ウマ娘 Meteor Oscillates Between   作:別れました

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18話 say

 プレハブ小屋の扉が勢いよく開いた。

 

 扉が壁にぶつかる音と共に夜の冷たい風が入り込んで来る。

 

「オーバーワークだよ。三流トレーナー」

 

 トレーナーはきょとんとしてこちらに向かってくる篠崎を目で追った。この小屋は仕事場であることには違いないが、暇を潰す為の私物が大量にある。そのため、ここにいることが仕事とイコールにはならないが、外からは判断がつかない。

 

「今は休憩中ですよ」

 

 トレーナーの仕事はとっくに終わっているし、業務時間外に何をしようが勝手であるが気にかけてもらっている状況で学校敷地内で遊んでいたと言い出す訳にもいかず、それらしい言葉で誤魔化した。

 

「君の心配なんてするはずないだろ。君の担当の話だ。この頃、遅くにグラウンドを走っている。自主練のし過ぎを少しは注意したらどうだ?方向の違う努力をさせるべきではないし、それを讃えるべきでもない」

 

 篠崎に叱られたトレーナーはこの人はこういう人だったと思い出しながら礼を言ってグラウンドへ向かって歩いた。確かに分析のトレーニングを組み込んでから走りの練習は減っている。真面目な彼女のことだ、今までと同じ時間練習しているのだろう。

 

 

 練習用トラックに行くと走っている私と目が合った。トレーナーが声をかけるより早く私が手を振ってトレーナーに向かって来る。

 

「すみません、マチルダと走るんだって思うとなんだか落ち着かなくて」

「いいや…謝るのは俺の方だ。今度からは付き合うよ」

 

 少し前までの、ばつの悪そうな顔でこちらの反応を伺っていた子とは別人のようだった。怒るつもりなど微塵もないことが見透かされているのかもしれないとトレーナーはふと思う。

 

 

「トレーナーさん!今日はとっても月が綺麗だと思いませんか?」

「ああ…」

「今から少し、お月見なんてどうでしょう?」

 

 トレーナーは二つ返事で返した。なぜそうしたのか本人にさえよくわからない。過度な練習をしないように注意して、寮に帰るように説得するのが指導者として正しい。それが一番簡単なことだ。物分かりの良い彼女のことだから自分のしていることや相手の求めることくらいわかっているのだろう。たまの我儘くらい聞いてやろう。それを汲んだ結果の返答であると結論付けた。

 

 ナイター照明を消して、2人は月明りのみが照らす芝に腰を掛けた。澄んだ空気が遠くの草木を揺らす。

 

「マーメイドステークスの日からたまにですけどこうやって空を見てるんです」

「気に入ってくれたなら良かった」

 

「どうでしょう。好きなのかどうかも分かりません。本当は月や夜空なんてどうでもよくて、口実を作ろうとしたらそこに在ったとか。周りが良いと、綺麗だと言うから、そうなんだろう綺麗なのだろうと思っているだけかもしれません」

 

「じゃあ良いことを教えてあげよう。月が綺麗なのは…」

「綺麗なのは…?」

 

「裏側を見せてくれないからだよ」

「ふふ、ひねくれてる」

 

 トレーナーは私の静かな笑いを目の隅に捉えた。

 

「でも、裏側を見せたら嫌われるかもしれないって、その人に綺麗だと思われたままでいたいと願っての行動ならば、私は知る術があったとして覗き込んだりはしません」

 

 これではどちらが指導者かわからない。トレーナーは愉快に笑った。

 

「ははは、参ったな。俺なんかよりよっぽど大人だ」

「子供だから言える理想や正論もあります」

 

「俺からしたら君は大人に見えるよ」

「……それなら大人として扱って下さい」

 

 トレーナーは服をつままれ、軽く引っ張られる。その声色はどこか不機嫌な子供のようで年相応というには少し幼い。

 

 自分の子供じみた言動を見透かされたことによる自嘲のつもりだったが、笑いの中には歳下に指摘されたという滑稽さも含まれていた。その傲慢さまでも指摘されてしまったのだ。自分は平等寄りの人間であるとの自負は単なる驕りであると看破されたのが痛快でしかたなかったが相手はそれに腹を立てているのだ。

 

「あぁごめん、気を付けるよ」

 

 その返答に私は少し頬を膨らませつつ、次の話題へと移る。

 

「ひとつ聞いてみたくて。前に…小さい頃の、石英の話をしてくれたじゃないですか。その続きが知りたくて」

「あの話はあれで終わりだよ。続きはない」

 

 場を繋げようと話した、取るに足らない思い出話。あの状況でする話ではなかったと後になって考えもしたが、突拍子のなさゆえにいやに記憶に残ってしまったのかもしれない。

 

「その石英はトレーナーさんの中で今でもダイヤモンドなんですか?」

「ああ、そういう…」

 

 トレーナーは思案し、候補を幾つか並べてみた所でこの行為を馬鹿らしく感じた。

 

「今は石英かな。けど、思い出があるぶん他の人よりもほんの少しだけ特別であり続けているのかもしれない」

 

 あまりにも実直で面白みに欠ける答えはどうやら彼女を満足させたらしかった。

 

 金木犀の甘い香りがどこからかやってきて鼻腔をくすぐる。

 本来、金木犀の香りが強いのは朝方らしいが風が強まり交通量の少ない今の時間帯の方が存在をより意識させる。この匂いが夜と紐づいているのはそのせいかもしれない。

 

「もう金木犀の匂いがする時間だ。そろそろ帰ろう。風呂に花びらが浮く前にね」

「この間その犯人と話したんですけどリラックス効果があるらしいとかで…それを聞いてから遅く入るのも悪くないかなって」

「排水溝掃除の担当の子が怒ってたよ。今度からはネットを持って行ったほうがいい」

「なんでそんなに詳しいんですか…変なことしてないですよね……?」

「トレーニングルームとかで愚痴聞かされてるだけだって……」

 

 

 寮まで私を見送ってからトレーナーはスマホを取り出して、とある人物に電話をかけた。

 

「夜遅くにごめんなさい。来月の福島記念、現地に見に来てほしくて。彼女と会って話してほしいとかは言わないので…本当にただ見るだけでいいので」

 




次回更新は11月8日を予定しています。
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