四方世界の狩人【完結】   作:合間理保

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第8話

 遺跡を進む。

 

 ぽつぽつと居るゴブリンを殺し、簡易な罠を解除し、大きな障害もなく最奥と思われる場所までたどり着いた。

 

 下へと続く大きな吹き抜けの間だ。上部から下を覗けば、多数のゴブリンがたむろしていた。

 これと正面からやるのは手間だな、と狩人は思う。そしてそれは、他の面々も同じだったようで、いったん顔を引っ込めた。

 

「ゴブリンスレイヤー、どうする? 殴り込むにしても数が多いわね」

 

「ああ。皆、奇跡はいくつ残っている?」

 

「私は三回です」

 

「わしゃ、四回かそこらじゃ」

 

「竜牙兵に関しては一回と思っていただければ」

 

 ゴブリンスレイヤーがこちらに顔を向けた。

 

 矢はこれだけよ、と妖精弓手が矢筒を見せる。

 銃弾二十発、と狩人は短銃を揺らした。

 

「ふむ。ならば効率的にいこう」

 

 何を思いついたのか、狩人と妖精弓手が顔を見合わせた。

 

 

 鉱人道士が下を見渡せる位置に立つ。火酒を口に含み、勢いよく吹き出した。

 

「呑めや歌えや酒の精(スピリット)。歌って踊って眠りこけ、酒呑む夢を見せとくれ」

 

 詠唱、そして酩酊(ドランク)の魔法を発動させる。

 効果は下の広間一帯に広がる。騒いでいたゴブリンたちが、しだいに船をこぎはじめ、そしてすべてが眠りについた。

 

 効果を確認した女神官が一歩前に出る。そして詠唱を始めた。

 

「いと慈悲深き地母神よ、我らに遍くを受け入れられる、静謐をお与えください」

 

 沈黙(サイレンス)、音を消す奇跡だ。彼女がこちらを見やり、こくりとうなずく。

 狩人はうなずき返した。

 

 酩酊(ドランク)による強制的な睡眠と、沈黙(サイレンス)で無音になった世界。到底意識が戻ることはないだろう。後は、残った四人で、粛々と始末していくだけだ。

 

 ゴブリンスレイヤーは仰向けに眠りこけるゴブリンの胸を一刺しした。

 

 これは楽だ、と狩人も鉈を振り下ろす。なにより実は目が覚めていて起きてこないのがいい。

 ヤーナム市街で死体かと思って通り過ぎたら、そいつが急に立ち上がり銃で撃たれた記憶は未だ色あせない。

 あれは驚いた。

 そして死んだ。

 

 今やそんなヘマをすることは無い。

 ひとつひとつ確実にゴブリンの頭を割っていく。

 

 ふと妖精弓手を見ると、彼女は同じゴブリンに何度もナイフを突き立てていた。

 あんなものを見たあとだ。幾度刺しても刺し足りないだろう。

 私も、そうだった。

 

 とは言えだ。

 狩人は彼女の方に近づき、肩を叩いた。驚いた顔をして振りかえる。

 

 声は聞こえないから、代わりに頭を撫でるように叩いた。平静を保てという気持ちが少しでも伝わるといいが。

 

 妖精弓手はこくりと首肯した。そして他のゴブリンのもとに向かい、ナイフを胸に振り下ろした。

 まあ、彼女なりにうまく折り合いをつけるだろう。

 そう思って、狩人も他のゴブリンに向かった。

 

 

 始末が終わると、ゴブリンスレイヤーは女神官と鉱人道士に合図を出す。二人が下まで降りてきた。奇跡が解かれ、辺りに音が戻ってくる。

 

 残っている場所は、と広間の大きな門を見ていると、そちらから足音が聞こえてくる。

 音と振動から察するに巨大だ。ゴブリンではない。

 

「ゴブリンども、いやに静かだと思ったら、なるほど侵入者か」

 

 暗がりからその巨体が姿を現す。

 

「オーガ!?」

 

 妖精弓手が声を上げる。ゴブリンとは比べるべくもない強敵だった。

 

「なんだそれは」

 

「何言ってるのよオルクボルグ! 人喰い鬼よ!」

 

「そうか。知らん」

 

 と、悠長にやり取りをしている二人めがけ、オーガが棍棒を振り下ろす。二人は横っ飛びして回避した。体勢を立て直しつつ、妖精弓手が矢をつがえる。

 

「貴様ら、我を愚弄するか! ゴブリン程度と同じだと思うなよ!」

 

 雄叫びをあげる。右手を高々と掲げた。

 その手に火球が生成される。一気にうずくまった子どもほどの大きさに成長したそれが、辺りを熱であぶる。

 

「むう、なんという」

 

「あの威力、洒落にならんぞ!」

 

 熱を防ごうと、顔の前に手を掲げる二人に、女神官が背後に集まるよう言った。

 

「いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください!」

 

「カリブンクルス……クレスクント」

 

 女神官とオーガの詠唱が重なる。

 オーガが腕を振りかぶった。

 

「ヤクタ!」

 

聖壁(プロテクション)!」

 

 放たれた火球が壁とぶつかる。投射の勢いは削がれたものの、その熱が聖壁に傷をつける。ジリジリと防御壁が押されている。女神官が息を呑んだ。

 

「いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください!」

 

 再び聖壁を展開する。都合二枚の壁が火球を押しとどめ、そしてそれは霧散した。

 

 奇跡を使い果たした女神官が倒れ込む。ゴブリンスレイヤーが彼女を抱きかかえた。

 

「よくやった」

 

「は、はい」

 

 行くぞ、と一党に声をかける。声を合図に散開した。

 

 オーガに接近するのはゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶、それに狩人だ。鉱人道士は中距離から、妖精弓手は高所を取り援護射撃に向かう。

 

 狩人はステップを踏みながら攻撃の隙を探す。

 六対一だ。数の利はこちらにある。オーガの武器やこれまでの動きを見るに、恐らく筋力型。

 一撃は重いが連撃は少なかろう。目標を散りばめ、背後に付けたものが攻撃していくのが良いはずだ。

 

 オーガがこちらに狙いを定め、棍棒を縦に振り下ろす。すれ違うよう斜め前にステップを踏んだ。棍棒が床石を叩く。石がひび割れ破片が散った。

 やはりこのパワーは脅威だ。

 裏に回った狩人はアキレス腱を狙い、ノコギリを振るう。同時に飛び込んできた蜥蜴僧侶が逆の足を狙った。

 

 一刀斬りつけ、すぐさま二人で退避する。背後を狙った振り回しが、オーガの周りの空間を切った。

 

「ぬう、あれを見てくだされ、狩人殿」

 

 蜥蜴僧侶が斬りつけた傷口を指差す。その傷口はゆっくりと治癒していき、あっという間に、元の肌に戻った。

 

「ええ。すさまじい回復能力ね。けどまあ、血が出るなら殺せるはずよ」

 

「はは、頼もしいお言葉」

 

「寄って、避けて、斬る。これだけよ」

 

「やってみせましょうぞ」

 

 にたりと笑って、二人はまた別れた。

 

 オーガが怒り、狩人めがけ前蹴りを放つ。横を取るように避けた。やつの顔が追いかけてくる。目が合った。

 と、そこに矢が飛んでくる。妖精弓手だ。射られた矢は狙い違わずオーガの目へと飛んでいき、見事その眼球を貫いた。

 

「ぐうう」

 

 さすがに効いたのだろう。オーガがうめき、片手で顔を押さえる。狩人は無防備な腹を斬りつけた。

 鮮血が吹き出た。

 返り血がかかる。

 

「おおお!」

 

 オーガがやみくもに棍棒を振り回す。すんでのところで狩人は離脱した。やつは目に刺さる矢を引き抜き、腹に力を込める。するとやはり、傷が治癒されていった。

 狩人はゴブリンスレイヤーの元へ近づいた。

 

「やっかいね。一撃で持っていくしかなさそうだけど……。何か策は?」

 

「ある。が、隙が必要だ」

 

「なんとかしましょう」

 

 言って、再びやつに近づいた。

 

 オーガの攻撃は鋭く、重い。

 さらに先の目をやられた攻撃を受けて、的を絞らせないような動きをしている。少なくとも慢心していい敵ではないと認識されたらしい。

 やっかいだ。

 

 妖精弓手や鉱人道士の矢弾は、オーガの動きの先を取り、行動を抑制するのに一役買っている。しかし致命傷にはなり得ない。

 前衛のゴブリンスレイヤーの小剣でもそれは同じだ。

 ゴブリン向けに用意されたそれでは、大きな傷を与えられない。

 となれば、隙を作れるのは狩人か蜥蜴僧侶だ。

 

「竜牙兵を! まずは数で撹乱する!」

 

「委細承知!」

 

 狩人の声を受け、蜥蜴僧侶が竜牙兵を召喚する。とにもかくにも数の利を活かすべきだ。

 

 オーガを囲むように立ち、牽制をかける。

 致命傷にはならねど、付けられる小さな傷に、じきにやつが苛立ちを募らせてきた。

 

「小癪な!」

 

 回転するように棍棒を振り回す。その攻撃の終わりばな、回転で体勢が整っていないわずかな隙を見て、狩人がオーガに接近した。

 

「ふん! その程度のノコギリではなあ!」

 

 振り払おうとするオーガの顔に、ここで初めて使う短銃を突き付けた。

 初めて見る武器に、やつの目と口が開く。じとりと睨みつけた。

 開いた柔らかい口。体格差のせいで見上げる形だ。口を下から撃てば、その射線上にあるは脳。

 

 大きな傷は避けられないだろう。殺せずとも隙は生まれるはずだ。

 

 発砲。

 銃声が響き、オーガの顔が大きくのけぞる。

 

 獲った。

 

 狩人が目を細める。

 銃口から煙がこぼれる。その煙をかき分けるように、ぐいとオーガが顔を戻した。

 

「なっ!?」

 

 にい、とオーガが目を歪め、歯をむき出しに笑う。その歯の間に銃弾があった。

 口めがけ放たれた銃弾、やつはそれに噛みついて止めたのだ。

 

 驚きに狩人の動きが止まった。その一瞬を見逃さず、オーガが殴りつける。

 

 もはや避けられない。ならば覚悟を決め受けるしかない。

 下手に避けようとしたところに攻撃をもらう方が手痛いと、狩人は知っている。

 だからステップを踏まず、腕を構えた。

 

 オーガの巨腕が狩人を吹き飛ばす。

 二回三回と石床を転がり倒れこんだ。

 

「狩人!」

 

 妖精弓手が悲鳴じみた声をあげる。

 

 重傷だ。痛みに今にも気を失いそうだ。だが、立ち上がらなければならない。すぐに追撃がくる。だから立ってステップで回避をしなければならない。

 ヤーナムで培った意志が狩人を動かす。

 

 そして実際、彼女はすぐに動き出し物陰に滑りこんだ。

 女神官が駆け寄ってくる。

 

「足止めじゃ! 狩人の方に向かわせるな!」

 

 鉱人道士が叫び、石弾を放つ。ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶がオーガに近寄った。

 

 女神官は狩人の横で膝をつく。

 

「狩人さん! 大丈夫ですか!? いま回復ポーションを……」

 

「いえ、それよりも血を」

 

「血、ですか?」

 

 狩人が懐から何かを取り出す。その赤黒いどろりとした液体に、女神官は思わずひっ、と声を漏らした。

 

 針を用意し、輸血液を太ももに勢いよく突き刺した。熱とともに血が体を駆け巡る。血、すなわち意志が。

 狩人は脚に力を込め立ち上がる。

 

「よし。戻ろう」

 

「えっ、そんな! ポーションだって効果が出るのに多少時間がかかります! まだ……」

 

「血を入れたから大丈夫よ。それに仲間が戦っているのにいつまでも寝てられないわ」

 

 ノコギリを握り直し、狩人は物陰から様子を伺った。

 

 

 狩人が吹き飛ばされ、残った者が戦うも、決定打が足りない。

 ゴブリンスレイヤーは悩みつつスクロールに手を伸ばした。

 

 ここで切り札を切るべきか。いや、今ではない。もっと確実な時に切るべきだ。使わされた切り札ほど弱いものはないのだから。

 

 ちらりと狩人が隠れた方へ目をやる。すると物陰から彼女が見返してきた。その目には確かに闘志がある。

 なるほど、ならば彼女に任せるべきだ。切り札を切る時を創り出してくれるだろう。

 であるならば、このままかく乱を続けよう。

 

 ゴブリンスレイヤーがオーガを斬る。一向に痛手を与えている感覚はないが、それでも好機を逃さないようにするために続けるしかない。

 

「小賢しい! 今度こそ焼き尽くしてくれよう!」

 

 オーガが距離を取り、手を掲げる。

 火球が手に生成される。

 女神官の奇跡はもう使えない。

 やむを得ん。ここで使うしかない、とゴブリンスレイヤーがスクロールを掴んだ。

 オーガが詠唱を始める。

 

「カリブンクルス……」

 

 その時だ。陰を進んでいた狩人が、オーガの背後に立ったのは。

 

「それは、温い」

 

 気づかれぬ間に背中を取った狩人が渾身の力でノコギリを振り下ろす。背中の中央を並んだ刃が抉り斬る。

 

「ぐう!?」

 

 その衝撃に、オーガが膝をつき崩れ落ちた。その無防備な背中の傷口めがけ狩人が右腕を構える。

 

 呼吸とともに腕を差し込んだ。内臓を掴み、一気に引き抜く。

 血が舞う。

 オーガは倒れこんだ。

 

 だが、まだだ。やつはまだ動こうとしている。手をつき、立ち上がろうとしている。

 

「ゴブリンスレイヤー!」

 

「ああ」

 

 今こそ時だ。

 狩人が退避する。ゴブリンスレイヤーはスクロールを開いた。

 

 スクロールから何かが迸る。わけもわからず、次の瞬間にはオーガの体は両断されていた。

 

 気づいた時、辺りは水に浸かっていた。ただの水ではない。深い海の香りだ。オーガは目を瞬かせる。

 

「なに、これ……?」

 

 呆然と狩人が呟く。ゴブリンスレイヤーがオーガに歩み寄った。

 

「転移のスクロールだ。海と繋げたものだ。使えば圧縮された水が大量に噴き出す。鋼すら容易く切り裂けるほどのな」

 

「なるほど。随分な策ね」

 

「ゴブリンの巣を潰すのに使うつもりだったんだがな」

 

 その言葉に、オーガが目を見開いた。

 

「ゴブリン……。我をゴブリン程度と並べて扱うなど……!」

 

「お前よりゴブリンのほうがよほどやっかいだ」

 

 言って、ゴブリンスレイヤーはオーガの顔に小剣を突き立てた。

 

 今度こそ、オーガは動かなくなった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 帰りは馬車に乗れた。助けた森人を送り届けた集落の者が気を使ってくれたらしい。

 皆疲れて眠りこけている。

 

 妖精弓手と女神官がゴブリンスレイヤーのことについて何やら話している。どうにも、彼に心躍る『冒険』をさせたいそうだ。

その会話も一段落したらしい。妖精弓手も目をつぶった。じきに穏やかな寝息を立てる。

 

 ちらりと女神官がこちらを伺った。

 

「なに?」

 

「あっ、いえ……。その……」

 

 彼女は手をわたわたと動かす。その様子がおかしくて、くすりと笑ってしまった。妹がいたらこんな感じなのだろうか。

 

「なによ、もう」

 

 吐息まじりに再度問えば、彼女は狩人の隣に移ってきた。

 

「あの、傷は本当に大丈夫なんですか?」

 

「うん? 平気よ。まだ気にしてたの?」

 

「いえ、だって……」

 

 と彼女は言葉を濁した。ぐいと顔を寄せてくる。

 

「あんなもの、初めて見ました。あんな方法……。本当に効いているんですか?」

 

「でなければ、私は今ごろこうしてあなたとお話できてないわ」

 

 狩人が肩をすくめる。私たち狩人だけの方法よ、と付け加えた。彼女はまだ何か言いたげに口をもごもごと動かしている。

 

「あれは本当に正しい方法なんですか……? あんな……」

 

「悍ましい?」

 

「そこまでっ……!」

 

「ま、きっとあなたのその感覚は正しいわ。神官だものね。あの血の中の何かを感じ取れるんでしょう」

 

 私の中にも流れるヤーナムの血、その中に入っている何か。

 それは決して彼女と相容れることはないだろう。

 

 それでも私はまた彼女と並び歩いてみたいなと、ともに依頼を受けて思った。

 

 一党での冒険ってのも良いものね、と呟けば、女神官はこくりとうなずき返してくれた。

 

 辺境の街までまだ時間がかかる。それまではゆっくり寝ようと、狩人はぐいと伸びをした。




最初のボスにしてはめちゃくちゃ強いですよね、オーガ

ブラボで言ったらどこらへんの敵になるんでしょう
初心者の壁であるガスコインになるのか
ヤーナムの影とかそこらへんの中盤ボス扱いにまでなるのか
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