ウマ娘 Meteor Oscillates Between   作:別れました

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16話 I was not

「本当は……私…走るの好きじゃないんです」

 

 そっか。とトレーナーは声色を変えずに言う。知っていたと言わんばかりの反応に恐怖と安堵の混じった形容し難い感情が私の中に生まれた。

 

 拒絶される気でいたせいもあり、安堵の部分が私を少し強くする。

 

「ずっと、ずっと一緒がよかった…。みんなと……外で遊びたかった…。人より運動が出来るから、お前が来るとつまらなくなるって外されて……。みんなでおままごととかゲームをしたかった。家は…貧乏だから人形もゲームも欲しいなんて言えなくて……近所の人とか幼稚園の先生からはウマ娘だからってだけで将来スポーツ選手になるのかって何回も聞かれて。お金のことでパパとママが夜に喧嘩してるのを何回も見た。だからスポーツ選手になるって、本当はずっとなりたかったって嘘ついて、寮があって学費の安いトレセンに入った……全部消去法で選択肢なんて最初から無かった……」

 

「負けたら…負けたらまた戻るんじゃないかって」

 

 大粒の涙が膝に零れ落ちる。僅かに残った熱が脚をつたう。

 

 思い出は、背中を押してなんかくれない。足を引っ張る為だけに、不幸を優しく肯定する為だけに存在する気がした。

 

 気持ちを吐き出せば楽になると吐き出す前まで思っていたけれど、言葉にしないでいた数々をいざ言葉にしてみるとそれはそれで別の苦しさがあることを私は知る。口に出して初めて自覚的になったというべきか、自分がそんなことを思っていたのかと驚いた。

 

 こんなことを言っても困らせるだけだと分かっていたが、トレーナーはそれを肯定も否定もせずにただ聞いていた。

 

 暫く経ってトレーナーが口を開く。

 

「じゃあ俺も小さい頃の話でもしようかな」

 

「石英って知ってる?あの石の。俺がまだ4歳か5歳の頃に幼稚園の庭で拾ったことがあって。図鑑で見たから知ってたんだよ、ダイヤモンドじゃんって。嬉しくて嬉しくて、誰かに教えたくなって帰ってすぐに母親に言ったんだ。ダイヤモンド拾ったって。そしたら母親がそれはダイヤモンドじゃなくて石英っていう石だって笑いながら教えてくれて…」

 

「でも、不思議とがっかりはしなかった。俺にとってはそれがダイヤモンドだったからかもしれない」

 

「なんていうか……そうだ。星はさ、昼でも光ってるんだ。太陽の光が強過ぎて見えないだけで。トレセンは太陽みたいなギラギラした子、多いでしょ。けど、だからといって星の価値が無くなるわけじゃない。だから…君には夜を探してほしい」

 

 たどたどしい言葉は用意されたものではない。意外な反応に私は少し戸惑った。もしかしたら私は心の奥底では破滅願望を持っていて失望されることによって自己評価を補強しようとしていたのかもしれないと考えて血の気が引いた。

 

 相手が言葉に何を見出すかなんてわかったものではない。光を当てようとして発した言葉がむしろ影を濃くする事も往々にしてある。それをこの人が知らない筈がない。などと思い込むのは褒められたものでないが、それが光であることを願い、祈った。

 

 私はトレーナーの瞳に映る宇宙をじっと眺めた。本当にあの1つになれるのだろうか。

 

 アンタのトレーナー、前の担当使い潰して駄目にしてるっぽいよ。

 

 何故か今になってイクシーに言われた言葉が頭の中で反響する。今だからこそ、かもしれない。散りばめられたピースがひとつ、またひとつとはまっていく感覚。ピースをつかむ指を止めるべきか迷ったのは完成が一瞬遅れる程度の時間だった。

 

「あの、トレーナーさんには未来が視えるってほんとですか?」

 

 私は恐る恐る質問した。私もまた影を濃くせぬよう言葉を選んだ。それから私はトレーナーが私と同質でないことを強く願う。

 

「視えるって言ったらどうする?」

 

 トレーナーは足元のアスファルトに靴底を擦らせながら言う。

 

「私を視てもらいます。……この先勝てるかどうか」

 

 ずるい質問をしたなと私は言ってから思った。嘘がわかる私にとって1は1を意味しない。

 

「見えても見えなくても勝てるよう最善を尽くすのがトレーナーの仕事だから、俺のすべきことも君のすべきことも変わらないと思うよ」

「そこは嘘でも…勝てるって言ってくれないんですか」

「君を励ますために職務を放棄するわけにはいかないからね」

 

 私はその言葉の意味を理解するのに少し時間を要した。分かりにくい物言いで誠意を表明したところで伝わらなければ意味がないじゃないかと心の中で悪態をつく。同時にその回りくどさが私の選手としての時間を存えさせたのだという実感もあった。

 

 結局、私が求めていた言葉をトレーナーが言うことはなかった。けれどそれこそが私の求めていたことだったのかもしれないという不思議な感覚に陥る。それが私には少し怖く、また嬉しかった。

 

 

「この時間はまだちょっと肌寒いね、そろそろ帰ろうか」

 

「ありがとうございました。なんか……負けたくないって思えました」

 

「ならよかった。他になんか言っておきたいことない?今だったら何でも聞くよ~」

 

 トレーナーはまたいつもの調子でおどけてみせた。

 

 

「あの…!実は…よく行くラーメン屋のラーメン好きじゃないです……」

 

「ええっ!?あぁ!じゃあ別に少食って訳じゃなくて……会計いつも安いな〜とは思ってたんだけど…そういう……?」

 

 勇気をふり絞ってした告白よりもよっぽど衝撃を受けていて私は少し腹が立った。

 




お気に入り等ありがとうございます。
次回更新は10月25日を予定してます。
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