ウマ娘 Meteor Oscillates Between   作:別れました

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17話 暑い夏

 

 マーメイドステークスから暫く経ったある日。次のレースに向けての準備をする為に私はプレハブ小屋の前へと来ていた。

 

 ドアをノックすると中から慌てた声がしたあと、トレーナーがドアを開ける。格好から察するに今起きたところなのだろう。

 

「あの…パンツ履いて下さい…」

 

「うそ…」

 

 ドアが勢いよく閉まり、程なくして開いた。

 

「焦った~やめてよそういうの…」

「…?履いてないですよ?」

 

「履いてるよほら!」と言ってトレーナーはTシャツを捲り上げて見せた。

「それ下着ですよね…?」

「…?うん」

「私が言ってるのはパンツじゃなくてパンツです!ほらいつも……ジーンズ履いてるじゃないですか」

「あぁ、ズボン?」

 

 

 前回来たときからそれほど時間は経っていない筈のプレハブ小屋は、酒の空き缶に空き瓶、それに詰められた煙草の吸い殻が散乱していて異空間のようだった。

 

「ごめん片付ける」

「手伝います」

 

「というかトレセンは禁煙じゃ…」

 

 法律によってトレセン敷地内での喫煙は禁止されたのだが敷地外である門の手前で煙草を吸うトレーナーが続出、学園側も面子と生徒を守るために折衷案として生徒の見えない場所でのみ敷地内の喫煙を認める形になったらしい。

 

「でもなんか意外です。トレーナーもたばこ吸うんですね」

「俺じゃないよ…あそこにいる人」

 

 指差した先には篠崎トレーナーがいた。煙草と酒とトレーナーの匂いに紛れて微かに香水の匂いがしたのはそのせいだ。

 

 篠崎もまた上下ブラとショーツのみで横たわっている。私は2人の関係には触れずに片付けを続けた。酒も煙草も篠崎が持ち込んだものだろう。

 

 丁度ゴミを纏め終わったタイミングで篠崎は起き、私の顔を見るとにこりと笑って慌てて服を着た。

 同じクラスの篠崎が担当している子によれば真面目で優等生タイプであるらしいが今の様子からは全く想像がつかない。

 

 

「これから分析の練習も組み込みたくて」

 

 ひと仕事を終えて目的を忘れかけていた所でトレーナーが本題に入る。

 

 分析とは授業でやる科目の1つである。降着や失格の条件といった基礎の基礎から、レース展開の予想まで内容は多岐にわたる。しかし実際のレースでは様々な条件が複雑に絡み合う。分析の授業はシンプルで理解しやすい半面、シンプルすぎて起こりえない。机上の空論のような状態で多くの生徒から実用性が疑問視されているのも事実である。

 

 

「例えばコイン」と言ってトレーナーは硬貨を取り出す。

「これを弾いたとして出る結果は裏か表の二択。つまり、裏か表が出ると言ってしまえば100%勝てる。そんなしょうもないことが未来視と呼ばれるものの正体」

 

 信じられない話だが、煙を巻く為に言った嘘でもない。きょとんとしている私を見ながらトレーナーは話し続ける。

 

「ピンと来てないねぇ。じゃあ10面サイコロの出目を1回言い当てるのとコインの裏表を3回連続で当てるの、どっちが難しいと思う?」

「えっと、コイン…?……いえ、サイコロです」

 

「そう。今急に話題変わったなーとか、そんな質問する意味あるかとか、1回より3回連続の方が難しそうとか、あとはシンプルに確率の計算とかね。そういう細かな部分が気になって判断遅れたでしょ。君の思慮深い性格は強みであり弱さでもある」

 

「今日から増やすトレーニングは判断───つまりは思考の癖の見直しと観察を…」

「出来るように特訓する…!」

「半分正解。とりあえずはそこから出来るようにしよう」

 

 そう言ってトレーナーがモニターに動画を流すと篠崎は「私も見る」といって私に寄りかかった。

 

 身体の表面がうっすらと湿るような不快さが私の全身を覆って、両隣の2人が服を着ていなかった理由がようやくわかった。そもそもここは長期間滞在する場所ではない。私は制汗剤をもっとつけてくるべきだったと少し後悔した。

 

 

 

「この直線前の位置取りが——」

 

 流されている動画は有名なレースから話題にならなかったレースまで網羅しており、私の特訓というよりトレーナー2人の意見交換に参加しているような状況に近い。流石はトレーナー業の人間と言うべきか専門分野になると顔つきが若干変わる。

 

 映像に合わせて2人の解説を聞き、そこから更に疑問点を潰していく。教えてきた年数もあってか篠崎の説明は明快である。一方、トレーナーは難解な説明をし、似たような状況でも答えがまちまちだった。

 

 トレーナーは私の理解が追いついていないのを察してか、そろそろ休憩しようと言って映像を切り替えた。映っていたのはレース中継である。レースを見て疲れたから休憩をしようという流れだと認識していた私は頭を抱えた。中央所属のトレーナーにとってレースを見て溜まった疲労は別のレースを見て癒すものらしい。

 

 ふと1人の名前が目に留まる。メイデンマチルダ。その名前が出走一覧に載っている。気づけば私はそれまでの疲れを忘れてそのレースを食い入るように見ていた。

 

『メイデンマチルダ!渾身の一撃!1番人気ローテルヘルトを抑え勝利しました!』

 

「ローテルヘルトって重賞2連勝中だったよな…それを3バ身差で…次の試合、このメイデンマチルダって子と戦う予定なんだけど…」

「やります」

 

 あの試合を見た後で不安にならない筈がない。マチルダは自分の力を証明し続けている。そのひたむきさを前にして熱に浮かされているのかもしれないが、そのまっすぐな気持ちに全力で応えたい。

 私は今の仕上がりのマチルダに対して、マチルダはあの日のリベンジ。私に対してかもしれないし過去の自分に対してかもしれないが、私たちはお互いチャレンジャーとして走るのだろうという確信があった。

 

「それじゃあトレーニングのもう残り半分も一緒に進めよう」

 

 それからほどなくして始まった夏合宿の期間も、練習に打ち込んでいる内に1日、また1日と過ぎていく。

 

 長かった夏も、もうすぐ終わろうとしていた。

 




お気に入り等ありがとうございます。
次回更新11月1日を予定しております。

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