬った。もう一発と思ったところで、ノコギリの届かないところまで距離を取られ向き直られた。

 

 攻撃された怒りか、地面を蹴るように地団駄を踏んでいた。

 

 頑丈だ。

 これはちょっと時間がかかるかもしれない。

 

 女はマスクの内で細く息を吐いた。

 

 斧を構え直すホブに、いっそ不用意と思えるほど女は近づいていった。

 やすやすと射程に入ってきた女に、ホブは横薙ぎに斧を振るう。

 身を屈めるような姿勢で斧をかわす。低い姿勢のまま膝を狙った。抉るように斬るも、やはり頑丈だ。

 

 ホブは多少姿勢を崩しつつも蹴りを放ってきた。

 ローリングで距離を取る。片膝を付き、短銃を向ける。

 突き付けられた銃口を警戒したのか、ホブは追撃を仕掛けなかった。多少の頭は持ち合わせているらしい。

 

 女は片膝の状態からゆっくりと立ち上がる。銃口はボブから外さないままだ。

 

 さて、どうしたものか。

 

 ホブの攻撃は単調だ。やすやすとかわせる。しかしこちらの攻撃はなかなか通りが悪い。

 時間がかかるだろう。

 

 そしてそれは向こうも分かっているに違いない。

 であるならばどう出てくるか。

 

 そこで、ホブは耳障りな声とともに突っ込んできた。めちゃくちゃに斧を振り回している。

 連撃で無理矢理にでも攻撃を当てるつもりだろう。

 

 背後に二歩三歩と下がり斧をいなした。女はゆるゆると左右に揺れながら下がりつつ相手の息が切れるのを待つ。あるいは、

 

 と、女の背が壁にぶつかった。

 

 もうこれ以上避けれないだろうと、ホブが目を光らせた。斧を斜めに振り上げる。

 大きな動作で振り下ろされんとする斧を見て、女は避ける動作すら見せなかった。

 

 あるいは、これを待っていた。

 

 斧が降りてきた瞬間、ホブに短銃を突き付ける。

 

 発砲。

 轟音が響く。

 

 攻撃に全神経を集中させた、まさにその瞬間に撃たれた衝撃が、ホブの体勢を崩させる。

 

 片膝を付き、大きくのけぞった。

 

 一歩女が近づき、右腕を構える。

 

 腹部の傷口に腕を突き立てた。臓物を掴み、勢いよく引き抜く。

 

 一緒に鮮血が飛び出てくる。悲鳴をあげ、ホブが背後に倒れこんだ。

 女が手に持ったそれを投げ捨て、伏したホブに目をやると、それはまだ這いずって動こうとしていた。

 

 本当に、頑丈だ。

 

 逃げようとするそれを、歩いて追いかける。

 ノコギリを振り、変形機構を作動させる。金属を叩く音とともに武器が長柄の鉈へと変わった。

 

 血の跡をつけながら這いずるホブの背を踏みつける。

 それはもがき苦しみ、こちらを見ようと首を振ってきた。

 助けてくれと言わんばかりに悲鳴を上げるその頭に対し、女は鉈を振り下ろした。

 

 耳障りな悲鳴は止んだ。

 

 

 その後、生き残りが居ないか洞窟をつぶさに回り、死体しか残っていないことを確かめて女は外に出てきた。

 

 太陽の光が目を刺す。

 女は目を細め、口から鼻を覆うマスクを首元までずらした。

 

 大きく息を吸う。それからゆっくりと吐いた。身を覆う洞窟のよどんだ空気が一気に出ていった気がした。

 

 一度背後の洞窟の入口を振り返り見て、今度は空の太陽を見る。

 張り詰めていた緊張の糸が切れる。膝から力が抜けた。ぽろぽろと涙が溢れてくる。

 

「ああ……。やったんだ。私はやったんだ」

 

 ゴブリンの巣に入るなんて、本当は、恐ろしかった。とてもとても怖かったのだ。

 それでも自分は狩人だと、尊厳を取り戻すにはそうしなければならないのだと、そう自分を奮い立たせ、なんとかやり遂げたのだ。

 

「これで私は、私を……」

 

 うずくまり、女はしばらく嗚咽を漏らしていた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ギルドで狩人が紅茶を飲んでいた。先ほどからちらちらと受付嬢からの視線を感じる。まったく、と狩人は息を吐いた。

 

「おい、用があるならこちらに来い」

 

 無愛想に声を掛ける。冒険者の数も少ない、比較的暇な時間帯だ。受付嬢はおずおずとこちらに近づいてきた。

 

「なんでそう大丈夫そうなんです?」

 

「何がだ」

 

「彼女のことですよぅ。私はもう心配で心配で落ち着きません」

 

「なにをそんなに不安がる。よくいる新人冒険者の、よくある冒険のひとつだろう。お前はいつものように送り出すだけだ。なにがそう特別なんだ」

 

 狩人が偉そうに腕を組む。受付嬢はわずかに目を伏せた。

 

「事情を知ってますからね。他の方でも心配しますが、彼女のことはより一層です」

 

「ふむ。まああいつはヤーナム市街を乗り越えた。ゴブリンごときに遅れはとらんよ」

 

「ヤー……? いえいえ、そうやって意気揚々とゴブリン退治に向かって、そのうちの幾人かは帰ってこないんですから」

 

「そして大半はちゃんと帰ってくる。あいつも大半のうちの一人だよ」

 

 なにを当然のことをと言わんばかりの口調で、狩人は受付嬢の心配を切って捨てた。

 狩人は紅茶に口をつける。ぴくりと眉を動かし、ギルドのドアの方を見た。

 

「ほらな」

 

「え?」

 

 ドアが開く。入ってきたのはくだんの女だ。

 

 ゆったりとした足取りで狩人のほうに近づいてくる。狩人は立ち上がり、女のほうに歩み寄った。

 

 間近で二人が向かい合う。狩人が目をつぶって鼻から大きく息を吸い込んだ。

 

「狩りを成し遂げたようだな」

 

 女はこくりと首肯した。

 

「ええ。私は狩ってきたわ」

 

 女の目を見て、狩人は口元を緩める。その目は確かに狩人の目をしていた。

 狩人は女の肩の横に手をやる。

 

「ああ。お前は成し遂げた。認めよう、お前の力を。今この瞬間から、お前は狩人だ」

 

 

 いくぶん前の話だ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 狩人、と呼ばれる冒険者がいる。女だ。等級は銅。あっという間に昇格を果たしていき、もうじき銀等級になるという噂だ。辺境の街のはずれに二人で暮らしている。

 もとは別の冒険者が一人で住んでいた場所で、そちらは今は古狩人を名乗っている。

 

 美しい花の咲く、小高い丘に寄り添うような小さな家だ。

 

 

 辺境の街の、()()()()()狩人。

 

 

 これは彼女の物語だ。




導入が長すぎる

こっからゴブスレ時間軸の本編

なお続くかどうかは
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