ウマ娘 Meteor Oscillates Between   作:別れました

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13話 カフカセッション

 放課後、帰り際に珍しくオブイクシーと鉢合わせた。私がトゥインクルシリーズに挑戦し始めた頃から遊ぶ頻度が落ちていき、学年が変わってクラスが別々になったのが更に拍車をかけた。

 

 暫く会わない間にイクシーは大人びた雰囲気を纏っていた。

 

 彼女の白く透き通った肌は触ると解けてしまいそうな儚さを含んでいて、鼻腔をくすぐるうっすらと甘い香りは理性を溶かしてくる気がした。同性の私でも、その魅力に惑わされてしまいそうなくらいに遠く輝いて見える。

 

「イクシー、このあと時間ある?」

 半ば無意識に私は声をかけていた。

 

 イクシーは死ぬほどね、とうっすら笑いながら返した。2人は教室に向かい直して窓の近くの西日が差し込まない席に座る。戸締りに来た教師に追い出されるまで話し込んだことは一度や二度ではなかった。それももう思い出になりつつある。

 

「なんかイクシー、綺麗になったよね」

「そう?私はずっと綺麗なままだから褒めたって何も出ないよ?」

 

 イクシーは窓から遠くを望みながら呟いた。相変わらず並々ならぬ自信を持っている。自信過剰などではない。事実を事実だと言っているだけなのだ。イクシーは自分という存在をよく理解していて正しく評価している。だから、たまに可聴域の外の音を鳴らすのが不思議だった。

 

「多分、ヘアミルク変えたのとその匂いに合う香水使ってるからかな。でも教室いると誰かの制汗剤の匂いと混じって変になるんだよねぇ。朝練したならシャワー浴びて来いって感じ」

「あはは…今度組み合わせ方とか教えてよ。私も良い匂いさせたいしオトナっぽい綺麗で落ち着いた感じ?憧れるよね」

 

「アンタは髪長いし香り弱めのが良いかもね。まぁでもさ、綺麗って割と誰でも持ってるから。それより私もアンタみたいに特別になりたかったなぁ…」

「特別じゃないよ……」

 

 私はすぐさま否定をした。私は特別ではない。少なくとも、ここでは。

 模擬レースの日、レースを見ていたベテラントレーナー達は1位を取った子の周りに群れをなしていた。まるで1位以外が存在していないかのように振る舞う彼らの視界に、当然私はいない。もちろん声をかけられることもなかった。帰り際、遅刻してきた何も知らないトレーナーと出会い、たまたま選ばれた。特別とは程遠い。

 

「私は…たまたま選ばれただけだから……」

「は…?選ばれただけ?」

 

 こんなにも口調が強いイクシーを今まで一度も見たことはなかった。溢れた怒りが向けられているのが目を合わせずともわかる。そこで初めて私は言葉を選び間違えたことに気が付いた。経緯を知らない彼女にとっては選ばれるという行為そのものが特別だったのだと。

 

「運が良かったって意味だよ……」

「じゃあ、全部運?才能無いけど選んでもらえましたって?それとも男女の関係にでもなった?」

 

「そんなのじゃないよ」

 

「どうかな。アンタのトレーナー、前の担当使い潰して駄目にしたらしいじゃん。未来が視えるとか周りに評価されてるかもしんないけど、過大評価に決まってる。アンタもいずれ壊されて捨てられる。だからやめなよ、夢を見るのは」

 

 イクシーの言葉は私にとって訳の分からない言葉の連続だった。毎日トレーニングに付き合ってくれて、私の為にメニューまで考えてくれる。それも日に合わせて。前の担当がどうとか、未来が視えるとか、そんなのはどうでもよかった。私が見てきたトレーナーが私にとっての全てなのだから。

 

「何も知らない癖にトレーナーのこと馬鹿にしないでよ!」

 

 私の怒鳴り声が教室に響く。他人の悪口で怒ったことも声を荒げたことも初めてだった。トレーナーのためというより、数少ない私を認めてくれる人への攻撃が許せないという自分本位な憤りなのかもしれない。私が信じるものを否定されたことでアイデンティティを否定された気がしていた。

 イクシーが怯えた目でこちらを見ている。急に大声を出したので無理もない。

 

「ごめん……」

 

 喧嘩なんて一度もしたことがない私は加減など知るはずもなかった。成長するにつれ、小さな衝突さえも面倒ごととして避けてきた私にとって、どこまでが修復可能でどこからが修復不可能なのかの判別すらつかない。

 

 次の瞬間、視界が揺らぐ。頬の鈍い痛みで自分がはたかれたのだと気が付いた。

 

 経験のない頬の痛みに思わず顔がひきつる。じんじんとする痛みは頬から全身へ伝播する。もうどこが痛いのかすらわからない。私は行き場のない感情を抑えられずイクシーを睨み付けた。これが彼女の箍を外した。

 

「その目だ!その全てを見透かした様な目が!!同情するフリをして心では笑ってる。こうならなくて良かったって見下して安心してる!!私を否定するような目が!!…許せない…。持ってる奴はこぞって私たちをバカにするんだ!」

 

 涙を浮かべながら感情に身を委ねるイクシーはそのあとも私に対して罵声を浴びせ続けていたが、動揺と痛みによる耳鳴りのせいで全部を聞き取ることは出来なかった。私がイクシーを見下していると思われていたことが何よりもショックだった。

 

 感情に任せて放たれた言葉の数々は的を得ないものが多かったが、全てを否定することも出来なかった。メイクデビューの日、泣いてるメイデンマチルダを見て、心を落ち着かせる材料にしてしまったのは紛れもない事実である。けれど、イクシーに対して思ったことは一度もない。そんなことを言ったところで気休めにもならないだろうと、ぐっと気持ちを飲み込んだ。

 

 言葉に詰まる私を睨みつけて教室を出ようとするイクシーをどうにか留まらせようと考える。今別れたら、きっともう今までの関係でいられなくなる予感がした。

 

「ねぇイクシー、私たちは同じだったから友達だったの…?」

 

 一瞬、彼女の耳がピクリと動き、歩みを止めた。だがその問いに答えることなく彼女は教室を後にする。きっと後を追うことも出来たのだろう、私はそれをしなかった。意地だったのかもしれない。友達に拒絶された経験が無かったからかもしれない。必要ないと言われた相手にそれ以上どう関わればいいのかわからなかった。

 

 次の日からイクシーは学校を休むようになったらしい。

 

 彼女が学校を辞めたと聞いたのはそれから数日後、G3出場の一週間前のことだった。

 




お気に入り等ありがとうございます。
次回は10月4日に更新予定です。
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