ウマ娘 Meteor Oscillates Between   作:別れました

13 / 27
12話 新たな挑戦

 2月に入り学園内は少し騒がしくなっていた。バレンタインの季節である。まだ2週間近くもあるのにみな浮足立っている。この学園にいると話題に事欠かくことはない。

 

 贈り先は様々、多くが友達や先輩後輩だったり教師、教官、トレーナーへ普段のお礼も兼ねて友チョコを渡すのだが、中には本命チョコを渡すウマ娘もいる。ボーイッシュなウマ娘は普段の関係性抜きによくモテる。何故かこれは本命であることが多い。

 

 私はイクシーやマチルダ、一緒に年末年始を過ごした寮の子たちに渡す予定だったが人数的に何日もかかるものではない。そのため私の生活は普段と変わらずにいた。

 

 

 ある日の走り込みの後のことだった。トレーナーがプレハブ小屋で使っている冷蔵庫の中には大量の恵方巻が入っている。私はそれに触れずにはいられなかった。

 

「冷蔵庫に入ってる恵方巻どうしたんですか?」

「ああ、安くなってたから買ったの。一本食べる?」

「いえ…」

 

 トレーナーはこの手の話をするとき心底嬉しそうな顔をした。どこのスーパーが安いとか、何時から割引が始まるとか、そういった話に敏感で私が子供の頃に想像していた大人とは随分離れた位置にいる。こんなに自由な大人がいるなんて思いもしなかった。

 

「ああいう季節限定物って賞味期限とは関係なく値引きされるからありがたいんだよね。七夕とかクリスマスとかも」

 

 熱く語るトレーナーの話を半分聞き流しながら私はぼんやりと考え事をしていた。漠然とした不安は決まった形をしていないものだが、今になって少しその輪郭を掴めたような気がする。

 

「あと今月は…チョコの売れ残りとか」

「あ…バレンタインはチョコ…要ります?」

「くれるなら貰うよ。年末のレッスンに来た子も数人はくれそうだし、今年は結構集まりそう」

「あんまりそういうのは…後々問題になりますよ」

「ほどほどだよ、ほどほど」

 

 トレーナーは外部との接触の少ない学園内では数少ない男性であり、お金と洋服のセンス以外は大体持っている。だから結構モテる。特別レッスンで仲良くなった子の中にはトレーナーとの接点を持つために私と仲良くしている子もいるくらいには人気がある。その子も明言こそしないが下心は本人が思う以上に隠せないものなのだ。

 

 私にはトレーナーが向けられる好意に自覚的でありながら生徒との一線を曖昧にしているように見えて仕方がなかった。

 

 

 トレーナーは誤魔化すように咳払いをして、こんな話をするために呼んだわけじゃなくてと話題を変えた。

 

 それは、そろそろ重賞を視野に入れてみないかという提案だった。冷えた風が窓に吹き付ける音のみがその場に鳴る。全く思いも寄らなかった話ではない。ただ予想以上に早く来ただけだ。

 

「マーメイドステークス。距離は2000m どう?」

 

 血管が内側から私の耳を叩きつける。

 

 レースという言葉を聞くたびに、憧憬や愉悦とは程遠い感情が心をざわつかせていた。

 私の中で途切れ途切れだった認識が今になってようやく繋がった気がした。幼いころに見ていたテレビ画面の向こう側に一歩踏み込もうとしている。既にその場にいて実感が今になってようやく湧いてきたという方が正しいのかもしれない。

 

 非対称の契約の決定権は常に私にあった。本質がどうであれ少なくとも表層上はそうなのだ。人はこれを選択と呼ぶ。そして━━

 

「はい…やってみます」

 

「メニューはどこを変更しますか?」

「そのままだけど…どこか変えたいとこある?」

「いえ…」

 

 今まで通りの練習だけで重賞の相手に通用するものなのか。不安は残るものの去年の4月と比べたら想像もつかないくらい成長していた。私はトレーナーをもうしばらく信じることにした。

 

 4ヶ月後に控えたマーメイドステークス。そこに向けて普段と同じトレーニングメニューに取り組んだ。重賞に挑むなんて現実味はまるでないが、少なくとも酷い走りだと思われることが無いように日々練習をひとつひとつこなしていく他ない。トレーナーが見ている景色に少しでも近づくように。

 

 冬が終わり、学年が変わり、春もまた終わろうとしていた。

 




お気に入り等ありがとうございます。
次回は9月27日に更新予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。