公爵家の片隅で   作:FTR

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―幕間―

 お城と言うのは、由緒あるものが多い。

 軍事的な側面における地形として有利な場所と言うのは昔からあまり変わらないし、城が落ちた場合でも、たいてい寄せ手もその場所を使うから、城自体には自然と歴史が積み重なっていくものなのだそうだ。

 そんなお城の一つであるヴァリエールのお城も、それなりに由緒があるらしい。

 確かに佇まいや中の構造を見ると、幾代にも渡って増築改築を繰り返してきた気配がある。

 ここは隣国と接する最前線。ツェルプストー領を抱えるゲルマニアは建国してからあまり時間が経っていないけれど、周辺の豪族などとの小競り合いは大昔から事欠かなかったことだろう。

 要するに、このお城は血を吸ったこともあるかも知れないお城と言うわけだ。

 公爵家の歴史を聞く範囲では落城の憂き目を見た事はないようだけど、寄せ手が正面の跳ね橋まで迫ったことくらいはあったのかと思うと、のほほんと見ている景色が急に凄惨さを帯びて来る気がする。

 その前提で改めて城の作りを見ると、確かに施設が非常に機能的に出来ているように思う。大砲などに晒される場所の石垣はやたらと厚いし、ゴーレム対策の濠や塔も実に的確な配置になっている。正面口の虎口のあたりの銃眼の位置なんかは、見てると『寄せ手は皆殺しじゃ~』と殺る気まんまんな雰囲気がある。人が作りうる最大級の武器の一つ。それがお城なのだろうと素人ながら思ったりもする。

 

 そんなお城だけど、やたらと大きいだけあって、さすがにそのすべてをいつも使っている訳ではなく、日頃はあまり人が出入りしないエリアと言うのも存在する。

 私とシンシアの今日の担当はそんなお城の中の滅多に行かない、たくさんある建物の中でも年に数回程度行う塔の掃除だった。

 

 用具入れから道具を持ち出し、二人してえっちらおっちら中庭を横切る。

 メイドというのは基本的に力仕事だ。脚立や洗剤のようなものを抱えて歩くのも商売の内。そのため、どうしたって筋肉がついてくるけど、そこを衆目に晒さないようにするのには女ならではの技術が要る。殿方たる者、そういう女の隠れた努力にも気付いてあげるべきだと思ったりもする。

 辿りついたのは、敷地の西側にある大きな塔だ。4層の防御壁塔というものだそうで、尖塔ではなくてっぺんは平らで、その縁にはツィンネとか言うギザギザの狭間がある。

 戦いになったらそこから物見をしたりするようだけど、塔本体には窓の類は銃眼でもある狭間窓以外は最低限の明かり取り以外あまり開いていない。一見そんなごくありふれたただの石造りの塔だけど、実際には防御の要だけあってゴーレム対策の硬化・固定化処理は幾重にもかけられているのだそうな。そんな外壁には全体的に水垢や苔が生していて、何とも言えない味わいを醸し出している。時が織りなすアートという感じだ。

 

「それで、その王子様ってのがひどい奴でさ、ラプンツェルの髪の毛をロープにして塔をよじ登るのよ」

 

「それって結構ひどくない?」

 

「でしょ? 幾ら王子様でも、そう言う人はちょっとねえ。それに、その後がもっとひどくてさ……」

 

 塔をテーマにしたしょうもない話をしながら塔に向かって歩いていると、いきなり舌足らずな大声が聞こえて来た。

 

「二人とも遅い~!」

 

 塔の入口の前でホウキを片手に持ってぶんぶん振っているのは、同僚のタルトだ。

 茶色い髪のちっちゃな子だけど、年齢は私たちより上だったはず。どう見ても年下にしか見えないあたりは気の毒というか何と言うか。

 

「ごめんごめん。ちょっと脚立の留め金が壊れてたから直してたんだ」

 

「ありゃ、それは危ないね」

 

 そんな感じに合流し、今日はこの三人で一仕事だ。

 

 

 塔の中は、使っていないだけに少々カビ臭い空気が漂う。陽が差さないので仕方がないけど、雰囲気はちょっと幽霊でも出そうな感じだ。

 こう暗くては仕事にならないので、魔法で明かりを点ける。

 その灯に照らされた室内を見ると、それなりに広い室内は想像以上にがらんとしてた。有事の際には兵の詰所や資材置き場になるためか、平時は無駄な物はあまり置かないのかも知れない。

 お城というのは何かあった場合、敵の攻撃を長期に渡って防ぎ続けなければならない施設だ。立て籠もって戦うことになれば、その間は兵隊さんに武器を与え、備蓄を削ってご飯を食べさせなければならない。それらの備蓄量が、どれくらい籠城できるかという継戦能力に直結する要素なのは私にも判る。

 攻めて来られてどんどんぱちぱちと闘う話は英雄譚に幾らでもあるけど、こういうお城の機能を見ていると、よほど戦力に差がないとそうそう正面切ってお城を攻めるというのはなかなか難しい仕事だと思う。

 英雄譚と違い、実際にはお城を攻める時は水攻めとか兵糧攻めといった地味で嫌らしい攻撃がよく用いられるとか。聞くところによれば、籠城して取り囲まれて食べ物がなくなったお城というのはかなり悲惨なものらしい。おじいちゃんが夏の夜の怪談で話してくれた『トットリ城』というお話はそんな籠城の話だったけど、あまりに後味が悪くて今でも正直聞くんじゃなかったと思う。

 

 この塔は、下の3層はがらんとした空間になっているけど、一番上のフロアは物置になっている。その最上階の物置のやけに分厚い木製のドアをよいしょと開けると、ぽっかりと闇色の広い空間が広がっていた。

 

「うわ~……」

 

 部屋の中にあるマジックライトで照らし出された品々を見て、私たちは唸ってしまった。

 棚にかけられた剣や槍、弩に矢立て、端っこの方にはバリスタなんかが置いてあった。これで大砲があれば、陸戦兵器の見本市みたいだ。

 どれも朽ちている訳ではなく、現役感漂う剣呑な輝きを発している。それぞの刃は研ぎ澄まされ、引かれた油が妖しい説得力を醸し出している。人を殺す道具というのは、やはり独特の凄味があると思う。

 

「結構埃っぽいね~」

 

 そんな事を言いながら真っ先に中に踏み込んだタルトの足元に、うっすらと靴の跡がつく。確かに凄い埃だ。

 

「とりあえず、窓を開けようよ」

 

 シンシアの提案に私は頷いた。

 

「そうだね。シンシア、あれで行くの?」

 

「それが一番早いじゃない」

 

 笑って頷くシンシアの得意技を思うと、私には異論をはさむ余地はない。

 

「それじゃ、ぱっぱとやっちゃおう~」

 

 話を理解したタルトが軽い足取りで窓に取りついていく。私も行動力には自信がある方だけど、こういうフットワークはタルトには敵わない。

 

「それじゃ、私は下から開けて来るよ」

 

 負けじと狭い階段を降りて、1階から鎧戸を開けて回る。

 ソフィーに教えてもらったんだけど、お城の塔にある螺旋階段は、多くの場合上りが右回りになっているんだそうだ。攻め上ってくる敵は剣を持つ右の方が狭く、逆に守るほうは右手が広くなっているので守る方が有利になるようにしているのが理由だとか。

 そんな階段に一定間隔で並んでいる鎧戸は、固定化のために錆びは回っていないけど、油が切れているのか動きが少々渋い窓が多い。あとでジャンに言って油をさしてもらおう。

 そんなことを考えながら窓という窓を開け放って、3人揃って1階の入口に陣取った。掃除は上からやるのがセオリーだけど、これからやる作業はこっちの方が都合がいいからだ。

 

「それじゃ、やるわよ」

 

「ちょっと待って。これこれ」

 

 杖を構えるシンシアに、私は待ったをかけた。

 エプロンのポケットから、こんなこともあろうかと用意しておいた赤いリボンを取り出す。これからの作業では、髪をまとめておいた方がいいからだ。でも。

 

「ありゃ?」

 

 迂闊にもリボンが1本足りなかった。人数分用意し忘れちゃったか。

 仕方がないのでそのまま二人にリボンを渡す。

 

「あれ、ナミの分は~?」

 

 リボンで癖っ毛をまとめるタルトの問いに、私は持っていたタオルを見せる。

 

「私はこれでいいわ」

 

 それを頭に被って角を後頭部できゅっと結ぶ。

 

「ふっふっふ、どう?」

 

 これぞ、おじいちゃん直伝の『姉さんかぶり』。掃除をする時とか、非常に便利なのよね、これ。

 

「可愛いじゃない、それ」

 

 そんな私を見て緩み始めるシンシアの顔。困った子だ。

 

「へえ、リボンでまとめるより良くない~?」

 

 まじまじと見ているタルトの視線にちょっと優越感。

 

 

 

「さあ、始めるわよ」

 

 シンシアが宣言し、杖を構えた。

 ルーンを唱えると、彼女を中心に空気が渦を巻き始める。

 程なく現れるのは、大人くらいの大きさの竜巻だ。

 

「ひゃー!」

 

 リボンで結った二人の髪が風に吹かれてばばば~っと靡く。私の方は姉さんかぶりがずっこけそうだ。

 シンシアは風のメイジ。ドットだからあまり凄いことはできないけど、掃除の時に竜巻を起こして埃を巻き上げるくらいは余裕なのだそうだ。

 杖を振って竜巻を操り、室内の埃をくまなく舐め取っていく。見ていて本当に便利だなあ、と思う。水の魔法でも似たような事出来ないかしら。

 下から順に作業を進めて、最後は屋上に出る。そこから埃を溜めこんですっかり黒い渦になった竜巻を屋外に追い出して最初の埃落としは終了だ。

 シンシア竜巻の魔法を解くと、埃が宙でボワッと広がって雲みたいになるから面白い。風向きを考えてやらないと城内に埃が入って怒られちゃうけど。

 そんなシンシアの隣で、タルトが大きく背伸びした。

 

「う~ん、景色いいね~」

 

 彼女の言葉のとおり、屋上から見る景色は、実に綺麗だ。森が多いヴァリエールの領地のかなり先まで見通すことができるだけに、今日みたいに天気がいいと実に気分がいい。

 

「ほら、お仕事お仕事」

 

 タルトと並んでボケっと景色を眺めていると、シンシアが一足先に塔内に戻って行った。

 う~ん、もうちょっとのんびり見ていない気もするけど、お仕事第一だからここは我慢だ。

 

 

 埃落としが一段落したところで、魔法を使ったシンシアはご苦労様と言うことで上層階の物置部屋のハタキがけ作業をやってもらい、下の階は私とタルトでやっつける。

 ハタキで細かい埃を落として回り、次に水を汲んできてモップで手分けして床を拭きあげていく。

 軽い足取りでモップを振るうタルトの動きは、さながらダンスのようだ。本当に楽しそうに仕事をしている姿は、見ているだけでこっちも楽しい。

 お仕事の中に楽しさや幸せを見つけることが人生をいいものにするコツだとお父さんには言われているけど、今のタルトを見ているとその言葉の意味が良く解る気がする。

 

 そんな調子でどどど~っと床を拭いて回り、物置部屋以外を一通り拭き終わったところで一息だ。

 時刻はちょうどお昼になった。

 

「さあ、お昼にしましょう」

 

 シンシアがバスケットを手に屋上に上がっていくのに続いて、私たちも屋上に出る。今日は厨房にサンドイッチを作ってもらったので、特等席でお昼御飯だ。

 私が魔法で作った水で手を洗い、皆でサンドイッチに手を伸ばす。バスケットと一緒に持ってきたボトルに入ったお茶を皆で回し飲みし、取り留めもない話をしながら食べる御飯は実に美味しい。それに加えて景色もいいから気分は最高だ。

 

 

 

 

 午後の作業はシンシアに合流して物置部屋の掃除。ハタキと雑巾で調度や備品を拭いていく。そんな作業をしている時だった。

 

「ねえ、ちょっと見て見て」

 

 レビテーションで浮き上がりながら大きな棚の上の方に雑巾をかけていたシンシアが、ふわりと床に降り立った。何事かとタルトと一緒に視線を向けると、シンシアの手の中に、小さなブロンズの置き物があった。

 

「可愛いでしょ、これ」

 

 緩んだ顔で、嬉しそうに置き物を私たちに見せる。

 それは小人を模った、シンプルながら素敵な意匠の立像だった。

 

「わ、可愛いね。何、これ?」

 

 私の問いに、シンシアが記憶を掘り起こすような顔をした。

 

「そこの棚の上にあったの。土の妖精みたいね」

 

「土の妖精?」

 

 私も、妖精の伝説は幾つか聞いたことがあるけど、その置き物を見ながらシンシアが興味深い事を言い始めた。

 

「多分、ヴァリエール地方の伝承にある妖精さんだと思うわ、これ」

 

 夜にたまにお互いの手持ちの話をすることがあるんだけど、おとぎ話として知っている私と違い、下級とは言え貴族のシンシアは教養があるから各地方の伝承に結構詳しい。この妖精も、そう言った土着の伝説の一つなのかも知れない。

 

「いい妖精さんなの?」

 

「確か、家に繁栄をもたらす妖精で、皆が楽しそうにしていると現れて、いつの間にか輪に入って一緒に遊んだりするっていう妖精だと思ったわ」

 

「へえ……何だか座敷わらしみたい」

 

「ザシキワラシ?」

 

 隣で聞いていたタルトが首を傾げた。

 

「うん。そういうお話があるの。子供が遊んでると、いつの間にか座敷わらしっていう子供の妖精さんが仲間に入って一緒に遊んでいるんだって。それと、座敷わらしがいる家は繁栄すると言われてて、多くの家では専用の部屋を用意して、お供物を捧げるっていうお話」

 

 へえ、と感心するタルトの隣で、シンシアは緩んだ顔で妖精像を撫で回している。今のところ無害だからいいけど、この子のこの性癖、何とかならないかしら。

 

 

 シンシアがひとしきり妖精像を愛でてから、掃除を再開。

 シンシアが改めて件の妖精さんの置き物を丁寧に拭いているのを見て、何となく子犬を撫でているみたいな手つきだったので笑ってしまった。

 その向こうで、タルトはタルトで相変わらずすごいスピードで棚を拭きあげていく。

 むう、こっちも負けちゃいられない。

 雑巾を手早く絞って作業の仕上げを急いだ。

 

 

 

 

 結構広い塔だったけど、昼下がりには一応の作業は終わった。

 

「う~ん、なかなかの出来栄えだね」

 

 掃除が行き届き、磨き上げられた部屋というのはどこか神殿のような凛とした気配がすると思う。メイドの中には、こういう雰囲気が好きだからメイドをやってると言う人もいるらしい。もちろん、私もこういう雰囲気は嫌いじゃない。達成感もあるし。

 

「思ったより早く終わったね」

 

 シンシアも納得の面もちで最後の確認をしていく。きちんと窓枠まで磨いたから問題はないはずだ。シンシアのチェックが進む中、タルトが脚立をよいしょと担ぎ上げた。

 

「大きな物はもう片付けていいよね~?」

 

「あ、それ私が持つよ?」

 

 体格が小さいタルトが一番の大荷物を運ぶのも、なんか変だと思うし。

 

「いいよ~。帰りは私が運ぶ」

 

「そう、じゃあお願い。バケツなんかは私が持って行くから」 

 

「了解~」

 

 そう言い残して一足先に用具を戻しに行くタルト。体格は小さいのに、折り畳み式の木製の脚立を担いでもタルトの足取りはしっかりしていた。見かけによらす、結構力持ちだ。

 

 

 

 シンシアの確認が終わってから用具置き場に用具を戻し、使用人ホールに向かう。時計を見れば、ちょうどお茶の時間だ。

 他所も一段落した部署が多いためか、ホールに戻ったら数名のメイドがお茶をいただいていた。

 

「あれ、タルトいないね?」

 

 私とシンシアは辺りを見回すが、そこにタルトの姿はない。トイレにでも行っているのだろうか?

 そんな私たちに気付いたのか、テーブルの端っこでお茶を飲んでいたソフィーが振り向いた。

 

「お疲れ。そっちは進捗はどうだ?」

 

 今日の彼女は面倒な客間清掃の担当だったはず。とげとげした置き物とかが多いから時間がかかる仕事なんだけど、それなのに私たちより先にお茶しているとは、さすがはソフィー、なかなかの手際だと思う。

 

「ふっふっふ、終わったよ」

 

 胸を張って応える私に、ソフィーは目を丸くした。

 

「ほう、早いな。結構広いだろう、あそこ」

 

「3人いたからね。思ったより楽だったよ」

 

「3人?」

 

 ソフィーが不思議そうに首を傾げた。何か変な事言ったかな、私。

 

「誰だ? お前とシンシアと……」

 

「タルトよ。私たちより先に戻ったはずなんだけど、見なかった?」

 

「タルト?」

 

「そう。タルト」

 

「……これか?」

 

 ソフィーはそう言うと、お皿に乗った今日の茶菓子を私に差し出した。

 香ばしくて、美味しそうなアップルタルト。

 

「……?」

 

 私とシンシアは思わず顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 綺麗に清められた物置き部屋の片隅で、小さな窓から差し込む午後の光を受けて淡く光る、赤いリボンを首に巻いた妖精の置き物が一つ。

 

 

 

 

 

 

 

今回の話ですが、どこかで読んだすごくきれいなお話をもとにオマージュとして執筆しました。

これを読んで、同じような作品に心当たりがありましたらご教示いただけましたら幸いです。

作者、作品名、掲載誌、掲載時期など全くわかりませんが、確か酒屋と座敷童のお話だったと思います。

自力ではどうにも調べが付かなかったので、ご存知の方がおられましたらよろしくお願いいたします。


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