公爵家の片隅で   作:FTR

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第4話

 その日は、朝から城中がバタバタと忙しかった。

 

 割り当てだった階段周りの清掃が終わり、私は急いで使用人ホールに戻る。

 今日の作業は、まさに城中を磨き上げなければならないのだ。猶予は明日まで。もたもたしている暇はない。私たちメイドとしては、ちょっとハードな一日だ。

 ホールに入り、戦場のように騒がしい中で大声を張り上げる。

 

「1番の階段周り、終わりました! 確認お願いします!」

 

「御苦労様」

 

 中央に陣取っているメイド長のミリアム女史に報告していると、私に続いてシンシアがパタパタと戻ってくる。

 

「3番の廊下、終わりました」

 

 息を切らしていないあたりはすごいけど、足音を立てるところを見るとシンシアにもちょっと疲れが出ているのかも知れない。メイドは無音であれ。いつも言われている鉄則だ。

 

「御苦労様。確認しておくから、続けてシンシアとナミはリネンの手伝いに出て下さい」

 

 

 

 

 お客様があると、ヴァリエールのお城は一気に騒々しくなる。

 押しも押されぬ大公爵、しかもゲルマニアと国境を接している最前線でもあるヴァリエール公爵家の来賓となると、相応に格の高い家の方と相場は決まっている。下手な失敗をした日には晒し首すらあり得るだけに気が抜けない。明日のお客様は、確かマルシヤック公爵様。それくらいの家格ともなると、王家の方々並みの準備が必要だ。

 一番大変なのが料理人部隊だ。材料の吟味だけでも胃が痛くなるだろう。同じように胃を痛めているのは、恐らく執事のジェロームさん。今頃ワインの選定に頭を悩ませていることだろう。

 

 そんな、使用人たちにとっては戦争のようなひと時。

 私たちが、急いで客間の手伝いに中庭を抜けている時だった。

 

 

 

 微かな羽音を立てて、一匹の蜂が私たちの前を横切った。

 

 

 

 その瞬間、私の中で強烈なブレーキがかかった。知らぬ間に息が荒くなり、勝手に心臓が鼓動を早めてしまう。恐らく顔色は真っ青になっているだろう。

 

「ナミ」

 

 私の異変に気付いたシンシアが私の名を呼びながら、私を支えるように肩に手を置いてくれる。こう言う時は人肌のぬくもりはありがたい。彼女は、私のトラウマを知っている。

 

「大丈夫?」

 

「な、何とか」

 

 えへへと笑って、私は再び客間に向かって急いだ。

 

 

 

 日頃はお気楽な私でも、苦手なものの一つもある。

 それが蜂だ。

 

 あれは公爵様のところに奉公に出てすぐの事だから2年前。私は10歳。若かったなあ。

 その日、公爵様の御都合がよろしいとのことで、一家揃って遠乗りにお出かけになられることになった。

 ヴァリエール地方は自然が多く、四季折々の景観はそれぞれ美しいのだが、春先の野原はそれはもう美しい花畑で、エレオノールお嬢様やルイズお嬢様はもちろん、お体が弱いカトレアお嬢様も嬉しそうに花を編まれていた。

 馬にお乗りになっている御一家とは別に、私たちメイドは馬車で昼餐の場所に先回りして食卓を整備する。

 空は雲ひとつない青空。外での食事はすごく気持ちいいだろう。

 土メイジがかまどの用意をしている傍ら、てきぱきとスタッフたちがテーブルのセッティングを進めていく。配膳担当の私としては、食器を落としたら大目玉なのですごく緊張する仕事だ。

 そんなこんなで準備が整い、もうじきお昼というその時だった。

 

「全員、手を止めて聞きなさい」

 

 ミリアム女史が大股で歩いて来て、いつにもまして真剣な表情で声をあげた。いつものように優雅に急いでいる訳ではない、ただならぬ気配だ。その口から飛び出して言葉に、全員が息を飲んだ。

 

「ルイズお嬢様が見えなくなりました。全員、直ちに手分けしてお探しします」

 

 迷子!?

 ルイズお嬢様はまだ4歳。森で迷子になったら帰って来られるとは思えない。この辺りにはオーク鬼のような危ない連中はいないと聞くけど、オオカミくらいは出そうな気配だ。

 まごまごしてはいられない。私たちはすぐに捜索にかかった。

 メイド長の采配の元、空を飛べるブローチ組はそれぞれ方面を担当して高いところから捜索だ。

 私もまた杖を振って宙に舞った。この際、スカートの裾など気にしてはいられない。 

 ルイズお嬢様に限らず、子供は一つの事に捉われると周囲が見えなくなるのが普通。蝶の後を追って森にでも入ったのだろうか。そういう私もまだまだ子供ではあるが。

 そんな事を思いながら森の中を木から木に飛び移りながら声を張り上げる。

 

「お嬢様~、ルイズお嬢様~!」

 

 甲高い私の叫び声が、吸い込まれるように森に消えていく。

 

 

 

 5分ほども探した時だった。済ました耳に、

 

「ここよ~」

 

 と、細い声が聞こえた。

 慌てて声の源に飛んでいくと、そこにべそをかいているルイズお嬢様がいた。

 思ったより深く森に入っていた。今のお嬢様の身長では、方向が判らなくなるくらいには木々が多かった。

 急いで駆け寄り確認するが、見たところお怪我はないようで一安心だ。

 

「お嬢様、お探ししました。御無事で何よりです」

 

「もっと早く探しに来なさいよ!」

 

 強がってはいるけれど、目元は真っ赤で、私のスカートの裾を掴む手は震えている。怖かったのだろう。

 

「申し訳ありません。次からはもっと早くに参ります」

 

 そんな言葉を交わし、ルイズお嬢様のお気持ちを宥めながら来た道を戻る。残念ながら、私の体力と魔力ではルイズお嬢様を抱えて飛ぶことはできないし、お嬢様を置き去りにして人を呼びに行くわけにもいかない。

 必然的に、お嬢様のお手を引いて徒歩で森の外に向かうことになった。

 まだ小さいルイズお嬢様のお手はすごく暖かくて、繋いでいるだけで幸せな気分になってしまったのはちょっと不謹慎だったかも知れない。

 

 ぐすぐすと泣いているルイズお嬢様を励ます術をあれこれ考え、昔教えてもらった歌を歌うことにする。

 森の中で熊さんに出会い、貝殻のイヤリングを拾ってもらって最後は歌を歌うという内容だ。

 実際に熊に遭遇した場合はそんなことしていたら命が幾つあっても足りないのだが、ルイズお嬢様は私が歌う様子に徐々に笑顔を取り戻され、ちょっとずつ私の歌をなぞって歌い始めた。

 

 そんなことをしていたから、ちょっと油断していたのかも知れない。

 

「あう!?」

 

 ルイズお嬢様が木の根につまずき、バランスを崩して藪に足を踏み込んでしまった。

 その途端、藪の中から大きな羽音が聞こえてきた。

 全身の血の気が引いた。

 煙のように湧きあがったのは、無数の蜂だった。はずみで、地中にある蜂の巣を刺激してしまったのだろうか。確か、蛇の古い巣穴とかに蜂が巣を作ることがあると聞いた覚えがあった。

 お嬢様の手を引いて逃げようとしたが、バランスを崩していたルイズお嬢様はそのまま足をもつれさせて転んでしまった。最悪だ。わんわんと音を立てながら、兵隊らしき蜂が飛んで来るのを見て、私は慌ててシールドのルーンを唱える。攻撃系の魔法が使えればいいのだが、所詮はドットの水メイジに過ぎない私だ。そこまでの力はありはしない。

 水の壁が周囲を覆い、蜂たちと私たちを隔てる。

 大きな蜂だった。一匹が体長4サントはある蜂が、カチカチと歯を鳴らして威嚇して来ている。相当怒っているようだ。

 シールドは長くは持たない。砂時計が落ちるように精神力が減っていく。それに対し、周囲を舞う蜂の数がどんどん増えていく。

 怯えるルイズお嬢様が腕にすがりついてくるが、私にもできる事はない。

 そんなルイズお嬢様のお召し物は、白いワンピース。ふと、おじいちゃんに教わった事が頭をよぎった。

 

『蜂は、黒いものを襲うんだよ』

 

 熊に蜜や蜂の子を食べられてしまうため、そういう習性があるのだとか。

 そんな説明をしてくれながら、自作の防蜂装備を着こんで蜂の子を手に入れるべく蜂の巣に手を伸ばすおじいちゃんの姿はまだよく覚えている。その直後に、上を向いた弾みでガラス鉢みたいな頭の防護具がずっこけて、一気に蜂に襲われていたっけ。踏まれた猫みたいな悲鳴を上げて、とてもお年寄りとは思えないスピードで川に逃げ込んで、頭から飛び込むおじいちゃん。そんなおじいちゃんを見ながら、

 

「あの人のドジは死ぬまで治らないんだろうねえ」

 

 とおばあちゃんがため息をついていたっけ。そんな事を言いながらも、あとで一生懸命おじいちゃんが刺されたところに薬を塗ってあげてたおばあちゃん。二人とも、本当に仲良しだった。

 そんな回想をしながら、私は手早くエプロンを脱いでルイズお嬢様に被せた。

 

「いいですか、お嬢様。そのまま、声を立てずに蹲っていて下さい。怖いかも知れませんが、何があっても動いてはいけませんよ。いいですね」

 

 返事も待たずにお嬢様を押さえつけ、その上に体を被せ、できるだけ服を広げてルイズお嬢様をカバーする。エプロンを取れば、メイド服は黒ずくめだ。髪も黒。蜂の攻撃は私に集中するだろう。

 防御態勢が整った辺りで、精神力がいよいよ切れる。

 お腹に力を入れて身構える。

 さあ、来い。いくつ刺されるか知らないけど、私だって度胸が売りのタニアっ娘だ。意地でもお嬢様には触らせない。

 気合いを込めたところで、水の膜が弾けて消えた。

 その途端に聞こえる凄まじい羽音。

 怖い。できれば逃げたいくらい。でも、私の下で震えているお嬢様はもっと怖いだろう。

 何カ所刺されるだろうかと身構えていた時、私は自分の見積りの甘さを思い知った。

 全部で20箇所くらいは刺されるかと思ったけど、襲って来たと思ったその一瞬に40カ所は刺された。

 点じゃなくて面で刺されているような痛みが全身に走る。声をあげる余裕もない。気が狂いそうな激痛だ。どこもかしこも刺されている。頭に腕に背中。足も指先までまんべんなく。伏せている顔だけは何とか無事だ。耳のまわりを飛び交う蜂の羽音が頭の中まで響いてくる。私が固めたなけなしの覚悟は、焼けた岩に零した1滴の水滴のように一瞬で蒸発してしまった。

 激痛と言うレベルは一瞬で通り越して全身の感覚がなくなってしまい、そのまま私の意識は闇に落ちた。蜂の毒が回ったのかも知れない。気絶なんて、お母さんに魔法の特訓をされた時以来だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光を感じて目を開けると、私は包帯だらけになって自分のベッドで横になっていた。

 枕元には水差し。手を伸ばそうとしたら、肌がひどい紫色をしていることに気付いた。記憶が混乱して何がどうなっているのか判らなかったけど、すぐにルイズお嬢様のことを思い出して体を起こそうとした。

 そして、力が入らなくてベッドからずっこけ落ちた。

 

「あ痛た~」

 

「何をしているのですか、あなたは」

 

 涙目を開けると、天地が逆さになった視界に、形がいい踝が見えた。そのまま視線をずらしていくと、洗面器を抱えたふくよかな胸元の彼方に悪戯っ子を見るような困った顔をしたミリアム女史の顔があった。

 ミリアム女史は洗面器を置くと杖を手に取り、ひょいと私をレビテーションで持ち上げてベッドの上に戻してくれる。

 

「蜂の毒が抜け切っていないから、まだ無理はできないそうですよ」

 

「あの、私、何でここに?」

 

「シンシアが見つけたのです。ルイズお嬢様の泣き声が聞こえたから行ってみたら、あなたが森の中でお嬢様を庇うように蹲っていたと」

 

 その話を聞いて、私は慌てて尋ねた。

 

「ルイズお嬢様は!?」

 

 泡を食って喚く私に、ミリアム女史は笑って答えてくれた。

 

「ご無事でしたよ。傷一つなかったそうです。誰かさんのおかげでね」

 

 その言葉に、心の中に安堵が広がる。良かった。何とかお守りできたようだ。私は深くため息をついた。

 

「その代わり、あなたは危うく死にかけましたよ。毒蜂相手に体を張るなんて、無茶をしたものです」

 

「しょうがなかったんですよ」

 

「判っています。とにかく、しばらくは大人しく寝ていなさい。扱いは公休ですから安心して休むといいでしょう。午後にまた治療士が来てくれるそうです。それと、シンシアとソフィーにはお礼を言っておきなさい。ほとんど寝ずにあなたの様子を見ていましたよ」

 

「はい。メイド長もありがとうございます」

 

「私は何もしていませんよ」

 

 何もしてくれていないと言いながらも、その洗面器は何なんだというのだろうか。

 手も荒れているし、目元も少々疲れが見える。

 恐らく、シンシアとソフィーがいない間は彼女が世話をしてくれたのだろう。

 

 でも、そのことを言うのはちょっと無作法な気がしたので黙っていた。

 

 

 

 

 ともあれ、ルイズお嬢様に万が一がなくて良かった。

 私の方は体の痺れが取れるまで2日かかり、その間にシンシアやソフィーが休憩の度に顔を出してくれた。

 家政婦のヴァネッサ女史が来た時は、名誉の負傷ということでお褒めの言葉をいただけるのかと思ったら『シールドの持続時間が短すぎます。あなたのブローチはただの飾りですか』とみっちりお説教をいただいた。そんなこと言われても、トライアングルの女史と比べられては困ってしまう。まして正規の魔法の訓練も受けていない身の上だ。お母さんは傭兵だっただけに魔法は上手いんだけど、とにかく教えるのがヘタな人だからなあ。体罰肯定派だし。

 その後も、どういう訳かシンシアとソフィー以外は妙に優しさが足りない見舞客が多かったのだけど、その中の最たるところがエレオノールお嬢様だった。

 

 

「ここね」

 

 横柄な声が聞こえ、ずかずかと足音が近づいてくる。ノックもなしにドアが開いて、入って来たのはエレオノールお嬢様だった。

 

「エレオノールお嬢様!?」

 

 私のような末端のメイドは、普通は用事があれば家政婦や執事、メイド長を通じてやり取りする。何しろ相手は本物のお姫様だ。そんなエレオノールお嬢様のようなやんごとなきお方がメイドの部屋みたいなむさいところに来る事など、あり得ないはずなだけに私は大いにびっくりした。

 

「あなたがナミ?」

 

 しかも、何故か私の名前まで知っている。私が知らないところで何が起こっているのやら。

 

「こ、このような格好で申し訳ありません」

 

 姿勢を正そうにも、体が痺れて動けないからどうにもならない。

 

「そうね。蜂に刺されたくらいで大げさなことだわ」

 

 ……いや、そうは言っても結構つらいっすよ、これ。

 

「まあ、いいわ。それより、これ、父からよ」

 

 私のベッドサイドに瀟洒な小箱が置かれる。蓋が開いていて、そこにカメオのブローチが見えた。

 浮き彫りになっているのはヴァリエール公爵家の家紋。

 功績があった人に下賜される、使用人にとっては勲章のようなものだ。売ればかなりのお金になるが、売る奴はいないだろう。それくらい名誉があるものだし、何よりすごいのが、これをもらった者は公爵家から幾ばくかの年金ももらえるという事だ。

 

「も、もったいのうございます」

 

「この度のあなたの働きに対するものよ。父と母も、それなりにあなたのことは評価しているわ。ありがたく受け取りなさい。まあ、その、あれよ」

 

 視線を彷徨わせるエレオノールお嬢様。

 

「もしルイズが刺されていたら百叩きなところだったけど、無事だったし、まあ、私からも、その、よくやった、と言っておくわ。これからも、その調子で忠勤に励みなさい。いいわね」

 

 そっけない言い方だけど、エレオノールお嬢様が、どれだけルイズお嬢様を大事しているかが判って何だか気持ちが暖かくなった。とかくキツい女性と言われがちなエレオノールお嬢様だけど、接してみればこんなにも柔らかい感情をお持ちなのだと私は初めて知った。

 退室されるエレオノールお嬢様をベッドの上から見送って、私はベッドサイドのカメオを見た。

 とりあえず、いつか年金がもらえたら、きっとシンシアとソフィーに何か美味しいものでも御馳走しよう。

 何がいいかな、と思いながら午後を過ごした。

 

 

 

 

 考えるのはいいのだけど、一人きりの午後と言うのは結構寂しいものだ。

 窓から差し込む春の日差しを感じていると、何だか自分だけ世界からのけものにされているような気がしてくる。みんな一生懸命働いているだろうに、私だけのほほんと寝ている事は結構苦痛だ。生来、あまり一カ所でじっとしている事は苦手な方だ。体を動かしている方が絶対に性に合っている。一人で寝ながら、遠くから聞こえて来るいろんな音に耳を澄ましているなんて、およそ私らしくない。

 

 そんな私の聴覚が、ドアの方から微かな音を拾った。

 見ると、ドアのところから少しだけ顔を出してルイズお嬢様が部屋の中を覗いていた。

 

「ルイズお嬢様!?」

 

 驚いて声をかけると、ルイズお嬢様は心配そうな面持ちで部屋の中に入って来た。

 

「怪我、大丈夫?」

 

 大丈夫じゃないですよ、とはさすがに言えない。

 

「大した事はありません。これはちょっと大げさなのです」

 

「ナミ」

 

 ルイズお嬢様が私の名を呼んだ。どこで覚えたのだろうか。

 

「助けてくれてありがとう」

 

「と、とんでもありません」

 

 いきなり感謝の言葉を述べられて、私は慌ててフォローを入れた。こっちは使用人だ。主家のために体を張るくらいは当り前だろう。

 

「『しゅくじょたるもの、しようにんであってもおれいはいいなさい』ってエレオノールお姉様に言われたの」

 

「まあ。それは何とも、もったいのうございます」

 

 私が笑うと、ルイズお嬢様も花のようにお笑いになる。

 屈託なく笑うルイズお嬢様は、本当にとても愛らしい。この笑顔のためならば、体を張った甲斐もあったというものだ。身分の違いを度外視すれば、何だかおしゃまな妹ができたような気分だった。

 

 それから、ルイズお嬢様といろいろなお話をした。

 何もすることがなく、退屈していた私としても嬉しいお客様だ。

 ご両親のこと、姉君たちのこと、中庭に池があることや、好きな食べ物に嫌いな食べ物。

 楽しそうにお話になるルイズお嬢様の言葉に耳を傾け、相槌を打ち、問われたことにお答えする。

 そんなやり取りの中で、成り行きでおとぎ話をすることになったのが、今に至る私たちの関係の始まりだった。

 

 

 

 

 

  周囲を白鳥に囲まれてみにくいアヒルの子が戸惑っていると、白鳥の1羽が言いました。

 「こんにちは、美しい羽根の新人さん」

  美しいと言われて驚いたみにくいアヒルの子は、その時初めて水に映った自分の姿に気づきました。

  水に映っていたのは、真っ白な、それはそれは美しい白鳥だったのです。

 

 

 

 

 

 

 それがきっかけで、私はしばしばルイズお嬢様からお話をするよう仰せつかる事となった。

 何だか畏れ多い話だが、ルイズお嬢様が喜んでおられるのだからいいのだろう。

 そんな感じにルイズお嬢様と接している事を聞いたのか、エレオノールお嬢様がしばしば私にルイズお嬢様の事をお聞きになられるようになったのもこの頃だった。それがエレオノールお嬢様がルイズお嬢様へのメッセンジャーとして私をお使いになるようになる今の状況に繋がっている。

 一介のハウスメイドとしては何とも恐縮するばかりなのだが、何となく不器用なエレオノールお嬢様と、天真爛漫なルイズお嬢様。お二人の間を繋ぐ一助になれるなら、これもまた使用人冥利に尽きるというものだろう。

 

 

 

 客間に着くと、そこは戦場だった。

 幾人もの先輩のメイドたちが、部屋の中で作業に追われている。

 

「うひゃあ、こっちはまだまだ大変だね」

 

 私とシンシアも即参戦だ。

 リネン担当らしい、シーツの山を抱えている先輩に声をかける。

 

「リネンの手伝いに来ました」

 

「ありがとう、助かるわ~。さっそくだけど、あっちのシーツの山をお願い」

 

「了解です」

 

 

 

 

 

そんな一日。


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