ウマ娘 Meteor Oscillates Between   作:別れました

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20話 RUN

また、この舞台へ上がるんだ。

 

 ひとつ、またひとつと私の番が近づいてくる。前の子のアピールが終わるたびに鳴らされる拍手は継ぎ目はなく地面を揺らしている。

 

 パドックでの評価は予想に過ぎない。一番人気が1位を取れる訳ではない。だから力を抜いて軽やかに。まるでプレッシャーなんて感じていないように振る舞い、自分を騙すのだ。

 緊張なんてしていない。この場を一番楽しんでいて、ファンが手を振れば笑って手を振り返す。仕上がりは完璧で、それを見せる為に今日ここにいて、この場に立っている。と。

 谷には底があって、私はそれを知っている。必要以上に恐れることはない。

 

 私の番。何度鏡を見た?何度笑顔を作った?何度、嘘をついた?大丈夫、いつも通り。無意識でドッグタグを強く握り過ぎたのか、少し手が痛む。どれだけ自分にいつも通りと嘘を言い聞かせたところで身体の震えは収まりそうになかった。

 

 ステージとの間にある仕切りのカーテンが開く。戻ってきた選手がほっと一息ついた。緊張しているのは皆同じという事実が少し心を軽くする。

 

 深呼吸をしてステージに出る。ランウェイを歩くモデルのごとく堂々と自信に満ちた表情でステージの奥まで歩く。

 道中、勝負服のデザインを考えていた日のことを思い出していた。中々アイディアが浮かばなくて、トレーナーにデザインを殆ど任せた勝負服。その服に袖を通しているなんて不思議な感覚だ。

 和服をベースにした白い生地に墨彩画で松が描かれている。私の為に用意された唯一無二の物。パドックとは選手の仕上がりをアピールする場である。私が見られていると思うから緊張するのだ。ならばいっそ丁寧に仕立てられた勝負服を皆に自慢するだけの場にしてしまえばいい。私はステージの先でターンステップをする。より良く見えるように身体を大きく使い、最後に拳を突き上げ空を指さすと瞬く間に会場が沸いた。

 

 和服を模したデザインである勝負服は、袖が腕の動きを残すように機能して思いのほかダンスとの相性が良い。パドックはレース前ということもあり、会釈やちょっとしたファンサービスなどの軽めのものが多い。その中であえて体力を無駄に使うパフォーマンスをしたがる者は多くはない。これらが功を奏したのか予想以上の盛り上がりを見せた。歓声に手を振って応えながら私はステージを後にする。

 

 ひとつ、成功。

 

 自分の番が終わったウマ娘たちが控室へと戻っていく中、私はその場に留まりマチルダの番が回ってくるのを待った。マチルダも無事にパドックでのアピールを終えた。小さなガッツポーズを見届けた私は拍手を送りながらほっと胸を撫でおろした。

 

 全員のアピールが終わり、少しの休憩時間を挟んでからコースへと向かう。

 

 薄暗い地下バ道の先でトレーナーが待っていた。私は急いでトレーナーの元へと駆け寄る。

 

「どうしました?」

「何か声かけようと思って来たんだけど……難しいね」

 

 私は笑いながら、震える手を後ろに回す。それに気付いてか気付かずかトレーナーは話を続ける。

 

「まぁリラックスして…って言って出来るほど簡単じゃないと思うけど、練習通りにやれば大丈夫」

「前に負けたくないとか言いましたけど、正直怖いです。今も震えが止まらなくて…」

 

「正しい感情だよ。失敗が怖くないなんて言い切れるのは積み上げてこなかった者と次が約束されている者だけだ」

 

 実にトレーナーらしい言葉選びだ。

 結果を急いていながらも回りくどい表現をする。何も心配することは無いとも取れるし、次はないとも取れる。もっとシンプルでわかりやすい言い回しが他にいくらでもあるというのに、わざわざそれを選ぶのはトレーナーの性格故なのか、優しい言葉を使うと私が甘えるかもしれないからなのか。どちらにせよ、それを聞き出す余裕は今の私には無い。

 

 

 

「そうだ…これ、持っておいてくれませんか」

 

 私は首にかけていたドッグタグをトレーナーに渡す。トレーナーは渡されたドッグタグの表面を撫でながら「こんな模様あったっけ」と聞いてきた。ドッグタグの縁をぐるりと一周囲むようについた模様は私が後からトレセンにある蹄鉄の調整をする機械を借りて彫ったものである。

 

「それはシェヌっていう、おまじないのひとつなんですけど……どんな効果だったかは忘れちゃいました。もしよければ後でトレーナーのタグにもやってあげますよ」

 

「えぇ…効果分からないのに?」

「呪われたりはしないはずですよ」

「字は…いや、お願いしようかな」

 

「それじゃ、そろそろ行きますね」

「いってらっしゃい」

 

 別れを告げて10歩ほど歩いたところでトレーナーが私の名前を呼んだ。思わず振り返ると、視界に微笑んだ顔が映りこむ。

 

「勝てるよ。今日は」

 

 その言葉に双眸を見開いた。求めた言葉を言われなければ不貞腐れて、言われれば慣れないせいで上手く切り返せずにたじろいでしまう。つくづく贅沢なやつだ。

 

「私を…私を見ていてください!」

 

 どうにか返せた言葉がそれだった。私は再び地下バ道に足音を響かせる。

 

 トレーナーは絶対に間違えない。私の中の確信と願望の境界は曖昧になっていた。

 そうか、そうだ。信じるとか信じないとかではない。それが間違いかどうか決めるのは私なのだから。

 

 この薄暗い地下に差し込む光に身体を沈み込ませてコースへと脚を踏み入れる。

 

 耳を澄ませば心臓の高鳴りが身体中から聴こえてくる。

 

 緊張とは違う胸の高鳴りだ。

 

 

『晴れわたる空のもと行われる、福島レース場。GⅢ福島記念芝2000メートル。16人のウマ娘達が挑みます』

『注目すべきは一番人気6番、ショーシヴェルツでしょうか。広い視野を活かした立ち回りが上手い選手です』

『京都大賞典を回避しての参加ですからね、良い走りが期待できそうです』

 

 地下バ道を抜けた選手たちが次々にゲートの中へと収まっていく。

 

 

 勝負服ではないウマ娘もちらほらと見受けられる。私にとって特別な場は、誰かにとって数ある通過点の1つに過ぎないのかもしれない。私の通って来た道もまた、誰かが焦がれた景色なのだと今なら理解できる。

 

「お互い全力で走ろうね」

 ゲートに向かう途中、マチルダは私に向かって言葉を投げかけた。私はそれに返事をして微笑み返す。

 

 私は胸に手をあてて、拳を強く握った。

 

『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』

 

『今!一斉にゲートが開きました!』

 




次回更新は2~3週間後になる予定です。
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