ウマ娘 Meteor Oscillates Between   作:別れました

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15話 星を見に行こう

 散々な結果だったことにトレーナーはひどく失望したのではないかと不安になって、どう謝るべきか考えながらトレーナーの元へと向かう。

 

 出来ることはやった。少なくともあの時点で出せるものは出したが、それが他人にとってどう映るかはわからない。ひどい走りをした後でやれることはやったのだと言ったところで言い訳のように聞こえるに違いない。イクシーに言われた数々の言葉が私の脳内を駆け巡る。

 必要以上に猶予は貰っている。上手い逃げ方も知らない。真面目に見える生き方というのは考える以上に退路が用意されていないものだ。

 トレーナーをこれ以上待たせる訳にもいかず私は足早に集合場所へと向かった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 そう言って深々と頭を下げたのは、トレーナーである。

 

「いえ……そんなむしろ私が……」

「新幹線の往復切符なくしちゃって…」

「えっ……?」

 

 

 

「向こう着く頃には日付変わってるなぁ…夜なにか用事あったりした?」

 

 そういえば今日はウマ恋の放送日だ。けれど、話す相手がもういない。

 

「何もないです…」

 

 

 じゃあ星を見に行こう。

 

 帰りのレンタカーの中、半ば思い付きで計画性からは遠そうな言葉がトレーナーの口から出た。 もっとも、今の状態自体が計画性という言葉からは対極の位置にあるのは前提として。私の表情から何かを察したのか、笑いながら、遠くまで来たのに観光しないなんてもったいないからねと付け足した。

 

 私はここ数ヶ月でトレーナーの嘘が見抜けるようになっていた。特殊な技能などではなく、付き合いの長さに由来する普遍的なものである。私はそれが他者より少し早い。可聴域の外の音のようなものが耳に違和感を与えるのだ。新幹線の往復切符を失くしたのだと言った時、それが聴こえた。

 

 私は適当に相槌を打ちながら、車の窓を開けた。外を流れる生ぬるい風が頬を優しく撫でる。泣いたばかりの頬にはそれが少し痛かった。

 

 車は暫く薄暗い山道を走る。過ぎ去る木々を目で追いながら思いふける。

 

 小さい頃、何もかもが怖かった。お金が無いなんて親が言うものだから少食のフリをしたし、皆が持っていた玩具やゲームを欲しいとさえ言い出せなかった。そのせいで無欲な子供だと心配されたこともあった。

 だから家族で山にある温泉に行こうなんて言われた時は心底怖かった。自分はそこで捨てられるのだと怯えて夜も眠れなかった。ちょうどこんな、細くて暗い道。

 

 なんで今になって思い出したんだろう。思えば、楽しかった出来事なんて殆どなかった。

 やっと出来たと思ったら崩れて消える。その連続だ。楼閣はいつも、砂の上にある。

 

「着いたよ」

 

 薄明が終わりを告げるころ、目的地に到着する。

 車が止まったのは岩肌を削って作ったであろうアスファルトの駐車場。その先には、遊具のないだだっ広い公園があった。夏休みの時期になるとキャンプやバーベキューをする場として賑わうらしい此処は、今はしんとして夏の訪れを待っている。

 

 2人は隅にあるベンチに腰をかけて空を仰ぐ。

 空に棲む星々はあいも変わらず煌めいていた。

 

「ごめんなさい。今日は」

「あぁ…詰めるために連れてきた訳じゃないからね?」

「はい…わかります、なんとなくは」

「なんとなくかぁ…」トレーナーは小さく呟いた。

 

 

「綺麗ですね、星」

「うん。あれが夏の大三角。白鳥とアンタレス…と何だったかなぁ。デネブ?どれがどれかはわかんないけど」

「え…詳しくないんですか…?」

「まぁ……」

 

 私は困惑した。そんな曖昧な返答をするようなことに私は付き合っているのかと。瞬間、そう思った自分自身に驚いた。紛れもなく付き合わせているのは私の方なのだと自覚した瞬間、顔が熱を帯びた。

 

 この顔を見られていないか恐る恐る確認する。

 私を見ることもなく、夜空を見ながらトレーナーは続ける。

 

「何年か前、珍しい条件の皆既月食があってね、次に見られるのが200年だか300年だか先っていうのを聞いて、どうせ暇だからって見ることにしたんだよ。そしたら空に星があった。おかしいでしょ?星を見るまで星を忘れてた」

 

「空を見上げるだけ、こんなに近くにあったのに気が付かなくて…きっと何時でも見られるからって見るのをやめて、その内に忘れてた。だから忘れないようにたまに見てる」

 

「なんですかそれ」

 小言を口にしてから、自分の演技が下手になっていることに気が付いた。慌ててトレーナーへと目をやると、その瞳の奥に住んでいる何かと目が合う。その正体に気付いてしまった私は精一杯の抵抗をやめた。

 

「案外答えは近くにあるってこと。ま、行為そのものであって星自体は近くないけどね」

 

 

 私にとっての答えは近くにあっただろうか?

 

 私は…私は何と戦ってきたのだろう?

 

 記憶が走マ灯のように脳を駆け巡る。

 

 ずっと特別で、ずっと孤独だった。

 

 『ウマ娘だから』この言葉にどれだけ翻弄されたのか、数える事すらとうに辞めた。

 

 私は……この種族が…。

 

 そうか…本当は……。

 

 意思に反して涙がぼろぼろと出る。声が上手く出せない。そこで初めて身体が震えていることに気が付いた。呼吸が、息が上手く出来ない。

 全身が拒絶している。見えない手が、指が、喉の中に入ってくる様な不快感。それでも私は抗うように声を絞り出す。

 

 

「本当は……私…走るの好きじゃないんです」

 




お気に入り等ありがとうございます。
次回更新は10月18日を予定しております。

作中人物が夏の大三角について白鳥、アンタレス、デネブと発言しておりますが正しくはデネブ(はくちょう) ベガ(こと) アルタイル(わし) です。
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