デンちゃんの能力を通して、脳内に伝えられたお兄さんからの作戦はこうだった。
青キジ、赤犬、黄猿の3人を……私、お兄さん、デンちゃんで足止めして……
その隙にペローナさんとモリアさんが奴隷達を逃がす。
全員逃しきったら、お兄さんが“覇王色纏いモード”を発動して、一時的に大パワーアップ! 青キジ達を大きくふっ飛ばす。
そしたらその隙にマリージョアから脱出。ハッピーエンド。そういう作戦だった。
しかし……
「らはははは! まさかあの3人をぶっとばしちまうなんて! 流石に驚かされたぜこりゃあ!」
「……これが噂の小人さん……不可視の怪盗の実力ですかい。なんともまあ……凄まじい」
途中まで上手くいっていた作戦。なのに……
敵の新戦力、海軍大将・緑牛&藤虎の登場によって、作戦は失敗してしまった……
ズシィーーンッ!!
「あううッ!? か、体が重いぃ……動けないです……」
「すいやせんねェ。お嬢さん……ちょいと、おとなしくしといてもらいやすよ……」
私、お兄さん、デンちゃん、ペローナさんは藤虎の“ズシズシ”の能力に……モリアさんは緑牛の“モリモリ”の能力によって、それぞれ捕らえられてしまった。
覇気も体力もスッカラカンな今の私達では、とてもじゃないけど抜け出せそうにない。
絶体絶命……そう思った、その時──
「キーシシシシシ!! 奴隷達から預かった
「うおおおおおおおーーッ!!!!」
モリアさんから影が伸び、それがお兄さんの体にペトリとひっついた。するとそこからドクンッドクンッとお兄さんの体に“何か”が注ぎ込まれていく。
ドクンドクン、ドクンドクン……と……
ドクンドクン、ビュルビュル、ピュッピュ〜♡ ドピュドピュ〜♡
「……あ、あれは何ですか? 何が起こってるんです? なんかえっちっぽいですけど……!」
「えっちっぽくねーよ!! お前の目にはどんな風に映ってんだよ!? このエロウサギ!」
素直な感想を口にしたら、ペローナさんに怒られた。 とても心外である。私はエロウサギではない。
「いいかエスネ。モリア様は、“カゲカゲの実”の能力者なんだ! 人の影を切り取り、支配する事ができる」
「影を……支配?」
「そう。切り取った影は死体に入れたらゾンビになって動き出すし、生きてる者に入れたら一時的なパワーアップを可能にする」
「え? じゃあモリアさんは今……」
「ああ、どうやら奴隷達から切り取った影を、ラインに入れてるみたいだな……それも相当な数を……」
ドクンドクン ドクンドクン
お兄さんの中に次々と影が注ぎ込まれていく。
「ああ? おい! モリアてめェ!! 一体何をしてやがる!? 今すぐやめろ!」
「げふっ!! ごぼっ! ぶべっ!」
モリアさんが何かをしている事に気が付いた緑牛が、ボカボカとモリアさんを殴り始める……が、モリアさんはそれを必死で耐える。耐えながらひたすらお兄さんに影を注入し続ける。
ドクンドクン ドクンドクン
「お……お……お……!」
影が注ぎ込まれるにつれ、お兄さんの体はムクムクと膨らんでいった。
ムクムク、ムクムク……膨らんでいく。膨張していく。
「おおお……おお……あおぉおああお……!!」
肌はだんだんと青白く染まっていき、目の下には隈が滲み、歯は尖り、尻尾は伸び、声も不気味なものへと変貌していく。
「ぺ、ぺぺ、ペペローショ……ペローナさん!! これ! 大丈夫なんですか!? お兄さんの体!! 本当に大丈夫なんですか!?」
「わ、私に聞くなよ! ……モリア様、一体どんだけの数の“影”を持ってんだ!? そしてどんだけラインに入れるつもりなんだよ!?」
ペローナさんいわく……“影”を入れられる量は、肉体の強さではなく“気力”に左右されるんだって。
“精神力”が持つ限り、影はいくらでも入れる事が出来るんだと。
精神力……あ……! そういえばこの1年、お兄さんはずっと精神のトレーニングをしていた。
て事は──
「キシシシ……! 驚いた! 奴隷達から預かった影……全部入ったぜ! まさか入りきるとは思わなかった。キ〜シシシシ!」
ドクンドクン ドクンドクン
影が……
全部入った……
すると……
なんと……
お兄さんは──
「うがぁあああああッ!! がおおおおーー!!!」
──お兄さんは、怪獣になった。
「な、なな、なんじゃありゃあ……ッ!!?」
「……あっしの目には何も映りやしませんが……もしかして今、目の前に……とんでもないバケモノがいたりしません……?」
怪獣になったお兄さんを見上げ、緑牛も藤虎も額を汗まみれにしてドン引きしている。
もちろん私達も怪獣お兄さんの姿にはビックリ仰天だ。
『ジーーーー!!!? ご主人が!! ご主人がぁ!!』
「ライーーン!! おま……!! だ、だだ、大丈夫かーーッ!?」
「キシ……ら、ライン……! 意識はしっかりしてるか!? 暴走してねェか!?」
「お兄さん……やっと高身長に……夢が叶って良かったですね……う、うぅ……おめでとうございます……」
「言うてる場合かエスネ!! 高身長どころか……あれじゃあ巨人族の大きさだ!!」
「ごうじんぢょおーー!! イエーーイ!!」
怪獣になったお兄さんが、前方にピースを突き出す。
どうやら意識はハッキリしているみたい……いや、ハッキリしてるのかな? 分かんない……暴走してるようにも見える。
ピース、ピース、と連続で腕を突き出すお兄さん。すると、その度に衝撃波でマリージョアの街並みが崩れていく。
それを見て声を荒げたのは緑牛だ。
「うおおい!? それ以上街を破壊すんなって!!」
モリアさんをポイッと投げ捨てて、緑牛は慌ててダブルピースしているお兄さんの元に向かっていく──
「チビが巨大化したからって調子に乗ってんじゃねェよ!! さっきまで満身創痍だったくせによォ!!
緑牛を中心に、ニョキニョキと森が形成されていく。
拳のついたたくさんの樹木が育ち、一斉にお兄さんに向かって伸びていく。
「死ねえ!!」
「きゃあああ!! お兄さん!! 避けてえ!!」
私は思わず叫んだ。今のお兄さんの大きさじゃあ、緑牛の植物パンチは避けられない。
全部喰らう! 大将の攻撃をモロに! そんな事になれば、きっと大怪我どころの騒ぎじゃない! どうしよう!
そう思った、次の瞬間──
「がりゅう! ドンダッダゴンバッド!! 」
「!?」
「シャドウ
「!!!!」
──向かってくる緑牛に向かって、お兄さんは両腕を振り下ろした。覇気は纏っていない。ただの力任せの一撃。だけど、たったそれだけで……
ズドォオオオオオオオオオオオオオオーーンンンッ!!!!!!
バックリと、マリージョアの大地が真っ二つに割れた。
大地ごとお兄さんに殴られた緑牛は、血を吐き、白目を剥き、気絶して、そのまま谷底へと落ちていく。
「「「『えええええ〜〜ッ!!!?』」」」
大将が一撃で沈んだーー!! お兄さん
「がおおーー!!」
そのままお兄さんはドタバタと暴れ回る。マリージョアがどんどん崩壊していく。
その様子を見て、ペローナさん、デンちゃん、モリアさんが悲鳴をあげた。
「うわああああーー!!?? 見境無しかよーー!!」
『ジーーッ!! ご主人すごーーい!!』
「やっぱ暴走しちまってるのか!? 入れ過ぎたか、影!」
お兄さんの暴れっぷりに、てんやわんやな三人だが、何故か私はとても冷静な気持ちでお兄さんを眺める事が出来た。
ドカンドカン!! ズガンズガン!!
壊れていく。私の両親の命を奪った天竜人の街が、神々の地が……
スゥ〜っと、身も心も軽くなっていく。……そんな感じがした。
……って、あれ? 本当に体が軽くなってる?
いつの間にか、私達にかけられていた
思わず藤虎の方に視線を向けてみると、彼はまっすぐにお兄さんを見つめていた。
「……あっしは盲目でしてねェ……」
「え?」
「だから今、この地で何が起こっているのか……あっしにはさっぱり分かりやしません」
そんな言葉を口にして、藤虎はニコリと微笑んだ。
「……これはあっしの独り言ですが……奴隷の皆さんを助けていただいて、真にどうも……ありがとうござんした……」
ペコリと頭を下げて、藤虎は、さっきお兄さんが殴り開けた大穴(谷)へと身投げするように落ちていった。
……え!? 飛び降り自殺!?
あ、いや……気絶しながら落ちていった緑牛を助けに行ったのか。
なんかよく分かんないけど、自分から戦線離脱してくれた。私達をほっぽり出しにして。
不思議な
「兎にも角にも、これで緑牛と藤虎はいなくなりましたね」
残る敵は、フラフラと戦闘の場に戻ってきた青キジ、黄猿、赤犬の3人だ。
「おいおい……! なんだあの怪物は!? もしかしてラインか!? どうなっちゃってんだその姿ァ?!」
「マリージョアの街並みがボロボロだね〜。これはもう……始末書どころの話じゃないよ〜」
「緑牛と藤虎はどこ行った!? まさかやられたっちゅうんか!? 新参共が、油断しおって!!」
3人とも殺気をギラギラ滾らせているけど……特に赤犬からの殺気は物凄い。ボコンボコンと熱気だけで地面が溶けていってる……
だ、大丈夫かな? お兄さん……
「ここまで盛大に破壊されてしもうたんじゃ……もう街への被害なんざ考えてる場合じゃないじゃろう。とにかくあいつを殺す!! 話はそれからじゃ!!
「!!」
ドドドドドドドッと、私と戦っていた時とは比べ物にならない程の大量マグマが赤犬の腕から放たれた。
「ぐっ!? どおぅうぬがァ……ッ!!」
そんな赤犬のマグマ攻撃を、お兄さんは若干苦しそうにしながらも、まるでハエでも振り払うかのようにバシバシと叩き落としていく。
え〜〜!? そんな感じ!?
「おんどれ!! 不可視の怪盗!! ええ加減死にさらせ!! だいふん──」
「ふんがァ!!」
「ガバァッ!!?」
バチコーンッ!! 突然の特大ビンタ。
お兄さんは赤犬を地平線の彼方まで張り飛ばした。キラ〜ン☆ って……いや、え!? りょ、緑牛に続いて赤犬までもワンパン!? 強!! 今のお兄さん! マジで強ッ!!
その様子を見ていた青キジと黄猿が、焦りの表情を浮かべ、同時に動き出す。
「おいおい! ナンダありゃ!? 冗談じゃねェぞ! とりあえず凍っててくれ!
「凍って、そして、砕けるといいよォー!
青キジの攻撃で、お兄さんの背中が凍り付く。その背中に黄猿の光の玉が命中する。ズガガガガガッと傷付けられていくお兄さんの背中……
シュポポポ〜っといくつか影が抜けていくが、お兄さんは怯まない。
「うがおおお!! シャドウ
尻尾を使って、お兄さんは青キジと黄猿をまとめて薙ぎ払った。
ズバァアアアアアアアアアアアアーーンンンッ!!!
「お、お兄さん……すっごぉ……大将や元帥を相手に、完全に圧倒してます……」
「ほ、ホロホロホロ……ちょっと凄すぎないか……?」
「キシシ……ああ、まさかここまでとはな……」
『ジーー! よく分かんないけど、ご主人つおい!』
……確かに今のお兄さんはすごい。すごすぎる。……だけど……
あれだけのパワーを出してるんだ。体への負担も相当なものだろう……
元に戻った時、お兄さんの体が無事なのか……私はそれがとても心配だった。
「うがぁおおおおおおーー!!」
「キシシシシ!! 影注入によるパワーアップは、もって10分ってとこなんだが……ラインの奴、3分弱で青キジ達をまとめて倒しちまいやがった! キ〜シシシシシ!」
笑ってる場合じゃないよモリアさん。あんな無茶な戦い方をして、お兄さんは大丈夫なんだろうか? お兄さんが心配……お兄さんが心配……
大将達はもうやっつけたんだから、早くお兄さんから影を抜いてあげてくださいと……そうモリアさんにお願いしようとした、その時──
「まさか、こうもあっさり海軍の最高戦力が全滅させられるとはな……」
「これはあまりにも予想外じゃのう……」
「え? てことは、次はおれ達があのバケモノと戦わないといけねェのか!?」
「チャパパパ! おれ達はCP0だからな! 命令されたらどんな敵だろうと必ず戦わないといけない!」
「いや……あの……その……本当に戦うんです?!」
──土煙に紛れるようにして、白スーツを着た男達が現れた。上から……
ヒョウ男*1、キリン男*2、オオカミ男*3、口にチャックのついた男*4、保護マスク男*5……
あの人達は一体……?
「……って、あの口チャックの人! 今、自分達はCP0って言った!?」
昔シャッキーさんに教えてもらった事がある……
CP0とは、サイファーポールイージスゼロの略で、政府直属の諜報機関の名称だって。
海軍が世界政府の表の顔なら、サイファーポールは裏の顔……
海軍大将とどっちが強いのかは知らないけど、強敵である事には変わらないと思う。まずい……
しかも、そんなCP0の背後から、さらに……
「ギハハハ〜! 大将と元帥がまとめて倒されるって何だそれ! こりゃちょっと……CP0だけに任せるには荷が重いよなァ!」
「まずいぞまずいな。とりあえず……これ以上神々の地を破壊される訳にはいかないよなァ」
「さっさと仕留めるぞ」
……CP0よりさらに強そうな人達が出てきたーー!? 何あれ!? 誰あれ!?
「キシっ!? あ、あれは神の騎士団だ!!」
モリアさんがそう叫ぶ。
神の騎士団……?
聞いたことのない組織名だけど……このタイミングで出てきたという事は、きっと物凄い強さなのだろう。
サングラスをかけたおじいちゃん*6、馬みたいな頭の人*7、四皇“赤髪のシャンクス”にそっくりな人*8……
敵の戦力がどんどん増えてくる……
どうしよう。お兄さんの“カゲカゲ”によるパワーアップ時間は、たぶんもう5分も残ってない……
それどころか、これ以上ダメージを受けたらお兄さん、死んじゃうかもしれないのに!
「がっっおおおーー!!」
それでもお兄さんはCP0と神の騎士団を相手に拳を振り上げた。たぶん……私達を守る為に……
やっぱりお兄さんはお兄さんだ。暴走なんてしていない。私の大好きなお兄さん……彼を絶対に死なせちゃいけない!
……どうすればお兄さんを助けられる?
このまま戦ってたらジリ貧。なら、隙をついてなんとかお兄さんを回収して、それでここから逃げ出す……! それしかない!
「……ギハハハ! そこのカワイコバニーちゃん、何か企んでんな? 殺すにゃ惜しい美貌。奴隷に欲しいが……まあ仕方ねえ! “無敵奴隷”! あそこでまとまってるゴミ共、まとめて掃除しておけ!」
敵のほぼ全員がお兄さんに視線を向けている中、サングラスおじいちゃんだけがお兄さん……ではなく、ビシッと私達の方に指を向けた。
すると、 ぱっ!! と私達の目の前に──
「……排除する」
七武海の一角である、バーソロミュー・くまが現れたのだった。
「えええっ!? なんでここに七武海が……!?」
大将、元帥、CP0、神の騎士団に続いて……七武海って……こんなのもうどうしろと!?
「こ、こいつは無敵奴隷! くまだ!」
モリアさんがそう叫んだ。……無敵奴隷?
「な、なんですかそれ? あの人、七武海のバーソロミュー・くま……ですよね!?」
「ああ、元な」
「“
「くまの野郎、政府に肉体を改造されたんだ」
「はい?」
「体はサイボーグに、人格もキレイさっぱり消去されて、今の奴に人間だった頃の記憶は無ェ!」
「ええええッ!!?」
ナニソレ! 怖い!!
体は生きてるのに、心だけが殺されちゃったって事!?
『ジーー。なるほど。それで奴隷の中でゆういつあの人とだけ通信が取れなかったんだ』
一人ポンと手をうって、納得の表情のデンちゃん。
納得してる場合じゃない。
「──排除する」
くまの手が、私達の方へと向けられた。
なんか手の平に肉球みたいのがついてるけど、あれって……
「──
「きゃああああ!!」
「わああ!?」
『ジィイーー!!』
ボンッと、空気の塊が物凄い勢いで飛んできた。すんでのところでかわせたけど、何あれ!?
「奴はニキュニキュの実の“肉球人間”……あの手の平の肉球であらゆるものを弾き飛ばせるんだ! 人だろうが、大気だろうとな……! キシシ……」
改造人間でも悪魔の実のチカラはそのままなんだ……
強い上に能力者って、一体どう対処すればいいのだろう? 心が無いなら説得とかも出来なさそうだし……ううう……
時間もないのに……
『ジーー、ねえエス姉』
「どうしました? デンちゃん」
『あの人って、心が消されちゃったんだよね』
「はい。そうらしいです」
『ジーー、デンスケの能力なら、もしかしたら復活させられるかもしれないよ?』
「え……!?」
『くまの心』
デンちゃんの頭の輪っかが、キラリと光った。
・
・
・
「うがあ……! ご! うが……ぜぇぜぇ……! がおおおお〜!!」
モリアのカゲカゲの力で、一時的な大パワーアップを果たしたライン。
しかし、それでもラインは今、度重なる敵の猛攻によってやや押され気味であった。
「
「
「パスタマシン!」
「がふ……! が、おお!!」
フクロウをしばき倒し、スパンダムを踏み潰し、敵の戦力は少しずつ削れていってるのだが、やはり体の疲労が大きい。少しずつ動きが鈍くなってきてしまっている。
それに加えて……神の騎士団の謎の“不死身性”……
「ぜぇぜぇ……! シャドウ
「ぐはァ!! 心臓えぐられた〜! 死ぬ〜〜!! ……な〜んちゃってな! 効かねえよ!! ギハハハ!
「うぐがあぁああ……ッ!!?」
どれだけ攻撃しても……たとえ頭を吹き飛ばしても……神の騎士団に与えたダメージは、即座にパキパキパキと復元してしまう。
これでは勝ち目が無い。
(ぜえぜえ……! あとどれくらいもつ? このチカラ……!)
攻撃を受ける度に体からどんどん影が抜けていく……
それとは別に、タイムリミットも迫ってきている。ラインがカゲカゲの力で戦いを始めてから、9分50秒が経過していた。
「これでトドメだ。ケルベロス……!」
シャムロックの持つ剣が、三つ首の巨犬、ケルベロスへと変化。そして──
ドドドスッ!!!
「ぐご……ほがゃッ!!!!」
ケルベロスの剣が、ラインの胸に突き刺さった──
「あ゛っおぉおぉぉぉぉぉ………」
シュワワワ〜と、ラインの体から影が抜けていき……ポフンとラインは元の小人の姿に戻った。
ついに来た時間切れ。覇気も体力ももう霞ほども残っていない。
バタリと仰向けに倒れて、指先一つ動かせなくなってしまった。胸からは血がどくどくと流れている。
「ふへはほひぃ……」
「……えらく派手に暴れてくれたものだな……」
「!!」
スッと底冷えするような、そんな嗄れた声がした。
視線を向けて見ると、そこには……巨大な蜘蛛の姿をした老人が立っていた。
ここに来て、さらに新たな敵の戦力追加。もうお腹いっぱいだよ……と、ラインは思った。
「……ジェイガルシア・サターン聖」
「下がっていろ。お前達」
「はい」
サターン聖と呼ばれた蜘蛛の老人は、CP0や神の騎士団を下がらせ、ドスドスとラインの前に歩み寄ってきた。
「……D……では、無さそうだな」
「でぃ〜? 何それ? ふ、へへ、へ…………ゲホッ……はぁはぁ……あんたが、天竜人らのボス……?」
「……そうだ」
「いだ……ッ!!」
ズンッと、蜘蛛の足で腹を突かれた。そのままグリグリされる。胃袋が破られてしまいそうな痛み……しかし、今のラインには悶える力すら残っていない。
「おえっぷ……げぼっ!」
「……マリージョアの歴史上、この地に侵入してきた者は何人かいるが……ここまで派手に暴れられたのは初めてだ。あのロックスやハラルドでさえも、ここまでこの地を破壊する事は出来なかった……」
「はぁはぁ……誰だよ、ロックスやハラルドって……」
「一応、聞いておこうか。何故このような真似をした? お前は革命軍の一員か?」
「革命軍? 違うよ。俺は俺だ。ただ奴隷達が可哀想だったから、こんな真似をした。それだけだ! ふへへ……」
「……そうか。聞きたい事はもう無い。死ね」
グイッと蜘蛛足を振り上げるサターン聖。
見聞色で未来を見るまでもない。あれが振り下ろされたらラインは死ぬ。
(あーあ……これはもう、無理かな……流石に……)
チラッと……エスネ、デンスケ、ペローナ、モリアがさっきまでいた場所へと視線を向ける。
そこにはもう……誰もいなかった。
(ふへへ、エスネ達……俺が大暴れしてる隙に、ちゃんと逃げ出しておいてくれたみたいだな。それでいい……)
後悔ならたくさんあるけど、奴隷達を含めて全員逃がせた。最終的に犠牲になるのが、自分だけならまだマシな方かな……
色んな走馬灯が頭の中で流れる中、ぽわんと最後に、ヴィオラの姿が浮かんだ気がした。
(ヴィオラ……ドレスローザ……救えなくてごめんな……)
ドスッ!!!
「が、我流・ウサウサコンバット!
「……は? え、エスネ!!?」
ラインの体が、サターン聖の蜘蛛足に突かれる寸前……
エスネが割り込んできて、ラインの代わりに蜘蛛の足を受け止めた。
いや、受け止めきれてない。刺さってる。
「ゲフッ……!!」
「え、エスネ……!!? おま……何やって……!!?」
「大丈夫……です! 覇気で、ガードしましたから……! えへへ……」
どう見てもガードしきれていない。それでもエスネは、血を流しながらニコリとラインに笑顔を向けた。
「……小娘、一体どこから現れた?」
「逃げる為の準備、してたんですよ……慢心舐めプの蜘蛛おじいさん……!」
「なに?」
と、その時……
エスネとサターン聖の前に、ぱっ!! と大男が現れた。
身長およそ7メートル。その大男の名は、バーソロミュー・くま。
「クマえもん!? は? ええ!?」
「……くま? 何故ここにいる。そんな命令は出していないが」
突然のくまの登場に、ラインは目を見開き、サターン聖は訝しげな表情を浮かべる。
二人が頭に「?」を浮かべる中、くまはゆっくりと口を開いた。
「サターン聖……こうして意思のある状態で、あなたと対面するのは……実は初めてかもしれないな」
「!!? くま……貴様、自我が……!?」
サターン聖の額にタラリと汗が滲んだ。
「ボニーの病気を治療してもらう為に、あなたとおれが交わした“約束”は三つ。おれが七武海に加入する事……改造手術を受ける事……そして、一切の思考と自我を捨てる事……だったな?」
「……!」
「その約束はもう果たされている。そうだろう?」
「!!! 待て! くま貴様! 何を考えている!?」
「つまり、おれはもう自由だ!!」
ギュッとラインとエスネを抱え込んだくまは、肉球のついた手の平を、自らに向けた。
ありとあらゆるものを弾き飛ばす事の出来る……解放の手を!
「やめろ! くま! おのれ! 逃さん!!」
くまが何をしようとしているかに気が付いたサターン聖が、くまに向かって目をギラリと光らせた……が、もう遅い。
ラインとエスネを抱えたまま、くまの姿はその場から……
ぱっ!!
……っと、消えてしまったから。
「おのれェええええ!! 何故だ……! 何故自我を取り戻した……!? くまァあ゛ああ゛ああ!!」
・
・
・
──この日、マリージョアに捕らえられていた奴隷達が、全て解放されるという歴史的未曾有の大事件が起こった。
事件の首謀者は“不可視の怪盗”ことライン。
ラインは仲間達と共にマリージョアを襲撃。文字通り、“全て”の奴隷達をマリージョアから解放してしまった。
さらにラインは、そのまま海軍の最高戦力……
青キジ、赤犬、黄猿、藤虎、緑牛をまとめて撃破。
元七武海、ゲッコー・モリアとバーソロミュー・くまを従え、マリージョアから逃走。
その後の足取りは、未だに掴めていないという……
──世界経済新聞・モルガンズ──