魚人島にある無法地帯、魚人街を、かつて仕切っていた男がいた。
その男の名はフィッシャー・タイガー。
おれ達みたいな魚人の中でのはみ出し者にとって、タイガーはまさしく兄貴分と呼べる存在だった。
13年前、天竜人が暮らすマリージョアに、タイの大アニキは単身で乗り込み、何千もの奴隷たちを一人で解放して回るという偉業を成し遂げた。
そんな大アニキの事をおれは心より敬愛していたし、尊敬していた。
その後、タイの大アニキはタイヨウの海賊団を結成。
おれは勿論、ジンベエのアニキやマクロ一味など、大勢の魚人街の野郎どもがタイヨウの海賊団に加わった。
海賊なのに、“不殺”を掲げた大アニキ。
その事について、生ぬるいと思わない事もなかったが……
大アニキが言うならと、おれは渋々ながらもそれに従っていた。
……しかし、10年前のあくる日、恩知らずな人間たちの策略によって、大アニキは殺されてしまった……
“不殺”を掲げていた大アニキが! 人間によって殺された!!
何発も銃で撃たれ、瀕死の重症となり、血が足りなくなって倒れ、そして死んだ……!!
「ふざけんじゃねェーーッ!!!!」
大アニキの弔い合戦だと、単身で船を飛び出したおれは大アニキを殺した人間たちのいる島へと攻め込んだ。
しかし、当時まだ中将であった“黄猿”に呆気なく敗北……
そのままおれはインペルダウンへと投獄された。
「ヂグショオ……人間め゛……!!」
それから1年後……
タイの大アニキ亡き後、タイヨウの海賊団の新たな船長となったジンベエのアニキが七武海に加盟した事により、おれはインペルダウンから釈放された。
おれが釈放されたのはジンベエのアニキのおかげだ。このままアニキについていけば、おれは安全に暮らしていける。
それは分かっている。……頭では分かっている。
だけど心がそれを否定した。タイの大アニキを殺した政府の人間、その手先となったジンベエのアニキの事を……
おれァどうしても認める事が出来なかった……
その後、ジンベエのアニキに何発か殴られる事にはなったが、おれはタイヨウの海賊団を抜け、海賊アーロン一味を復活させ、何人かの同胞たちと共に
恨みや怒りに生きるのはやめろとジンベエのアニキは言ったが、タイの大アニキを殺された恨みをどうして忘れられよう?
おれこそが……魚人族の怒りだ!!
「ニュ〜、それでアーロンさん。タイヨウの海賊団を抜けたはいいが、これから一体どうするんだ?」
おれについて来てくれた同胞の一人、タコの魚人、ハチが聞いてきた。
「これからどうするかって? そりゃあお前──…………そりゃあ……」
答えられなかった……
人間に下ったジンベエのアニキの下にはつけない……
かと言ってタイの大アニキの弔い合戦も既に失敗している……
世界政府に喧嘩を売るなんて、今の戦力で出来る訳がない……
「………」
人間は下等な種族だが、黄猿のようにとんでもなく強い化け物も中にはいるって事は頭に入れておかなくちゃならない。
(………………クソッ! クソッ! 黄猿のあの目……! おれの事を、なんの障壁としても見ていない、あの蔑むような目が、おれの神経を逆なでする! 癪に障る! ムカつく!)
ヤツの存在は人間の中でも特に……特に! 気に食わないが、今はヤツに関わるべきではない。
おれ一人だけならともかく、無策で突っ込むなんて馬鹿な真似、同胞たちにはさせられない……
ジンベエのアニキにも、黄猿にも邪魔されないように、人間共に魚人族のチカラを示す方法……
今のおれに……出来る事、それは……
「シャ……ハハ……そうだ……! そうだな! 良い策を思いついた!」
この時のおれの考えを、堅実と取るか、情けないと取るかは、人それぞれだろう。
だけど同胞たちに危険が及ばないように人間たちに報復するには……
少なくともその方法しかおれは思い付かなかった。
「シャハハ! お前ら!
「ニュ〜?
「そうだ! そこから始めるんだ! その海の人間たちに、魚人族の強さを! 恐怖を! 怒りを! 思い知らせてやるんだ! シャ〜ハッハッハ!!」
脆弱な人間しかいない最弱の海、
そうすれば、いずれ世界の海をも手中におさめられるはずだと、神に選ばれた種族であるおれ達魚人族なら、その野望を叶える事が出来ると、当時のおれは本気で信じていた。
いや、信じたかっただけかもしれない……
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同胞たちと共に
近場にいた海兵たちを金で買収し、おれたちの悪行が海軍本部やジンベエのアニキに伝わらないようにして、せこせこと勢力を広げていく。
脆弱な人間たちをおれ達魚人が支配して、奴隷扱いし、金を巻き上げる。
逆らおうなんて絶対に思わせないように、武器は取り上げるし、見せしめに殺しもする。とにかく舐められないように徹底的にやった。
魚人が上! 人間が下! これを徹底させる。これが本来のあるべき姿なのだ!
「シャ〜ハッハッハ! シャ〜ハッハッハ!」
……だけど、そんな支配を続けていても、真の意味でおれの心が満たされる日は訪れなかった……
こんな事をしてもタイの大アニキは戻ってこない。今のおれをタイの大アニキが見たら、一体なんて思うだろう……
それに、黄猿の恐怖が時折脳をチラつくのだ。クソ……ッ!
そんな感情を押し殺しながら、共について来てくれた同胞たちのためにも、もう後戻りは出来ないと、おれは村の支配を続けた。
…………そんなある日の事だったか。
おれが“不可視の怪盗”の存在を知ったのは。彼が起こした事件を、新聞で目にしたのは。
────
近頃シャボンディ諸島で話題となっていた、“不可視の怪盗”の正体が明らかに!?
その正体はなんと、ラインと名乗る体長数センチしかない小さな小人であった。
昨日正午過ぎ、不可視の怪盗ラインは、天竜人ボミオール聖を殴り飛ばし、彼の妻を奪い去ってしまった。
それを取り押さえようとした何人もの海兵達が倒され、さらには海軍の最高戦力、“大将黄猿”までもが“不可視の怪盗”により大怪我を負わされ、そして取り逃がした。
“不可視の怪盗”は今もなお逃走中である。
────
「ッ!!?」
その新聞記事を読んだおれは……
「……シャ、シャハ……シャッハッハッハ……シャ〜ッハッハッハッハッハ!!」
気が付いた時には、腹の底から大きな声で笑ってしまっていた。
「な、なんだこいつ!? 天竜人を殴り飛ばしたァ? しかも、“あの”黄猿に大怪我を……だと? シャッハッハッハッハ! こんな痛快な事があるかよ!!」
この不可視の怪盗ってやつが魚人じゃねェってところは少々不満だが……人間以外の種族が、天竜人や黄猿に一泡吹かせたってのは最高だ。
「不可視の怪盗! イカれてやがる! 面白れェ! 大したもんだ! 見上げたもんだ! シャ〜ハッハッハ!!」
「……あ、アーロンさん?」
「アーロンさんが魚人以外の活躍を喜んでる……」
「ニュ〜? よく分かんねェけど、たこ焼きパーティーだ!」
あの恐ろしく強かった黄猿を、少なくともおれでは勝てるビジョンが一切見えなかった黄猿を、人間以外の種族が出し抜いた……!
ニヤリと口角が上がる。久しぶりに気持ちがスッキリした。
思えばこの時から既に……おれは“不可視の怪盗”に憧れを持ってしまっていたんだと思う。
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それからさらに数年後……
今からおよそ数ヶ月前の出来事だ。
おれたちアーロン一味は、麦わらの一味の手によって壊滅した。
自慢のアーロンパークは潰され、同胞たちも全員やられてしまい……
おれたちは決死の思いで海へと逃げ出した。
「ぐ……く、ぐがァ……あ゛、あのゴム小僧……!! くそ! くそぉ……!!」
海軍本部の人間には敵わないから、わざわざ最弱の海までやって来たというのに……
それなのに負けてしまった。8年かけてナミに描かせてきた海図も失った。
「はぁはぁ……! はぁはぁ……! …………くそぉ……何やってんだ……おれァ……」
これにより、アーロン一味は解散。
おれの魚人としてのプライドは、アーロンパークと共に粉々に崩れ落ちてしまった。
同胞たちは散り散りとなり、おれは完全に居場所を失ってしまった。
「………」
麦わらのルフィに敗れて、およそ1ヶ月。
おれは
そんな時に、声をかけてきたのが海軍支部のネズミ大佐だった。
ココヤシ村を支配していた時に、おれが買収していた海兵。
「チチチチ! ごきげんよう、アーロン氏。怪我の具合はどうかね?」
「………」
「ココヤシ村の支配は残念ながら失敗してしまったようだが……今度は別の島を支配してアーロンパークを再建するというのはどうかね?」
「………」
「キミたち魚人のチカラを以ってすれば、また小さな村を見つけて支配するなんてワケないだろう? ココヤシ村では運が悪かっただけさ。何をしようと都合の悪い事は私がまたもみ消してやるから、だからまた二人で儲けようじゃないか……! チチチチチチチチ……!」
そんな儲け話を促してくるネズミ大佐だったが……
正直おれにはそんな事をする気力はもうなかった。ココヤシ村がダメだったから、だから今度はそれよりもっと小さい村を支配する……?
そんな事して何になる……
魚人族の未来の何が変わる……
虚しいだけだ……
それに同胞たちももういない……
もうダメなんだ……
「……あぁ、そういえばアーロン氏」
「………」
「キミが気に掛けていた、“不可視の怪盗”だがね、またもや大きな事件を起こしたみたいだよ」
「…………なに?」
「なんと彼、今度はマリージョアに単身で攻め込んで、それで何十人もの魚人の奴隷たちを解放して回ったそうだ。天竜人も一人殺害されたらしい……チチチチチ! 小人一匹侵入を許し、好き勝手暴れられ、あまつさえ五体満足のまま逃げられるとは……本部の奴らも大したことない……チチチ!」
「……………………」
不可視の怪盗が、マリージョアに攻め込んだ?
それで天竜人を殺し、奴隷にされていた何十人もの魚人たちを解放した……だと?
「シャ……ハハ……ハ……」
また……だ。心が踊る。胸が昂ぶる。スゲェ……なんて奴だ、不可視の怪盗……!
心の底ではおれがやりたかった……だけど絶対に出来ないからと、諦めてしまっていたその偉業を! 全部全部全部! やってのけてしまったというのか! 不可視の怪盗ライン!
「チッチッチッチ、まあそんな話よりだ、アーロン氏。次の儲け話を……ブゲェッ!?」
気分が高揚し、いても立ってもいられなくなったおれは、ネズミ大佐を殴り倒し、大地を蹴って海へと飛び込んだ。
勢いそのまま泳いで向かっていった先は、
(タイの大アニキや、不可視の怪盗と同じように、おれもマリージョアに攻め込むんだ……! 天竜人をブッ殺して、捕らわれている同胞達を救い出すんだ……!)
……そんな決意を込めての、突発的な行動だった訳だが……
倒れているところを海兵に見つかり、捕らえられ、インペルダウンへと送られて……
現在に至る、という訳である……
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・
・
「…………つまり、あんたや大アニキの真似をして、マリージョアに攻め込んでいったはいいが、誰一人殺せる事なく、誰一人救い出せる事なく……無様にとっ捕まっちまったマヌケが、今のおれってワケだ……シャハハ……」
「……」
「タイの大アニキが死んだ時からなにも変わっちゃいない……なんの勝算もなく一人で突っ込んでいって、それでこのざまだ……情けねェ……」
「ふむ……」
おれの話を、愚痴を、後悔を……
不可視の怪盗は時折相槌を打ちながらも、ジッと黙って聞いてくれていた。
「……これがおれの、哀れな魚人生だよ……」
「なるほどなぁ……」
おれの話を聞き終えた不可視の怪盗は、腕を組んで、何かを考え込むようにう〜んと唸って、そうしてから、おれにビシッと指を突き立ててきた。
「色々ツッコミどころはあるけど、お前のその魚人生に一言言わせてもらうとすればだ、アーロン。お前ってさぁ……」
「……ああ」
正直……どんな罵倒を受けても、仕方がないとは思っている……
タイの大アニキの報復も、ココヤシ村の支配も、マリージョアへの襲撃も、おれがやった事は全て失敗に終わっているから……
勝ち目がないのに単独で突っ込むなんて馬鹿のする事だと言われるか……
ジンベエのアニキと同じように、恨みに生きるのはやめろと言われるか……
それとも人間の村を支配した事を咎められるか……
「お前ってさ……」
「……」
「めちゃくちゃ仲間思いなヤツだな」
「……………は?」
想像の、斜め上の返答に……
おれは思わずポカンとアホ面を晒してしまった。
「なかま……おもい?」
「うん。だって……話聞いてたらお前の行動って、全部
「……」
「結果的に失敗してるし、やり過ぎ感も否めないけど、大した行動力だと思うよ、俺は」
「…………!!!」
おれの行動は、その全てが失敗ばかりだった……
ジンベエのアニキにも、おれの行動は間違っていると、思いっきり殴られて否定された……
だけど……そうだ……そうなんだよ……!!
俺はずっと、魚人族の為に……愛すべき同胞たちの為に、行動してきたんだ……!!
「まあハッキリ言って、ココヤシ村を支配したってところは……上級生にイジメられた憂さ晴らしを下級生で晴らそうとしたみたいで、すっげぇダサイし、かっこ悪いし、許されちゃいけないムーブだとは思うけど……」
「うっ……」
「でも、大切な仲間の為に行動してきたってところだけは、評価できると思うよ」
「そ、そうだ……おれは……同胞たちの為に……頑張って……やってきて、それで……それで……!」
「……そっか。じゃあ俺が言ってやろう。よく頑張ったな。アーロン」
「う、ううぅ……! うお……うおおおぉおうぅ……!!」
今のおれに、その言葉は染み渡る。
思わず涙が溢れて、溢れて溢れて、止まらなくなってしまった……
飢餓地獄の暑さのせいで、水分なんてとっくの昔に枯れ果てたと思っていたのに……
それなのに、久しぶりに大泣きしてしまった。
「う、うぅ……ううぅ……すまねェ……こんな情けない姿……すまねェ、すまねェ……!」
「ふへへ、いいさ。泣きたいときは泣けばいいよ」
「……!!!」
いつだったか……
タイの大アニキが、元奴隷だった人間のガキに言っていたセリフを思い出した。
【泣きゃあいいじゃねェか!!!】
「うおおおぉ……!! うぉおおおんんっ!! ああああああ……!!!」
おれの涙は、ますます溢れ出した……
……
「落ち着いた?」
「ひっく……うぐ……ああ、すまねェ……」
おれの涙がおさまると、不可視の怪盗はへらりと笑って、おれの前に自身の飲み水を差し出してきた。
ああ、なんてデッケェ男なんだ……
アニキと呼ばせていただきてぇ……
「……あっ。 それとな、アーロン」
「はい……」
「これ……言っとかなきゃと思うんだけど……あ、いや、お前にとってはもしかしたら、ショックな事かもしれないんだけどさ……」
「……なんでも言ってくれ。あんたになら、何を言われても、おれァショックを受けねェからよ……」
「あ、そう? なら言うけど……」
まるで太陽のような笑顔をおれに向けてくる不可視の怪盗。この人になら、たとえどんな事を言われようとも、おれは……
「実は俺さ、麦わらのルフィと、友達なんだよね」
「…………は?」
「そんでお前の元部下である、タコのはっちゃんとも、友達なんだよね」
「はあッ!?」
「んでこの間、俺と麦わらの一味とハチとで、一緒にシャボンディパークに遊びにいったんだ。皆で仲良く観覧車に乗ったりしたぞ」
「はあああああああああッッッッ!!??!?」
待て、待て待て待て!
流石に理解が不能過ぎる……!! あのゴム小僧とハチが、不可視の怪盗と友達!? 麦わらの一味って事は……ナミもか! どういう事だ!?
「そしたらさ……途中でハチの恋人、人魚のケイミーが人攫いに捕まってさ……」
「待て! ハチの野郎、女がいたのか!? 聞いてねェぞおれァ!」
「ケイミーはあわや天竜人の奴隷落ち寸前……といったところで、俺と麦わらの一味とハチとで協力して、天竜人をぶっ飛ばして、ケイミーを救い出したんだよ! ふへへへ!」
「──!? 〜〜ッ!!?!?」
……ここまで大きなショックを受けたのは、たぶんタイの大アニキが死んだ時以来だと……
そう思った、このおれアーロンであった。
「どういう事なんだよそれぇえええーーッ!!!??」
アーロン別にそんなに好きじゃなかったんだけど……
これ書く為にアニメとか原作ガッツリ見返してたら、かな〜り好きになりました。