一党はくだんの遺跡を目指す。
一昼夜はかかる道のりだ。その間に狩人は女神官や三人とも打ち解けていった。
ゴブリンスレイヤーは言葉少なに淡々と歩き続けている。
寡黙な男だと狩人は思った。隣を歩く女神官に声をかける。
「彼、いつもあんな感じなの? 黙々としてるっていうか……」
「ええ、まあ。あんな感じです」
「古狩人でももう少ししゃべるわよ」
呆れたように言えば、女神官は困った笑みを浮かべる。それから狩人の方を見直した。
「古狩人さんってどんな方なんですか? 私冒険者になってあまり経ってなくて……。呼び名からして、狩人さんのお師匠様にあたるんですか」
「師匠……」
狩人は返す言葉に詰まった。
命の恩人ではある。人として生きるための警句も受けた。しかし、しっかりとした教えを受けたかと言われると首を傾けざるをえない。
いきなりヤーナムに放り込まれ、ゴブリンの巣に放り込まれ。あれは教練と呼べるのだろうか。
その後やっと思い出したかのように武器や道具の使い方やらを習ったのだ。
それにその後も夢の中でヤーナムの各所を散々走り回された。
それはきっと、古狩人たる彼がたどった道の一部なのだろう。
同じ道を歩くことで成長することを期待しているのかもしれない。
だから彼はきっと、
「教えを与える師匠というより、先達って感じねえ」
「先達、ですか」
「そう。道の先にいる私の背中を見て勝手に追いかけろ、って感じかな」
なるほど、と女神官がうなずいた。そしてゴブリンスレイヤーのほうを見る。彼女にとっての先達が彼なのだろう。
私たちは運が良い。銀等級の冒険者の背中を間近から見て学べるのだから。
そこで、妖精弓手が二人に加わった。
「古狩人といえば、へんてこな武器を使うって聞いたけど本当なの? あなたのノコギリも独特ではあるけど、へんてこって程ではないわよね」
「へんてこ、というか変形ね」
言って、狩人は腰にかけたノコギリ鉈を持ち、軽く振るう。すると、機構が作動して長柄の鉈へとなった。
おお、と感心の声をあげる妖精弓手を見て、再度ノコギリへと戻す。
「私たちの武器は、ほとんどがこんなふうに変形するわ。私が使うのはこのノコギリ鉈が主だけど、古狩人はもっといろんなものを使い分けるわよ」
鉱人道士と蜥蜴僧侶も興味を引かれたのか話に加わってきた。
「なるほど、相手や状況によってひとつの武器でふたつの特性を持てるわけじゃな」
「一人でも複数の特性を持つ敵たちを相手取れる汎用性を持たせた装備ですな」
「ゴブリン相手には不要だ」
冷たい声が飛んできた。ゴブリンスレイヤーだ。
「汎用性も複雑な機構も、やつら相手には無用の長物だ。相手がゴブリンであるなら、手に持つものはシンプルであればあるほど良い」
「私たちは狩人だからね。人として獣と対するにはこういうのが必要なのよ」
「そうか」
ゴブリンスレイヤーはそれ以上何も言わず、それきり話を切り上げた。他人の様式にとやかく言うつもりはないらしい。
狩人は技巧と様式を重んじる。それはきっと、狩りに意味を持たせ、自分は棒を振るうだけの獣ではないという自身への戒めなのだろう。
対するゴブリンスレイヤーは徹底的だ。ゴブリンに相対するに必要なものだけを持っていく。ゆえに、突き抜けている。それは精神的な面でもだ。過分な技巧も装飾も不要なものと切り捨てる強さがある。
そういう現実的なところを、古狩人は評したのかもしれないと思った。
一党は夜を迎えた。たき火の温かい火が彼らを照らす。
炙っていた串の肉を蜥蜴僧侶が皆に渡した。鉱人道士が勢いよくかぶりつく。狩人も肉に噛みついた。妖精弓手は女神官からスープを受け取っていた。
温かい食べ物が疲れた体を癒やしていく。
自然、口も軽くなる。あれやこれやと四方山話が止まらない。
妖精弓手が話題を持っていく。今度聞いたのは、どうして冒険者になったのか。
私は未知なるものを求めて、と妖精弓手が言った。
美味いものを探すためじゃ、と鉱人道士が笑う。
異端を倒し位階を高め竜に成るため、と蜥蜴僧侶がうなずいた。
「あんたはどうなの。狩人」
「私は……うぅん……」
妖精弓手の問いに狩人はアゴに手をやる。なんと答えたものか。
「私は、古狩人に道を与えてもらったの。狩人として生きる道を。で、その道の先に冒険者があったってわけ。生きるために必要だったから冒険者になっただけよ」
人として生きるためとは言わなかった。余計な詮索をされかねないし、それは自分の中だけに秘めていればいいことだ。
「日銭を稼ぐためってこと? ロマンがないわねぇ」
妖精弓手が呆れたように言うので、まあね、と肩をすくめておいた。
次は、とゴブリンスレイヤーに視線が集まる。
「ゴブリンを……」
「あんたはそうでしょうね」
答えを求める目を向けたというのに、妖精弓手がばっさりと切った。
狩人はさすがにあんまりだと思ったが、黙っていた。
ゴブリンといえば、と蜥蜴僧侶が口元に手を当てた。
「ゴブリンといえば、やつらどこから来るのでしょうな」
「私は、誰かが失敗したら生まれるって聞きました」
女神官が答える。彼女が言うには、地母神でのしつけ話らしい。
それを受けて鉱人道士が妖精弓手をからかって遊ぶ。
ゴブリンスレイヤーがわずかに顔をあげた。
「俺は、月から来ると聞いた。緑の方だ」
月? と皆が空を見上げる。ゴブリンスレイヤーはうなずいた。
「月は何もない岩しかない場所だ。だからやつら、欲しくて欲しくてたまらないんだ。だからあらゆる物を奪う」
誰から聞いた、と問われれば、ゴブリンスレイヤーは姉だ、と答えた。
お姉さんがいるんですね、と女神官は意外そうに声を上げた。
「ああ、いた」
という呟きは、風に乗って誰に届くでもなく消えていった。
女神官が狩人に顔を向ける。
「狩人さんはなにか聞いたことがありますか?」
「ううん、そうねえ。何も聞いたことないけど、古狩人なら何か知っているかもしれないわ」
今度、聞いてみようと思った。
「ゴブリンは月から、宇宙から来たの?」と
◆◆◆
遺跡の入口に二体のゴブリンが立っている。警備のつもりだろうが、意識は散漫であまり意味があるとは思えない。その証拠に、木々の中に隠れる狩人たちに気づけないでいる。
妖精弓手が弓に矢をつがえた。
「向かって右をやって。左は私が一気に距離を詰めてやる」
「必要ないわ」
狩人が提案すれば、妖精弓手はなんてことのないように答えた。
二連射でもするのだろうか、と思ったところで、彼女が矢を放つ。
矢はあらぬ方向に飛んでいった。
「どこを狙っちょる!」
鉱人道士が静かに叫ぶ。
「まあ見てなさいって」
妖精弓手が片目をつぶった。すると、矢は空中で軌道を変え、ゴブリンの真横から頭を貫いた。勢いそのままに並んでいたもう一体の身体に刺さる。
おお、と一党は声を上げた。
魔法じみた曲射ちに、狩人も思わず感心した。身の回りの弓といえば、シモンの弓剣くらいしかなく、そしてそれは自分には使いこなせなかった。
あざけりを受けながら弓で獣に挑んだというシモンも、このような技術を極めた者だったのだろうか。
「十分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ」
彼女は胸を張った。
とにもかくにも、障害は排除された。行くぞ、とゴブリンスレイヤーが声をかける。一党は周囲を警戒しつつ入口に近づく。
と、ゴブリンスレイヤーがゴブリンの死体に歩み寄った。何をする気だろうと覗き込む妖精弓手を無視し、彼はゴブリンの腹を裂いた。
ただの死体漁りとも思えないが、かと言って腹の中に役に立つ石が埋まっているわけでもないだろう。狩人も首をかしげた。
「どうするの? それ」
「ゴブリンは鼻が効く。特に女の匂いに敏感だ。だから血で匂いを消す。おまえもだ、狩人」
そういうことか、と納得した狩人の一方で、妖精弓手がわめいた。
「ちょっと待ちなさいよ! 血をかぶれって!? 本気!?」
「ああ」
「狩人! あんたも何か……」
彼女の言葉が止まる。狩人はすでにもう一体のゴブリンの内臓を抜き、血にまみれていた。
あまりにも返り血に慣れすぎたその様子に、妖精弓手が口の端をひくつかせる。彼女の肩を女神官が掴んだ。
「慣れますよ」
言葉もなかった。
血にまみれた妖精弓手に、さすがの鉱人道士もからかう気になれなかったようで、彼女の文句を止めるものがいない。
遺跡に入り幾ばくか進んだところでぶつぶつと文句を言っていた妖精弓手が、皆に止まるよう指示を出した。
ひざまずき、床をじっくりと観察する。
「鳴子よ」
「罠か。ふむ、おかしい。トーテムが無いのにか」
一人で呟き周囲を見回すゴブリンスレイヤーに、意味が分からず、どういうことだと問うた。
彼に代わり女神官が答える。
「つまり、罠を仕掛けられるような知能を持つゴブリンシャーマンがいないということです。それなのに罠があるってことは」
「ゴブリンを束ねる何かがいるということだ」
一同は顔を見合わせる。なるほど、ただのゴブリンの巣ではないらしい。気を引き締め直した。
遺跡を進み、分岐路に差し掛かる。
進むべきは、右か左か。レンジャーたる妖精弓手も石床だけでは判断が付かないらしい。鉱人道士が一歩前に出る。
「左が本拠地じゃろう。石のすり減り方で分かるわい」
狩人は息を大きく吸い込んだ。ゴブリンスレイヤーが彼の言葉を受けて判断を下す。
「なるほど、ならば向かうべきは……」
「右ね」
「右だ」
狩人とゴブリンスレイヤーの声が被る。どうして、と妖精弓手が首をかしげる。
「右から臭いがするわ。血と、冒涜の臭いよ」
「そうか、行こう」
道の先を指さした狩人に、ゴブリンスレイヤーは同意した。
その意味を理解したのだろう。女神官が目を伏せた。
さらに道を行けばどんどん臭いが酷くなってくる。
一党は鼻を覆った。粗末なドアがある。臭いはそこかららしい。ゴブリンスレイヤーがドアを蹴飛ばす。臭いが一層酷くなった。
彼は戸惑わず中に入る。あたりを松明で照らした。ゴミと、汚物の中で、白いものが目に入ってきた。
森人の女だ。
衣服を剥がれ、鎖で吊るされ、身体の至る所を切り刻まれている。
その有り様に、妖精弓手が胃の中のものを戻した。狩人も眉をひそめる。駆け寄ろうとする女神官をゴブリンスレイヤーが剣で留めた。
囚われた森人のうめきが聞こえる。
「彼女、生きてます!」
「ああ」
森人が小さな声でつぶやき続ける。
「殺して……殺してよ……」
ゴブリンスレイヤーが剣を手に近づく。止めようとする女神官を狩人は制した。
血と、冒涜の臭いがする。冒涜の臭い。そしてそれは、彼も感じているはずだ。
ゴブリンスレイヤーがゆっくりと近づいていく。森人はなおもつぶやいていた。
「殺して……そいつ、殺して……!」
瞬間、彼女の陰からゴブリンが襲いかかった。が、ゴブリンスレイヤーは分かっていたかのように剣で斬りつける。一刀でそれを仕留め、森人を吊り下げる鎖を外しにかかった。
女神官が駆けより、小癒の奇跡をかける。ある程度効果はあったようで、森人は落ち着いた呼吸をくり返すようになった。
狩人も人知れずほっとする。道の先に何があるのか分かっていたとはいえ、見ていて気分のいいものではない。
いまだにえずいている妖精弓手の背を撫でてやった。
その後、保護した森人を蜥蜴僧侶の竜牙兵に運んでもらい近くの集落まで送り届けさせた。
膝を抱えて小さくなる妖精弓手にゴブリンスレイヤーは声をかけた。
「付いてこれないなら、竜牙兵とともに集落へ向かえ」
「ちょっと! ゴブリンスレイヤーさん!」
「やれるなら来い。できないなら帰れ」
彼女が肩をピクリと震わせた。狩人は彼女を見やる。ぎゅうと手を握っていた。
「やれるわよ。森人があんな目に遭ったのに、のこのこと帰れるわけがないでしょう」
その目には確かな意志があった。火のような意志が。
「そうか。ならば来い」
ゴブリンスレイヤーが道の先に進もうとする。
「耳長の、やつらわしらにとっても不倶戴天の敵じゃ。同胞をなぶった報い、受けさせてやろうぞ」
蜥蜴僧侶もうなずく。狩人は彼女の背を軽く叩いた。
「行きましょう。狩りの時間はこれからよ」
やはりやつら、その存在すら許すことなどできないのだから。
ナイトレインで遅くなるといったな
あれは嘘だ
今まで原作の展開をなぞりつつ二次創作を書くといった経験がないもので
これはこれで難しいなと四苦八苦しています
頑張ります