ゴブリンスレイヤーたちとの冒険から幾日か経った。
オーガと対して以降、武器の修繕にコートの手入れで依頼を受けない日々だった。狩人は関係ないが、他の面々は消耗品の補充も行なっているだろう。彼らも休んでいるはずだ。
と思っていたら、ゴブリンスレイヤーは日課のように彼が住む家の周辺にゴブリンの痕跡が無いか調べているらしい。
女神官から聞いた時、感心を通り越して呆れたほどの徹底ぶりだった。そういう者が居れば、周りの者は安心して暮らせるだろう。
ただ、人に安心を与え続けて、その一方で彼が安寧に暮らせる日は来るのだろうかと、少し心配になった。
そんな日のなかで、狩人はギルドから呼び出された。ならばとばかりに古狩人もついてきた。
建物の中で分かれ、受付嬢のもとへ用件を聞きに行けば、そこには女神官も居た。
「狩人さん」
「こんにちは、今日も彼について行ってゴブリン退治?」
「いえ、あの……。ギルドから来るように言われて……」
私何かしてしまったでしょうか、と彼女は眉尻を下げた。
ちらりと受付嬢を見る。彼女は素知らぬ顔だ。口には出せないが、まずいことを知っているというわけでもなさそうだ。
彼女にとって悪いことではないだろう。
そしてこの前のオーガとの戦闘の後だ。
であるならば。
「きっと悪い方向には行かないと思うわよ」
確信めいて言う狩人に女神官は首をかしげるのだった。
その後、女神官はギルド職員に呼び出されて、部屋に向かった。しばらくして出てくる。彼女の顔には喜色が浮かんでいた。それと少しの困惑も。
狩人が彼女に声をかける。
「ね、いいことだったでしょ?」
「はいっ、黒曜等級に昇格しました!」
おめでとう、と拍手する。それから両の手のひらを見せるように掲げれば、彼女は遠慮がちに手を合わせてきた。
ぱちん、と可愛らしい音がなった。
次は私が呼ばれているから、と狩人は部屋へと向かった。終わったら話したいから待っててほしいわ、と付け加えるのも忘れない。
女神官はこくりとうなずいた。
待っている間どうしようと女神官はギルド内を見渡す。
ほとんど取られた依頼の張り紙、忙しく動く職員たち、昼間から酒を飲む冒険者、そのテーブルの中にひとりの男がいる。狩人と似た意匠のコート。古狩人だ。
狩人の先達。話を聞いてみたいと思った。
恐ろしげな風貌だが、きっと悪い人ではないと思える。それはきっと狩人と一緒に冒険し、彼女の人となりを知ったからだ。彼女の関係者ならきっと大丈夫だろう。
そう思い、彼女はつかつかと古狩人に近づいた。
「あの、こんにちは、古狩人さん」
「ん、ああ」
「私、狩人さんと一緒に依頼を受けた神官です」
「ああ、銀等級の三人が来た件か。ゴブリンスレイヤーと一緒に行った」
「はい。それです」
まあ座れ、と古狩人が椅子を指す。ちょこんと女神官が座った。なんと話を振ろうかと思ったところで、古狩人のほうが声を上げた。
「
「えっ、なんで私の使える奇跡を……?」
「狩人からな。頼りになったと聞いている」
「そうでしょうか……。私なんてみなさんに付いていくのがやっとで……」
はあ、と古狩人が息を吐いた。何を言っているのだろうか、この娘は。
「いいか。一緒に居るから忘れがちかもしれんが、お前が組んでいるゴブリンスレイヤーは在野最高峰の銀等級だ。あの三人にしてもそうだし、狩人も銅だが、銀間近の冒険者だ。対するお前は何だ」
「白磁です。今さっき黒曜等級を貰いましたが、でも……」
「そうだ。経験の浅いお前が、ベテランの冒険者にただの足手まといにならず付いていけている。それは誇れることだ。胸を張れ」
「そうなんでしょうか……」
「そうさ」
普通はさっさと進む他のものに付いていくことすらできない。
腕を組み、古狩人は断言した。
「お前は銀等級が苦戦するオーガの攻撃を防いだ。その功績は認められ、昇格も果たした。後はお前が自分自身を認めてやるだけだ」
「……はい」
女神官は小さくうなずいた。と、そこへ明るい声が降ってくる。狩人だった。
「ちょっと、古狩人。私の友達をいじめてるの?」
「なに、古い老人らしく説教を垂れていたところだ」
「はあ? ちょっと、変なこと言われてないわよね?」
狩人が女神官の肩を叩く。
「えっ、あ、はい。大丈夫ですよ」
「それより、狩人。どうだった?」
「そうよ。見てみなさい。銀の認識票を貰ったわ」
言って、認識票を前に出す。女神官は控えめに拍手をし、狩人も良くやったとうなずいた。
「これであなたと同じ銀等級ね」
笑う狩人に、古狩人は意地悪げに口を吊り上げた。
「同じ? 本当にそうか、ヤーナムで試してみるか?」
私はいつでも不吉な鐘を鳴らすが、と古狩人は煽る。
女神官はその意味が分からなかったが、力比べをしようと言っていることは想像できた。
狩人は口元をひくつかせる。
「いや、それは……。うん、まあ……今度ね」
「今度か、それならば予定を立てて……」
「遠慮するわ!」
そうか、と古狩人は笑った。狩人は腹をさする。内臓攻撃を受けた時の記憶が蘇ってきた。
内臓攻撃と言えばだ。
「古狩人、手合わせは置いておいて、力を付けたいわ。オーガに対した時一発で持っていけなかった」
余計な手間をかけたわ、と悔しがる。
「ふむ、内臓攻撃か。今のお前は筋力のほうがあるからな。技術不足だ」
ヤーナムを回れ、まずはそれからだ、古狩人がアゴを撫でた。
そこで、女神官が控えめに手を上げる。
「あの……、先ほどから言われてるヤーナムというのは……? 訓練施設か何かですか?」
二人は顔を見合わせた。そして、
「ろくでもない所よ」
「ろくでもない所だ」
そろって息を吐いたのだった。
◆◆◆
狩人の夢は辺境の街の家とよく似ている。いや、逆なのだろう。狩人の夢に似せて、街に家を建てたのだ。
建物や地形もそうだが、その地のまとう空気そのものが似ていたからだろうか、初めの頃は、どちらが夢でどちらが現実なのか分からなくなることもあった。
前に古狩人に聞いたことがある。
夢と現実が混ざらないの、と。
私にとってはどちらも夢だ、と彼は答えた。
その真意はよく分からなかったが、とにかく今となっては迷うこともない。
細かな違いが分かるようになったというのもあるが、なにより辺境の街には人形も使者も居ないのだから。
そのことに気づくまでに少し時間がかかったことに、我が事ながら呆れてしまった。
その人形が、狩人の手を取るように両手を差し出している。狩人が集めた血の遺志を力へと変えてくれる。
その仕組みも、そもそも血の遺志とはなんなのかすらよく分かっていない。
ただ、遺志を力へとする時の、人形の手は温かい気がした。
内臓攻撃に必要な技術を身につけていった。それから、と考える。
それから神秘も習得したほうが良いだろう。
ゴブリンスレイヤーたちと組んだのだ。次もあるかもしれない。一党で動くならば、サポートできる手段はあったほうがいい。
一人で狩りをするぶんには考えずに済んだことだ。けれども、そういう事を考える必要があることを大変だとは思わない。これはこれで新鮮で良い。
無事に遺志を力へとし、狩人は人形から一歩離れた。
それから消耗品を補充し、新しく秘儀の道具も持っていく。
「ありがとう。人形。それじゃあ行ってくるわ」
「はい。あなたの目覚めが有意なものでありますように」
目覚めの石墓に近づき手をかざす。ゆったりと意識が薄れていき、やがて辺境の街の家で覚醒した。
その日は例の三人とギルドで語り合っていた。テーブルに料理と酒を広げ、席を共にしている。
自分を含めてそれぞれ戦闘スタイルが違うのをいいことに、各人の戦い方についてあれやこれやと話し合う。
共に前衛である蜥蜴僧侶と狩人との違いは、鉱人道士と妖精弓手にとっても興味深い話題らしい。
「鱗のは膂力に任せた攻撃重視、狩人は回避重視の装衣じゃのう」
「二人とも盾は使わないのよね」
「竜牙刀は刃こぼれせぬゆえ、受ける時は刀でよいですからな。わざわざ片手を盾で塞ぐこともありますまい」
「私はこの短銃が盾がわりね。遠距離からの牽制に、衝撃での行動阻害」
狩人に妖精弓手が疑問を呈した。
「素直に盾を持てばいいじゃない」
「獣の力に押し負けるもの。力比べじゃ勝てないからこそ、私たちはそもそも攻撃を受けないことを重視してるわけ。それに盾は防御しかできないけど、銃はタイミングを見計らえば敵の体勢を崩せるわ」
敵の攻撃に合わせ、盾で相手の武器を弾いて隙を作り出す、俗にパリィと呼ばれる技術が世の中に無いわけでもないが、狩人にとってそれは夢のまた夢のような話だ。
獣の腕は人の身で弾けるほど軽くない。あるいは自身に人ならざる膂力があれば別だろうが。
妖精弓手が腕を組む。
「いずれにせよ変わった戦型よね。古狩人から受け継いだんでしょ? 彼独自の戦い方なの?」
「いえ、狩人たちの戦い方らしいわ」
「ほう、かような戦型を持つ者は寡聞にして聞きおよびませぬが、狩人とは複数おいでか。組織だった者たちなのですか?」
蜥蜴僧侶が耳聡く食らいついた。
しまった。
余計な疑念を抱かせたかもしれない。
彼らには、もちろん他のものにも、獣の病のことは言っていない。自身や古狩人のことは『ただの』獣を狩る狩人だと思わせている。
そちらに詮索が向かう前に、話を切り上げようとした。
「私が師事したのは古狩人だけだから、詳しくは知らないわ。本人に聞いてみて」
「ふむ、さようですか」
蜥蜴僧侶がチーズをつまみ、目を緩ませる。酒を飲んでいた鉱人道士がヒゲを撫でた。
「古狩人も謎多き人物だのう。狩人、あやつどういう奴なんじゃい」
「え、さあ?」
「『さあ』!?」
思わずこぼしてしまった素直な答えに、妖精弓手が声を張り上げた。こちらを勢いよく指差す。
「あなた達一緒に住んでるんでしょう!? その相手のことよ!?」
その言葉に、ぴくりと眉が動いた。呆れてため息をつく。
「冒険者たちが私たちの関係についてあれこれ邪推してるのは知ってるけど。なに? あなたまで?」
「いや、だって……ねえ?」
しまったとばかりに妖精弓手が他の二人に水を向ける。余計なことに巻き込まれては敵わないと、彼らは料理を口にした。
うまいのう、甘露甘露、と白々しくうなずく。
「まあ、ヤーナムってところで狩りをしていて、こっちに来て冒険者になった。私と出会ったころには名の売れた銀等級だった。私が知っているのはそれくらいよ」
「なんでそんな相手と一緒に住んでんのよ」
彼女はいやに食い下がる。やはり余計な噂でも耳にしているのだろうか。なんと答えるか迷って、彼女たちになら適度に本当のことを言っておいてもいいかと思った。
「……恩人だから?」
「恩人? なんの……」
「おい耳長娘。そのへんにしておけ」
さすがに立ち入りすぎだと思ったのだろう。鉱人道士が妖精弓手を引き止めた。
素知らぬ顔で飲み物に口をつける。
そこに、彼が来たのだ。
「依頼がある。水の街からだ」
横から唐突にかけられた声に、一同が声の方を向く。ゴブリンスレイヤーだった。後ろには女神官も控えている。
テーブルの上に封筒が置かれる。その蜜蝋は水の街の至高神のものだった。
ほう、と皆がその封筒に注目する。
ゴブリンスレイヤーが続ける。
「俺への依頼だが、一党を組んでも構わないとのことだ。来るか」
名指しの依頼。それも至高神の関係者からだ。なにか大きな話が来ているのだろう。妖精弓手は冒険の匂いにうずうずしている。
「で、どんな依頼じゃ」
鉱人道士が片目をつぶって問うた。ゴブリンスレイヤーがうなずく。
「もちろん、ゴブリンだ」
次回、水の街編
あと前話上げた後、拙作が一瞬日間ランキング100位以内乗りました
ありがとうございます
小躍りして喜んでいます
これからも頑張りますのでよろしくお願いします