私にとって、ラインお兄さんは……
初めての異性の友達であり、理解者であり、恩人であり、初恋の相手であり、義兄であり……大切な家族である。
愛している。
そんなお兄さんが行方不明になってしまった1年前のあの日……
当然ながら私はパニックになった。
「お、お兄さんが帰ってこない〜〜!! どこに行ったんですか!? お兄さん〜〜!!」
それは……
麦わらの一味がシャボンディ諸島にやって来てきたあの日……
ルフィさんに連れ出される形で、皆で一緒にシャボンディパークへ遊びに行ったり……人魚のケイミーさんが人攫いに捕まってしまったり……お兄さんが天竜人を爆殺したりと……
色んな事があったあの日。
「お兄さん……どこに消えちゃったんですか……」
お兄さんの船、リストラック号はまだ港に停まったままである。
だから私たちに黙って、もうドレスローザに向けて旅立っちゃったとかではない。
考えられる可能性はやはり、
「ふむ……もしかしたらラインは、ルフィくんたちの起こしたトラブルにまた巻き込まれているのかもしれないな」
レイさんのその言葉に、私はありえる……と思った。
ご存知の通り、お兄さんは世界で一番優しくてかっこよくて頼りになる魅力的な男性だ。
仲良くなった知り合いは決して見捨てない……
だからこそ、お兄さんは他人のトラブルによく自分から巻き込まれに行ってしまう……
「れ、レイさん! 海賊と海軍の抗争とかに、お兄さんが巻き込まれたりしてたら、ど、どうしましょう……!」
「そんなに心配せずとも、ライン程の実力があれば大抵の事は大丈夫だろう」
「でもでも! 人攫いに捕まってたり、頭を打って記憶喪失になってたり、ハニートラップに引っかかって、借金を背負わされたりしてたら……!」
「ははは、心配し過ぎだ。……ハニートラップはちょっとありそうだが……」
「でしょ!?」
お兄さんはカッコイイから……美人からの誘惑が多そうだもん……
故郷のドレスローザでは、ヴィオラさん、モネさんという、おっぱいの大きい美女たちからモテモテだったらしいし……
「しかしエスネ。ラインももう子供じゃない。いつまでも口出しし続けていたら、鬱陶しがられてしまうぞ?」
「うううぅぅ〜……でも。でもぉ……」
心配……なのだ……
自分でも私はお兄さんに異常なまでに依存しているとは思っている。だけど、それでも……
「ううぅ……」
不意にフラッシュバックする、目の前で実の両親を失ってしまったあの感覚……
天竜人に殺されてしまった、お父さん、お母さん……
もしもまた、家族を失ってしまったらって……そう思うと、とても怖いのだ……
「エスネちゃん」
「!!」
震える私を、シャッキーさんが……
私の、もう一人のお母さんが……
ギュッと抱きしめてくれた。そのままゆっくりと頭を撫でられる。
「エスネちゃんの心配な気持ち。よく分かるわ。だけどレイさんの言うとおり、信じて待つのも大切な事よ?」
「信じて……待つ……?」
「そう。ラインちゃんがエスネちゃんを置いて、いなくなっちゃう訳ない。……だからきっと、大丈夫……」
「………」
いつしか、私の体の震えは止まっていた。
うん……うん!
そうだ!
私のお兄さんは優しいだけじゃなくて、とっても強いんだ!
だから何があっても絶対に大丈夫だ!
【俺は必ず無事にお前の元へと戻るから】
お兄さんもそう言ってくれていた。うん……!
だから私、待つよ。お兄さんが帰ってくる、その日まで!
……………………それから数日後……
──不可視の怪盗・ライン、死亡──
……の記事が、新聞の一面を飾った……
「…………は?」
し……ぼう……?
死亡って……死亡? 亡くなった? 誰が? 不可視の怪盗……つまり、お兄さんが。…………は?
意味が分からないんだけど。お兄さんが死亡? お兄さんが死亡? お兄さんが死亡?
「え、いや……あはは! いやいやいや、あはははは……えー? なんですかー、これぇ……?」
私は詳しく新聞に目を通していく。それによると……
まず、海軍と白ひげの間で、大規模な戦争が勃発したらしい。
……それは知ってる。
世界中の誰もが知ってる特大ニュースだろう。シャボンディ諸島でも話題になっていた。
白ひげ海賊団の2番隊隊長である火拳のエースが逮捕されて、公開処刑が決まって……
いや、そんな事はどうでもいい。
それがなんでお兄さんの死亡記事に?
「…………不可視の怪盗が、麦わらのルフィと共にインペルダウンに……侵入……? 火拳のエースを解放……そして本来ならマリンフォードで行われるはずだった海軍と白ひげ海賊団の戦争は、インペルダウンにて勃発……革命軍の幹部も参戦していたとされる……」
結果として、火拳のエースの公開処刑は失敗。
だがその代わり、不可視の怪盗を戦死させる事に成功した……って、あ? あああ??
「な……に……を、い、言ってるんでしょうねェ? こ、ここ、このしんぶぶんんは……? あ、あは……あはははは……!」
「…………」
「……ラインちゃんが……死ぬわけ………………無いわ……」
レイさんは黙って新聞を破り捨て、シャッキーさんはいつも通りお店の準備を始めた。
うん……うん……っ!
二人は信じていないのだ。こんな新聞。私だって信じていない。
だってこの新聞はず〜っと前から嘘ばかりのダメダメ新聞だったから! だから今回のこれもきっと嘘だ! そうに決まってる! 嘘だ嘘だ。絶対に嘘だ、と……そう、信じていた……
……のに……
私たちが新聞記事を見てから、数時間後……
ルフィさんと火拳のエースが、うちの店に現れたのである。二人はドンッと床に頭をぶつけ、土下座をしてきて、そして──
「すまない……!!」
「おっさん! おばはん! エスネ! ……ラインが、ラインが……! 死んじまっだァ……!」
──そんな戯言を、のたまってきたのである。
「……な……にを、言ってるんですか? ルフィさん。……それに、なんで、火拳のエースがここに……?」
「……ラインが死んだって、ご家族に伝えなきゃいけねェと思って……この島にラインの家族がいるって、ルフィが言って……」
「…………」
あの日、お兄さんが行方不明になったあの日から……今まで……何があったのかを……二人に聞かされた。
辛そうな表情で床を叩くエースさん。
「ぐ……う……! ラインはおれを助けに来たが為に……おれのせいで死んじまったんだ……! 本当にすまない……!!」
なる……ほど……
つまり……
あの新聞に載っていた……
お兄さんの死亡記事は……
嘘でも何でもなく……
本当に……
真実だった……
と……
は、はは……
あはははは……
「あーーっはっはっはっはっはっはっはっは…………!!!!」
「「!!?」」
「え、エスネ!? しっかりしろ!」
「エスネちゃん! 気をしっかりもって!」
レイさんとシャッキーさんが慌てた様子で私の元に駆け寄ってきた。
あはは、あれ? 二人とも、どうしたの? なんでそんなに、私を見て、焦ってるんだ?
「あはははははっ! は……は……? んぅ?」
見ると、私の手は、いつの間にか血まみれになっていた。
ボタボタボタと……どこからともなく血が滴っているのだ。なんだと思って辺りを見渡す。すると……
「あら……」
窓ガラスに、顔面が血まみれとなった私が写っていた。
おでこの血管が切れて、そこから血が吹き出していたのだ。さらに、血の涙まで流していて、鼻血も垂れてて……
自分の事ながら、「わ〜、すごい……真っ赤ァ……」と、私はどこか他人事のようにそう思った。
「はっ! はは! あははっ! そっかぁ……お兄さん……死んじゃったのかぁ……あははははっ!」
「!!」
「うっ……! ううう……!」
私の言葉に、レイさんとシャッキーさんがブルブルと震え出す。
二人の目からも血涙……とまではいかないが、大量の涙が溢れている。
鼻水もダラダラ……二人のこんな表情、初めてみた。
「ああ〜……そ゛っがぁ……あはは……」
実の両親に続いて、私はまた、家族を失ったんだ……
「おれがオヤジの静止を無視して、黒ひげに突っ込んでいったから……! すまねェ! 本当にすまねェ!」
「………」
エースさんが言い訳みたいな事をなんかぎゃーぎゃー言ってる。ルフィさんもなんかバツが悪そうにしている……
そうだ。はぁ……はは……っ!
火拳のエースの処刑に……
お兄さんは全く関係なかったはずなのに……
勝手にお兄さんを巻き込んで……
お兄さんだけが死んで……
それで二人は、普通に生き残っている……
あ?
ああああ……? ダメだ……
何を考えてるんだ私は?
この二人に対しての……殺意が止められない……?
「あは、あはは……!」
待て、待て待て待て。待つんだ私……
別にこの二人がお兄さんを殺した訳じゃないだろう。
優しいお兄さんの事だ……きっとお兄さんはルフィさんの話を聞いて、同情して、エースさん救出の旅に、自分から加わったのだろう。
だから言ってしまえば、お兄さんが死んだのは……お兄さんの自己責任……! うん! それは分かってる! ちゃんと分かってる! でも! だけど! それでもだ……っ!!
「あ……はは……! はぁはぁ……! る、ルフィさん、エースさん……! ご、ごめんなさい……!」
「「え……?」」
「あ、あなたたちを恨むのは……お、お門違いだって、頭の中では、ちゃんと分かってるんです……!」
「「………」」
「で、でも、だけど……! お、お兄さんを戦争に巻き込む原因となったあなたたちの事を……!! わ、私は、どうにも、許せそうにありません……! 本当にごめんなさい! あははははは!」
私はルフィさんとエースさん……の、近くにあった椅子を、武装色の覇気を込めた拳で粉砕した。
「あはっ! あははは……っ!」
「え、エスネ……」
「私! ルフィさんもエースさんも! 赤犬も! 白ひげも! 海賊! 海軍! 革命軍! 全部全部! 許せそうにない……! お兄さんを傷つけたヤツ! お兄さんを守れなかったヤツ! あの戦争の場にいた全員!! 皆! 大嫌い! こ、殺してやりたい……! あはははははっ! ごめんなさい! ごめんなさい! 私は悪い子です! ごめんなさいお兄さん! ごめんなさぁい!!」
ググっと拳を握りしめる。自分の爪が食い込んで血がブシュッと吹き出た。
「はぁ゛はぁ゛! はぁ゛はぁ゛!」
「エスネ……ッ!!」
「エスネちゃん……ッ!!」
レイさんとシャッキーさんに、ギュッと抱きしめられた。
強く……強く強く強く、抱きしめられた……
ああ、お願いします……そのまま私を、止めておいてください……
「はぁ゛……あ゛……! る゛、ルフィさん、エースさん……! お、お願いがあります……!」
「…………」
「……な、なんだ?」
「今、一度だけ……! あなた達の事、見なかった事にします! だから今のうちに……! 私の前から、消えてください……!」
「ッ!!」
「………」
「それで……に、二度と、私の前に姿を現さないでください……! だって、もしも次、あなたたちの姿を見かけたら……そ、その時はきっと、もう我慢でぎな゛い……! あなたたちを許せない! 敵とみなしてしまうだろうから゛……! だからもう、ここには来ないでください……!! せっかくお兄さんが守った命を、私、傷付けたくない゛……!」
「「…………分かった」」
ゆっくりと立ち上がって、ルフィさんとエースさんは、そのままシャボンディ諸島を去っていった。
「はぁはぁはぁ……!」
残った私は、自分の頭をガシガシとかきむしろうとして……その手をレイさんとシャッキーさんに止められた。
「う゛、う゛う゛う゛う゛ぅ゛……!! おに、おにぃ、お兄さぁあぁん……!! う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ライン……!! あの時、私が、すぐに探しに出ていれば……!! ぐうぅ……!」
「ラインちゃん……! ラインちゃん……!」
その日、私は生涯一泣いた。
レイさんとシャッキーさんも泣いた。一日中泣き続けた。
なんで、なんでなんでなんでなんで……なんでお兄さんが死ななければならなかったんだ……?
あの日、私がお兄さんのそばを離れたから? もっとずっと、お兄さんとくっついていれば良かったんだ……
それで私がもっと強ければ……
七武海にも、海軍大将にも、負けないくらい……強ければ、お兄さんは死なずにすんだのかもしれない……
「ひっぐ、おにいざぁん…………」
・
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それから私は、本格的にレイさんから戦闘技術を学ぶようになった。
「たっ! はっ! やあっ!」
基本的な体術、能力の扱い、そして覇気……
お兄さんが死んで、思う事があったのか、レイさんはとても真面目に……過保護過ぎるまでに私の修行を見てくれた。
「エスネ……あまり無理はするなよ。無理だと思ったらすぐ私を呼べ」
「大丈夫ですよ……レイさん」
武装色の覇気はもともと得意だった。そこからさらに基礎を伸ばしていく。
基礎が出来たら、次は実戦だ。
幸いな事に、ここはシャボンディ諸島。
つまり、実戦相手には困らない……!
「我流・ウサウサコンバット……
「「「「ぎゃぁぁああああ!!」」」」
島にやってきた海賊たちを、私はとにかく狩りまくった。
懸賞金1000万ベリー。ギャンザック。
懸賞金7300万ベリー。蟹手のジャイロ。
懸賞金3600万ベリー。ミカヅキ。
懸賞金8006万ベリー。茶ひげ・チャドロス
懸賞金2600万ベリー。三枚舌のデマロ・ブラック。
などなど。
醜悪な海賊たちめ……! お前たちが存在するから世界はいつまでも良くならないのだ……!
何が
そんな物よりも
お兄さんが死んで、レイさんは明らかにお酒の量が増えた。シャッキーさんは夜中に一人で泣いているのを見かけた……
もしも海賊がいなくて、海軍も必要ないくらい、世界が平和だったなら……お兄さんは死なずにすんだんだ……!!
「海賊も海軍も……だいっっっ嫌いッ!!」
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数ヶ月が経つ頃には、賞金稼ぎとして私もちょっぴり有名人となってきた。
懸賞金1000万〜5000万クラスの弱小海賊が相手なら、一分もかからず全滅させられるくらいには強くなれた。
こういう奴らは覇気のハの字も知らないから目を瞑っていても勝てる。
だけど流石に、“億”が相手となると苦戦もする。
戦った“億”クラスの中で、特に強かったのは……
懸賞金2億4900万ベリー。魔術師・バジル・ホーキンス。
懸賞金1億9800万ベリー。海鳴り・スクラッチメン・アプー。
懸賞金2億2200万ベリー。赤旗・X・ドレーク。
……の三名かな。
いわゆるルフィさんと同じ、最悪の世代と呼ばれている海賊だ。苦戦はしたけど……でも勝った!
勝って海軍に引き渡してやった! 今頃彼らは監獄の中だろう。あはははは!
彼らを捕まえた辺りから、私に“億狩りウサギ”という異名が付き始めた。
何度か海軍にスカウトもされた。「赤犬を殺していいのなら、入ってあげますよ。海軍……」
笑顔でそう答えると、「そ、それは流石に無理ですよ……」と、スカウトマンに苦い顔をされた。
毎日海賊を狩り続ける。いつしか私は、“シャボンディのヒーロー”と呼ばれるようになっていった。
富、名声、力……それらがどんどん溜まっていく……
それでも私の心が満たされる事は、ただの一度も無かった……
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そして……
お兄さんが死んで1年が経った今日というこの日……
1年前、あれだけ忠告したにも関わらず……
麦わらのルフィが再び私の前に姿を現したのだった。
「ルフィさん! もしも次、私の前に姿を現したら……絶対に許さないって言いましたよね!!」
「だ、だから! おれは仲間との待ち合わせの為にこの島に戻っただけで! お前と会うつもりは無かったんだよ! エスネ!」
「問答無用です!!」
私は警告した。二度と姿を見せるなと。それなのに現れた。
1年経って私の恨みが風化したとでも思ったか? ありえない! 私がルフィさんを許す事があるのだとすれば……それはお兄さんが生き返った時だけだ!!
「ギア
この1年で、ルフィさんは覇気を習得したらしい。
……長年かけて、私が少しずつ身に着けていった技術を、たったの1年で……
にわかには信じがたい、恐ろしい成長速度。だけど負ける訳にはいかない……!
「我流・ウサウサコンバット!
ルフィさんの拳と私の蹴りがぶつかりあう。
「おおおおおおッ!!」
「ぐ、うう……!」
押しきれない。流石は4億の首……
「いでで……! 流石ラインが褒めてただけあるな……! 強ェ……!」
「……ぐっ! はぁはぁ、よくも私の前で、お兄さんの名前を出せましたね……!」
足がビリビリする。もっと覇気を込めなくては……
ルフィさんを、殺すつもりで──
「って! 待て待て待て待て!! ストップ! ストッォ〜プッ!! 何で喧嘩してんの二人とも!!」
…………聞き覚えのある声が、耳に響いた気がした。
私とルフィさんの前に、小さな何かが立ち塞がった。
小さな何か……
小さな……
な、なに……か……
「──────────!!!??」
お にい ……さ ん……?
「うぇ……あ……!? あ……ぐひゅ……ぅぁあ……! ふぇえぇあああああああ〜〜〜〜!!!!」
お兄さんが……生きていた……!!!
生きていた生きていた生きていた生きていた!! 生きてる! いる! あそこに! うわああああ!!
この1年間、私の中で、ずっと燻っていたドス黒い何かが……スゥ〜っと消えていくのを感じた。同時にブワッと涙が溢れ出す。
あああ……会いたかった……会いたかったぁ……!!!
「お、落ち着け! エスネ! 俺だ! ラインだよ!」
「うあああああんん!! だから泣いてるんじゃないですかぁあ!! お兄さん!! おに、お兄じゃぁああああんんん!!!」
「ぶむぅおおう!?」
私はお兄さんに飛びかかり、胸の中に抱きとめた。
お兄さんのぬくもりを感じる。あれだけ恨んでいた海賊も海軍ももうどうでもよくなった。
今はただ……お兄さんが愛おしい。
下ネタ入れる余裕がなかったぜ……