ウマ娘 Meteor Oscillates Between 作:別れました
10月初頭の休日、私とトレーナーはショッピングモールへ行く約束をしていた。
シューズや蹄鉄などの消耗品を買い揃えるのが目的だが、トレーナーの口ぶりから察するに先のメイクデビューとオープン戦の勝利の労いを含むものらしい。
予定よりも少し早く待ち合わせ場所に着くと、そこには既にトレーナーの姿があった。
彼はモール内の柱の傍にある椅子に腰を掛け、読書をしていた。本を読む姿なんてこの半年で一度も見たことが無かったので私の目にはいやに新鮮に映った。今まで見た中で一番真剣な顔つきをしている。
集合時間前に声をかけるべきかとほんの数秒悩んだ末、待ち合わせ場所に着いた旨のLANEを入れてトレーナーの元へと向かった。
「すみません、待たせちゃいました?」
彼は読んでいた本を下ろすと舐めるように私の全身を見る。心地の悪い時間が十数秒、あるいはもっと続いていたのかもしれないが、その視線が何を意味しているのか分からない私はただ彼の顔を見つめて呆然と立っていた。
次にトレーナーは「誰かと間違えてませんか?」と困惑した顔で言った。私はドキッとして目の前の男の顔と服装を確認する。先程の声といいトレーナー本人であることに変わりはない。私をからかおうとしているのかとも思ったが顔を見れば違うのだと分かる。本気でわかっていない時の顔だ。
まさかと思い、私は帽子を外して名を名乗ると驚いた様子でじっと見つめてくる。向こうもようやく気が付いたようで、申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
「ごめん、制服の姿しか見たことなかったから気付かなかった…」
よく考えれば制服で来るのが正解だったのかもしれない。確かに買い物をする上で色々と制服の方が都合が良い事の方が多い。きっと今の言葉に言葉以上の意味がないのだろうと頭ではわかっていても私服でいることが浮かれ具合を表しているようで私は顔が熱くなる。
そう言ったトレーナーの服はいつも通りのパーカーにジーパンの組み合わせだ。服にあまり興味のないタイプか、やり手経営者に感化されたのか、出来れば前者であって欲しいと心のどこかで願った。
「ちょうど10時だ。行こうか」
2人はショッピングモールの片隅にあるスポーツ用品店へと向かった。
「これとか標準よりちょっと厚めのソールだけど軽量素材だから良さそうだね。練習用のシューズはこれより数ミリ厚いやつにして……」
靴屋に来てからトレーナーは真剣な表情で独り言を言いながらベンチソファーに私を座らせ脚をまさぐる。私はくすぐったくて笑いそうになるのをぐっと堪え、手で口元を覆った。
こんな気の抜けた格好をしていても流石は中央所属のトレーナーというべきか。脚を少し触っただけでどのシューズが合うのかもわかるらしく、ぴたりと合う物を用意してくる。初めは感心していた私であったが次第に周りから向けられる好奇の目に気が付く。
ウマ娘好きは総じて物好きが多い。といったレッテルを貼られることも少なくはない。最初はネット発のいびりネタか何かだと甘く見ていたが、いざ学園に入るとそれがどうやら笑い飛ばせる雰囲気でもなく結構深刻な問題であったりするのだ。
そして、自分のトレーナーもその例外ではないとストッキング越しに脚を触られながら知ることになるとは思いもしなかった。
やっている事は至って真面目なものではあるが、何分周囲は理解が無いのだ。アスリートが見るならば、なんてことはない状況だが一般の人の日常にこの風景は珍しく映る。トレーナーになる人は周囲の無理解への理解が無い人が多いというか、社会通念とは距離を取った生き方をしてきた者が多い。職業柄も相まって大目に見られているという自覚が全体的に不足していた。
店内を巡回している店員とはもう3回は目が合っているし、その表情は会うたびに険しくなっている。周りの客も商品を見るふりをしながらこちらを見ている。この視線が辛い。
「あの、そろそろ手を離してもらえますか?」
「ああ…もうちょっとだけいい?」
「帰ってから!帰ってから好きなだけ触れば良いじゃないですか…!」
「…?靴屋に来てるのに?」
「……確かに」
私は納得した後に発言を思い返して、即座に訂正するべきなのか、訂正したらそれはそれでマジっぽくなって気まずいな、などと考えていると顔が嫌な熱を持ちはじめたので口元を覆って隠した。
「あはは、なんかその言い方だと俺が脚好きの変態みたいじゃん」
「多分周りの人はそう思ってます……」
「周り?」
トレーナーはハッとした表情で辺りを見まわす。ようやくギャラリーに気が付いたようだった。すました顔をしてはいるが、それからというものメジャーを落とす回数が明らかに増えているし、脚から伝わる体温は徐々に上がっているように感じた。
トレーナーも等身大の人間であり、世間が抱く印象よりももっと世間寄りそっているのだなと感じる。
「いつから?」とトレーナーが小さな声で尋ねてきたので、実際は10分ほど経っていたが3分くらい前からだと嘘をついた。
「3分もかぁ…」とぼやくトレーナーを見て、もし10分だと言っていたら倒れていたかもしれないと思いホッとした。
買い物を済ませ、逃げるように店を出たあと、2人は行先も決めずにショッピングモール内を散策していた。
「必需品以外で欲しい物とかある?」
「特には…」
「ほら、デビュー戦とオープン戦続けて勝ってるし遠慮することないよ」
少しの沈黙と共に歩いていると、アクセサリーショップのショーウィンドウに飾ってあったドックタグが視界に映る。目に止まったのはファッション誌の隅に載っていたのを思い出したからだ。
「じゃあ、あれ…欲しいです」 私はドッグタグを指さして言った。
店に入ると小綺麗な身なりをした店員がパンプスの音を響かせながら2人の元へ駆け寄ってくる。
「本日はどのような物をお探しでしょうか?」
「入り口に飾ってあった…金属の板?みたいなのを買いたくて…」 トレーナーはこれくらいのと言いながら両手で輪を作って店員を困らせていた。
「ドックタグです…」
「あぁ!ドックタグでしたか!」と店員は納得してから「確かにこのくらいの大きさでしたね」と言って両手で輪を作ってみせた。そのあとに輪を窄めてこのくらいのもありますよとにこりと笑って言った。
「ドッグタグはですね、もともと身元確認の為に2つ1組で付ける物だったのですが、今はアクセサリーとして1枚のみの購入がメインです。最近ですと2つ買って友達や恋人と交換してる方もちらほらいらっしゃったりもしますね」
店員は大きさと厚みの違うプレートを差し出しながら説明をする。
私が1枚を手に取って決めようとしたタイミングで店員がすかさずトレーナーさんはどうされますかと尋ねた。トレーナーは虚を突かれた顔をした後、ふにゃふにゃとした歪んだ笑顔で彼女と同じものでと答えた。
そうなるのも値段を見てからでは仕方がない。ふらっと立ち寄るタイプの店ではないと気が付いた頃には店員に捕捉されていたし、遠慮するなと言った直後に変に私が気を遣うのも面子を潰しかねない。思考を巡らせた末に二番目に安いドッグタグを選んだ。言外から読み取れるものを最大限汲み取った結果の最善手であることに間違いなかった。
店を出てからもそれについてお互い口にこそ出さなかったものの、言葉を交わすことのない数分間が意図せず私たちの距離を縮めた気がした。
「帰りラーメンでも食べに行く?」
「はい!」
そのせいか私が最初に抱いていた漠然とした恐怖心は意識しなければ気が付かないほどに綻んでいた。
次回以降 毎週金曜日22~23時台を目安に更新します。
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